76歳レドナップ氏がトッテナム復帰に意欲! 31歳メイソンが指揮官就任なら「年配の者が出向いて…」
2023.03.22 20:48 Wed
老将ハリー・レドナップ氏(76)がトッテナム復帰に意欲を見せている。
2008-09シーズンから4年間トッテナムを指揮したレドナップ氏。そのトッテナムは現在、記者会見で選手とクラブを猛批判したアントニオ・コンテ監督(53)の解任が確実視されている。
イギリス『talkSPORT』のインタビューで「コンテ監督の後任を頼まれたらどうする?」と問われたレドナップ氏は、同世代の元指揮官が相次いで現場復帰しているのと同様に、愛着を持つクラブの要請であれば断れないと語った。
「正直なところ、ノーと言うのは難しい。ロイ(・ホジソン)とニール(・ウォーノック)がオファーを受諾したように、そのクラブ(トッテナム)を愛しているならノーとは言えないね」
レドナップ氏が言及したのは同い年のロイ・ホジソン氏。ホジソン氏は昨年5月に監督業引退を表明していたが、21日にパトリック・ヴィエラ前監督の後任としてクリスタル・パレスの指揮官に約2年ぶりに復帰すると発表された。
2017年から監督業を離れているレドナップ氏だが、同世代の現場復帰に刺激を受けている様子。一方、トッテナムから再登板の打診はないとし、今季終了までの暫定指揮官に就任するとみられているコーチのライアン・メイソン氏(31)をサポートする役に名乗りを上げた。
「若いマネージャーがチームを指揮する場合、年配の者が出向いて一緒に働く余地があると思う。たとえ週に数日でもね。口出しする必要はないんだ。若いマネージャーのアイデアに助言することができるよ」
「それ(監督業)は難しい仕事であり、孤独な仕事なのだ。できる限り周囲がサポートしてあげなくてはならない」
2008-09シーズンから4年間トッテナムを指揮したレドナップ氏。そのトッテナムは現在、記者会見で選手とクラブを猛批判したアントニオ・コンテ監督(53)の解任が確実視されている。
イギリス『talkSPORT』のインタビューで「コンテ監督の後任を頼まれたらどうする?」と問われたレドナップ氏は、同世代の元指揮官が相次いで現場復帰しているのと同様に、愛着を持つクラブの要請であれば断れないと語った。
レドナップ氏が言及したのは同い年のロイ・ホジソン氏。ホジソン氏は昨年5月に監督業引退を表明していたが、21日にパトリック・ヴィエラ前監督の後任としてクリスタル・パレスの指揮官に約2年ぶりに復帰すると発表された。
また、元クリスタル・パレス指揮官のニール・ウォーノック氏(74)も昨年4月に監督業引退を表明していたなか、先月16日に中山雄太が所属するチャンピオンシップ(イングランド2部)のハダースフィールド・タウンの指揮官に就任している。
2017年から監督業を離れているレドナップ氏だが、同世代の現場復帰に刺激を受けている様子。一方、トッテナムから再登板の打診はないとし、今季終了までの暫定指揮官に就任するとみられているコーチのライアン・メイソン氏(31)をサポートする役に名乗りを上げた。
「若いマネージャーがチームを指揮する場合、年配の者が出向いて一緒に働く余地があると思う。たとえ週に数日でもね。口出しする必要はないんだ。若いマネージャーのアイデアに助言することができるよ」
「それ(監督業)は難しい仕事であり、孤独な仕事なのだ。できる限り周囲がサポートしてあげなくてはならない」
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スパーズ時代のジェイミー・レドナップがダービーマッチで決めた矢のようなロングシュート【インクレディブル・ゴールズ】
サッカーファンなら誰もが一度は見たことがあるであろう歴史に残るスーパーゴール。今回の企画『Incredible Goals』(信じられないゴール)では、これまでに生まれた驚愕のゴールを紹介していく。 今回は、元イングランド代表MFジェイミー・レドナップ氏がトッテナムで決めたゴールだ。 <div id="cws_ad">◆ジェイミー・レドナップがダービーマッチで決めた豪快ロング<br/><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiI1ZW9DeHlUWCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> 父に名将ハリー・レドナップ氏、従兄弟にはチェルシーのレジェンドであるフランク・ランパード氏を持つなど、フットボール一家に生まれ育ったジェイミー・レドナップ氏は、主にリバプールで活躍。2002年から2005年1月までは、トッテナムでプレーした。 創造性溢れるプレーを得意とする技巧派のMFとして活躍したレドナップ氏だが、トッテナム時代の2004年4月25日に行われたプレミアリーグ第35節、アーセナルとの“ノース・ロンドン・ダービー”では、豪快なゴールを決めている。 前半に2失点を許し、0-2とトッテナムビハインドの62分、左サイドを攻め上がったFWジャーメイン・デフォーが中央に切り込み、MFマイケル・ブラウンにパスを送る。ブラウンが中央に横パスを送ると、後方からレドナップが走り込み、豪快なダイレクトシュートを放った。 右足から放たれた低い弾道の鋭いシュートはゴール左下に決まり、アーセナル相手に1点を返す。このゴールで試合の流れがトッテナムに傾くと、終了間際の90分に同点に追いつくことに成功。試合は2-2のドローに終わった。 2021.01.05 20:00 Tue2
史上最高“究極”のオールラウンダー、フランク・ランパード
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