歴史に残るスリリングな一戦/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.08.28 18:30 Sat
twitterfacebookhatenalinegplus
photo
Getty Images
カタールW杯アジア最終予選に臨む日本代表24名が26日に発表された。初招集はGKの谷晃生ただ一人で、東京五輪組(OA枠は除く)からは中山雄太冨安健洋板倉滉堂安律久保建英の5人が入った。

日本は9月2日、ホームにオマーンを迎える。前回のロシアW杯最終予選の初戦では、埼玉スタジアムでUAEにまさかの敗戦を喫しただけに、森保ジャパンには前車の轍を踏まないことを願うばかりだ。

その森保ジャパンの顔ぶれだが、相変わらず左SBの人材不足は解消されていないようだ。長友佑都の控えは佐々木翔と中山という、いつもと同じ人選。長友は所属クラブを模索している最中なので、コンディションが万全ではないかもしれないし、もしかしたら代表を辞退する可能性も否定できない。対戦相手とのマッチングにもよるが、4BKではなく3BKも視野に入れてオマーン戦と中国戦に備えた方がいいかもしれない。

攻撃陣では26日のELプレーオフ第2戦で先制ゴールを決めるなど、セルティックで好調を持続している古橋亨梧のプレーが楽しみだ。ポスト大迫として名乗りを上げるのか。もう26歳と決して若くはないが、いまが最盛期を迎えているストライカーだけに今予選でのブレイクを期待したい。

そしてJ1リーグでは、第26節で上位陣が順当に勝利を収めるなか、ついに首位の川崎Fの無敗記録がストップした。敵地に乗り込んでの一戦は福岡に0-1の完封負け。これで東京五輪後に田中碧と三笘薫が抜けた直後の試合こそ大分に勝ったものの、その後は2分け1敗と勝ちきれない試合が続いている。

その間に、横浜FMは4連勝で勝点を積み上げ、4試合で奪ったゴールは16、失点は僅か1ということで、得失点差でも+19で川崎Fと並んだ。川崎Fの独走かと思われたJ1リーグの優勝争いは、横浜FMとのマッチレースに様変わりしたと言っていい。

といったところで今回紹介したいのは、先週のコラムでもお伝えしたビーチサッカーの準々決勝だ。昨晩、タヒチ(15年と17年のW杯で準優勝)と対戦した日本は延長戦の末に5-4の勝利を収め、前回パラグアイ大会に続いてベスト4進出を果たした。

この一戦は、たぶんビーチサッカー史上に残るドラマチックな試合と言っても過言ではないだろう。

グループリーグで1-7と大敗したロシア戦の反省から、タヒチ戦の日本は受け身になることなく試合開始から果敢に攻めた。その甲斐あって5分にOGで先制すると、6分にはエースの山内悠誠がPKから追加点を奪う理想的な展開だった。ところが第2ピリオド(12分×3本)に1点を返されると、第3ピリオドでは31分にカウンターから失点して同点に追いつかれた。

さらに残り23秒で上里琢文がOGを献上し、2-3と逆転を許してしまう。ピッチサイドで観戦していた日本人の女性サポーターも茫然自失の表情で、それをテレビカメラは捕らえる。ところが日本は、キックオフからキャプテンの茂怜羅オズが右に出したパスを大場崇晃が砂地に叩きつけるシュートを決め、残り19秒で3-3の同点に追いついた。

試合は3分間の延長戦に突入し、日本はキックオフから攻め込み右CKを獲得すると、赤熊卓弥のヘッドによる折り返しを奥山正憲が決めて勝ち越しに成功。開始から19秒の早業だった。ところが30秒後、今度はタヒチの選手が歓喜の輪を作る。4-4の同点で試合は振り出しに戻った。

しかし日本も諦めてはいない。キックオフから攻め込むと、赤熊が執念のオーバーヘッド。これが右ポストを叩いてゴールに転がり込む。失点から11秒後の電光石火の早業だった。試合は残り11秒でタヒチがFKを獲得したが、決定的なシュートをGK河合雄介が2度にわたってセーブ。トータルスコア5-4で日本はタヒチを下してベスト4に進出した。

