レンジャーズ、バイエルンなどで活躍したロイ・マカーイをアシスタントコーチに招へい!

2021.11.23 07:30 Tue
Getty Images
レンジャーズは22日、かつてバイエルンやデポルティーボで活躍した元オランダ代表FWロイ・マカーイ氏(46)のアシスタントコーチ就任を発表した。

母国のフィテッセでプロキャリアをスタートさせたマカーイ氏は、テネリフェでのプレーを経て1999年にデポルティーボに加入。主力ストライカーとして1999-2000シーズンのリーグ制覇に貢献すると、2001-02シーズンにはコパ・デル・レイを制覇。2003年には29ゴールを記録しピチーチ賞(得点王)とヨーロッパ・ゴールデンシュー(欧州得点王)に輝いた。

そして、2003年にはドイツの盟主バイエルンへステップアップを果たすと、2004-05シーズン、2005-06シーズンのブンデスリーガ、DFBポカール連覇に貢献。2007年に加入したフェイエノールトでは移籍し3シーズンプレーし、2010年4月に現役引退を発表した。
また、引退後の2015年にはジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト監督が指揮官を務めていたフェイエノールトのアシスタントコーチに就任し指導者としてのキャリアをスタート。2016年からはフェイエノールトⅡの監督を兼任していたが、2019年6月に退任したファン・ブロンクホルスト監督を追うように同年10月に退任していた。

ロイ・マカーイの関連記事

オランダの名手ロイ・マカーイ氏が、フェイエノールトの日本代表FW上田綺世(25)について「来季に期待」とした。 懐かしの名ストライカー、ロイ・マカーイ。2000年代初頭のデポルティボ・ラ・コルーニャでラ・リーガ優勝や得点王に輝き、バイエルン時代もエースに君臨、キャリア晩年のフェイエノールトでもゴールを量産した49 2024.06.02 21:25 Sun
デポルティボ・ラ・コルーニャがスペイン3部リーグを脱出だ。 20世紀最後(1999-2000シーズン)のラ・リーガ王者デポルティボ。2000年代初頭はロイ・マカーイにディエゴ・トリスタン、リオネル・スカローニら一級品タレントを擁し、名実ともにバルセロナを凌駕するクラブだった。 しかし、栄光は長く続かず、資金 2024.05.13 14:15 Mon
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。こ 2020.08.23 08:00 Sun
日本代表MF柴崎岳が所属するデポルティボ・ラ・コルーニャが、1979-80シーズン以来となるセグンダB(スペイン3部)に降格した。 20日、セグンダ・ディビシオン(スペイン2部)の最終節が一斉開催。自動降格圏にいるデポルティボはフエンラブラダとの最終節に臨むはずだったが、フエンラブラダに選手やスタッフ合計12名の 2020.07.21 11:55 Tue

レンジャーズの関連記事

レアル・マドリーでアシスタントコーチを務めるダビデ・アンチェロッティ氏(35)にレンジャーズがオファーを掲示しているようだ。 スコットランド屈指の名門は今年2月末にフィリップ・クレメント前監督を解任。以降は元キャプテンのバリー・ファーガソン氏を暫定指揮官に据えて、シーズン残りを戦っている。 この間に新シーズ 2025.05.13 16:04 Tue
セルティックは4日、スコティッシュ・プレミアシップ第35節でレンジャーズとのアウェイゲームに臨み、1-1で引き分けた。FW前田大然とMF旗手怜央はフル出場した。 前節、前田の2アシストの活躍などでダンディー・ユナイテッドに快勝しリーグ4連覇を達成したセルティック。王者として臨んだ初のリーグ戦では宿敵レンジャーズと 2025.05.04 22:06 Sun
レンジャーズがクラブの買収について交渉していることを認めたという。イギリス『BBC』が伝えた。 セルティックと共にスコットランド・サッカーを牽引するレンジャーズ。スコットランド1部では55回の優勝を誇り、スコティッシュカップも34回、スコティッシュ・リーグカップでも28回の優勝を誇る。 長年のライバル関係に 2025.04.24 18:40 Thu
ヨーロッパリーグ(EL)の準々決勝2ndレグ、アスレティック・ビルバオvsレンジャーズが17日にサン・マメスで行われ、ホームのアスレティックが2-0で勝利。この結果、2戦合計2-0としたアスレティックの準決勝進出が決まった。 アイブロックス・スタジアムで行われた1stレグは、アウェイのアスレティックが数的優位とP 2025.04.18 06:00 Fri

