ジエリンスキ退団に備え? ナポリがMLSで躍動する21歳のアルゼンチン代表MFらと交渉中
2023.04.22 20:28 Sat
現役MLS選手として史上初のW杯優勝メンバーとなったティアゴ・アルマダ
今夏の移籍市場に向け、ナポリが動きを加速させているようだ。イタリア『カルチョメルカート』が伝えている。
今シーズンのセリエAで首位を独走するナポリ。チャンピオンズリーグ(CL)ではミランとの同国対決に敗れて準々決勝敗退となったが、故ディエゴ・マラドーナ氏を擁した1989-90シーズン以来、33年ぶりのスクデットが近づいている。
その裏で首脳陣は移籍市場に向けて動きを本格化。今シーズンの公式戦40試合出場で7ゴール10アシストを記録しているポーランド代表MFピオトル・ジエリンスキ(28)の退団も予想されており、その後釜としてなのか、攻撃的MFの2選手をリストアップしているという。
1人目はウディネーゼのセルビア代表MFラザール・サマルジッチ(21)。2021年8月にRBライプツィヒからウディネーゼへと移籍し、途中出場が中心ながらも昨シーズンはセリエAで22試合2ゴール2アシスト、今シーズンは29試合4ゴール3アシストをマークしている。
ナポリを率いるルチアーノ・スパレッティ監督は自らのチーム相手にゴールを奪ったこともあるサマルジッチを大変気に入っているそうだが、首脳陣はウディネーゼとの交渉で要求された2700〜3000万ユーロ(約40億〜44億6000万円)という金額を高すぎると感じているようだ。
こちらについてもナポリはすでにアトランタと交渉中。アトランタの要求額は2000万ユーロ(約29億7000万円)とさほど高額ではなく、すでに本腰を入れている。ティアゴ・アルマダにはラ・リーガとリーグ・アンのクラブからも関心が寄せられているようで、ナポリとしては早急に契約を結びたいと考えているとのことだ。
今シーズンのセリエAで首位を独走するナポリ。チャンピオンズリーグ(CL)ではミランとの同国対決に敗れて準々決勝敗退となったが、故ディエゴ・マラドーナ氏を擁した1989-90シーズン以来、33年ぶりのスクデットが近づいている。
その裏で首脳陣は移籍市場に向けて動きを本格化。今シーズンの公式戦40試合出場で7ゴール10アシストを記録しているポーランド代表MFピオトル・ジエリンスキ(28)の退団も予想されており、その後釜としてなのか、攻撃的MFの2選手をリストアップしているという。
ナポリを率いるルチアーノ・スパレッティ監督は自らのチーム相手にゴールを奪ったこともあるサマルジッチを大変気に入っているそうだが、首脳陣はウディネーゼとの交渉で要求された2700〜3000万ユーロ(約40億〜44億6000万円)という金額を高すぎると感じているようだ。
もう1人はメジャーリーグ・サッカー(MLS)のアトランタ・ユナイテッドで攻撃のタクトを振るうアルゼンチン代表MFティアゴ・アルマダ(21)。カタール・ワールドカップ(W杯)の優勝メンバーに名を連ね、アルゼンチン国内では今後のさらなる飛躍も期待されている選手だ。
こちらについてもナポリはすでにアトランタと交渉中。アトランタの要求額は2000万ユーロ(約29億7000万円)とさほど高額ではなく、すでに本腰を入れている。ティアゴ・アルマダにはラ・リーガとリーグ・アンのクラブからも関心が寄せられているようで、ナポリとしては早急に契約を結びたいと考えているとのことだ。
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レアル・ソシエダと今季最終年の現行契約をもって、今夏にフリーとなるベルギー代表MFアドナン・ヤヌザイ(27)に恩師と再会の可能性が浮上している。 その恩師とはデイビッド・モイーズ監督だ。マンチェスター・ユナイテッドのアカデミーで育ち、逸材と謳われたヤヌザイは18歳の2013年に当時の監督だった現ウェストハム指揮官のデイビッド・モイーズ氏に才能を買われ、トップチームデビュー。結局、2013-14シーズン途中にモイーズ監督が追われ、それまでの関係だったが、ヤヌザイの恩師として記憶される。 そんなヤヌザイはユナイテッドであのライアン・ギグス氏の後継として背番号「11」を託されたりもしたが、鳴かず飛ばずに終わり、2017年夏からソシエダでプレー。チームとしてラ・リーガ6位フィニッシュを決め、ヨーロッパリーグ出場権獲得を獲得した今季も公式戦44試合でプレーするなど、公式戦通算でも168試合の出場数を誇るが、先月に今季退団が決まった。 イギリス『ミラー』が『Diario de Sevilla』を情報源に報じたところによると、ソシエダと同じくラ・リーガを戦うレアル・ベティスのほかにも、セリエAからナポリが獲得を検討中とのことだが、今季もプレミアリーグで上位戦線に割って入ったウェストハムも興味を示すクラブの1つだという。 そこに挙がる3つのクラブは戦うステージこそ違うものの、いずれも来季のヨーロッパ大会出場権を保有。かつてユナイテッド在籍時の2016-17シーズンに再起をかけ、モイーズ氏が率いるサンダーランドにローンで加わるなど、恩師を追っての移籍を経験するヤヌザイだが、去就やいかに。 2022.06.15 16:55 Wed4
ナポリ時代のカバーニがユベントスDFを蹂躙!頭だけでハットトリックの大仕事【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、ウルグアイ代表FWエディンソン・カバーニがナポリ時代に決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆カバーニがダイビングヘッド含むヘディングゴール3発<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJRaVVCVmM3WiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 2010年7月、パレルモからナポリへと移籍したカバーニ。2013年7月にパリ・サンジェルマン(PSG)へ移籍するまでの3シーズンで公式戦138試合で104ゴール14アシストを記録していた。 2011年1月9日に行われたセリエA第19節のユベントス戦では、ハットトリックも決めている。スタディオ・サン・パオロに7位のユベントスを迎えた一戦でカバーニは躍動する。 まずは20分、右サイドのMFクリスティアン・マッジョのクロスをカバーニが頭で流し込み、幸先よく先制に成功すると、26分には左サイドのMFアンドレア・ドッセーナからのクロスを再びカバーニが頭で押し込んだ。 さらにエンドが変わった54分には、ボックス右からのMFマレク・ハムシクのクロスをカバーニがダイビングヘッド。強烈なシュートがゴールに突き刺さった。 3ゴール全てを頭で決めたカバーニ。現在はPSGを退団してフリーとなっており、その新天地に注目が集まっている。 2020.08.30 01:00 Sun5
