ロナウド
RONALDO Pompeu Da Silva
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ポジション | MF |
国籍 |
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生年月日 | 1990年04月08日(35歳) |
利き足 | |
身長 | 178cm |
体重 |
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ロナウドが日韓W杯での“大五郎カット”を謝罪、奇抜な髪型の裏事情とは?
元ブラジル代表FWのロナウド氏が2002年の日韓・ワールドカップ(W杯)で見せた“大五郎カット”について謝罪した。アメリカ『スポーツ・イラストレイテッド』が伝えている。 日韓W杯では、ロナウド、ロナウジーニョ、リバウドの“3R”を擁したブラジルが7戦全勝で世界一の栄冠をつかんだ。その中でもロナウドは決勝のドイツ戦で2得点を決めるなど、8得点を挙げ得点王に輝いた。 当時その“怪物”ぶりとともに日本を沸かせたのが、スキンヘッドのように見えながらもおでこの上の部分だけを残した“大五郎カット”と呼ばれる斬新すぎる髪型だった。 あれから19年が経とうとしている今、ロナウド氏は“大五郎カット”に言及。自らもあの髪型は酷かったと思い返している。 「ひどかったね。真似て散髪した子供たちのすべての母親に謝罪するよ」 だが、奇抜な髪型には理由もあったという。 トルコとの準決勝の前に脚の筋肉を負傷したロナウドは、母国メディアとケガの話をしないよう別の話題を作ろうと思い、「それで髪の毛を切った」と明かしている。 「チームメイトに『良くない?』と尋ねたら、『ノー!ひどいよ!前髪を切った方がいいよ』と言われたんだ。でも、記者たちは私の髪型を見て、ケガのことを忘れていたさ」 “大五郎カット”を真似する人は多くなかったと思われるが、日韓W杯では当時イングランド代表として来日したデイビッド・ベッカム氏の“ソフトモヒカン”が日本で大流行。イングランド代表は準々決勝でブラジル代表に敗れていたが、髪型ではベッカムに軍配があがっていた。 <span class="paragraph-title">◆【画像】伝説の“大五郎カット”をマルチアングルで!</span><span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">"Everyone was talking about my leg injury, so I cut my hair like that so everyone focused on that..."<br><br>- Ronaldo Nazário on the 2002 World Cup<br><br>He scored 8 goals at the tournament<br><br>Defenders couldn't handle the fresh fringe <br><br>RT if you remember that hair cut! <a href="https://t.co/Q3FIOnQO5q">pic.twitter.com/Q3FIOnQO5q</a></p>— Betin (@BetinKenya) <a href="https://twitter.com/BetinKenya/status/1086702848677691392?ref_src=twsrc%5Etfw">January 19, 2019</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2021.03.31 18:48 Wed2
"怪物"ロナウドの全盛期!バルサ時代の伝説的ハットトリック【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、元ブラジル代表FWのロナウド氏がバルセロナ時代に決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆"怪物"ロナウドがバレンシア守備陣を切り裂く<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJTV2VJTm5MZiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 現役時代に“フェノメノ(怪物)”と称された、史上最も偉大なストライカーの1人であるロナウド氏。クルゼイロ、PSVを経て、1996年夏に加入したバルセロナの1年目には、当時のボビー・ロブソン監督が「私の戦術はロナウド」と発言するほどのプレーを見せ、公式戦49試合47ゴール7アシストと圧倒的な数字を叩きだした。 1996年10月26日に行われたラ・リーガ第10節のバレンシア戦では移籍後初のハットトリックを達成している。 ロナウドの活躍もあり、ここまで無敗を継続していたバルセロナだが、この試合でもロナウドがその実力を発揮する。 まずは15分、ロナウドが敵陣中央でドリブルを開始すると、相手DFの間を爆発的な加速で突破し、一気にボックス内へと侵入。冷静に相手GKとの1対1を制し、先制に成功する。 続く35分には、カウンターの場面で味方のロングパスに抜け出し、そのまま独走。ボックス左から、今度は左足でネットを揺らす。 極め付きは74分。バルセロナは2-2の同点に追いつかれるものの、ロナウドが独力でゴールを奪う。バルセロナはセンターサークル付近でボールを奪うと、ロナウドが侵攻開始。DF4人に向かって単独での突破を試みる。 スピードを保ったまま、細かいタッチで持ち上がり、最後は1点目と同じようにDFの間を強引に突破し、右足でゴールへと流し込んだ。 スピードだけでバレンシア守備陣を完全に崩壊させてしまったロナウド。2000年に4月に負った右ヒザ靭帯部分断裂の大怪我以降も見事な活躍ではあったが、それまでのロナウドはまさに“フェノメノ”と呼ぶにふさわしいフットボーラーだった。 2020.08.26 21:00 Wed3