記事をさがす

ロイ・マカーイの人気記事ランキング

1

“ゴール・ファントム”マカーイの生涯ベストゲーム 強烈ミドル含む3ゴール1アシストの大暴れ【ハットトリック・ヒーローズ】

サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、元オランダ代表FWロイ・マカーイ氏がバイエルン時代に決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆マカーイのセンスあふれる3ゴール<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJDRUllY2NmVyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> フィテッセやデポルティボ・ラ・コルーニャでの実績を引っさげ、2003年にバイエルンに加入したマカーイ氏。在籍4年間で公式戦183試合に出場し103ゴールを記録したが、中でも2004-05シーズンの活躍は見事だった。 公式戦48試合の出場で34ゴール17アシストの成績を収め、2004年9月28日に行われたアヤックス戦では3ゴール1アシストと大活躍を見せた。 マカーイにとってフィテッセを離れて以来の母国クラブとの試合となったこの試合だが、28分、MFオーウェン・ハーグリーブスのロングパスに抜け出すと、ボックス手前から強烈なミドルシュートで先制点を記録する。 そして44分、敵陣右サイドで得たFKから、MFゼ・ロベルトのボールにニアサイドで反応すると、上手く頭で後ろに逸らす。絶妙なコースに飛んだヘディングシュートはファーサイドのゴール隅に決まった。 さらに51分には、FWクラウディオ・ピサーロが得たPKをマカーイが沈め、勝負を決める3点目。マカーイはさらにゼ・ロベルトのゴールもアシスト。3ゴール1アシストの大暴れでアヤックスに土をつけた。 マカーイ氏自身も、この試合が人生でベストの試合と語っており、自他共に認める大活躍であった。 2020.08.23 08:00 Sun
2

