日本代表が直面した2年前の悪夢が過る“わずか”ながらも決定的な差/日本代表コラム

2020.11.18 19:45 Wed
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あれから2年余り──ほとんどの人が絶望のどん底に落とされたであろう、あの試合を思い出させる結末となってしまった。日本代表は17日、国際親善試合でメキシコ代表と対戦。結果は0-2でメキシコが勝利を収めた。

◆森保ジャパン、FIFAランキング11位のメキシコに奮闘も後半2失点で惜敗

日本の平日早朝というなかなかないタイミングで行われる試合。ただ、出勤前、登校前に早起きして観戦した方も多いのではないだろうか。また、在宅ワークも増えている今の時期であれば、より観られた方も多いのかもしれない。

眠い目を擦りながらも早起きした人たちは、「早起きは三文の徳」という諺を実感したと思ったかもしれない。それぐらい前半の日本代表は可能性を感じさせた。

◆日本が主導権、敵将に“最悪”とまで言わせるパフォーマンス

パナマ代表戦から中3日の日本と、韓国代表戦から中2日のメキシコと、コンディションの差はあれど、日本は立ち上がりから積極的な入りを見せる。

最初の10分ぐらいはメキシコに効果的な攻撃こそさせなかったものの、日本もプレスに引っかかるシーンがあり、一進一退の攻防となった。しかし徐々に日本の前線がコンビネーションを見せ躍動する。

10分すぎには2列目右サイドの伊東純也(ヘンク)が中央に絞ってプレスをかけてボールを奪うと左へ展開。ボックス内でパスを受けた鎌田大地(フランクフルト)が相手を引きつけて中央へ送るも、これには鈴木武蔵(ベールスホット)がわずかに合わず、先制のチャンスを逃す。

さらに12分には、再びボール奪取から原口元気(ハノーファー)がドリブルでカットインから強烈なミドルシュート。枠を捉えていたシュートだったが、GKギジェルモ・オチョアが鋭い反応でセーブする。

そして15分には左サイドで粘った原口が中央へ折り返すと、フリーで受けた鈴木がボックス内中央からシュート。しかし、これはオチョアの右足で防がれる。

その後も右サイドを再三攻め上がる伊東からのクロスに原口が飛び込むなど、日本が圧倒していた時間帯が続いたが、結局メキシコのゴールネットが揺れることはなかった。

メキシコ代表のヘラルド・マルティーノ監督は試合後に「前半の20分、25分間は、私が代表監督に就任してからの2年間で最悪の時間だった」とコメントするほど、メキシコに何もさせず、まさに日本の時間帯だった。

◆前半のツケを払うことになった45分間

再三のチャンスを決め切れなかった日本だが、後半はそのツケを払うことになってしまう。

鎌田と原口が攻撃のキーマンとなっていたことを見抜いたマルティーノ監督はDFルイス・ロドリゲスを右サイドバックに、DFエドソン・アルバレスをボランチに置いて鎌田のマークにつけ、ダブルボランチにしてバイタルエリアのケアを行った。

さらに、中2日からくる立ち上がりの悪さを45分間凌いだことで、後半はギアを上げ、プレスの強度やデュエルでの勝率を上げていった。

それと同時に日本はズルズルと後退。強度を上げるためか、MF柴崎岳(レガネス)と鈴木を下げ、MF橋本拳人(FCロストフ)とMF南野拓実(リバプール)を起用したが、これが裏目に。中盤のバランスが崩れ、前半からメキシコの攻撃の芽を摘み、攻撃のスイッチを入れていたMF遠藤航(シュツットガルト)をメキシコは封じに行き主導権を握ることに成功。そして、押し込んだ状態で難しい局面をエースのFWラウール・ヒメネスが決め切って先制したのだ。

明らかに日本よりは決定機の数が少なかったメキシコだが、そこを決め切って先に試合を動かすあたり、やはりレベルが1つも2つも違うことを証明した。シュートのアイデアもさすがだが、良い時間帯で仕留めるチームとしての能力の高さは日本にはないものだった。

ビハインドとなった日本だが、押し上げることができない。鎌田にもボールが入らなくなり、前線の4枚はプレスに走らされることに。さらに無理やり縦につけようとすればそこを狙われ、メキシコボールにされるという悪循環が続いた。その結果、南野に入れたボールを奪われた流れからFWイルビング・ロサーノにゴールを許し、5分間で2失点。その後は、ピッチが霧に包まれたように、日本のサッカーも霧の中に入り込み、0-2で敗れた。

