「良いポジションが取れた」ゴールにならずもOGを生み出した小川航基、アウェイ3試合で3ゴールに絡む活躍「自分は成長しなければ」
2024.11.16 00:15 Sat
オウンゴール誘発に絡んだ小川航基
日本代表のFW小川航基(NECナイメヘン)がインドネシア代表戦を振り返った。15日、2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の第5節、インドネシア代表vs日本代表がゲロラ・ブン・カルノ・スタジアムで行われ、0-4で日本が勝利した。
4試合を終えて首位に立つ日本。最下位のインドネシアとの対戦となった中、突然のスコールによる劣悪なピッチコンディションと7万人を超える完全アウェイの環境の中で苦戦する。
それでも徐々にペースを掴むと、小川も絡んだオウンゴールで先制。さらに南野拓実のゴールも生まれ、前半を2点リードで終える。後半に入っても日本がペースを握ると、相手のミスを突いて守田英正が3点目。さらに途中出場の菅原由勢は完全に抜け出すとボックス内の角度のないところから、狭いコースを打ち抜いてゴール。0-4で日本が快勝を収めた。
試合後、『DAZN』のフラッシュインタビューに応じた小川は、先制ゴールに繋がったシーンを振り返った。
小川は最終予選でこれまで2点を決めており、いずれもアウェイゲーム。この試合ではゴールにはならなかったが、得点に絡んだ。
「アウェイの大歓声の中で先制点を取れたということは非常にチームとしても大きいと思いますし、鈴木彩艶が前半の最初に止めてくれたことはチームとしても大きかったです」
「自分としてもまだまだ満足できる内容ではなかったので、自分は成長しなければいけないと思います」
今回は上田綺世がいない中で重要な役割を担う中、次も中国代表とのアウェイゲームが待っている。
「移動や準備しなければいけないことがたくさんあると思いますが、中国戦で良いパフォーマンスを出せるようにしっかり準備したいと思います」
4試合を終えて首位に立つ日本。最下位のインドネシアとの対戦となった中、突然のスコールによる劣悪なピッチコンディションと7万人を超える完全アウェイの環境の中で苦戦する。
試合後、『DAZN』のフラッシュインタビューに応じた小川は、先制ゴールに繋がったシーンを振り返った。
「良い形で(鎌田)大地くんが抜け出したので、しっかりと点を取れるポジションを取るというのが特徴なので、良いポジションが取れたと思います」
小川は最終予選でこれまで2点を決めており、いずれもアウェイゲーム。この試合ではゴールにはならなかったが、得点に絡んだ。
「アウェイの大歓声の中で先制点を取れたということは非常にチームとしても大きいと思いますし、鈴木彩艶が前半の最初に止めてくれたことはチームとしても大きかったです」
「自分としてもまだまだ満足できる内容ではなかったので、自分は成長しなければいけないと思います」
今回は上田綺世がいない中で重要な役割を担う中、次も中国代表とのアウェイゲームが待っている。
「移動や準備しなければいけないことがたくさんあると思いますが、中国戦で良いパフォーマンスを出せるようにしっかり準備したいと思います」
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突出した適応力だ。今シーズンにFC東京からファジアーノ岡山に育成型期限付き移籍で加入した佐藤龍之介は、新たな環境に素早く順応し、自身の力を遺憾なく発揮している。 久保建英と同じ16歳でFC東京とプロ契約を結んだMFは、高卒1年目となるシーズンに武者修行を決断。約18年を過ごした東京を飛び出し、約660km離れた岡山に移り住んだ。 未到の地で単身生活をしながら、プロサッカー選手として結果を出すことを目指す。私生活をはじめ不慣れなことも多く、決して簡単ではない。さらに、主に起用されるのは、サッカーキャリアで「初めて」のウイングバックである。まさに、初めて尽くしだ。しかし、ピッチ上では圧倒的なパフォーマンスを発揮している。 第23節終了時点では、17試合に出場してチーム最多の4ゴールを記録。第19節・湘南ベルマーレ戦では、先制点を奪うだけでなく、両チームトップの走行距離12.1kmとスプリント18回を叩き出した。