逃げ切り勝利のローマ、モウリーニョ「完璧にプランを実現できていた」
2023.02.05 12:10 Sun
ローマのジョゼ・モウリーニョ監督が勝利を喜んだ。クラブ公式サイトが伝えている。
4日に行われたセリエA第21節でエンポリをホームに迎えたローマ。開始2分に訪れた左CKの場面でアルゼンチン代表FWパウロ・ディバラの入れた正確なボールに、ブラジル代表DFロジェール・イバニェスが頭で合わせて、先制ゴールを奪う。直後の6分にも再び左CKから今度はイングランド代表FWタミー・エイブラハムがヘディングシュートを決めて追加点。序盤から大きなリードを得ると、ペースを相手に握らせることのないままタイムアップまで守り切り、2-0で勝利を収めた。
モウリーニョ監督は試合後、2点目を決めたエイブラハムを称賛。年明けから調子を上げ、今シーズン6ゴール目を記録したストライカーの献身性を高く評価した。
「今シーズンは、彼が私に疑念を抱かせた時期もあった。彼のポテンシャルに疑いはなく、結果を残せていなかったことについてだがね。今はたとえゴールを決めなかったとしても、彼の貢献度は非常に重要だ」
「彼は全ての場面でよくやってくれた。後半は彼がディフェンスをしてくれていたことで、相手に隙を絶えずに、チームがディフェンスラインを再編成する時間を作れた。そして前半は、パウロ(・ディバラ)ともロレンツォ(・ペッレグリーニ)とも非常にうまく連携できていた。素晴らしいプレーだった」
「今日は理論上、現時点で最も強いと思える布陣で臨んだ。そして、序盤の30分間は完璧にゲームプランを実現できていた。その後は強度が下がり、プレーの質が下がってしまった。それは私が望んだからではなく、我々の課題だ」
「自分たちの限界まで戦えていたのはうれしいことだ。できることをただ実行するのが重要であり、今日は難しいチームを相手に勝ち点3を獲得することができた。試合後には相手の監督であるパオロ・ザネッティに対して、非常に難しいチームと戦ったので、これは重要な勝利だと考えていると話した」
4日に行われたセリエA第21節でエンポリをホームに迎えたローマ。開始2分に訪れた左CKの場面でアルゼンチン代表FWパウロ・ディバラの入れた正確なボールに、ブラジル代表DFロジェール・イバニェスが頭で合わせて、先制ゴールを奪う。直後の6分にも再び左CKから今度はイングランド代表FWタミー・エイブラハムがヘディングシュートを決めて追加点。序盤から大きなリードを得ると、ペースを相手に握らせることのないままタイムアップまで守り切り、2-0で勝利を収めた。
モウリーニョ監督は試合後、2点目を決めたエイブラハムを称賛。年明けから調子を上げ、今シーズン6ゴール目を記録したストライカーの献身性を高く評価した。
「彼は全ての場面でよくやってくれた。後半は彼がディフェンスをしてくれていたことで、相手に隙を絶えずに、チームがディフェンスラインを再編成する時間を作れた。そして前半は、パウロ(・ディバラ)ともロレンツォ(・ペッレグリーニ)とも非常にうまく連携できていた。素晴らしいプレーだった」
また、完封勝利に終わった一戦を振り返り、3ポイントの重要性を強調。一方で課題は試合中盤以降にペースダウンしてしまったことだと話した。
「今日は理論上、現時点で最も強いと思える布陣で臨んだ。そして、序盤の30分間は完璧にゲームプランを実現できていた。その後は強度が下がり、プレーの質が下がってしまった。それは私が望んだからではなく、我々の課題だ」
「自分たちの限界まで戦えていたのはうれしいことだ。できることをただ実行するのが重要であり、今日は難しいチームを相手に勝ち点3を獲得することができた。試合後には相手の監督であるパオロ・ザネッティに対して、非常に難しいチームと戦ったので、これは重要な勝利だと考えていると話した」
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終焉を迎えたレアル・マドリーのサイクル②~モウリーニョ体制プレイバック~
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元セルビア代表MFネマニャ・マティッチ(34)のローマ退団およびスタッド・レンヌ移籍には、やはりジョゼ・モウリーニョ監督との関係破綻があったようだ。イギリス『ミラー』が伝えている。 サッカー界を代表する師弟コンビは?と問われて名前を浮かべるファンも多いであろうモウリーニョ監督とマティッチ。チェルシーで始まったこの関係性はマンチェスター・ユナイテッドにローマと今夏まで約10年間続いた。 ところが、8月に入ってマティッチのスタッド・レンヌ行きが急浮上すると、トントン拍子で話が進み、14日に移籍が発表された。また、マティッチはモウリーニョ監督との関係性に亀裂が生じており、ローマも放出を躊躇しないと報じられていた。 強い信頼関係で結ばれたこの両者に一体何が起きたのか。ローマの地元紙『イル・テンポ』のフィリッポ・ビアフォーラ記者によると、マティッチは「チーム練習を投げ出し、モウリーニョだけでなくチームメイトとも問題を抱えた。ローマも一連の行動を問題視し、彼は損得勘定抜きで除外された」という。 酸いも甘いも経験してきたはずのベテランが身勝手な行動をとったなどとは信じたくないが、モウリーニョ監督は19日、セリエA第1節・サレルニターナ戦の前日会見でマティッチ退団の影響を問われ、長年の関係性を考えれば悲しくなるほどにあっさりとコメントした。 「レンヌと1カ月ほど協議していたのだろう。私が付け加えることは何もない」 一方で、ローマが後釜として獲得したレアンドロ・パレデス、レナト・サンチェスについては「パレデスが来てくれて嬉しいよ。彼のことがとっても好きだ。偉大な選手はもういないが、パレデスにサンチェスまで契約できた。街を歩いていて、そうそうお目にかかれる選手ではない」と期待を寄せる。 モウリーニョ監督とマティッチ。何が発端となったかは地元の記者ですら把握できていないようだが、決別したことは間違いない模様。それでも、これからも両者のサッカーキャリアは続いていく。 2023.08.20 15:00 Sun3
