“ピクシー”率いるセルビア代表26名が発表! ヴラホビッチら強力FW陣にミリンコビッチ=サビッチ兄弟ら【ユーロ2024】
2024.05.28 18:40 Tue
ヴラホビッチら主力が順当選出
セルビアサッカー協会(SRB)は28日、ユーロ2024に向けたセルビア代表メンバー26名を発表した。
ユーゴスラビア代表、そしてセルビア・モンテネグロ代表として歩んできた中、ユーロ2008の予選からセルビア代表として活動開始。これまで4大会は予選敗退となっており、セルビア・モンテネグロ時代のユーロ2000以来、24年ぶりの本大会出場となった。
チームを率いるドラガン・ストイコビッチ監督は、19日に発表した候補メンバー35名からFWネマニャ・ラドニッチ(マジョルカ)、DFジャン=カルロ・シミッチら国外組4名と国内組5名をメンバー外とした。
そして、ミリンコビッチ=サビッチ兄弟や、ドゥシャン・タディッチ、ドゥシャン・ヴラホビッチ、ルカ・ヨビッチ、アレクサンダル・ミトロビッチら主力を順当に選出した。
なお、ユーロ2024でグループCに入ったセルビアはスロベニア代表、デンマーク代表、イングランド代表と対戦する。今回発表されたセルビア代表メンバーは以下のとおり。
GK
プレドラグ・ライコビッチ(マジョルカ/スペイン)
ヴァンヤ・ミリンコビッチ=サビッチ(トリノ/イタリア)
ジョルジェ・ペトロビッチ(チェルシー/イングランド)
DF
ネマニャ・ストイッチ(TSC)
ウロシュ・スパイッチ(ツルヴェナ・ズヴェズダ)
スルジャン・バビッチ(スパルタ・モスクワ/ロシア)
ストラヒニャ・パヴロビッチ(ザルツブルク/オーストリア)
ミロシュ・ヴェリコビッチ(ブレーメン/ドイツ)
二コラ・ミレンコビッチ(フィオレンティーナ/イタリア)
MF
スルジャン・ミヤイロビッチ(ツルヴェナ・ズヴェズダ)
セルゲイ・ミリンコビッチ=サビッチ(アル・ヒラル/サウジアラビア)
ミヤト・ガチノビッチ(AEKアテネ/ギリシャ)
アンドリヤ・ジヴコビッチ(PAOKテッサロニキ/ギリシャ)
フィリップ・ムラデノビッチ(パナシナイコス/ギリシャ)
ヴェリコ・ビルマンチェビッチ(スパルタ・プラハ/チェコ)
ドゥシャン・タディッチ(フェネルバフチェ/トルコ)
ネマニャ・グデリ(セビージャ/スペイン)
ネマニャ・マクシモビッチ(ヘタフェ/スペイン)
サシャ・ルキッチ(フルアム/イングランド)
イバン・イリッチ(トリノ/イタリア)
ラザール・サマルジッチ(ウディネーゼ/イタリア)
フィリップ・コスティッチ(ユベントス/イタリア)
FW
ドゥシャン・ヴラホビッチ(ユベントス/イタリア)
ルカ・ヨビッチ(ミラン/イタリア)
ペタル・ラトコフ(ザルツブルク/オーストリア)
アレクサンダル・ミトロビッチ(アル・ヒラル/サウジアラビア)
ユーゴスラビア代表、そしてセルビア・モンテネグロ代表として歩んできた中、ユーロ2008の予選からセルビア代表として活動開始。これまで4大会は予選敗退となっており、セルビア・モンテネグロ時代のユーロ2000以来、24年ぶりの本大会出場となった。
チームを率いるドラガン・ストイコビッチ監督は、19日に発表した候補メンバー35名からFWネマニャ・ラドニッチ(マジョルカ)、DFジャン=カルロ・シミッチら国外組4名と国内組5名をメンバー外とした。
なお、ユーロ2024でグループCに入ったセルビアはスロベニア代表、デンマーク代表、イングランド代表と対戦する。今回発表されたセルビア代表メンバーは以下のとおり。
◆セルビア代表メンバー26名
GK
プレドラグ・ライコビッチ(マジョルカ/スペイン)
ヴァンヤ・ミリンコビッチ=サビッチ(トリノ/イタリア)
ジョルジェ・ペトロビッチ(チェルシー/イングランド)
DF
ネマニャ・ストイッチ(TSC)
ウロシュ・スパイッチ(ツルヴェナ・ズヴェズダ)
スルジャン・バビッチ(スパルタ・モスクワ/ロシア)
ストラヒニャ・パヴロビッチ(ザルツブルク/オーストリア)
ミロシュ・ヴェリコビッチ(ブレーメン/ドイツ)
二コラ・ミレンコビッチ(フィオレンティーナ/イタリア)
MF
スルジャン・ミヤイロビッチ(ツルヴェナ・ズヴェズダ)
セルゲイ・ミリンコビッチ=サビッチ(アル・ヒラル/サウジアラビア)
ミヤト・ガチノビッチ(AEKアテネ/ギリシャ)
アンドリヤ・ジヴコビッチ(PAOKテッサロニキ/ギリシャ)
フィリップ・ムラデノビッチ(パナシナイコス/ギリシャ)
ヴェリコ・ビルマンチェビッチ(スパルタ・プラハ/チェコ)
ドゥシャン・タディッチ(フェネルバフチェ/トルコ)
ネマニャ・グデリ(セビージャ/スペイン)
ネマニャ・マクシモビッチ(ヘタフェ/スペイン)
サシャ・ルキッチ(フルアム/イングランド)
イバン・イリッチ(トリノ/イタリア)
ラザール・サマルジッチ(ウディネーゼ/イタリア)
フィリップ・コスティッチ(ユベントス/イタリア)
FW
ドゥシャン・ヴラホビッチ(ユベントス/イタリア)
ルカ・ヨビッチ(ミラン/イタリア)
ペタル・ラトコフ(ザルツブルク/オーストリア)
アレクサンダル・ミトロビッチ(アル・ヒラル/サウジアラビア)
ドラガン・ストイコビッチ
ネマニャ・ラドニッチ
ジャン=カルロ・シミッチ
ドゥシャン・タディッチ
ドゥシャン・ヴラホビッチ
ルカ・ヨビッチ
アレクサンダル・ミトロビッチ
プレドラグ・ライコビッチ
ヴァンヤ・ミリンコビッチ=サビッチ
ジョルジェ・ペトロビッチ
ネマニャ・ストイッチ
ウロシュ・スパイッチ
スルジャン・バビッチ