準決勝の相手はブラジルを延長戦で下したセネガル。ここまでくればチームの実力差はほとんどないようなもの。それでもタヒチ戦の劇的な勝利で、初の決勝戦進出に期待がふくらむ。試合は日本時間の29日の午前2時30分キックオフだ(第1試合のロシア対スイスは午前1時キックオフ)。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた


関連ニュース
thumb

パリ五輪のチームがスタート/六川亨の日本サッカーの歩み

AFC U-23アジアカップウズベキスタン2022予選の日本対カンボジア戦が10月26日、福島のJヴィレッジスタジアムで開催され、日本は前後半に2点を奪い4-0で快勝した。 ここで今一度アジアカップウズベキスタン2022を整理しておこう。2年に1回開催されるこの大会は今年で5回目になる。大会は予選を勝ち抜いた11チームと成績2位の上位4チーム、そして開催国の16チームで争われる。そしてオリンピックイヤーに開催される大会は五輪アジア最終予選を兼ねていて、上位3チームには五輪の出場権が与えられる。 記憶に新しいところでは、2016年にカタールで開催された大会は中島翔哉の活躍などもあり決勝で韓国を3-2で破って初優勝を果たすと同時にリオ五輪の出場権を獲得した。そして前回2020年にタイで開催された大会では、森保一監督が指揮を執ったもののグループリーグで敗退したが、日本は開催国のため五輪の出場は決まっていた。 そして五輪予選と関係ない年度の大会に関しては、2022年大会より翌年開催されるアジアカップ(2023年は中国で開催)の準備を兼ねて開催されることになった。しかし22年に中国で大会を開催するのは困難ということで、ウズベキスタンが代替で開催することになった。 2018年に中国で開催された大会には森保監督がチームを率いたように、五輪チームのスタートとなる。これまではW杯後の9月に開催されるアジア大会が五輪チームのスタートだったが、パリ五輪に向けて準備する大会が1つ増えたと言っていいだろう。 そしてカンボジア戦である。すでにカンボジアは初戦で香港に4-2で勝っていた。それを証明するように、フィジカルコンタクトもかなり強い。それでも日本は前半10分、加藤聖(長崎)の右CKを松木玖生(青森山田高)が押し込んで先制すると、終了間際の45分には甲田英將(名古屋U-18)が右からカットインシュートを決めてリードを広げた。そして後半に入ると細谷真大(柏)と交代出場の中村仁郞(G大阪ユース)が加点してカンボジアを突き放した。 おそらく28日の香港戦も危なげなく勝利を収めて本大会に出場するのは間違いないだろう。このチームは今月上旬に初めて招集され、カンボジア戦も週末のJリーグに出場した選手はぶっつけ本番に近い形での試合になったため、チームの完成度はまだまだ低いというか、手探り状態での試合だった。それでも視察に訪れた田嶋幸三JFA会長は「いい意味で荒削りだな。変にまとまっていない。荒削りで将来が楽しみな選手が多い」と期待を寄せていた。 果たして今回招集されたメンバーから何人が残るのか。それは今後の楽しみでもあるが、気がかりなのは「監督をいつ決めるのか」ということである。現在は冨樫剛一監督が暫定的に指揮を執っている。これまで五輪代表の監督は、W杯後にフル代表の監督と同時に人選を行ってきた。しかし五輪チームの立ち上げが早くなったため、W杯を待っているわけにはいかない。ここらあたりが悩ましいところでもある。 これまでならW杯後に新しい代表監督やスタッフが決定し、五輪代表のスタッフも同時に発表されてきた。W杯を区切りに「心機一転」できたわけだ。しかし今後は五輪代表のスタッフを先に決めなければならない。 現状では森保監督と横内コーチが代表チームを率いているものの、W杯予選の戦績はけして芳しいものではない。まして彼らにパリ五輪のチームを任せるわけにもいかない。このため冨樫暫定監督ということに落ち着いたのだろう。このまま冨樫監督で行くのかどうか。技術委員会も難しい判断を迫られているのかもしれない。 そうそう、カンボジアの監督が元帝京高校の廣瀬龍監督というのも新たな発見だった。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.27 18:00 Wed
twitterfacebook
thumb

