ユナイテッド、選手背番号が決定! 新たな「9」にマルシャル
2019.08.10 12:25 Sat
マンチェスター・ユナイテッドが9日、新シーズンの選手背番号を発表した。
初のフルシーズンとなるオーレ・グンナー・スールシャール監督の下、復権を期するユナイテッド。移籍したベルギー代表FWロメル・ルカクの代わりに、フランス代表FWアントニー・マルシャルが新たに背番号「9」を着用する。
そのほか、DF史上最高額の移籍金8000万ポンド(約101億7000万円)で加入したイングランド代表DFハリー・マグワイアは、かつて元イングランド代表DFのリオ・ファーディナンド氏もつけた背番号「5」に決まっている。
ユナイテッドは11日に行われるプレミアリーグ開幕節で本拠地オールド・トラフォードにフランク・ランパード新監督のチェルシーを迎え撃つ。
◆マンチェスター・ユナイテッド選手背番号
GK
1.ダビド・デ・へア
13.リー・グラント
22.セルヒオ・ロメロ
40.ジョエル・ペレイラ
2.ビクトル・リンデロフ
3.エリック・バイリー
4.フィル・ジョーンズ
5.ハリー・マグワイア
12.クリス・スモーリング
16.マルコス・ロホ
18.アシュリー・ヤング
20.ジオゴ・ダロト
23.ルーク・ショー
24.ティモシー・フォス=メンサー
29.アーロン・ワン=ビサカ
36.マッテオ・ダルミアン
38.アクセル・トゥアンゼベ
MF
6.ポール・ポグバ
8.フアン・マタ
14.ジェシー・リンガード
15.アンドレアス・ペレイラ
17.フレッジ
21.ダニエル・ジェームズ
28.アンヘル・ゴメス
31.ネマニャ・マティッチ
37.ジェームズ・ガーナー
39.スコット・マクトミネイ
44.タヒス・チョン
FW
7.アレクシス・サンチェス
9.アントニー・マルシャル
10.マーカス・ラッシュフォード
26.メイソン・グリーンウッド
初のフルシーズンとなるオーレ・グンナー・スールシャール監督の下、復権を期するユナイテッド。移籍したベルギー代表FWロメル・ルカクの代わりに、フランス代表FWアントニー・マルシャルが新たに背番号「9」を着用する。
そのほか、DF史上最高額の移籍金8000万ポンド(約101億7000万円)で加入したイングランド代表DFハリー・マグワイアは、かつて元イングランド代表DFのリオ・ファーディナンド氏もつけた背番号「5」に決まっている。
◆マンチェスター・ユナイテッド選手背番号
GK
1.ダビド・デ・へア
13.リー・グラント
22.セルヒオ・ロメロ
40.ジョエル・ペレイラ
DF
2.ビクトル・リンデロフ
3.エリック・バイリー
4.フィル・ジョーンズ
5.ハリー・マグワイア
12.クリス・スモーリング
16.マルコス・ロホ
18.アシュリー・ヤング
20.ジオゴ・ダロト
23.ルーク・ショー
24.ティモシー・フォス=メンサー
29.アーロン・ワン=ビサカ
36.マッテオ・ダルミアン
38.アクセル・トゥアンゼベ
MF
6.ポール・ポグバ
8.フアン・マタ
14.ジェシー・リンガード
15.アンドレアス・ペレイラ
17.フレッジ
21.ダニエル・ジェームズ
28.アンヘル・ゴメス
31.ネマニャ・マティッチ
37.ジェームズ・ガーナー
39.スコット・マクトミネイ
44.タヒス・チョン
FW
7.アレクシス・サンチェス
9.アントニー・マルシャル
10.マーカス・ラッシュフォード
26.メイソン・グリーンウッド
リー・グラント
セルヒオ・ロメロ
ジョエル・ペレイラ
エリック・バイリー
フィル・ジョーンズ
ハリー・マグワイア
クリス・スモーリング
マルコス・ロホ
アシュリー・ヤング
ジオゴ・ダロト
ルーク・ショー
マッテオ・ダルミアン
アクセル・トゥアンゼベ
ポール・ポグバ
フアン・マタ
ジェシー・リンガード
アンドレアス・ペレイラ
フレッジ
ダニエル・ジェームズ
アンヘル・ゴメス
ネマニャ・マティッチ
ジェームズ・ガーナー
スコット・マクトミネイ
タヒス・チョン
アレクシス・サンチェス
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「絶対に謝らない」ハーランド父に復讐したロイ・キーンが“報復”タックルを否定