◆わずかでも決定的な差

前半は日本、後半はメキシコという45分ずつで大きく流れが変わった試合だが、こういった試合をモノにできなければ、ワールドカップでベスト8に入ることはできないだろう。

いや、このメキシコですら1994年のアメリカ・ワールドカップから7大会連続でベスト16で敗退している。そのメキシコに良いようにやられている今のままでは、ベスト8に自信を持って進めるとは言えないだろう。

両チームの差は様々なところにあるが、大きくは2つだと考えられる。1つは90分間でゲームをデザインする力だ。

森保一監督が就任してから、日本代表はピッチ内での対応力を身に付けようと活動を続けてきた。それは、冒頭でも触れた2018年のロシア・ワールドカップ ラウンド16でのベルギー代表戦での苦すぎる経験があるからだ。

誰もがベルギー優勢だと考えていたあの試合、日本が原口と乾貴士のゴールで2点のリードを奪う。日本人を含め多くの人が予想していなかった番狂わせが起こると思ったが、その後に起きたことは悲劇としか言えなかった。

あの試合で日本が痛感したのは、ピッチ上での対応力、判断が勝敗を分けるということだった。2点ビハインドになったベルギーのロベルト・マルティネス監督は、スピードとテクニックに優れるドリエス・メルテンスとヤニク・フェレイラ・カラスコを下げ、高さのあるマルアン・フェライニナセル・シャドゥリを投入する。そのメッセージを受け取ったベルギーの選手たちは、高さで日本に対抗し、セットプレーから5分間で2点を奪って同点とした。

あの試合にも出場していた原口は、メキシコ戦後に「実力がすごくある相手に対して、なんで毎回こうなるんだという感情になりました」と本音を吐露。良い試合運びをしながらも、簡単に相手にゴールを許す展開に「まさにフラッシュバックしました」とベルギー戦を思い出したといった。

2年が経過し、日本代表が成長していないとは言わない。ただ、ワールドカップでベスト8に入るだけの力は、まだ備わっていないことを痛感させられたメキシコ戦だった。

そして2つ目は、そのデザインを可能にする基本的なプレー精度だ。メキシコ戦では細かなミスが特に後半に散見。パフォーマンスが徐々に落ち、メキシコが勢いづく要因にもなった。吉田麻也(サンプドリア)は「1個つながれば、1個相手のプレスをかいくぐれば、もう1mボールが前に出てれば、というシーンが非常に多かった」とコメントした。あと1歩というところの精度を上げなければ、デザインした通りには上手くいかなくなってしまう。

柴崎も「選手個々人の能力というか、メキシコの選手はテクニックもしっかりしていたので、そこで差が出てしまった」と語った。個々人が残り2年でさらにレベルアップしなければ、日本がベスト8に入ることは難しいだろう。

◆あと2年で何を積み上げていくか

試合前に「指標になる試合」と原口や柴崎は口にしていたが、まさに日本代表の現在地を知る良い機会となった。もちろん勝って課題を見つけられた方が良いが、この試合をこの状況下でこのタイミングで行えたことは非常に大きな価値がある。

「今日がワールドカップじゃなくてよかった」と試合後に原口が語ったが、貴重な経験を2年前にできたことは大きい。「この2年間を無駄にせず」とも語ったように、長いか短いかは分からないが、残りの2年でやるべきことは整理できるはずだ。

アジアでの戦いだけでは感じられない課題、そして日本国内での親善試合では得ることのできない経験を今回の日本代表はしたはずだ。次は来年3月のカタール・ワールドカップ アジア2次予選。Jリーグ組も予選では招集される可能性もあるが、この4カ月で誰が何を積み上げるか。それぞれのクラブでのプレーにより一層注目する4カ月となりそうだ。
《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》
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ほらやっぱり新年になったらやることあるじゃん!? の巻/倉井史也のJリーグ