W杯隔年開催が12月に決定か?/六川亨の日本サッカー見聞録

一部スポーツ紙によると、FC東京が元アーセナル監督のアーセン・ベンゲル氏にアドバイザー的なオファーを出したとあった。ベンゲル氏といえば、元名古屋の監督でチームを天皇杯優勝に導くなどその手腕は高く評価された。 1995年には加茂周監督の後継候補として磐田監督のハンス・オフト氏らとともに名前があがったものの、名古屋が辞退したため実現はしなかった。 そのベンゲル氏だが、すでに71歳を過ぎた。監督ではなくアドバイザーとして招聘し、どのようなメリットがFC東京にあるのかいささか疑問である。 確かにアーセナル時代は“監督業"としてチームを強豪に育て上げただけにとどまらず、若手選手の育成システムの構築やフランス人選手の獲得など“組織改革"にも手腕を発揮した。だからこそ2018年まで22年もの長きに渡って監督を務めた。 あまりプレミアリーグに詳しくないので恐縮だが、以前、「プレミアシップ・マガジン」という月刊誌を創刊した。これは現地で発行されている「Four Four Two」という雑誌と提携して、原稿と写真の提供をうけて発行していた。 そこで知ったのは、プレミアリーグの監督は練習を指導しないということ。練習の指揮を執るのはヘッドコーチの役目で、監督の仕事はスタメンを決めるのと、時には試合後に相手の監督と紅茶を飲むことだった(凄く大雑把ですが)。そういえば、稲本の練習試合(リザーブリーグ)を北ロンドンに見に行った時も監督はいなかった。 そうした土壌にベンゲル監督はヨーロッパ・スタイルを導入して成功を収めた。ところがJのクラブはすでに年齢別のアカデミーが組織されている。FC東京なら毎年のように下部組織から人材が育ち、さらに高校サッカーや大学サッカーからも優秀な選手を獲得している。 そんなクラブにベンゲル氏が来てやることがあるのかどうか疑問でならない。 むしろベンゲル氏と言えば、彼の提唱したW杯の隔年開催の方が気になるところだ。W杯は来年のカタール大会が終われば、次回26年からは48チームに規模を拡大する。そうなれば、日本が予選で負けることはまずないだろう。と同時に、W杯を開催可能な国も限られてくる。 2002年のW杯は日本と韓国と共催だったが、32カ国なら日本単独でも開催できるだろう。しかし48カ国となるとどうなのか。26年はアメリカ・メキシコ・カナダの3カ国による共催だ。たぶん世界的に見ても国土の広さとインフラ環境と経済力からW杯を単独で開催できそうなのはロシア、イングランド、フランス、ドイツ、イタリア(?)、スペイン、日本くらいだろう。 EUROですら2カ国の共催でないと開催できなかった例があり、スイスとオーストリアでの大会は、両国の列車の車輪の幅が違うため、国境を越える移動にはかなりの時間がかかったと聞いた。 こうして肥大化することで開催国が限られる上に、さらに隔年開催を推し進めるジャンニ・インファンティーノFIFA(国際サッカー連盟)会長の狙いがどこにあるのか理解に苦しむばかりだ。当然のことだが、UEFA(欧州サッカー連盟)もCONMEBOL(南米サッカー連盟)も反対することは火を見るより明らかだ。 それでもインファンティーノ会長は「12月までに最終決定を行う」と明言したという。決定方法として、限られた理事によるFIFA理事会で決を取るのだろうか。 JFA(日本サッカー協会)は21日の理事会後に須原専務理事が会見を行い、W杯の隔年開催の決定について「FIFAが日程を発表しました」と報告しつつ、「それに向けて情報を集めているところです。代表チーム、選手、クラブなど多面的な影響が出てきます。過去に例のない提案なので、どう意思決定をしていくのかも含めて法務委員会を含めて議論していきたい」と今後の見通しを話した。 先日の反町技術委員長の会見では、AFC(アジアサッカー連盟)はW杯の隔年開催に賛成のようだ。出場枠が拡大され、出場国には分配金がもたらされるのだから、発展途上国(地域)としては歓迎するだろう。問題は須原専務理事が述べたように、「どう意思決定をしていくのか」だ。 世界各国のFA(サッカー協会・連盟)の投票によるのか、それとも大陸連盟での合議になるのか。可能性としてはFIFA理事会での多数決による決定が高いだろう。なにしろ12月といったら、あと2ヶ月しかないからだ。むしろUEFAやCONMEBOLの反対により、決定が先送りされる可能性に期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.22 20:30 Fri
twitterfacebook
thumb

