モウの理論武装! ケイン退団説唱える英『スカイ』解説者に反論
2020.06.23 19:51 Tue
トッテナムを率いるジョゼ・モウリーニョ監督が、イングランド代表FWハリー・ケインの退団説を唱えたイギリス『スカイ・スポーツ』の解説者に反論を行った。
アーセナルのクラブOBであり、『スカイ』で解説者を務めるポール・マーソン氏は、19日に行われたトッテナムvsマンチェスター・ユナイテッドの試合後に、「ケインはシーズン終了後に退団を真剣に考えることになる。モウリーニョの求める戦い方ではシーズンに25~30ゴールを決めることはできない」とコメント。
スパーズのエースストライカーがモウリーニョ監督の戦術を理由に、今夏の退団を考慮する可能性を指摘していた。
普段からメディアの発言をチェックするポルトガル人指揮官の耳には当然、今回のコメントが伝わっており、憤りを感じていたモウリーニョ監督は、23日に行われるプレミアリーグ第31節、ウェストハムとのダービーに向けた前日会見の場で、事前に用意した資料を用いて反論を行った。『ESPN』が伝えている。
その資料にはモウリーニョ監督がこれまで指導してきたFWディディエ・ドログバ(チェルシー)、FWディエゴ・ミリート、FWズラタン・イブラヒモビッチ(いずれもインテル)、FWクリスティアーノ・ロナウド、FWカリム・ベンゼマ(いずれもレアル・マドリー)の得点に関するデータが記されていた。
「私は彼を含め多くの人をリスペクトしていると言っておきたい。だから、今回良いアンサーを提示したいと思っている。そして、そのアンサーによって何かを考えてほしいと思っている」
「まず初めにハリーは約6カ月に渡って戦列を離れていた中での最初の試合だった。もし、試合を観て分析するのであれば、ハリー・ケインと(ユナイテッドFWの)アントニー・マルシャルのプレーを比較すべきだ」
「あの試合に関してはストライカーが多くのチャンスを得るような内容ではなかった」
「また、マルシャルに対する我々のディフェンス、ハリーに対するユナイテッドのディフェンスの出来に関しても考慮すべきだ。そういったバランスを意識しながら分析する必要があるはずだ」
「ハリーと私の関係に関しては、彼が6カ月間もプレーしていなかったこともあり、試合数とゴール数を確認することは容易なはずだ」
「あなた方の時間を無駄にしたくないから簡潔に話すが、これまで私の下でプレーしてきた数人のストライカーは悪くない成績を残していたと思う」
「その一人はドログバという男だ。彼は私の下で4シーズンをプレーした。彼は186ゴールを挙げ、シーズンあたりに46ゴールを挙げた。(正確にはモウリーニョ体制で73ゴール)」
「他にも悪くないストライカーがいた。今はユベントスでプレーしている男(クリスティアーノ・ロナウド)は私の下で3シーズンをプレーし、168ゴールを挙げた。シーズンごとの平均は56ゴールだ」
「また、カリム・ベンゼマと呼ばれる男も悪くなかった。彼は同じく3シーズンをプレーし、当時は若かったため先発は少なかったが、78ゴールを挙げており、シーズン平均は26ゴールだ」
「他にもミリート、ズラタンという男が…」
「親愛なるポールに多くの敬意を払っている。ただ、ハリー・ケインは私の下でも問題なくゴールを決められると思っている。とりわけ、コンディションが整い、フレッシュでプレーするためのルーティーンがあればね。それこそ私が敬意を抱く人たちへのアンサーだよ」
ドログバのデータに関しては大きな誤りはあったものの、モウリーニョ監督はわざわざデータを集めたうえ、理論武装してマーソン氏に反論を行った。
ちなみにケインは同監督の指揮下で公式戦11試合に出場し、7ゴールを挙げている。