みなさん、あけましておめでとうございます。 まったく今年も新年早々原稿を書いてるわけなんですけど、ワタクシの場合、天皇杯見るという初詣みたいな行事が終わった後にやることがあるわけですよ。 それは今年のカレンダーに予定を書き込むこと。まぁ去年みたいに思いっきりずれてしまって、何度も書き直すなんてことがない世の中になってほしいもんです。 ってことで、今のところ分かってる今年の予定をみなさんにも!! ・J12月27日(土)〜12月04日(土)(4チーム自動降格) ・J22月27日(土)〜12月05日(日)(プレーオフなし・上位2チーム自動昇格・ただしクラブライセンス次第、4チーム自動降格) ・J33月13日(土)〜12月05日(日)(上位2チーム自動昇格・ただしクラブライセンス次第) ・J1は7月12日(月)から8月08日(日)まで中断 ・J2は7月19日(月)から8月08日(日)まで中断 ・J3は7月12日(月)から8月27日(金)および中断 ・EURO2021日本時間6月12日(土)04:00〜7月12日(月)04:00 ・コパアメリカ現地時間6月11日(金)〜7月11日(日) ・東京五輪サッカー 7月21日(水)女子開幕・7月22日(木)男子開幕 8月06日(金)女子決勝・8月07日(土)男子決勝 ・クラブワールドカップ(日本)12月 ・日本代表 3月25日(木)vs未定・日産 3月30日(火)vsモンゴル・アウェイ 6月03日(木)vs未定・札幌 6月07日(月)vsタジキスタン・吹田 6月11日(金)vs未定・神戸 6月15日(火)vsキルギス・吹田 ・五輪代表 3月26日(金)vs未定・東京 3月29日(月)vs未定・北九州 6月05日(土)vs未定・ベスト電器 6月12日(土)vs未定・豊田 7月12日(土)vs未定・長居 7月17日(土)vs未定・神戸 ・U-20ワールドカップ(5月20日〜6月13日)、U-17ワールドカップ(10月)は中止 なんか、去年のカレンダーみてるみたい……とまぁ、それは置いといて。今年もこれだけ楽しまなきゃいけないんだから、張り切って行きましょ!! みんな、転記しました? え? スケジュール確認は去年終わってる(汗)? <hr>【倉井史也】 試合当日は、はやる気持ちを抑えられずスタジアムに受け付け開始と同時に駆けつけ、選手のバスが両方行ってしまうまで名残を惜しむ。自慢は対戦カードの因縁をよく覚えていること。特にサポーター寄りのネタが得意。パッと見は若いが実は年齢不詳のライター。 2021.01.01 13:00 Fri
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【2022年カタールへ期待の選手vol.60】内田篤人以来の鹿島高卒新人開幕戦出場を勝ち取った男。U-19代表から一気に飛躍を!/荒木遼太郎(鹿島アントラーズ/MF)