ミロシュ・ヴェリコビッチ
スルジャン・ミヤイロビッチ
セルゲイ・ミリンコビッチ=サビッチ
ミヤト・ガチノビッチ
アンドリヤ・ジヴコビッチ
フィリップ・ムラデノビッチ
ヴェリコ・ビルマンチェビッチ
ネマニャ・グデリ
ネマニャ・マクシモビッチ
サシャ・ルキッチ
イバン・イリッチ
ラザール・サマルジッチ
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華麗な技と熱きハートでJを席巻した“妖精”ドラガン・ストイコビッチ
豊富なテクニックや創造性を持ち合わせた選手を多く輩出し、“東欧のブラジル”と称されたユーゴスラビア代表。しかし、その栄光は長くは続かなかった。 強豪国として、ヨーロッパで名を馳せていたものの、国家の解体に合わせて代表チームも1992年を最後に国際舞台から排除。制裁が解けた1998年のフランス大会がユーゴスラビアとして最後のワールドカップとなった。(後にセルビア・モンテネグロ代表やセルビア代表は出場) そのユーゴスラビア代表の最後のメンバーであり、日本サッカー界にも多大なる影響を与えた男がいる。それが、ドラガン・ストイコビッチだ。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆世界の舞台で活躍したキャプテン</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 観客を魅了するプレーでJリーグの黎明期を支え、妖精を意味する“ピクシー”の愛称でも親しまれたストイコビッチ。ユーゴスラビア代表ではキャプテンを務め、同国の英雄でもあるストイコビッチは、キャプテンとして臨んだ母国最後のワールドカップで底力を見せつけた。 ドイツと同組になったユーゴスラビアは、初戦でイラン代表を下すと、2戦目のドイツ代表戦はストイコビッチを中心とした華麗なサッカーで試合を支配。自らもゴールを決め、一時は2-0とリードしたものの、結果は2-2のドローに終わった。 その後の3戦目のアメリカ代表戦にも勝利。グループリーグを2位で通過すると、決勝トーナメント1回戦ではオランダ代表と対戦。ストイコビッチが華麗にFKから同点弾をアシストしたが、後半アディショナルタイムに失点し、最後のワールドカップはベスト16に終わった。 ユーゴスラビアとして最後のワールドカップに出場したストイコビッチ。その舞台に立った時、すでにストイコビッチは名古屋グランパスでプレーしていた。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=http://redirect.sega-net.com/rtw/191017_73658.html&c=sega_20191017_1">今ならストイコビッチが手に入る!<br />≪『サカつくRTW』はこちら≫</a><hr></div><div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆日本に衝撃を与えた“妖精”</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 遡ること4年、1994年6月にストイコビッチは日本へとやってくる。その当時所属していたのは、フランスの名門・マルセイユ。現在は日本代表DF酒井宏樹が所属しているクラブだ。 ストイコビッチは、自身が生まれたセルビアのニシュでプロキャリアをスタート。ラドニツキ・ニシュの下部組織に14歳で入団すると、16歳でトップチームへ昇格。18歳でユーゴスラビア代表デビューを果たしている。 また、1984年のユーロでは、当時の大会最年少ゴールを記録。同年のロサンゼルス・オリンピックでは銅メダル獲得に貢献するなど順調にキャリアを積んだ。 持ち前の華麗なテクニックは多くの者を魅了し、ストイコビッチの存在はヨーロッパでも知れ渡る。加えて、その後多くのJリーグファンも体感することになる“闘志”を持ち合わせており、そのメンタリティがJリーグ、特に名古屋グランパスを大きく変貌させた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆名将と妖精の共演、名古屋の栄光</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> ストイコビッチは、最終的に2001年まで名古屋に所属し、そのまま現役引退となったが、長年Jリーグでプレーを続けた要因の1つが名将の登場だ。 マルセイユで1992-93シーズンにチャンピオンズリーグを制した一員であり、リーグ5連覇を達成していたストイコビッチだったが、マルセイユの八百長が発覚。この影響でマルセイユはリーグ降格の処分も下された結果、ストイコビッチは半年間限定でヨーロッパを離れると決断し、名古屋へと加入した。 加入当初は、Jリーグのジャッジに馴染めずレッドカードやイエローカードを多く提示されていたストイコビッチだったが、チームの低迷に伴い新指揮官にアーセン・ヴェンゲル監督が就任することが決定。これにより、ストイコビッチもチームに残る決断を下した。 1995年シーズンも開幕当初は退場を繰り返したストイコビッチだったが、徐々に本領を発揮。かつての輝きを取り戻すと、リーグ戦で15ゴールを記録。また、天皇杯ではサンフレッチェ広島との決勝で勝利し、チームにタイトルをもたらした。