右WBで攻守にハードワークしながら、74分からはシャドーに移り、タイムアップまでプレー。試合後に木山隆之監督は「1番ゴールを取る可能性がある人をピッチに残すのは、勝つのであれば当然かなと思います」とフル出場の意図を明かしており、その信頼は絶大だ。 地元の西東京市と岡山の雰囲気が「似ていた」ことも佐藤の背中を押したが、適応を可能にしている大きな要素は、素直さと向上心のように思う。 開幕前のキャンプ時にWBで起用された時は、「(WBは)オプションになればいいかな。メインはシャドーになると思う」と受け止めていた。だが、監督からのオーダーに応えながら、パスやドリブルで密集地を打開したりラストパスでチャンスを作ったりといった自分の良さを発揮することを両立させ、“WB・佐藤龍之介”は、完全に板についた。その結果、「18歳の今は自分のポジションを『ここだ』と決める段階でもないと思う。『トップ下やシャドーをやれていない』というネガティブな考えは、本当にゼロなんです。『WBで使ってみたい』と思わせるような特徴を自分は少なからず持っていると思うので、実際に使ってくれている今はその証明にもなっています」と、岡山で発見した自身の新たな可能性と向き合い、意識を変化させている。 第21節・横浜Fマリノス戦では初めて左WBで先発した。負傷によるイレギュラーな起用だったが、「練習で『左、やれるか?』と言われて、『うん、行けます』と言ってやりました」と、逆サイドでプレーすることによって発生する身体の向きやボールの置き所の変化も物ともせず。第22節・鹿島アントラーズ戦では鋭いカットインで左サイドを切り裂き、逆転ゴールを呼び込んだ。 “置かれた場所で咲きなさい”を体現している18歳の姿を、木山監督は「輝いている」と表現し、「『自分は絶対に上に行くんだ』って疑わないメンタリティを持っている。『とにかく上に行きたい』という意欲が、輝いている。ある意味、与えられた才能というか。誰かに教えられるものではないと思う。自分を疑っていないところが素晴らしい」と称賛する。 環境やチーム戦術、監督からのリクエストは、自分がコントロールできない部分だ。時には自分のイメージと違うこともある。それでも、全てのことを素直に受け止め、受け入れ、自分の成長を促す肥料に変えていく。 「将来的には世界のトップリーグでプレーしたり、日本代表としてワールドカップに出て活躍したりすることが目標です」。そう宣言する佐藤は、7月3日に発表される東アジアE-1選手権のメンバーに選出されれば、2008年大会での内田篤人の20歳という同大会の日本代表における最年少記録を更新することになる。 E-1選手権は、過去に柿谷曜一朗や森重真人、相馬勇紀や町野修斗らが1年後のW杯のメンバー入りを勝ち取っており、言わばサバイバルの場だ。チームとして戦いながらも、個人として強みを発揮するなどのアピールが是が非でも必要になる。もしかしたらチームメイトは仲間よりもライバルという側面の方が強いかもしれない。しかし、きっと佐藤なら特有のチーム状況下でも、自分の力を最大限に発揮できるのではないか。そう期待したくなる適応力を、岡山で十二分に見せている。 取材・文 難波拓未 2025.07.02 18:00 Wed2
「チームに求められていることしか考えていない」。後藤啓介、20歳が見せた献身と野心
11月14日、ガーナ戦で日本代表デビューを果たしたFW後藤啓介。ジュビロ磐田でクラブ史上最年少得点者となり、2024年にベルギーへ渡った20歳は、限られた時間の中でチームのために走り続けた。ストライカーとして結果を追いながらも、まずは求められた役割を遂行する。そこには、後藤が抱く「献身」と「野心」が確かにあった。 ■「まず守備から」。後藤が体現したチームファースト 森保監督から告げられたのは、シンプルなひと言だった。 「まず守備から。ゼロで抑えるためにハードワークしてほしい」 26番を背負った191cmのストライカーがピッチに入ったのは後半31分。ファーストプレーで相手DFを背負った状態でボールを収めると、その後は相手のパス回しを全力で追いかけた。 後半40分、ゴール前でMF佐野海舟からの縦パスを受けると、走り込んできたMF佐藤龍之介へワンタッチで落とす。 「龍が勢いを持って入ってきたのが見えてたので。自分はゴールに背を向けていたし、前向きの選手をシンプルに使いました」 その1分後には右サイドからのクロスに飛び込んだ。