「(東福岡から)鹿島に入る前は、こんなに出れるとは思ってなかったですけど、試合に出た中で100%のパフォーマンスを出せないことが多くて、自分としては悔しい年になったかなと。ドリブルは結構出せたし、通用したなと思いましたし、試合を重ねていくうちに自信にはなった。でも、チームが勢いを出したい時に役割を果たせなかった。そういう選手にならなきゃいけないですね」 プロ1年目をこう回顧するのは、ザーゴ新体制の2020年鹿島アントラーズでJ1・26試合出場2ゴールと、高卒新人としてまずまずの数字を残した荒木遼太郎だ。 高校サッカーの名門・東福岡高校から今季加入し、2月23日のJ1開幕・サンフレッチェ広島戦から早速登場。2006年の内田篤人(JFAロールモデルコーチ)以来の高卒新人開幕デビューを果たした。その後、コロナ禍による4カ月の中断を経て、7月4日にリーグ戦が再開された後も、主にジョーカーとして起用され続けた。8月16日のヴィッセル神戸戦ではプロ初ゴールを奪い、9月5日の名古屋グランパス戦では値千金の決勝点をゲット。「近未来の黄金世代を担うアタッカー」として脚光を浴びた。 実際、「26試合2得点」という数字は、プロ1年目だった柳沢敦(鹿島ユースコーチ)や小笠原満男(アカデミーアドバイザー)といった先人たちをはるかに超えている。それでも、本人の中では前述の通り、不完全燃焼感が非常に強かったという。 「最初の頃はドリブルで自由にやらせてもらっていたんですけど、だんだん分析されるようになり、途中から相手の当たりが強くなって、思い通りにプレーさせてもらえなくなった」と悔しさをにじませる通り、鹿島が勝ち始めた10月後半から出番が減っている。そのあたりからゴールを固め取りした上田綺世などは自信を持って2020シーズンを終えられたが、荒木は「プロの壁」にぶつかったというのが正直なところなのだろう。 苦しみもがいた期間には、さまざまな先輩から参考になる声掛けをしてもらった。その1人が8月に引退した内田篤人コーチだ。 今季始動時から引退試合となった8月23日のガンバ大阪戦までは同じ選手、その後はU-19のコーチとして身近なところにいてくれた偉大な人物に言われた言葉を荒木は胸に刻み付けている。 「選手だった時から結構アドバイスをもらいました。U-19の活動中は『右サイドでボールを受けた時、どういう優先順位でプレーするかをしっかり考えるように』と言われています。ドリブルに関しても『ミスを恐れずどんどん持ち味を出していけ』『仕掛けていけ』と言われているので、思い切って100%の力で行くことを考えるようになりました」 内田コーチが19歳だった頃もセンの細さゆえに相手の激しいマークを受け、思うようにならない場面にしばしば直面していた。それでも彼は積極果敢な攻め上がりを続けたし、ゴール前に鋭いクロスを蹴っていた。そのアグレッシブさはU-20、U-23、A代表とカテゴリーが上がっても変わらなかったし、シャルケに移籍してからはより鋭さに磨きがかかった印象だ。 荒木はサイドバックの内田より前目のアタッカー。だからこそ、より攻撃姿勢を鮮明にしなければならない。「今の年齢が世界のトップに行けるか否かの分かれ目」であることを、数々の修羅場をくぐってきた先輩は伝えたかったのだろう。 残念ながら、12月24日に国際サッカー連盟(FIFA)が2021年U-20ワールドカップ(インドネシア)中止という決定を下したため、荒木はケガで棒に振った2019年U-17ワールドカップ(ブラジル)に続いて、またしても世界の大舞台への参戦が叶わなくなってしまった。それでも、2002年生まれの彼には2024年パリ五輪出場資格がある。そこを見据えて地道にコツコツとレベルアップしていくしかない。 加えて言うと、鹿島でコンスタントに活躍していれば、その前に海外移籍の道も開けてくる可能性も少なくない。現に同じU-19日本代表の斉藤光毅(横浜FC)が年明けからベルギー2部・ロンメルへ赴くことになっている。西川潤(C大阪)もバルセロナから熱視線を送られていると言われるなど、海外クラブによる日本の20歳前後の注目度は年々高まる一方だ。 常勝軍団で高卒1年目からピッチに立っている荒木なら当然その資格があるはず。プロ2年目は今後のキャリアを左右する勝負のシーズンになるかもしれないのだ。 「自分も将来的には海外も考えています。まずは鹿島でしっかり結果を残して、代表でもメンバーに選ばれることを考えているので、光毅には負けてられないです」 持ち前のスピードある突破に磨きをかけるだけでなく、得点という目に見える数字を残し、チームを勝たせられる存在になれれば、鬼に金棒だ。ここから一気に成長曲線を引き上げてほしいものである。 <div id="cws_ad"><hr>【文・元川悦子】<br />長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2021.01.01 12:05 Fri
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寝耳に大洪水のFIFAの思惑/六川亨の日本サッカーの歩み