マンチェスター・ユナイテッドのOBであるロイ・キーン氏が現役時代にアルフ=インゲ・ハーランド氏を負傷させたタックルについて語った。イギリス『スカイ・スポーツ』が伝えている。 キーン氏は、ハーランド氏がリーズ・ユナイテッドに在籍していた1997年にタックルを受けて前十字じん帯損傷の大ケガを負っていた。 しかし4年後、2001年4月21日に行われたマンチェスター・シティとの試合で、ハーランド氏の右ヒザに悪質なタックルを敢行。レッドカードが提示された後にファウルが意図的だったとコメントしたため、5試合の出場停止処分を受けていた。 なお、ハーランド氏はドルトムントに所属するノルウェー代表FWアーリング・ハーランドの実の父親だが、このタックルの影響もあり2年後の2003年に31歳で現役を引退している。 『スカイ・スポーツ』の番組内で、シティにも在籍した元イングランド代表DFマイカ・リチャーズ氏が、キーン氏に現役時代の後悔について質問。話の流れの中で、この件に言及した。 「言わせてもらっていいかな? サッカーのピッチでやったことで後悔したことは一度もない。一度もだ」 「聞いてほしい。私は退場になりチームを失望させた。私は人々と戦っていた。私はピッチの真ん中にいたんだ」 リチャーズ氏が「ハーランド氏を傷づけようとしたわけではないでしょう」と尋ねるとキーン氏はさらに続けた。 「違う。当然だ。だが選手を傷つけようとしたかと言われればそうだ」 「それについては絶対に謝らない。そして人々は私を痛めつけてきた。私は人生で選手をケガさせようとしたことはないが、選手を傷つけようとしたことはある」 「ピッチの真ん中でボールを取りに行けば、誰かが傷つくこと可能性は大いにある」 そう話したキーン氏は、最後に「(君は)私の精神科医みたいだ。胸のつかえが降りたよ」と語っている。 キーン氏は、ハーランド氏個人ではなく対戦相手の“選手”を狙ってのタックルであり、それについての後悔はないと考えているようだ。 <span class="paragraph-title">【動画】ロイ・キーンがハーランド父に繰り出した“悪質”タックル</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr"> <a href="https://twitter.com/hashtag/OnThisDay?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#OnThisDay</a> in 2001: Roy Keane committed a horror challenge when he studded Alf-Inge Haaland's knee.<a href="https://t.co/eX85rW9hhV">pic.twitter.com/eX85rW9hhV</a></p>— The Sportsman (@TheSportsman) <a href="https://twitter.com/TheSportsman/status/1252565333577269248?ref_src=twsrc%5Etfw">April 21, 2020</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2021.06.11 07:05 Fri2
「チームとの繋がりはもはやなかった」元ユナイテッドDFヴァランがテン・ハグ体制の闇を暴露、曖昧なクラブ体制も指摘「誰が責任を負っていたのかわからない」
元フランス代表DFラファエル・ヴァランが、マンチェスター・ユナイテッド時代の内情を暴露している。 今シーズンはユナイテッドからセリエAのコモへ移るも、デビュー戦でヒザを負傷し、現役引退を決断したヴァラン。役員の1人としてクラブにとどまり、ユース年代の育成のサポートなどに注力している。 『The Athletic』のインタビューに応じたヴァランは、2021年夏から3シーズン過ごしたユナイテッド時代についてコメント。EFLカップ(カラバオカップ)やFAカップを制したものの、プレミアリーグでは8位フィニッシュもあったエリク・テン・ハグ体制を振り返り、当時の内情を明かした。 「彼が(2024-25シーズンも)残留したのは驚いた。チームとの繋がりはもはやなかった」 「適切な言葉を見つけるのは難しい。非常に緊迫した時もあった。彼(テン・ハグ監督)は選手たちのフィードバックに耳を傾けようと努力することもあった。時には選手たちの気持ちを聞かずに決断を下した。だから浮き沈みがあった。状況が複雑なこともあった」 また、序列が下がった2023年10月から12月付近の状況についても語ったヴァラン。指揮官と衝突した側面もあったようだ。 「僕らは真剣に話し合った。お互いに本音をぶつけたけど、その後はほぼ2カ月間プレーしなかった。彼とチームの関係について、いくつかのやり方には同意できないと言った」 「一部の選手がまったく満足していなかったから、チームにとって良くないことだと思った。