惜しくも相手のクリアに阻まれたが、動き出しの質には手応えがあった。 「昨日の練習で(菅原)由勢くんがいいクロスを上げてたので、来るなと思ってました。ああいう形は続けていきたい」 ストライカーである以上、“結果”は常に求められる。だが後藤は、チームの秩序の中で自分を活かす選択をした。 「結果を出すこと、チームに求められること、どんなバランスでプレーしていましたか?」と聞くと、後藤は迷うことなく答えた。 「チームに求められていることしか考えていないです。それをやった結果、ゴールはついてくると思っています」 限られた時間の中で、ストライカーとしての嗅覚とチームプレーのバランスを見せた。 ■黒髪に戻して、もう一度スタートラインへ 日本代表に合流した時は金髪だった後藤だが、豊田スタジアムのピッチには黒髪で現れた。シント=トロイデンVVのチームメート・谷口彰悟と一緒に美容室に行って黒に染め直したと明かした。 「初代表ですし、もう一回スタートだなと思って。プロになった時の気持ちを思い出したかった」 デビューの夜に合わせて、自分自身をリセットする。そこには、本気でW杯に出場するという決意が滲んでいた。 森保ジャパンでは、センターフォワード争いが熾烈だ。FW上田綺世、FW小川航基、FW町野修斗らがしのぎを削る中で、後藤はサプライズ選出を狙う。 「次は国立。今日よりお客さんも入ると思うので、その中で結果を残したい。森保(一)さんに“使いたい”と思わせるプレーをしたい」 チームファーストでありながら、ストライカーとしての本能を隠さない。 そして、同世代の仲間たち——佐藤、MF北野颯太と共にピッチに立った時間も、新しい刺激を与えた。 「急にすごく若くなったので、アンダー世代(の代表)なのかと思ったぐらいですけど、自分たちが引っ張っていかないといけない」 20歳のFWは言葉を選びながら、確かな責任感を見せた。ガーナ戦での数分間は、単なる“デビュー”ではない。チームの中でエゴを磨き、大舞台へ感覚を研ぎ澄ませる、若きストライカーの“始まり”だった。 取材・文=北健一郎 2025.11.15 12:30 Sat3
6番+8番+10番。鎌田大地がボリビア戦で示した“シン・ボランチ像”
ゴール前で輝く決定力と、中盤を支える戦術眼。その両方を併せ持つ“新しいボランチ像”を、日本代表のMF鎌田大地がボリビア代表戦で体現した。開始4分、MF久保建英のクロスを胸で収め、左足で冷静に流し込んだ先制点。ボランチでありながらペナルティエリアへ侵入し、フィニッシュまで持ち込む――。クリスタルパレスと日本代表では求められる役割は異なる。それでも鎌田は、6番・8番・10番をひとつに束ねた“自分だけのポジション”を研ぎ澄ませている。 ■“6番”の位置から、ペナルティエリアへ ボリビア戦の開始4分。試合は、MF鎌田大地が切り拓いた。 MF久保建英が右サイドで深くえぐる。相手がゴール前へ引き寄せられる一瞬の隙を、鎌田は逃さなかった。ペナルティーエリアにスッと入っていき、浮き球のクロスを胸でコントロールすると、左足で逆サイドネットへ流し込んだ。 「チームとして、あそこが空くっていうのは分析でもやっていた。ボランチですけど、ああいうところに何回か入っていくことが大事だと思っていたので。ボールが来てシュートチャンスができたのは良かったかなと」 クリスタルパレスではリスク管理が徹底され、センターラインより前に踏み込む回数は限られる。しかし日本代表では、森保一監督の戦術が鎌田に自由度を与えている。 「自分がある程度自由に前に行けるような、6番だけじゃなくて8番や10番くらいの役割までできる方が、やっていて躍動感はある。そっちの方が自分には合っていると思いますし」 相手の守備ラインが一歩下がった瞬間、鎌田は3列目の位置からスッと前へ出ていき、いつの間にか最前線に顔を出す。ボランチでありながらフィニッシュまで関与できる稀有な才能が、日本の攻撃に奥行きをもたらす。先制点は、その象徴だった。 ■自由と責任の狭間で描く“シン・ボランチ像” 鎌田のプレーは、単なる攻撃的ボランチではない。試合の状況に応じて6番(ボランチ)にも8番(インサイドハーフ)にも10番(トップ下)にもなる。 「パレスはボランチがリスク管理で、余ってる選手を捕まえたり、後ろ5枚で守る形。