今年も残すところあと2日になったが、クリスマスの25日にはとんでもないニュースが飛び込んできた。FIFA(国際サッカー連盟)は来年5~6月にインドネシアで開催予定のU-20W杯と、10月にペルーで開催予定だったU-17W杯の2大会の中止を決定した。 両大会とも2年延期し、23年にそれぞれの国で改めて開催する予定だという。 この一報を聞いたJFA(日本サッカー協会)の反町技術委員長は、同日14時から急きょリモートによる会見を開いた。 両大会の中止を聞いた瞬間は「正直な話、とんでもないクリスマスプレゼント」と受け止め、U-19日本代表候補がキャンプ中でもあるため、「寝耳に大洪水」だったと表現した。 今年の流行語大賞は新型コロナによる「3密」に決定したが、もしも新型コロナの影響がなく、もう少し早く「寝耳に大洪水」が発せられていれば、流行語大賞の候補になったのではないかと思ってしまう。 それだけ“反町語録"として残したい名言だし、その半分くらいの発信力が森保監督にあればとも思うが、こればかりはキャラクターだけに無理強いはできないだろう。 イギリスでは新型コロナの変異ウィルスが確認され、日本も海外からの帰国者が感染していることが28日に判明した。感染拡大は新たなフェーズに入ったかもしれないが、情報は圧倒的に不足している。 そうした中でFIFAがU-20とU-17のW杯を中止したのは当然の措置とも言える。 ただ、穿った見方をすれば、両大会ともFIFAの持ち出しによる赤字の大会だから、簡単に中止を決定できたとも推測できる。その一方で、来年2月と間近に迫ったクラブW杯については一向に中止のアナウンスが聞こえてこない。恐らくは簡単に中止できない諸事情がFIFAにはあるのだろうと勘ぐりたくなる。 今年は新型コロナにより、Jリーグは過密日程ながらも全試合を実施できた。一方ルヴァン杯は大会方式を変更しながらも、なんとか決勝までこぎ着けた。天皇杯も大幅な変更を余儀なくされつつ、J1勢同士による100回記念の決勝を残すのみとなった。いずれも関係者の努力の賜物と言っていい。 と同時に、これらに共通するのは放映権であり大会スポンサーとの契約などである。契約事項に守秘義務があるため詳細が明かされることはないが、試合や大会を“実施しなければ"違約金が生じてしまう可能性がある。それは日本だけでなくAFC(アジアサッカー連盟)も同じだろう。だからこそACLの形式を簡略化し、辞退するチームが出ても決勝戦を開催せざるを得なかった。 FIFAとしては、コンフェデレーションズカップがなくなったぶん、2月のクラブW杯で1年9ヶ月後のW杯のシミュレーションをしたいのだろう。なぜならFIFAの役員と世界各国から集められたW杯組織委員会のメンバーが一堂に会する機会は、これが最初で最後になりかねないからだ。 と同時に、新型コロナの変異ウィルスの感染拡大の危機がありながら、それでも来年2月にFIFA主催の国際大会を開催することに、逆にFIFAの焦りを感じてしまう。クラブW杯は将来的に24チームに拡大する予定だが、そのために中国企業とどのようなスポンサー契約を交わしているのか。気になるのは私だけだろうか。 反町技術委員長は、国際大会こそ中止になったもののアジア選手権、W杯のアジア予選が中止になったとAFCから連絡はないので、そのための強化を粛々と進めるという。FIFAがW杯を中止するくらいだから、AFCも同じ判断を下す可能性が高いだろう。それでも技術委員長としては「強化の歩みをストップさせてはいけない」と準備を進めるしかない。 同じことは今後U-15日本代表にも当てはまるだろうし、W杯アジア2次予選にも影響が及ぶかもしれないが、現状は先がまったく読めない状況だ。 個人的な意見としては、日本代表(女子も含め)からアンダーカテゴリーまで、韓国や中国、オーストラリアなど近隣諸国とのテストマッチの回数を増やしてはどうだろう。いずれもアジア予選では日本に立ち塞がるライバルだし、コロナの影響を避けながらマッチメイクすることも可能だと思う。 改めて近隣のライバルと切磋琢磨する絶好の機会と思うのだが、いかがだろうか。 <div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.12.30 22:00 Wed
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大卒選手の台頭でますます狭き門の五輪代表/六川亨の日本サッカー見聞録