モウリーニョ解任のローマに“レジェンド”デ・ロッシが帰還! 監督就任に「この感動は言葉では言い表せない」
ローマは16日、新監督にダニエレ・デ・ロッシ氏(40)が就任することを発表した。 契約期間は2024年6月30日までの残りシーズンとなる。 デ・ロッシ新監督は、ローマ育ちでアカデミー出身者。2002年にファーストチームに昇格すると、2019年7月にボカ・ジュニアーズに移籍するまでプレー。ローマ時代には2007年、2008年にはコッパ・イタリアで優勝。2007年にはスーペル・コパも制し、フランチェスコ・トッティ氏が引退してからはキャプテンとしてチームを支えた。 引退後はイタリア代表のテクニカルコーチを務め、2021年のユーロ優勝に貢献。2022年10月から2023年2月まではSPALで指揮を執っていたが、半年でわずか3勝に終わり解任されていた。 ローマでは公式戦通算616試合に出場し63ゴール。18年間プレーしたクラブに監督として復帰することとなったデ・ロッシ新監督は、クラブを通じてコメントしている。 「ローマのテクニカル面でのリーダーシップの責任を私に託してくれたフリードキンファミリーに感謝したい。私としては、今からシーズン終了までの間に待ち受ける試練に立ち向かうため、日々の犠牲を払い、自分の中にある全てを捧げる必要があると思っている」 「ベンチに座ることができる感動は言葉では言い表せない。私にとってローマがどんな存在であるかは、誰もが知っているが、我々全員を待っている仕事は既に引き受けた」 「我々には時間がなく、選択肢もない。競争力を持ち、目標のために戦い、達成しようとすることがスタッフと私が自分たちに与える唯一の優先事項だ」 ローマは16日、4シーズン目を迎えていたジョゼ・モウリーニョ監督を解任。就任1年目の2021-22シーズンはヨーロッパ・カンファレンスリーグで優勝。2022-23シーズンはヨーロッパリーグで決勝に進むも、セビージャにPK戦の末に敗れて準優勝。今シーズンはリーグ戦で序盤から調子が上がらず、14日に行われたセリエA第20節でミランに敗れ、3戦未勝利となっており、9位と苦しんでいた。 2024.01.16 22:15 Tue4
ベンフィカが3選手を補強! ローマのスウェーデン代表DFダール&コモの元イタリア代表FWベロッティをレンタル、ブラガのポルトガル代表FWブルマを完全移籍で獲得
ベンフィカは3日、ローマのスウェーデン代表DFサミュエル・ダール(21)をレンタル移籍で獲得したことを発表した。背番号は「26」をつける。 ダールはスウェーデンのユールゴーデンから2024年7月にローマに完全移籍。左サイドバックを務める中、セリエAで2試合、コッパ・イタリアで1試合の出場に終わっていた。 スウェーデン代表デビューも果たしている中、成長のために出場機会を求めポルトガルの強豪に武者修行。ダールは「素晴らしい歴史とサッカーのレベルを誇るこのクラブに来られてとても幸せだ。ここにいられることは本当に素晴らしい」と今回の移籍にコメントしている。 また、コモからは元イタリア代表FWアンドレア・ベロッティ(31)をレンタル移籍で獲得。背番号は「19」に決定した。 ベロッティはイタリア代表として44試合で12ゴールを記録。パレルモやトリノ、ローマ、フィオレンティーナでプレー。今シーズンからコモに完全移籍していた中、セリエAでは18試合で2ゴール、コッパ・イタリアで1試合の出場に終わっていた。 自身初の海外移籍となるベロッティ。「シーズンを最高の形で終えたい。試合はたくさんあるし、トロフィーを持ち帰らなければならない。最高の形で思い出に残るような素晴らしいシーズンにしたい」と意気込みを語った。 さらにブラガからはポルトガル代表FWブルマ(30)を完全移籍で獲得。契約期間は2028年夏までとなる。背番号は「27」に決まった。 ブルマはスポルティングCPのアカデミー育ち。ファーストチーム昇格後は、ガラタサライやレアル・ソシエダ、RBライプツィヒ、PSV、オリンピアコス、フェネルバフチェと渡り歩き、2023年1月にブラガにレンタル移籍で加入。同年7月に完全移籍で加入した。 今シーズンはプリメイラ・リーガで17試合7ゴール5アシスト。ヨーロッパリーグ(EL)でも6試合で3ゴール1アシストを記録するなど主軸としてプレー。ブラガでは通算90試合27ゴール22アシストを記録していた。 左ウイングを主戦場としており、ベロッティとの関係性に期待したいところ。ブルマは「ここにきて、素晴らしいクラブを代表できることを嬉しく思う。ここに来るのは良い時期だと思う。これからも努力を続け、ファンにたくさんの喜びをもたらしていきたい」と意気込んだ。 2025.02.04 11:50 Tue5