ヴェンゲル監督の戦術とストイコビッチにけん引されたチームはついに花開き、ストイコビッチはこのシーズンのJリーグMVPを受賞している。 後にアーセナルの指揮官になるため、1996年9月に名古屋を離れたヴェンゲル監督だったが、その際にストイコビッチを連れて行くつもりだったと後に明かしている。しかし、ストイコビッチは名古屋との契約を延長。「家族」への想いもあり、名古屋へ留まることを決意する。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=http://redirect.sega-net.com/rtw/191017_73658.html&c=sega_20191017_2">今ならストイコビッチが手に入る!<br />≪『サカつくRTW』はこちら≫</a><hr></div><div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆“イナット”でチームを鼓舞</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> ユーゴスラビア代表でもキャプテンを務め、名古屋グランパスでもキャプテンを務めていたストイコビッチ。彼の人生は予想だにしない苦境の連続だった。 前述のマルセイユの八百長問題の前には、ユーゴスラビアが内戦の制裁を受けて1992年のユーロ出場権を剥奪。また、クロアチアがユーゴスラビアからの分離独立を宣言したことにより、ズボニミール・ボバンやダボル・シュケル、ロベルト・ヤルニらユーゴスラビアの主力選手がクロアチア国籍を選択し、チームを去っていった。 さらに、1999年にはNATO(北大西洋条約機構)によるユーゴスラビアへの空爆が開始。母国の政治問題にも翻弄されたサッカー人生だったが、ストイコビッチには“イナット”があった。 “イナット”とは、セルビア語で「意地」を意味するもの。追い込まれた状態を、一気にプラスに転換させるものであり、日本で言うところの「火事場の馬鹿力」だろうか。ストイコビッチは、この“イナット”でキャリアを積んできたと言ってもいい。 そのメンタリティは、名古屋でも影響を及ぼしている。Jリーグオリジナル10でありながら、優勝争いにすら加われていなかった名古屋だが、その闘志と“イナット”でストイコビッチはチームを牽引。ヴェンゲル監督の影響もあったが、チームは上位を争うチームに変貌を遂げた。 名古屋は、シーズン中に浮き沈みが激しいチームだったが、ここぞの場面でのストイコビッチのゴールがチームを救った。そして、諦めないメンタリティがチームメイトにも根付いていった。 ストイコビッチは、イエローカード、レッドカードを受ける回数が多かったのも、何もラフプレーが多かったわけではない。殆どが曖昧な判定への不服であり、抗議でカードを貰うことが少なくなかった。 プレー期間が長くない外国人選手だが、ストイコビッチは通算イエローカード数も外国人選手最多の72枚。レッドカードに至っては、Jリーグ最多の13枚だ。しかし、これは“イナット”の裏返しとも言える。 まだまだヨーロッパに比べてレベル差があった当時のJリーグでは、審判の能力も当然のことながら低かった。ストイコビッチは、自分が異を唱えることで、Jリーグのレベルと同時に、審判のレベルをも向上させていたのだ。 もちろん、自身が出場停止になることでチームの成績が落ちることもあったが、それすらもチームメイトを成長させた。華麗なテクニック、ゲームをコントロールする能力がありながら、メンタル面からもチームを鍛え直す、真の意味での“闘将”でもあったのだ。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆妖精の魔法は続く</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw5.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">©︎J.LEAGUE<hr></div> 名古屋で現役を退いたストイコビッチは、その後母国のサッカー協会会長や古巣であるツルヴェナ・ズヴェズダの会長を歴任した。 そして2008年、再び名古屋へと復帰。監督としてチームに戻ると、再び名古屋躍進の原動力となる。 就任1年目から、チームを優勝争いに押し上げると、2010年には名古屋にとって初となるJ1優勝を達成。間の2009年には、横浜F・マリノスのGK榎本哲也が蹴り出したボールを、革靴ながらダイレクトで蹴り返すと、ボールは見事にワンバウンドでゴールに吸い込まれた。(すぐに退席処分となったが、このシーンは世界中で話題となった) 引退してもなおチームに活力を与えたストイコビッチ。選手として、監督として名古屋に栄光をもたらせた“レジェンド”だ。常勝軍団である鹿島アントラーズにおけるジーコのような存在と言ってもよいかもしれない。 名古屋ファン、サポーターだけでなく、Jリーグのファン・サポーターにも愛されるストイコビッチ。華麗なテクニックと熱いハートを持つ“妖精”は今なお魅了し続けているのかもしれない。 《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》<hr><div style="text-align:left;" id="cws_ad">多くのJリーグファンを虜にしたドラガン・ストイコビッチが、大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br /><br />天皇杯を制した1999年の名古屋グランパス時代のストイコビッチがゲームで復活する。あの興奮が『サカつくRTW』で蘇ること間違いなし。この機会に是非一度チェックしてみよう。</div><div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=http://redirect.sega-net.com/rtw/191017_73658.html&c=sega_20191017_3">今ならストイコビッチが手に入る!<br />≪『サカつくRTW』はこちら≫</a><hr></div> 2019.10.25 08:00 Fri2