40年ぶり3部降格のデポルティボ、2000年前後には“スーペル・デポル”として注目の的に

日本代表MF柴崎岳が所属するデポルティボ・ラ・コルーニャが、1979-80シーズン以来となるセグンダB(スペイン3部)に降格した。 20日、セグンダ・ディビシオン(スペイン2部)の最終節が一斉開催。自動降格圏にいるデポルティボはフエンラブラダとの最終節に臨むはずだったが、フエンラブラダに選手やスタッフ合計12名の新型コロナウイルス(COVID-19)感染者が発生。そのため、キックオフ45分前に延期となることが決定していた。 最終節を行えなかったデポルティボだが、残留争いのライバルであるアルバセテが勝利。その結果、3部への降格が決定してしまった。 <div id="cws_ad">◆C・ロナウドのレアル初ゴールはデポルティボから<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJOc1NxdmFHWiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> <span class="paragraph-title">◆2000年前後に一世を風靡した“スーペル・デポル”</span> <div id="cws_ad"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/get20200721_3_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> デポルティボは、1906年に創設されたクラブ。スペイン北西部ガリシア州のア・コルーニャに本拠地を置くクラブ。1970年代、80年代に2度の3部降格を経験する暗黒期を迎えていた。 しかし、1988年に就任した現会長のアウグスト・セサル・レンドイロ氏によりチームは復活。90年代に入り盛り返すと、1998年に監督に就任したハビエル・イルレタ監督によって黄金期を迎える。 戦術家として知られたイルレタの下、当時はまだ少数派だった[4-2-3-1]が機能。ブラジル代表MFマウロ・シウバ、MFジャウミーニャを中心とした中盤と、オランダ代表FWロイ・マカーイの得点力によりチームとしてのバランスが取られた。 1999-2000シーズンには、クラブ史上初のラ・リーガ制覇。2003-04シーズンまで3位以上をキープ(2位が2回、3位が2回)するなど、クラブは王後にを迎えた。 2000-01シーズンにはチャンピオンズリーグに初出場。そこから5シーズン連続で出場することに。2003-04シーズンにはベスト4の成績を残すなど、ヨーロッパのサッカー界で大きな注目を集めた。 <span class="paragraph-title">◆黄金期を支えた名手たち</span> <div id="cws_ad"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/get20200721_3_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> “スーペル・デポル”を支えた選手たちを数名紹介したいと思う。最も記憶に残るのは、MFフアン・カルロス・バレロンではないだろうか。2000年夏にアトレティコ・マドリーから加入したバレロンは、卓越したテクニックが売りのファンタジスタタイプ。司令塔としてデポルティボの攻撃を牽引した。 しかし、ケガに泣かされることも多く、特に左ヒザの前十字じん帯断裂の重傷を負うことに。2度の手術を行うなど、離脱することも少なくなく、チームの成績は大きく左右されていった。 また、中盤の底でチームを支えたのがMFマウロ・シウバだ。1992年夏にブラジルのブラガンチーノから加入すると、2005年に引退するまで在籍。的確な読みとポジショニングで攻撃の芽を摘む守備的な役割を果たす一方で、正確なボールさばきで試合をコントロールするなど、攻守にわたってチームを長年支えていた。 そして、生え抜きであり17シーズンの現役生活を一筋で過ごしたMFフランも忘れてはならない。初優勝したシーズンはケガもあり出場機会が限られたが、チームのキャプテンを務め、黄金期を支えた。出場試合数は505試合でクラブ最多記録となっている。 ストライカーを挙げるなら、FWロイ・マカーイ、そしてFWディエゴ・トリスタンが挙げられるだろう。マカーイは1999年にテネリフェから加入。クラブのラ・リーガ制覇に大きく貢献。2002-03シーズンには29ゴールを記録し、リーグ得点王に輝いた。 一方のトリスタンも、レアル・マドリー移籍が近づく中、方針展開により2000年にデポルティボへ加入。2001-02シーズンには21ゴールでリーグ得点王に。マカーイとのポジション争いがありながら、2人のコンビネーションも脅威となった。 守備陣では、DFマヌエル・パブロは外せない。1998年夏にクラブへ加わったマヌエル・パブロは、2016年まで在籍したクラブのレジェンド。クラブ通算448試合に出場し歴代2位の出場記録を持っている。デポルティボ加入後に評価を上げ、スペイン代表としてもプレーした。 その他にも、守護神として活躍したGKフランシスコ・モリーナやサイドバックとして活躍したDFリオネル・スカローニ、DFジョルジュ・アンドラーデ、サイドアタッカーのMFビクトル・サンチェスなど、印象深い選手が多く所属していた。 <span class="paragraph-title">◆イルレタと共に黄金期が終了</span> <div id="cws_ad"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/get20200721_3_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 2004-05シーズンはリーグ戦で8位に。チャンピオンズリーグもグループステージで敗退となり、イルレタ監督は退任。その後、チームは低迷の一途をたどった。 イルレタ監督が率いた7シーズンは、多くの選手が固定されて使われていたが、ちょうど旬を迎えていた主力選手たちの活躍により、一気に結果を残すこととなっていた。 しかし、その後は主力選手の怪我やクラブとしての方針転換もあり低迷。2010-11シーズンには18位となり2部に降格。2011-12シーズンは2部で優勝し昇格するも、2012-13シーズンは19位で再び降格。2013-14シーズンは2位で昇格とエレベータークラブに。2017-18シーズンに18位で再び2部へ降格すると、2018-19シーズンは6位で昇格を逃し、今シーズンは19位で3部へと降格した。 柴崎岳が加入したこともあり、日本でも再び注目を浴びたデポルティボだが、開幕戦でレアル・オビエドに勝利したもののその後3連敗。さらに、開幕戦以降は白星から見放され、第21節のテネリフェ戦まで勝利がないなど序盤から苦しみ最下位に。 テネリフェ戦以降は破竹の7連勝で順位を15位まで一気に上げたものの、再び勝利から見放される展開に。再開後は7戦無敗で残留も見えてきた中、7月に入り3連敗。最終節は戦わずして19位に転落し、そのまま降格となった。 3部に降格するのは40年ぶりの出来事。そして、初のラ・リーガ制覇から20シーズンという節目で屈辱を味わうこととなった。 2020.07.21 11:55 Tue
3