こっち(日本代表)はもっと攻撃に関われる。やり方の違いが大きいと思います」 その言葉通り、ボリビア戦では攻撃でも守備でも表情を変えた。後半、相手のカウンターを鎌田がつぶした場面は象徴的だった。厳しいプレスを受け続けた前半の疲労が残る中でも、最後のところで身体を投げ出し、相手の芽を摘んだ。 ガーナ戦をコンディション不良で欠場したものの、ボリビア戦で本来の実力を示した。 「しっかりプレーできるレベルには戻ってきているので、そこは問題なかったと思います」 守備強度とゲームメイク、そして得点力。これらを同時に要求されるのは酷にも思えるが、鎌田はその領域に自ら踏み込んでいる。 この日のミックスゾーンでは、鎌田らしい“脱力感”ある一幕も。 「ゴールの後に森保さんのところに行こうとチームで話していたそうですが?」という質問を受けた時のこと。 それまで淡々と話していた鎌田の表情がゆるむ。 「僕は聞いてなかったんで。集中していたので、全然頭になくて。(森保監督に)申し訳ないというか……(笑)」 周囲に笑いが起きる。プレッシャーの中にあっても自然体でいられること。それもまた、鎌田の強みだろう。 チーム内のポジション争いは激しい。MF佐野海舟をはじめ、鎌田の主戦場にもライバルが台頭し、代表チームは新しいフェーズへと進んでいる。ただ、鎌田には慢心も不安もない。 「日本人選手は頭が良くて、どのポジションでもある程度できる選手が育っている。監督にとっても理想的じゃないですかね」 6番+8番+10番。ボランチの概念を超えた鎌田が、森保ジャパンをさらなる高みへ導いていく。 取材・文=北健一郎 2025.11.19 00:45 Wed4
中田英寿氏が波乱万丈のサッカーキャリア回想…『The Atletic』のロングインタビューに答える
元日本代表MFの中田英寿氏が、『The Atletic』のロングインタビューで自身のサッカーキャリアを振り返った。 中田氏はベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でプロキャリアをスタートし、以降は2006年の現役引退までペルージャ、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナのイタリア5クラブ、イングランドのボルトンでプレー。 また、日本代表としては1998年フランス大会、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会と3度のワールドカップに出場し、通算77キャップを刻んだ。 そのアジアを代表するレジェンドは『The Atletic』で29歳での現役引退を始め、キャリアにおけるトピックについて語った。 2006年ドイツW杯のグループステージ最終節のブラジル代表戦での1-4の敗戦後、スパイクを脱ぐ決断を下したMFは、その突然の引退から19年を経たなかで改めて決断の理由に言及。 「プロのサッカー選手になる夢は一度もなかったが、どういうわけかそれが実現し、ワールドカップでプレーし、イタリアとイングランドに行った。情熱のためにいつもプレーしていた。私はサッカーのファンではなく、サッカーをプレーするのが好きだった。それが私が引退した理由だ。情熱を失っていたし、情熱がなければ、自分に嘘をついているようなものだった」 「私が好きなのはプレーすることであり、コーチやコメントをすることではない。それが引退後に『別の情熱を見つけなければならない』と言った理由だった」 インタビュー冒頭で、サッカーキャリアの終わりについて語った元日本代表はここからキャリアの最初期に立ち戻り、「当時は、プロサッカー選手になることを夢見る人は誰もいなかった。日本で一番人気のスポーツは野球だった。だけど、結局、私は漫画『キャプテン翼』が大好きだったから、サッカーをやろうと決めた」と、サッカーを始めた理由を明かした。 続けて日本代表が初めてW杯に出場した1998年フランスW杯での奇抜な髪色については「(W杯前でさえ)毎日髪の色を変えていたが、海外でプレーしたかったので世界に知られることが重要だった。だから注目されたいと思っていた」と、振り返る。 その目論見通り、W杯直後にはセリエAのペルージャへ完全移籍。イタリアでのキャリアをスタート。