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「これは泣く!」「歴史に残る名実況」Jリーグ30周年を祝う鹿島vs名古屋、下田恒幸アナ恒例の“前口上”が絶賛の嵐「下田さん最高だよ!」
14日、『Jリーグ30周年記念スペシャルマッチ』の鹿島アントラーズvs名古屋グランパスが国立競技場で行われた。 30年前に開幕したJリーグ。そのオリジナル10として名を連ねた鹿島と名古屋の一戦。当時の開幕節では、ジーコのハットトリックという衝撃デビューがあるなどし、5-0と鹿島が圧勝。そこから30年の日々が経過した。 鹿島は常勝軍団と呼ばれ、Jリーグ3連覇を含む20個のタイトルを獲得。日本で最も多くのタイトルを保持するクラブであり、1度もJ2に降格したことがない2クラブのうちの1つだ。 対する名古屋は、Jリーグ開幕当初は「お荷物クラブ」と揶揄されることもあったが、その後にやってきた“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチに牽引され、後に名将となったアーセン・ヴェンゲル氏の指導もありタイトルを獲得。ストイコビッチは監督としても名古屋にJ1のタイトルをもたらせるなど、4個のタイトルを保持している。 記念すべき試合に先駆け、中継を行う『DAZN』では、名実況者としてお馴染みの下田恒幸氏による恒例の“前口上”が話題に。Jリーグの歴史を、両クラブの歴史を知ることができるものが話題だ。 「Jリーグ発足当時、JSLの2部だった住金(住友金属)を母体とした鹿島アントラーズが、オリジナル10となり得たのは、当時の自治体の決意があってこそです」 「Jリーグ側からオリジナル10に入るのは非常に難しいと言われていた中、『屋根付きのサッカー専用スタジアムでも作れば、可能性はあると思いますが』そう言われて、茨城県は、あの県立カシマサッカースタジアムを作りました。それが彼らをオリジナル10にする後押しとなりました」 「Jリーグは自治体、行政との共存・共栄あってこそ発展があります。そういう意味では、鹿島アントラーズはJリーグの理想を、あるいは理念を象徴するクラブと言うことができます」 「スタンドにはこのクラブを象徴するブラジルの英雄でもあるアルトール・アントゥネス・コインブラ、“ジーコ”が観戦に訪れています。彼がチームに植え付けた勝者のメンタリティをバックに、鹿島アントラーズは日本最多の20個のタイトルを獲りました」 「対する名古屋グランパスはJSL時代、トヨタ自動車サッカー部として存在感を示していたクラブがベースとなっています。名古屋もオリジナル10です」 「名古屋も4つのタイトルを獲っています。Jリーグもルヴァンカップも天皇杯も全部獲りました」 「20冠の鹿島と4冠の名古屋。オリジナル10同士のJリーグ30周年記念のスペシャルマッチとなります」 この前口上には、Jリーグファンが称賛の声。「これは泣く!」、「下田さん最高だよ!」、「ガチかっけえ」、「サブイボです」、「これを聞くために観てた!」、「聴き惚れちゃった」、「下田さんしかいない!」、「歴史に残る名実況」とコメントが集まった。 <span class="paragraph-title">【動画】必聴!下田恒幸アナのJリーグ30周年を感じさせる前口上</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="ja" dir="ltr">/<br>下田恒幸さんの<br>前口上をフルでどうぞ<a href="https://twitter.com/hashtag/DAZN?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#DAZN</a> ライブ配信 <a href="https://t.co/cZkOMzsAR0">pic.twitter.com/cZkOMzsAR0</a></p>— DAZN Japan (@DAZN_JPN) <a href="https://twitter.com/DAZN_JPN/status/1657607256589103104?ref_src=twsrc%5Etfw">May 14, 2023</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> <div style="text-align:center;font-size:0.8em;" id="cws_ad"><hr><a href="https://tr.smaad.net/redirect?zo=652970202&ad=958290347&d=7ba5311b48d2abb2e70eaddf3bb655055bea1dd98fd74c4baa32c67c7f1b1142"><span style="font-weight:800;font-size:1.2em;">▶U-NEXTの月額料金だけで<br/>▶SPOTV NOWが<span style="color:#FF0000;font-weight:800;font-size:1.2em;">実質無料!