デポルティボがスペイン3部を脱出! 35歳ルーカス・ペレスの直接FK弾1発で優勝&2部昇格が決定

デポルティボ・ラ・コルーニャがスペイン3部リーグを脱出だ。 20世紀最後(1999-2000シーズン)のラ・リーガ王者デポルティボ。2000年代初頭はロイ・マカーイにディエゴ・トリスタン、リオネル・スカローニら一級品タレントを擁し、名実ともにバルセロナを凌駕するクラブだった。 しかし、栄光は長く続かず、資金繰りの悪化に成績下降…11-12シーズンのセグンダ(スペイン2部)降格を境に“エスカレータークラブ”と化し、ついに21-22シーズンからプリメーラ・フェデラシオン(3部/※1)で戦うことになった。 (※1)グループ1とグループ2に分かれ、それぞれの1位はセグンダへ自動昇格。各組2〜5位の計8チームが昇格プレーオフへ進出 そこへ昨年1月、元デポルティボにして、アーセナルなどでもプレーしたスペイン人FWルーカス・ペレス(35)がおよそ5年ぶりに復帰。ペレスは今季リーグ戦30試合で12得点17アシストとチームを牽引する。 そして13日、グループ1第36節を首位で迎えたデポルティボは、2位バルセロナ・アトレティックとの直接対決に臨み、57分にペレスが直接FKで先制点…これが試合唯一のゴールとなって勝利。残り2試合で勝ち点差は「7」となり、優勝および2部復帰が決まった。 この日、世界で最も美しいスタジアムの1つとされる本拠地「エスタディオ・デ・リアソール」に詰めかけたのは、ほぼ満員御礼で今季最多の3万1833人。“英雄ルーカス・ペレス”がここに誕生した。 <span class="paragraph-title">【動画】歓喜のデポルティボ本拠地...美しきスタジアムが青く揺れる</span> <span data-other-div="movie2"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="es" dir="ltr"> Que sí <br><br> <a href="https://t.co/C5ZiRzRAfl">pic.twitter.com/C5ZiRzRAfl</a></p>&mdash; RC Deportivo (@RCDeportivo) <a href="https://twitter.com/RCDeportivo/status/1789736692833820927?ref_src=twsrc%5Etfw">May 12, 2024</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2024.05.13 14:15 Mon
4

名手ロイ・マカーイの上田綺世に対する評価は…「私を納得させたものは何もない」

オランダの名手ロイ・マカーイ氏が、フェイエノールトの日本代表FW上田綺世(25)について「来季に期待」とした。 懐かしの名ストライカー、ロイ・マカーイ。2000年代初頭のデポルティボ・ラ・コルーニャでラ・リーガ優勝や得点王に輝き、バイエルン時代もエースに君臨、キャリア晩年のフェイエノールトでもゴールを量産した49歳だ。 現在バイエルンで幹部を務める氏はこの度、オランダ『VP』のポッドキャスト番組に出演。フェイエノールトのスカウト時代、バイエルンから若手時代のトニ・クロース(レアル・マドリー)をレンタル獲得しようと奮闘するも失敗した話など、様々な話題で番組を盛り上げた。 そんななか、話題は現在のフェイエノールトへ。 負傷でユーロ2024を断念するも、今季を通じて大きく成長したオランダ代表MFクインテン・ティンバー(22)について「クラブや大会に関わらず躍動できる選手になる。イングランドでもプレーできるし、今後はCLでももっと輝けるだろう」と褒めちぎった。 一方で、上田については淡々と厳しめの評価。 上田は昨夏移籍金1000万ユーロ(約17.1億円)でフェイエノールト入り。エールディビジの終盤戦4試合で3ゴール2アシストも、1年を通じてはリーグ戦26試合5ゴール2アシスト、公式戦全体では37試合5ゴール2アシスト。 勿論数字が全てではないが、限られたプレータイムの中で得点関与は少なく、リーグ屈指の点取り屋、メキシコ代表FWサンティアゴ・ヒメネス(23)の牙城を崩すには至らなかった。 そんな上田をマカーイ氏は「私を説得できたものは何もない。ヒメネスの方が2ランク上だ」としつつ、「退団させるのは時期尚早。まだ来季がある」とコメント。これ以上、上田に関する話は広がらなかった。 2024-25シーズン、上田はマカーイ氏をうならせることができるか。 2024.06.02 21:25 Sun