アーセナルのクラブOBであり、『スカイ』で解説者を務めるポール・マーソン氏は、19日に行われたトッテナムvsマンチェスター・ユナイテッドの試合後に、「ケインはシーズン終了後に退団を真剣に考えることになる。モウリーニョの求める戦い方ではシーズンに25~30ゴールを決めることはできない」とコメント。
スパーズのエースストライカーがモウリーニョ監督の戦術を理由に、今夏の退団を考慮する可能性を指摘していた。
その資料にはモウリーニョ監督がこれまで指導してきたFWディディエ・ドログバ(チェルシー)、FWディエゴ・ミリート、FWズラタン・イブラヒモビッチ(いずれもインテル)、FWクリスティアーノ・ロナウド、FWカリム・ベンゼマ(いずれもレアル・マドリー)の得点に関するデータが記されていた。
「幾つかの分析とコメントに関して少し引っかかる部分があった。その始まりは皆さんもご存じのように、ポール(・マーソン)から始まったものだった」
「私は彼を含め多くの人をリスペクトしていると言っておきたい。だから、今回良いアンサーを提示したいと思っている。そして、そのアンサーによって何かを考えてほしいと思っている」
「まず初めにハリーは約6カ月に渡って戦列を離れていた中での最初の試合だった。もし、試合を観て分析するのであれば、ハリー・ケインと(ユナイテッドFWの)アントニー・マルシャルのプレーを比較すべきだ」
「あの試合に関してはストライカーが多くのチャンスを得るような内容ではなかった」
「また、マルシャルに対する我々のディフェンス、ハリーに対するユナイテッドのディフェンスの出来に関しても考慮すべきだ。そういったバランスを意識しながら分析する必要があるはずだ」
「ハリーと私の関係に関しては、彼が6カ月間もプレーしていなかったこともあり、試合数とゴール数を確認することは容易なはずだ」
「あなた方の時間を無駄にしたくないから簡潔に話すが、これまで私の下でプレーしてきた数人のストライカーは悪くない成績を残していたと思う」
「その一人はドログバという男だ。彼は私の下で4シーズンをプレーした。彼は186ゴールを挙げ、シーズンあたりに46ゴールを挙げた。(正確にはモウリーニョ体制で73ゴール)」
「他にも悪くないストライカーがいた。今はユベントスでプレーしている男(クリスティアーノ・ロナウド)は私の下で3シーズンをプレーし、168ゴールを挙げた。シーズンごとの平均は56ゴールだ」
「また、カリム・ベンゼマと呼ばれる男も悪くなかった。彼は同じく3シーズンをプレーし、当時は若かったため先発は少なかったが、78ゴールを挙げており、シーズン平均は26ゴールだ」
「他にもミリート、ズラタンという男が…」
「親愛なるポールに多くの敬意を払っている。ただ、ハリー・ケインは私の下でも問題なくゴールを決められると思っている。とりわけ、コンディションが整い、フレッシュでプレーするためのルーティーンがあればね。それこそ私が敬意を抱く人たちへのアンサーだよ」
ドログバのデータに関しては大きな誤りはあったものの、モウリーニョ監督はわざわざデータを集めたうえ、理論武装してマーソン氏に反論を行った。
ちなみにケインは同監督の指揮下で公式戦11試合に出場し、7ゴールを挙げている。
ジョゼ・モウリーニョ
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バレンシアは26日、U-19スペイン代表DFヤレク・ガシオロフスキ(20)との契約を2027年6月30日まで延長したことを発表した。 ポーランド人の父親とスペイン人の母親を持ちスペインで生まれ育ったガシオロフスキは、192cmの体躯を誇る左利きのDF。7歳でバレンシアのカンテラに加入し、リザーブチームのバレンシアBでのプレーを経て2023年10月に行われたマジョルカ戦でトップチームデビュー。 これまでトップチームでは、公式戦34試合に出場しており、今季もラ・リーガ14試合を含む公式戦18試合に出場している。