</span></span></a></div><div style="text-align:center;" id="cws_ad"><a href="https://tr.smaad.net/redirect?zo=652970202&ad=958290347&d=7ba5311b48d2abb2e70eaddf3bb655055bea1dd98fd74c4baa32c67c7f1b1142"><img src="https://media.smaad.net/imp?zo=652970202&ad=958290347" width="1" height="1"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/600/img/2023/spotv-unext-1.jpg" style="max-width: 100%;"></a></div> 2023.05.14 22:40 Sun4
まさか公式ポーズに? 渾身ガッツポーズの名古屋サポーターが話題! クラブはレジェンドとのコラボ動画を公開
名古屋グランパスの1人のサポーターが大きな話題となっている。 名古屋は22日、延期されていた明治安田生命J1リーグ第11節でガンバ大阪をホームに迎えた。 前節シーズン初黒星を喫していた名古屋は、連敗を避けた一戦で、FW山﨑凌吾とFW相馬勇紀のゴールで2-0と快勝していた。 その試合だが、山﨑のゴールシーン後に試合中継に映し出されたサポーターが大きな話題となっている。 29分、ランゲラックのスローから組み立てる名古屋。吉田豊からのパスを受けた相馬がドリブルを仕掛けると、ボックス左まで持ち込みクロス。これをボックス中央で山﨑が胸トラップから右足を振り抜き、先制ゴールを決めた。 それまでもチャンスがあった中で、待望の先制点を奪った名古屋。すると、そのゴールを喜ぶ1人の女性が映し出される。 すると、その女性は、クロスから山﨑の胸トラップ、そしてゴールを見届けると、右手を突き上げて渾身のガッツポーズ。声を出して応援できない中でも、先制ゴールをしっかりと噛みしめる姿が捉えられていた。 勝利から一夜明け、名古屋の公式ツイッターが山﨑のゴールシーンをアップ。「いつもは「勝利の翌朝はハイライト」ですが...今朝は番外編 何と言っても #あのポーズ ではないでしょうか」とコメントし、その女性が喜ぶ姿を共有。さらに、そのポーズが、かつて名古屋でプレーしたドラガン・ストイコビッチ氏のゴールパフォーマンスに似ていることから、コラボ動画を作ったのだ。 名古屋は、「私たちファミリーの全てを代弁してくれた #ガッツポーズ で今日も一日がんばりましょう」と、力をもらえる反応を紹介した。 これには「現地で応援できないおれの代わりに素敵なガッツポーズありがとう!」や「次節からみんながこのガッツポーズをスタジアム中でやることになるでしょう。」、「これからみんながゴール後にやるでしょう 公式のポーズになりそうな…」といったコメントが寄せられ、この動画をキッカケに名古屋のゴールシーンでは声を出せないサポーターが一斉にガッツポーズする姿ら見られるかも?しれない。 <span class="paragraph-title">【動画】名古屋サポーターがレジェンド彷彿の渾身ガッツポーズ</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="ja" dir="ltr">皆さん改めまして、昨晩はお疲れさまでした<br><br>いつもは「勝利の翌朝はハイライト」ですが...今朝は番外編何と言っても <a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%81%82%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BA?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#あのポーズ</a> ではないでしょうか<br><br>私たちファミリーの全てを代弁してくれた <a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%82%AC%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BA?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#ガッツポーズ</a>で今日も一日がんばりましょう<a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%9C%80%E9%AB%98%E3%81%A0?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#スポーツって最高だ</a><a href="https://twitter.com/hashtag/NeverGiveUp?