日程問題はどうなるのか、技術委員会の報告にビックリ/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は10月14日に会合を開き、反町康治JFA技術委員長がズームでの会見に応じた。2時間弱の会議の内容は、「FIFA(国際サッカー連盟)とAFC(アジアサッカー連盟)から多くの提案があり、その報告と議論だった」ことを明かした。 反町委員長によると、FIFAはかねてから噂に出ているW杯の2年に1回の開催と、アンダーカテゴリーには現在U―17W杯とU―20W杯が2年に1回の開催となっているが、これを2025年あたりから毎年の開催に変更する考えがあるそうだ。 AFCからは、22年カタールW杯が終わると、次の大会からアジアの出場枠は8・5に増える。このためW杯の予選方式をどうするか。そしてAFCはW杯の2年に1回の開催を支持していることが報告された(JFAは結論を出していない)。 さらにAFCはACL(アジアチャンピオンズリーグ)のカレンダーの変更を検討しているものの、シーズン移行に関して反町技術委員長は「簡単には動かせない」と言いながら、「Jリーグの日程を変えていかざるをえなくなるかもしれない」と苦しい胸の内を明かした。 現状でも国内のサッカーカレンダーは飽和状態に近い。特にこの3年間はラグビーW杯と東京五輪のあおりでJ1リーグのチームはホームゲームを開催できなかったり、過密日程を強いられたりした。リーグ戦とルヴァン杯、天皇杯に加えACLと最大4大会に出場しなければならないチーム(現在では名古屋)は必然的に超過密日程になる。 これに加え、アンダーカテゴリーの大会が毎年開催になるということは、詳細は分からないが毎年予選もあるということだろう。さらにW杯が2年に1回の開催となり、アジアカップと五輪の予選と本大会があるなら、とてもじゃないがEAFF E-1選手権とアジア大会(とキリンカップにキリンチャレンジ杯)に参加している暇などないだろう。 これでは代表の試合を年がら年中やっているようなもので、どうやって海外組を呼ぶのか。まるで国内リーグは止めろと言っているようなものだ。FIFAもAFCも何を考えているのか理解に苦しむばかりだ。 反町技術委員長に対しては、森保ジャパンの今月の2試合に関しても当然ながら質問が出た。それに対する答えは「この2試合、技術委員からいろんな意見が出たし、団長としてチームについて行った。客観的かつ主観的に話をした。サウジアラビアには勝つことはできなかったが、全部にダメ出ししていない。いいところもあったが課題も出たのでシビアに話した」と率直に話していた。 さらに反町技術委員長は「サウジアラビアには勝てず、多くの懸念があり、皆さんの外圧もあった。しかし私はサポートする立場。内圧はまったくない。外圧は好き勝手言ってアクセスを稼いでいるけど、我々はそれに惑わされずにやるだけ」とも語った。 「外圧(マスコミ)は好き勝手言ってアクセスを稼いでいる」とは、まさにその通り! ウィットに富みながらもシニカルな反町さんらしい発言で、思わず感心してしまった。 オーストラリア戦後の田嶋幸三JFA会長の発言もそうだったが、まだ予選突破はもちろんのこと、予選敗退も決まっていない状況で、監督の進退に責任のある2人がネガティブな発言をするわけがない。全面的にサポートしなければ、監督らスタッフと選手とは溝ができ、不信感が生まれかねない。 その上で、「次の一手」も考えているのか。それは、その時になってみないと分からないだろうし、永遠にわからないこともありえる。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.15 22:00 Fri
twitterfacebook
thumb