また、U-19スペイン代表の主力としても活躍しており、昨夏に行われたU-19欧州選手権では優勝に大きく貢献した。 現在はセンターバックを主戦場としているが、元々はサイドバックでプレーしていたこともあり、バレンシアのトップチームではセンターバック、左サイドバックの両方でプレーしている。恵まれた体躯通りの空中戦の強さに加え、サイズを感じさせないスピードを兼備するフィジカルアスリートで、出足鋭いアグレッシブな対人守備を持ち味とする。 判断や精度という部分に伸びしろを残すが、後方からの配球や積極果敢なドライブなど攻撃に関与する意識も高い現代型のDF。セットプレー時はターゲットマンとしても有能だが、ロングスローも武器としている。 以前にはアーセナルやトッテナム、ユベントス、インテルといったビッグクラブからの関心が報じられていたガシオロフスキだが、かねてより残留の意向を示しており、自身を育ててくれたクラブとの新契約を決断した。 2025.02.27 12:30 Thu3
「僕が今まで会った中で最高の男」広島のトルガイ・アルスランが親友ソン・フンミンを語る…HSVの若手時代からの交流
サンフレッチェ広島のドイツ人MFトルガイ・アルスランが、トッテナムの韓国代表FWソン・フンミンとの交友関係について語った。 今夏の移籍市場でAリーグ(オーストラリア1部)のメルボルン・シティFCから広島に完全移籍で加入したアルスラン。 登録が完了した直後の東京ヴェルディ戦でJリーグデビューを果たすと、以降は瞬く間に広島の“心臓”として機能。ここまでリーグ戦9試合7ゴールの圧巻の活躍をみせ、加入後のチームは8勝1分けと驚異的なペースで勝ち点を積み上げ、ヴィッセル神戸、FC町田ゼルビアとの三つ巴のタイトルレースでJ1最上位に立っている。 その広島の救世主は『ESPN』の独占インタビューで、アジアサッカー界のスーパースターとの交友関係について語った。 トルコにルーツを持つドイツ生まれのアルスランはドルトムントの下部組織にも在籍。その後、2009年夏に加入したハンブルガーSV(HSV)でプロキャリアをスタートすることになったが、その直後の2010年1月にクラブへ加入してきたのが、ソン・フンミンだった。 そして、2人は韓国代表FWが2013年夏にレバークーゼンへ完全移籍するまで仲の良いチームメイトだったという。 その証拠にトッテナムが昨シーズン終了後の5月にニューカッスルとの親善試合を行うため、メルボルンを訪れた際には当時メルボルン・シティに在籍していたアルスランは、久々の再会を楽しんで記念撮影する姿も確認されていた。 そのやり取りについて34歳MFは「ソニーがメルボルンに来ると知ってすぐに、僕らはたくさん話をしたんだ」と感慨深げに振り返った。 「ここ3、4年は彼に会う機会がなかったんだ。彼は代表チームにいて、僕はリーグ戦に出場していたし、とても辛かったよ」 「ヨーロッパではお互い近くにいるのに会えないなんて、おかしかったよ。それから世界の反対側で会うことになった。ただ笑いあっていたし、僕らにとって特別な瞬間だったよ」 年齢はアルスランが2歳上と近いものの、出自を考えても両者に大きな共通点はなかったが、当時のHSVではファーストチームでプレーする若手が少なかったこともあり、自然と多くの時間を過ごすことになったと、友人関係になった経緯についても語った。 「彼は僕が今まで会った中で最高の男だよ。僕らの時代は、若い選手がファーストチームでプレーするのはより難しかったんだ。ハンブルクには僕とソニーしかいなかったから、アカデミーやAチーム以外でも多くの時間を過ごしていたんだ」 「時にはソニーの家族とも一緒にいて、時には彼が僕の自宅にもいた。僕らにとって特別な時間だったよ。