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#NeverGiveUp</a><a href="https://twitter.com/hashtag/grampus?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#grampus</a> <a href="https://t.co/N3bkUzp4JS">pic.twitter.com/N3bkUzp4JS</a></p>— 名古屋グランパス / Nagoya Grampus (@nge_official) <a href="https://twitter.com/nge_official/status/1385367309997551625?ref_src=twsrc%5Etfw">April 22, 2021</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2021.04.23 14:37 Fri5
かつてはストイコビッチが注意…欧州では黙認された試合中の戦争反対のメッセージ、Jリーグの見解は「政治的なメッセージは行ってはならない」
Jリーグが、選手による試合中のメッセージ表示への見解を明かした。 24日早朝、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻を決断。多くの犠牲者を出しているこの攻撃は、今もなお続いている。 世界各国がロシアへの制裁を発表し、サッカー界でも戦争反対の運動が広がっており、ウクライナ出身の選手たちを支える活動が目立っている。 そんな中、ヨーロッパでは戦争反対を訴えるため、選手たちが試合中にメッセージを表示することに。アタランタのウクライナ代表MFルスラン・マリノフスキーは、24日に行われたヨーロッパリーグ(EL)決勝トーナメント プレーオフ2ndレグのオリンピアコス戦でゴールを決めた後、ユニフォームを捲り上げてアンダーシャツに書かれたメッセージをアピール。本来このような行為にはイエローカードが提示されるが、主審は黙認した。 その他にも同様の行為が見られる中、28日に行われたJリーグの理事会後の会見では、同様の行為が起きた場合のJリーグの対応について質問が飛んだ。 Jリーグでは過去に似たような事例が。1999年、3月24日に北大西洋条約機構(NATO)による母国ユーゴスラビアへの空爆が開始。当時名古屋グランパスでプレーしていたドラガン・ストイコビッチは、3月27日のヴィッセル神戸戦後に「NATO STOP STRIKES」という抗議のメッセージをアンダーシャツに書いてアピール。これはJリーグから注意を受けていた。 村井満チェアマンは自身の声明を出しているが、この件には「理由は問わず暴力はダメ。個人間、国家間であっても認めることはない」と改めてスタンスを表明。ルール上は禁止されているとし、「政治的なメッセージは行ってはならないということで競技会を運営している」とした。 また「境界線は難しいところだが、特定の政治家を非難、政策を非難することのメッセージはいけないということで運用していく」と、Jリーグのスタンスを示し、「暴力はいけない、戦争は反対するんだというスタンスはあるが、個別の判断になる」と、それぞれの事象で判断していくことになるとした。 1999年には浦和レッズにモンテネグロ代表のゼリコ・ペトロヴィッチが在籍。原博実副理事が当時指揮していたが、ペトロヴィッチもメッセージを出して警告を受けていたようだ。 原副理事は「僕は浦和の監督をやっていて、ペトロヴィッチが点を決めて、メッセージを出してイエローカードをもらった」と当時を回想。「選手が色々考えがあって、試合前とかにやることは良いが、試合中はノーとなっている」とあくまでもルールがあるとし、「ヨーロッパではそういう対応があったが、基本的には試合中にそういうメッセージを出さないということになっている」と、禁じられていることは処分になる可能性があるとした。 現在のJリーグには、ロシアにルーツを持つMFイッペイ・シノヅカがアルビレックス新潟に在籍。ウクライナにルーツを持つ選手はいない状況ではあるが、サンフレッチェ広島は世界初の被爆地として、戦争反対のメッセージを出していた。 2022.02.28 22:40 Monセルビアの人気記事ランキング
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“ポピー”を着けられないマティッチがユナイテッド浮上のカギ/編集部コラム
▽日本名では「虞美人草(ぐびじんそう)」や「雛芥子(ひなげし)」と呼ばれる可憐な花。ヨーロッパ原産のケシ科の植物は「ポピー」の名で知られている。 ▽プレミアリーグを観る方やこの時期にイギリスへ行ったことがある方は、ユニフォームや監督の胸元に「ポピー」の花が飾られるのを目にしたことがあるだろう。 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181106matic_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽11月11日は、イギリスでは“Remembrance Day(リメンブランス・デイ)”という記念日である。1918年11月11日の11時に第一次世界大戦の戦闘が集結し、イギリス国王のジョージ5世が定めた記念日。