レンジャーズの人気記事ランキング

1

欧州王者シティがナメられた90年代後半の暗黒期…3部降格、現4部クラブとの合併話...「私が会長でなければ今ごろ...」

マンチェスター・シティのデビッド・バーンスタイン元会長が、振り返るのも無惨なクラブの暗黒時代を振り返った。イギリス『ミラー』が伝えている。 イングランド王者、そして欧州王者のシティ。2008-09シーズンに中東資本参入によるビッグクラブ化計画が始まって以降、プレミアリーグを7度制し、1880年の創立から143年、昨季とうとうチャンピオンズリーグ(CL)を初制覇した。 しかし、そんなシティがほんの十数年前まで、宿敵マンチェスター・ユナイテッドの足元はおろか、残留争いが定位置のクラブだったことを、日本の若きサッカー少年・少女は知らないかもしれない。 バーンスタイン氏はシティが3部リーグ降格直前の1998年春に会長となり、「最大の暗黒期」だったと言われる2003年まで5年間務めた人物。シティのプレミアリーグ復帰に尽力したとして、今なおサポーターから高く評価・尊敬される御年80歳の長老だ。 氏は、ウィンブルドンFC(※1)との合併話や、レンジャーズ(スコットランド1部)のフィーダークラブ化案といった、2024年現在では考えられないような、シティが“下に見られた”1990年代後半を振り返る。 (※1)2004年消滅。後身のミルトン・キーンズ・ドンズFCは現在イングランド4部 「ウィンブルドンとの合併がプレミアリーグ復帰への最大の近道…そんな時代があったんだよ。先方からオファーが来たんだ。その後にはレンジャーズから手紙が届いた。彼らは我々(シティ)を自分たちのフィーダークラブ(※2)にしようとしていたんだ」 (※2)シティとジローナ、チェルシーとフィテッセのような関係性。シティは若手選手のレンタル先にジローナをよく利用する 「もちろんどちらもすぐに却下した。正直に言って、あの時代に私が会長だったことはこの上なく幸運なことだったはずだよ。私はシティのファンだからね。誘惑に駆られがちな人間が会長だったら、シティは今ごろどうなっていたか」 バーンスタイン氏はマンチェスターにほど近いマージーサイド州の出身で、幼少期からのシティサポーター。のちにFA(イングランドサッカー協会)会長も務め上げたこの男がいなければ、いまのシティは間違いなくなかっただろう。 2024.02.18 15:25 Sun
2

スコットランドの名門・レンジャーズが買収交渉を認める…田中碧が所属するリーズのオーナー「49ersエンタープライズ」が名乗り

レンジャーズがクラブの買収について交渉していることを認めたという。イギリス『BBC』が伝えた。 セルティックと共にスコットランド・サッカーを牽引するレンジャーズ。スコットランド1部では55回の優勝を誇り、スコティッシュカップも34回、スコティッシュ・リーグカップでも28回の優勝を誇る。 長年のライバル関係にあるセルティックとは、宗教上の派閥や民族的な対立などもあり、世界でも有数のダービーとされる一方で、2012年にはクラブが経営破綻に陥る悲劇を迎えることに。それでも4部から復活を遂げ、2020-21シーズンは再び優勝を果たしている。 近年はセルティックの前にタイトルから遠ざかっているレンジャーズだが、サンフランシスコ・フォーティナイナーズを含むアメリカの投資家らと交渉を行っていると共同声明で認めた。 「レンジャーズとその既存の支配株主は、コンソーシアムの2人の主要メンバーであるアンドリュー・カベナ氏と49ersエンタープライズ・グローバル・フットボール・グループと、コンソーシアムがクラブの支配権を取得し、追加資本を注入する可能性について建設的な話し合いを行っている」 「これらの議論は、レンジャーズFCの長期的な方向性、野心、経営の重要性についての共通の認識を反映している」 レンジャーズの買収に動いている「49ersエンタープライズ」は、2023年7月にリーズ・ユナイテッドを1億7000万ポンド(約321億8000万円)で買収。また、23日にはエバートンのフットボールディレクターであるケビン・セルウェル氏をスポーツディレクター(SD)に任命していた。 2025.04.24 18:40 Thu
3

元クロアチア代表MFクラニツァールがレンジャーズと2年契約!