天皇杯の準決勝は、順当に川崎F対秋田、G大阪対徳島のJリーグ勢同士の顔合わせとなった。そして新型コロナウイルスの影響か、海外から監督を招聘したり選手を補強したりする動きは今のところ数えるほどと言っていい。その代わり、国内での監督と選手の移動はかつてないほど賑やかだ。 来シーズンは降格チームの数が増えることと、東京五輪が開催されればJ1リーグは今シーズン同様過密日程が予想されるため、チーム編成(作り)を早めに進めたいという思惑があるからだろうか。 監督に関して言えば、1位・川崎Fの鬼木監督、2位・G大阪の宮本監督、3位・名古屋のフィッカデンティ監督と、6位・FC東京(長谷川監督)、8位・広島(城福監督)、9位・横浜FM(ポステゴグルー)、11位・大分(片野坂監督)、13位・鳥栖(金明輝監督)、15位・横浜FC(下平監督)、18位・湘南(浮嶋監督)は続投を決定した。 一方、4位のC大阪(クルピ)、10位の浦和(ロドリゲス)、16位の清水(ロティーナ)、17位の仙台(手倉森誠か大槻毅)は新監督を招聘することを表明。残る札幌や鹿島、柏などは続投がかなり濃厚だが、25日時点で正式な発表はない。 反町JFA(日本サッカー協会)技術委員長は、来シーズンはW杯予選と五輪の活動が重なるため、森保監督の了解を得て同監督をサポートするための人材補填を認めていた。公表時期はJリーグが終了する12月20日以降としていたものの、いまだに氏名は漏れ伝わってこない。 となると、まだシーズンが終わっていない(天皇杯とルヴァン杯決勝がある)川崎F、G大阪、FC東京、柏の4チームの関係者ということだろうか。 そしてもう1つ気になるのが、森保監督をサポートしていた関塚ナショナルチームダイレクターが11月末日に退任したものの、同氏のその後の動向も一向に伝わってくる気配がないことだ。コロナの変異種で感染が拡大している現状では、西野タイ代表監督のように海外(東南アジア)で監督を務めることも難しいだろう。 まさか西野技術委員長とハリルホジッチ監督の時のように、ナショナルチームダイレクターを辞任してから東京五輪の監督に就任(ロンドン五輪ではベスト4に進出した実績がある)するという“ウルトラC"(という言い方がいまも通用するかどうか)の再現でもあるのだろうか。 こちらは自分で書いていても信じられないため、現実的ではないだろうが……。 さて昨日23日は、午前は五輪代表候補キャンプを、午後からはU-19日本代表候補対慶応大学のトレーニングマッチを取材した。五輪代表の候補キャンプには23名が招集されたものの、2名の選手が負傷で辞退したため新たに3名が追加招集され、さらに1名が負傷で離脱したため±0で、23名になった。 改めて言うまでもないが、五輪の登録人数は18名とかなりの“狭き門"だ。そして今回のキャンプには27日に天皇杯を控えている川崎Fの三笘、田中碧、旗手と今シーズン活躍した3選手が呼ばれていない。 さらに10~11月のA代表にも冨安(ボローニャ)を始め中山(ズヴォレ)、板倉(フローニンゲン)、久保(ビジャレアル)ら五輪候補7名の海外組が呼ばれたし、堂安(ビーレフェルト)も好調を取り戻しつつある。 こうして見ると五輪代表候補のラージグループは35名にも膨れ上がる。ここからOA枠3名を引いたら果たして今いるメンバーから何名が残れるのか……と思いながら練習を見てしまった。 今回は初招集の選手もいたが、それは今シーズンのJリーグで結果を残したからである。その代表格が安部(FC東京)だろう。「自分は世代別の代表に入ったことがなく、今回が初の代表でうれしかったし目標だったので、素直にうれしいです」と喜びを表した。そして五輪が1年延期されたことで「出たいなという思いはあったけど、現実的ではなかった」のが、今回選ばれたことで「近づいたかな」と五輪への思いを強くした。 同じFC東京の先輩である渡辺は、今回の招集を違った角度で見ていた。 昨シーズン夏以降の活躍で代表に初招集され、今年1月のU-23アジア選手権にも参加したが、「アジアレベルで活躍できなかった。元々は(五輪代表に)滑り込んでやろうと思った」ところ、「(五輪が)1年延びたことで実力を見てもらえるようになったと思う。立場は変わり、実力を見て選ばれたのだと思う」と今回の招集に自信を深めつつ、アピールを狙っていた。 そんな2人とはちょっと違うスタンスなのが、ルビン・カザンへの移籍が決まった齋藤(湘南)だ。年代別の代表に選ばれたことで国際経験が豊富なせいか、「森保監督も横内コーチも言っていますが、五輪代表の先にA代表がある。僕もそのつもりで活動しています」と先を見据えている。カザンは日本代表がロシアW杯の際にキャンプ地として利用し、U-19日本代表も一緒にキャンプをした思い出の地でもある。 齋藤は「馴染みがあるのでしっかりプレーしたいです」と抱負を述べながらも、「いまここでしっかりやることも大事だし、ロシアに行ってもしっかりやることが重要になる」と常に足下を見つめていた。 今回のキャンプは最終日に関東大学選抜との練習試合で打ち上げとなり、次回の活動は来年3月26日の親善試合までない。この3月の2試合と6月の2試合はインターナショナルマッチデーのため、海外組の招集が可能だ(コロナの感染が深刻な状況にならない限り)。恐らくこの4試合が最終テストで、7月上旬のキリンチャレンジ杯2試合を経て五輪本大会に臨むことになるだろう。 こうして見ると、やはり五輪代表に残るのは、アピールする機会も限られているので改めて“狭き門"だと思う。 左右からクロスを入れてのシュート練習や、ハーフコートでの紅白戦で森保監督と横内コーチはどこまで選手の実力をチェックできるのか。半日ほどの取材では到底うかがい知ることはできないが、やはり選手にとっては新シーズンのリーグ戦がアピールする格好の場になるのではないだろうか。 そんな思いにとらわれた、五輪代表候補のキャンプを取材したインプレッションだった。 <div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.12.25 20:50 Fri
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