監督との関係という意味でも良くなかった」 さらに、チームを去ったポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドや、元イングランド代表MFジェイドン・サンチョ(チェルシー)への扱いにも言及。マネジメント面の問題を指摘した。 「恐怖によってリスペクトを得たかったのかもしれない」 「彼はマンチェスターにいる間、常に孤立する選手を必要としていた。少なくとも1人の重要な選手に対してそうしていた。常にグループの特定のリーダーたちと対立していた。それが彼のマネジメント法だ」 「浮き沈みがあった。すべてが悪かったとは言えない。複雑な瞬間もあった」 指揮官についての辛辣な見解を述べた一方で、ユナイテッドの上層部も問題視。以前所属したレアル・マドリーと比較し、責任の所在が曖昧になっていると指摘した。 「選手として内部から見ても、物事をどのように進めていくかの明確な構造はなかった。何年もの間、決まったやり方が確立されていなかった」 「マドリードでは、クラブのあらゆるレベルで物事を進めるための明確なやり方があった。マンチェスターではどのように選手を獲得し、どのようにプレーし、どのようにコミュニケーションを取るのかが明確でなく、十分に定義されていなかった」 「意思決定プロセスに関わっている人が多すぎたため、誰が実際に決断を下しているのかわからなかった。誰が責任を負っていたのかわからない。全員が少しずつ責任を負っているようでもあったし、誰もが少しずつ責任を負っていないようでもあった」 古巣に対して厳しいコメントを送った31歳だが、「クラブに対しては大きなリスペクトと愛情を持っているため、ポジティブなことしか言えない」とのこと。あくまでもクラブが良い方向へ進むための提言だと主張している。 「うまくいっていないことに言及したとしても、それは善意から出る建設的な意見だ。誰かを非難するためではない。ただクラブや彼らの成功を祈っているだけだ」 2025.02.19 22:45 Wed3
「左ヒザがもう十分だと言ったらもう従うしかなかった」 ヴァランが明かす31歳で現役退いた背景
元フランス代表のラファエル・ヴァラン氏が現役引退の決断理由に“左ヒザの限界”を挙げた。 レアル・マドリー時代に数々のメジャータイトルを総なめにし、フランス代表としても2018年のロシア・ワールドカップ(W杯)優勝に貢献したヴァラン氏。2021年夏から2年をマンチェスター・ユナイテッドで過ごし、今季からコモ入りした。 だが、セスク・ファブレガス監督率いるセリエA昇格組で新たなキャリアを紡ごうと8月のデビュー戦、コッパ・イタリアのサンプドリア戦に先発しながら23分で負傷交代すると、セリエAの登録メンバー外に。そのまま現役を退く決断に至った。 31歳の若さで現役キャリアの幕を下ろした格好だが、やはりケガがその決め手になってしまったようだ。フランス『レキップ』で「左ヒザがもう十分だと言ったら、もう従わざるをえなかった」と話す。イギリス『ミラー』が報じる。 「20歳のときから、右ヒザの上にもダモクレスの剣(古代ギリシャの故事のひとつ)をぶら下げてプレーしてきたんだ。右ヒザは強くなったものの、動きが悪くなって、左ヒザがパワーと押し込みのすべてを担った。片ヒザでどうやって11年プレーしたか? 多大な頑張りや犠牲、ケア、そして新しいバランスを管理する術を学んだよ」 「心理的に、ピッチに入ったら、ほかの選手にも、自分にも片ヒザしかないとは言えなかった。実際、ヒザだけを見たら、心配されるだろう。ケガをしたりするかも知れないのはわかりきったことだったけど、僕らは誰もがリスクを抱えて生きているんだ。剣闘士のように命をかけてプレーしているわけじゃないけど、身体的な問題を抱えてプレーしている。それが僕らだ。幼い頃からタフガイだ。生涯ずっと痛みを抱えながらプレーしているんだ」 また、「『両足があればすごいことになる』と自分に言い聞かせるときもあった。全てを軽く受け止めてきたけど、その問題を抱えるからこそ、自分の技をマスターしたんだ」と振り返り、こう続ける。 「もう何年もタックルをしていない。デュエルでインパクトを与える上で適切なタイミングを待つんだ。いつ止まるか、加速するか、先に走り出すかをね。このヒザがなければ、これほど自分のポジションをマスターできなかっただろうね。卓越した身体能力を持つ若い選手を見ると、ポジション管理と同じくらいのエネルギーを注げばモンスターになれると思う」 2024.10.17 13:05 Thu4
伝説のGKカーンが語る意外な後悔「あそこに移籍すれば良かった」
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