▽レンジャーズは23日、元クロアチア代表MFニコ・クラニツァール(31)の獲得を発表した。契約期間は2年間となる。 ▽クロアチアの名門、ディナモ・ザグレブの下部組織出身のクラニツァールは、2001年にトップチームデビュー。17歳でキャプテンを任されるなどチームの中心選手として活躍するも、経営陣との対立から2005年にライバルのハイドゥク・スプリトへ移籍した。 ▽2006年のドイツ・ワールドカップを機に注目を集め、2006年にポーツマスへ加入。2009年にはトッテナムに移籍した。2012年にはディナモ・キエフに移籍するも、2013年にはQPRにレンタルで加入。今年1月にディナモ・キエフと双方合意の下で契約を解消し3月から、北米サッカーリーグ(NASL)のニューヨーク・コスモスへ加入していた。なお、今月末で契約が満了を迎えるため、フリートランスファーでの加入となる。 ▽2016-17シーズンからスコティッシュ・プレミアリーグに復帰するレンジャーズは、バーンリーから元イングランド代表MFジョーイ・バートンや、リバプールから“ジェラード2世”と呼ばれていたMFジョーダン・ロシターを獲得している。 ▽スコティッシュ・プレミアリーグで54回の優勝を誇る名門で、セルティックとのダービーである「オールドファーム」が有名なレンジャーズ。2012年に多額の負債を抱えて破産。2012-13シーズンは4部に降格していた。 2016.06.23 19:05 Thu
thumb
4

スコットランドの名門レンジャーズ、カイシーニャ監督解任

▽レンジャーズは26日、ペドロ・カイシーニャ監督(46)の解任を発表した。 ▽ポルトガル出身のカイシーニャ監督は、ポルトガルやメキシコ、カタールでの指導を経て、今年3月からレンジャーズ監督に就任した。 ▽だが、今シーズンは、優勝争いからやや遅れ気味の4位に位置。25日に行われたスコティッシュ・プレミアリーグ第11節のキルマーノックを1-1で引き分け、首位のセルティックとの勝ち点差が「8」に広がっていた。 2017.10.27 09:30 Fri
5

ジェラードとヴィエラが場外乱闘? チーム得点王モレロスへのオファーにジェラード 「無礼」

スコットランドのレンジャーズを率いるスティーブン・ジェラード監督が、自身のクラブに所属するコロンビア代表FWアルフレッド・モレロス(22)に対するオファーに関してパトリック・ヴィエラ監督率いるニースに噛みついた。フランス『レキップ』が伝えた。 ニースは23日にイタリア代表FWマリオ・バロテッリ(28)のマルセイユ移籍を発表。今季はパフォーマンスを落としていたもののエースストライカーの流出を受けてクラブは新たなストライカー獲得に着手した。 そして、現時点で有力な候補に挙がっているのが、レンジャーズのエースストライカーとして活躍するモレロスだ。 『レキップ』が伝えるところによれば、ニースはモレロス獲得に向けて800万ポンド(約11億4000万円)のオファーを掲示したという。だが、ジェラード監督はこの金額を含めニースからのオファーに憤りを見せている。 「アルフレッドに対して800万ポンド程度のオファーしか出さないやつらはすべて無礼なやつだと思う」 「彼はリーグのトップスコアラーであり、少なくともその倍額の評価が妥当だ。こういったオファーはアルフレッド、我々のクラブに対するリスペクトの欠如だ」 「もちろん、自分たちのプレーヤーが非売品であると主張するほどナイーブな人間ではない。それにすべてのプレーヤーに移籍の可能性はあるものだ。ただ、個人的にはレンジャーズ、プレーヤー、私個人への敬意を示してほしいものだよ」 なお、今回のジェラード監督の発言はヴィエラ監督本人を名指しするものではなく、ニースというクラブの姿勢を批判したものだが、ヴィエラ監督の反応次第では過去にリバプールとアーセナルの主力選手としてピッチ上で対峙した両監督の場外乱闘に発展する可能性もありそうだ。 2019.01.24 14:42 Thu

NEWS RANKING
Daily
Weekly
Monthly