柴崎への思いやりと技術委員長の役目/六川亨の日本サッカーの歩み

オーストラリアとの試合を翌日に控え、日本代表の選手25人は埼玉スタジアムで17時より冒頭15分だけメディアに解禁でトレーニングを行った。森保一監督の挨拶も簡単なもので、その後はランニングで練習をスタートさせた。 サウジアラビア戦で決勝点のきっかけとなるバックパスを出した柴崎岳も普段通り練習に参加していたが、どうしてあのようなパスを出したのか。たぶん本人にも分からないかもしれない。毎日4人ずつのズームによる選手会見も、サウジアラビア戦後に柴崎が登場することはなかった。たぶんスタッフも気遣っていることは想像に難くない。 しかし、もしも森保監督がオーストラリア戦で彼を起用する意思がないのなら、サウジアラビアからスペインに帰してあげた方がよかったのではないか。柴崎自身、肩身の狭い思いをしているだろうし、チームメイトも“腫れ物に触るように”とまでは言わないが、どう接したらいいか困っているのではないだろうか。救いがあるとすれば「バブル」のため、接触する機会が少ないということくらいだろう。 本来なら明日の試合はホームだけに絶対に負けられない一戦だ。普段なら長友佑都あたりがランニングの前に「よっしゃー!」とチームメイトに気合いを入れたかもしれない。しかし柴崎がチームにいれば、盛り上げる方も気を遣わざるをえないだろう。ここらあたりの空気感というか、チームマネジメントを考えて、森保監督にアドバイスする――それができるのは反町康治JFA(日本サッカー協会)技術委員長くらいしかいないだろう。 その反町技術委員長が、まったくコメントを発していないのが気になるところである。サウジアラビアに敗れた後の8日の日本時間10時50分、田嶋幸三JFA会長は広報を通じてコメントを出した。ところが反町技術委員長は公式には何も発言していない。かといって代表の練習には参加しているので、外国人監督と交渉するため海外へ行っているわけでもないようなのは残念だった。 オーストラリア戦の結果次第では、森保監督の進退問題に発展する可能性は高いだろう。そのために反町技術委員長はどのような対策を立てているのか。そして、もしもオーストラリアに勝ったとしても、森保監督のままでいいのかどうか。技術委員会がやらなければいけない仕事は山ほどある。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.12 15:35 Tue
twitterfacebook
thumb