「戦没者追悼の日」とも言われ、今年で100年を迎えることになる。 ▽この日が近づくと、プレミアリーグのピッチには多くのポピーの花が咲く。日本で言うところの、「赤い羽根」に近いだろうか。選手たちだけでなく、一般の方も地下鉄の駅などでは募金をするとポピーの花がもらえるのだ。 ▽そんな中、週末に行われたプレミアリーグでは1人の選手の胸にポピーの花がなかった。それは、マンチェスター・ユナイテッドに所属するセルビア代表MFネマニャ・マティッチだ。 ▽かつてはチェルシーでプレーしたマティッチは、2017-18シーズンからかつての師であるジョゼ・モウリーニョ監督の下でプレーしている。そのマティッチは、3日に行われたボーンマス戦に先発出場。90分間プレーした。 ▽ユナイテッドの中盤を支えるマティッチだが、イギリスで通例となっているポピーの花をユニフォームにつけない理由がある。それは、自身が少年期に経験した戦争を思い出してしまうからだという。自身のインスタグラム(nemanjamatic)で明かした。 「僕にとっては、1999年にセルビアの爆撃によって母国が荒廃していた。個人的には、恐怖を抱いた12歳の少年のように、ヴレロに住んでいるような個人的な感情を思い出してしまうんだ」 ▽マティッチの故郷は、旧ユーゴスラビアのシャバツ。現在のセルビア西部に位置する都市だ。旧ユーゴスラビアでは、1998年からコソボ紛争が勃発。そして、翌1999年にNATO軍によって空爆が行なわれた。 ▽第一次世界大戦の終結を記念して定められた“リメンブランス・デイ”。そして、戦没者の象徴とされる「ポピー」を身につけることは、空爆を体験をしているマティッチには難しいことのようだ。 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181106matic_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽チェルシー同様に、ユナイテッドでもフィルター役を務めるマティッチ。鋭いタックルで相手を封じ、バイタルエリアで壁となるマティッチは、気の利いたプレーでチームを支える。そして、そのプレースタイル同様に、自身の考えを押し付けることはなかった。 「人々がなぜポピーを身につけているのかは十分に理解している。僕はみなさんの権利を完全に尊重するし、紛争のために愛する人を失った人には同情する」 ▽マティッチは、自身が「ポピー」を身につけていない理由を明かす前に、しっかりと戦没者へと敬意を払った。それもまた、空爆を経験しているからだろう。戦争で愛する人を失った人々の悲しみを理解しているからだ。そして続けた。 「これまで僕が行ってきたことを考えると、ユニフォームにポピーを着けることが正しいとは思わない」 「イギリスの誇りの象徴であるポピーを傷つけたり、誰かを怒らせたりはしたくない。ただ、僕たちはそれぞれの育ち方をしているし、示した通り、僕個人の選択だ」 <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20181106matic_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽誠実に、そして自身の考えをしっかりと説明したマティッチ。その投稿には、多くの反応があり、誠実な対応をしたマティッチへの称賛のコメントも残されている。 ▽マティッチといえば、決して裕福ではない故郷のヴレロでも英雄的な存在。地元の小学校に修繕費を支援したり、苦しんでいる人々の借金を肩代わりしたり、「いたわり」「思いやり」の心をもって活動を行なっている。 ▽苦しいシーズンスタートとなったユナイテッドだが、モウリーニョ監督の腹心であるマティッチの誠実さ、思いやりのあるプレーは、チームに安定感をもたらせ、必ずやチームを浮上させるカギとなるだろう。そして、マティッチもそれを望んでいるようだ。 「僕が説明した理由をみんなが理解してくれることを願っている。そして、僕はこの先に待つ試合でチームをサポートすることに集中できる」 ▽「ポピー」の花言葉は「いたわり」「思いやり」。さながら、中盤でチームのバランスを取りながらプレーし、相手のことを考えて行動し、多くの支持を受けるマティッチを表しているようだ。「ポピー」を着けられなくとも、その心にはポピーの花が咲いているのかもしれない。 《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》 2018.11.06 21:30 Tue2
アビスパ福岡でコーチも務めたセルビアの名将・ペトコビッチ氏が74歳で死去、新型コロナにも感染
かつてアビスパ福岡でアシスタントコーチを務め、ユーゴスラビア代表などで指揮を執ったイリヤ・ペトコビッチ氏が、27日に他界した。74歳だった。 セルビアサッカー協会によると、ペトコビッチ氏は新型コロナウイルス(COVID-19)の検査で陽性反応を示していたとのこと。十二指腸潰瘍の破裂のため入院していた。 ペトコビッチ氏は、OFKベオグラードやフランスのトロワでプレー。引退後は、OFKベオグラードやスイスのセルベッテで監督を務めると、1998年1月から12月までは森孝慈監督の下でアビスパ福岡でアシスタントコーチを務めていた。 2000年にはユーゴスラビア代表の監督に就任。その後、上海申花や四川FC(現・四川九牛)の監督を務めると、2003年7月から2006年6月まではセルビア・モンテネグロの監督を務めた。その後は、韓国の仁川ユナイテッドやカタールのアル・アハリ、慶南FCで監督を務め、最近はベオグラードサッカー連盟の会長を務めていた。 2020.06.28 20:40 Sun3