妻は、僕が彼女とより長く一緒にいるのか、ソニーとより長く一緒にいるのかわからないと言っていたほどさ(笑)」 その後、アルスランがトルコやイタリア、オーストラリア、広島とドイツ国外の各地で活躍を見せた一方、前述のレバークーゼンからトッテナムへステップアップを遂げたソン・フンミンは、アジア人史上初のプレミアリーグ得点王に輝くなどワールドクラスのスーパースターへの進化を遂げた。 今回のインタビューで若手時代から親友に特別な才能があったかと問われたアルスランは、「ソニーには本当に特別な才能があるのがわかっていた」と返答。ただし、現在のレベルに到達する上では父親との二人三脚を含め、壮絶な努力があったとの見解を示した。 「彼はとても才能があったけど、ヨーロッパには才能のある選手がたくさんいる」 「彼の父親はソニーのために多くのことをしてきた。僕の個人的な意見だけど、父親と一緒に懸命に努力したことで、彼は別次元に到達したんだ」 「だからこそ、彼はサッカー史上最高のアジア人選手なのかもしれない。彼は1年だけ活躍しているわけではなく、非常に高いレベルで10年間も活躍してきた」 「才能だけでなく、大変な努力も必要だ。彼は最高になるに値するし、僕にとっては最高の選手だよ」 2024.10.18 23:10 Fri4
「トッテナム」は禁止、「スパーズ」で…クラブが改めて通達、放送局からも「トッテナム」表記が消える
現在はアンジェ・ポステコグルー監督が指揮し、韓国代表FWソン・フンミンらが所属。かつては戸田和幸氏も在籍したことがあるトッテナム・ホットスパーだが、クラブは「トッテナム」と呼ばれることを望んでいない。 チーム名は「トッテナム・ホットスパー」。愛称は「スパーズ」として知られているが、「トッテナム」と称されることも多い。 「トッテナム」と言えば、「トッテナム・ホットスパー」と誰もが考える状況。イギリス『スカイ・スポーツ』もプレミアリーグの順位表などを伝える時には「Tottenham(トッテナム)」とこれまで表記してきた。しかし、ここにきて「Spurs(スパーズ)」の表記に変更されていた。 『The Athletic』によると、2月10日、クラブからプレミアリーグの放送局に通達があったとのこと。「トッテナム・ホットスパーの名称変更」というメールが届いたという。 「トッテナム・ホットスパーはクラブ名に関して説明を行った。クラブは主にトッテナム・ホットスパーとして知られるよう要請し、短縮形としてスパーズが好まれている。クラブはトッテナムと呼ばれないよう要請する」 この通達は世界中のプレミアリーグの放送局に対して送られたとのこと。プレミアリーグの公式サイトでも、「Tottenham(トッテナム)」の表記はなく、「Tottenham Hotspur(トッテナム・ホットスパー)」か「Spurs(スパーズ)」のみになったという。 そもそも、クラブは2011年以来、「トッテナム」と呼ばれることは好ましくないというスタンス。「トッテナム」とは地域の名前であり、クラブ名ではないということが理由だ。 2024年11月にリマスターされたブランドアイデンティティを発表。「ユナイテッド、シティ、ローバーズが溢れるこの世界で、ホットスパーはただ1つ、トッテナム・ホットスパーだけです。チームやブランドについて言及する際は、『トッテナム・ホットスパー』、『トッテナム・ホットスパー・フットボール・クラブ』、または『THFC』を使用してください。決して我々のクラブを『トッテナム』、『トッテナム・ホットスパーFC』、または『TH』と呼ばないでください」とのことだ。 「スパーズ」でも確かに多くの人にとっては印象付けられる一方で、世界的に見ればNBAの「サンアントニオ・スパーズ」もあり、混同される可能性もゼロではない。むしろ「トッテナム」の方が唯一無二。いずれにしても、クラブの方針としては「トッテナム」とは呼ばれなくないようなので、ファン・サポーターの方は改めて認識すると良いかもしれない。 2025.02.22 23:55 Sat5