W杯予選で2敗は前回大会の1回だけ/六川亨の日本サッカー見聞録

よいよ今夜は26時からカタールW杯アジア最終予選のアウェー・サウジアラビア戦である。直前になって堂安律がケガのためチームを離脱したが、森保一監督は26人の選手を招集して“万が一"に備えていただけに、彼の代わりは浅野拓磨や三好康児らが務めることになるだろう。 そのサウジ戦の詳細はさておき、改めてW杯予選の歴史を振り返ってみたい。 現地入りしている選手らは、口々に勝利を絶対条件にあげていた。例えば南野拓実は「今回は何が何でも勝点を取って帰らないといけない。それも勝点1ではなく勝点3。2試合とも勝たないといけない」と決意を語っていた。 やはり初戦でオマーンに敗れたことで、選手らの危機感はかなり募っているようだ。ただ、ベテランの吉田麻也は、勝ちに行っての引き分けならオーケーと余裕を見せる。アウェーでは引き分け、ホームで確実に勝つのが予選を勝ち抜くための鉄則でもある。その意味で、連勝中のサウジとオーストラリア相手に勝点を失うことだけは絶対に避けなければいけない。 で、W杯予選である。改めて振り返ると、日本は紆余曲折を経ていたことが分かる。初出場となったフランスW杯予選では、加茂周監督がわずか4試合で更迭された。初戦のウズベキスタン戦ではカズの4ゴールなどで6-3と圧勝した。第2戦のアウェーUAE戦は、9月の酷暑に「足が動かなかった」と加茂監督が振り返ったように0-0のドロー。そしてホームでの韓国戦は山口素弘の芸術的なループで先制しながら逆転負けを喫した。そして運命のカザフスタン戦。秋田豊のゴールで先制しながら、後半ロスタイムにヴィクトル・ズバレフのゴールで1-1の引き分けに終わった。 ホームで韓国に負けたのは痛恨だったが、アウェーでのドローは悪いことではない。しかし当時の長沼健JFA(日本サッカー協会)会長らは、「流れが悪い」として加茂監督の更迭を決断。残り4試合をコーチだった岡田武史に託した。今さらながら、この決断の早さには驚かされる。当時は長沼会長に加え川淵三郎JFA副会長、途中からは岡野俊一郎JFA副会長も現地に駆けつけたのだから、いかに中央アジアでの2試合を重視していたか分かる。 岡田監督は続くウズベキスタン戦は逆に終了間際に同点に追いついたものの、ホームのUAE戦は1-1で引き分けたため自力での予選突破が消滅。試合後の国立競技場の正面玄関前には興奮したサポーターが集まり、カズの愛車へ投石するなど暴徒化する一幕もあった。 しかしアウェーの韓国戦に2-1と勝利すると、最終戦のカザフスタンにも5-1と圧勝してイランとの第3代表決定戦に勝ち進んだのだった。 ジーコ・ジャパンが挑んだドイツW杯予選では、初戦の北朝鮮をホームで2-1と撃破するも、第2戦のアウェー・イラン戦は1-2と敗れ、早くも1敗を喫してしまう。10万人収容のアザディ・スタジアムは異様な雰囲気だったことを今でも鮮明に覚えている。 しかしその後はバーレーンにホームとアウェーとも1-0で連勝してW杯出場に王手をかける。続くアウェーの北朝鮮戦は、中立地のバンコクで、無観客で行われた。というのも北朝鮮はホームのイラン戦で主審の判定に怒ったサポーターがピッチに物を投げ込むなど暴徒化。それを重く見たFIFAは第3国での無観客試合というペナルティを科したからだった。 スタジアムには入れないものの、ウルトラスのメンバーはスタジアムの外から声援を送る。試合は柳沢敦と大黒将志のゴールで2-0と完勝。世界最速でW杯出場を決め、最終戦のイランにもホームできっちり2-1と雪辱した。 病に倒れたイヴィチャ・オシムからバトンを受け取った岡田監督は、最終予選の初戦でアウェー・バーレーン戦に3-2の勝利を収めると、ホームでのウズベキスタン戦は1-1で引き分けたが、アウェーのカタールに3-0、ホームのオーストラリア戦は0-0と、アウェーできっちり勝点3をモノにした。第5戦のバーレーンをホームで1-0と撃破してW杯出場にリーチをかけると、続くアウェーのウズベキスタン戦も1-0の勝利を収めて4大会連続しての出場を決めた。 田中マルクス闘莉王、中澤佑二という屈強なCBを擁し、左SBは長友佑都がレギュラーポジションをつかんだ。中盤は遠藤保仁、長谷部誠がコントロールし、中村俊輔こそケガで出番が限られたが、本田圭祐という“ゼロトップ"が機能して、02年以来のベスト16に進出。パラグアイとのPK戦ではパラグアイが5人全員決めたのに対し、日本は駒野友一のシュートがクロスバーに嫌われ3-5で敗れた。 予選に話を戻すと、W杯出場決定後のカタール戦(ホーム)は1-1で引き分け、最終戦のアウェー・オーストラリア戦は1-2と初黒星を喫した。 代表監督に就任して半年でアジアカップに優勝するなどアルベルト・ザッケローニはW杯予選でも好調な滑り出しを見せた。ホームの初戦でオマーンを3-0と撃破すると、続くヨルダンも6-0と粉砕。ライバルであるオーストラリアとのアウェーゲームも1-1で引き分け、ホームでのイラク戦は1-0、アウェーのオマーン戦は2-1と早くもW杯出場に王手をかけた。 しかしホームで6-0と圧倒したヨルダンだったが、彼らもホームでは意地を見せ2-1で日本から勝利を奪った。それでもザック・ジャパンはホームでのオーストラリア戦を1-1で引き分けてW杯出場を決めた。さらにアウェーのイラク戦も1-0で勝って有終の美を飾った。 こうして振り返ってみると、フランス、ドイツ、南アフリカ、ブラジルの4大会のアジア最終予選で、日本は1敗しかしていない(逆に無敗もない)。ところが前回のロシアW杯では、ホームの初戦でUAEに1-2と敗れ、さらにW杯出場を決めていたとはいえ最終戦でサウジアラビアに0-1で敗れた。予選で2敗を喫したのはロシアW杯が初めてだ。 果たして今夜のサウジ戦と、12日のオーストラリア戦はどのような結果になるのか。ちなみにW杯アジア最終予選でサウジと戦うのは今回で3回目(あとの1回はアメリカW杯予選)だが、直近の19年アジアカップでは1-0と勝利したものの、シュート数で5対15、ボール支配率でも23%対77%と一方的に支配された。ただ、オマーン戦を見るとかなり攻め込まれていたので、意外とサウジの守備は脆いかもしれない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.07 20:00 Thu
twitterfacebook
NEWS RANKING
Daily
Weekly
Monthly