スコットランドをユーロに導いた英雄GKの振る舞い話題! VAR確認後、勝利確信の魂の咆哮
スコットランド代表をユーロ本大会に導いたGKデイビッド・マーシャルのPK戦における振る舞いが話題だ。イギリス『talk SPOTRT』が伝えている。 スコットランドは12日、敵地で行われたユーロ2020予選プレーオフ・グループC決勝でセルビア代表と対戦。1-1のイーブンで120分の戦いを終えた中、PK戦を5-4で制して6大会ぶり3度目の本大会出場を決めた。 後半立ち上がりの52分にDFライアン・クリスティのゴールで先手を奪ったスコットランドだが、後半終了間際の90分に相手のセットプレーからFWルカ・ヨビッチにヘディングシュートを決められて、土壇場でユーロ行きの切符がその手から離れる。 それでも、追いついて勢いづくセルビアの攻勢を何とか凌いでPK戦に持ち込むと、ここで値千金の仕事を見せたのが、35歳のベテラン守護神だった。 互いに4人ずつが成功して迎えた5人目では先攻スコットランドのMFケニー・マクリーンが冷静に決めて王手をかける。 ここでセルビアの5人目はエースストライカーのFWアレクサンドル・ミトロビッチ。右隅を狙った強烈なシュートに対して、完璧な反応を見せたマーシャルは左手で見事に弾き出した。 この瞬間、スコットランドの6大会ぶり3度目の本大会出場が決定したが、殊勲のマーシャルは、即座にガッツポーズや仲間の元に走り出すことなく奇妙な反応を見せた。 目の前でPK戦を裁いていたマテウ・ラオス主審に対して、自身の足がゴールラインにかかっていたかを確認するため、「VARからなんか反応ある?」とばかりに耳を覆うようなジェスチャーで反応をみる。さらに、直後には両手でサムアップのジェスチャーをみせ、再度「問題ないよね?」との確認を行った。 その後、ラオス主審から問題ないとの反応を受け取ったマーシャルは、ここで初めて勝利を確信する魂の咆哮。そして、大仕事をやってのけた英雄の元にはすぐさま仲間たちが駆け寄ってきて悲願達成を祝い合った。 なお、同試合後にイギリス『スカイ・スポーツ』のフラッシュインタビューに応じた殊勲の守護神は、「同点ゴールを決められた後、チームメイトたちがそこからのプレッシャーにどれだけうまく対処したかについて正直言葉がないよ。どうやってやったのかわからないけど、特に前半以降は勝利に値した」とチームを称賛。最後に、「本当に幸せな気分だ。だけど、正直なところ、今ここ(インタビューの場)にはいたくないんだ」と、早々にインタビューを切り上げて仲間の元に向かっていった。 <div id="cws_ad">◆VAR確認後、勝利確信の魂の咆哮<blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">OH MAN <a href="https://t.co/eh6Ut7eWJM">pic.twitter.com/eh6Ut7eWJM</a></p>— Jim (@Barcajim3) <a href="https://twitter.com/Barcajim3/status/1327016187247661059?ref_src=twsrc%5Etfw">November 12, 2020</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script></div> <div id="cws_ad">◆圧巻のPKセーブ!<blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">Titanic music needed <a href="https://twitter.com/hashtag/Scotland?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#Scotland</a> <a href="https://t.co/km0KPrwOus">pic.twitter.com/km0KPrwOus</a></p>— David (@mcnabxi) <a href="https://twitter.com/mcnabxi/status/1327022178173415437?ref_src=twsrc%5Etfw">November 12, 2020</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script></div> 2020.11.13 16:24 Fri4
インテル、セルビア代表帰りのコラロフがコロナ陽性…
インテルは17日、セルビア代表DFアレクサンダル・コラロフに新型コロナウイルスの陽性反応が確認されたことを公表した。 インテルの説明によると、セルビア代表での活動を終えたコラロフは16日にミラノに戻り、コロナウイルスの検査を受けた際に陽性判定が出たという。 ただ、完全に無症状となっており、通常の医療プロトコルに従い、自主的な隔離措置を講じているという。 なお、今回の陽性判定を受けて、22日に行われるセリエA第8節のトリノ戦および、25日のチャンピオンズリーグ(CL)、レアル・マドリー戦の欠場が決定的となっている。 2020.11.18 13:58 Wed5