その新天地では加入1年目から鮮烈な輝きを放ったが、プレーすること以外でサッカーに関心がなかったことが良い意味でプラスに働いたという。 「私はサッカーの大ファンではなかったし、サッカーを見たり新聞で読んだりもしなかった。そういう人間ではないんだ。ただサッカーをするのが好きで、毎日もっといい選手になりたいと思っていた」 「イタリアに来たときは、セリエAが世界最高のリーグで、ジネディーヌ・ジダンやアレッサンドロ・デル・ピエロのような選手がいたが、私は選手をあまり知らなかった。リーグのチームの半分も知らなかった」 「でも、そのおかげで自分のプレーに集中できたし、それが私の強みだった。とにかく恐れがなかった」 そのペルージャでの活躍によって2000年にはローマへステップアップ。当時、頭角を現わしていたフランチェスコ・トッティとのポジション争いで苦戦を強いられた一方、2005年1月のユベントス戦ではクラブ史に刻まれた圧巻のロングシュートを突き刺し、ジャッロロッシのスクデット獲得に大きく貢献した。 中田氏はそのローマ時代について「ローマに戻るたびに、ファンのみんなが私のところに来て『ありがとう、ナカタ』と言ってくれる」と、自身の重要な働きに満足感を示した。 その後、1年でイタリアの首都を離れてパルマに活躍の場を移すと、コッパ・イタリア優勝に貢献。2年連続のタイトル獲得を経験。そして、日韓W杯では大会の目玉選手の一人として日本代表史上初の決勝トーナメント進出に貢献した。 「もっといい結果を出せたはず」トルコ代表に敗れてのベスト16に不満を示しながらも、「雰囲気は素晴らしかった」と、自国開催のW杯をポジティブに振り返った。 「日本では誰もが、私たちがグループリーグを突破して決勝トーナメントに進出するだろうと期待していたが、それはとても大変だった」 「私たちはとても若いチームで、ほとんどのメンバーがワールドカップでプレーしたことがなかった。当時、海外でプレーしていたのは数人だけで、プレッシャーは大きかった。しかし同時に、国全体が私たちを応援してくれたので、雰囲気は素晴らしかった」 その後、チェーザレ・プランデッリ監督との衝突を機に、ボローニャ、フィオレンティーナとイタリア国内での移籍を繰り返した後、2005年に7年間過ごしたイタリアを離れ、プレミアリーグのボルトンへレンタル移籍。 自身最後のクラブとなったマンチェスターのクラブではキック&ラッシュでお馴染みのサム・アラダイス監督が率いたチームということもあり、イタリアと大きく異なる環境面を含めて難しい日々を過ごした。 「イタリアから来たので、サッカーはまったく違っていた。多くのチームがロングボールをプレーしていた。それは少しショックだった。そしてイタリアからマンチェスターに来て、食べ物の面でも違ったし、雨も多かった。そういった意味で少し大変だった」 その後、前述のドイツW杯での現役引退で中田氏の波乱万丈のサッカーキャリアは締めくくられた。 そして、自身のサッカーキャリアを通じて「どのように記憶されたいか?」との問いに対して、中田氏は「私は美しいプレー、優雅さが好きだ。ジネディーヌ・ジダンのようなプレーが美しい。スピードやパワーではなく、美しいパス、美しいプレー。ゴールである必要はない。私は優雅さが好きで、サッカーだけでなく人生でもそうだ。優雅で美しいものが好きだ。つまり美しい服、美しい建築物、デザイン、景色…」と返答している。 現役引退後は3年間に渡っておよそ100カ国以上を巡る放浪の旅に出て、以降は魅了された日本酒造りや日本茶のブランド立ち上げなど、日本の文化や食文化の発信者として活躍する48歳。 今回のロングインタビューの最後には改めて自身の生き方について語り、これからも自身の情熱の赴くがままに様々なことにチャレンジしたいと結んだ。 「29歳で引退したとき、たくさんの人から『まだプレーできるよ』とか『サッカー業界で働いてコーチでもしたらどうだ』と言われた」 「でも、できるからやることを選んでいるわけではない。やりたいからやっている」 「私は好きなことをやっている。だからファッションが好きならファッションをやるし、他の文化が好きなら他の文化。日本酒が好きなら日本酒をやる」 「他の人は時々その理由が理解できないことがある。それは私が情熱を持ってやっているからだ」 2025.03.19 00:14 Wed5

