高木利弥が31歳で現役引退を決断、父は“アジアの大砲”高木琢也氏…Jリーグ5クラブでプレーし、昨年11月にカンボジアクラブを退団
2024.02.18 23:40 Sun
プロ入りした山形時代の高木利弥
カンボジアプレミアリーグのTiffy Army FCを退団していたDF高木利弥(31)が、現役引退を発表した。帝京高校から神奈川大学へと進学した高木はモンテディオ山形でプロ入り。その後、ジェフユナイテッド市原・千葉、柏レイソル、松本山雅FC、愛媛FCでプレー。2023年7月からカンボジアでプレーしていた。
日本代表として活躍した高木琢也氏を父に持つことでも知られる高木だが、2023年11月にTiffy Army FCから突然契約解除されたことを報告。現役続行を希望し、トライアウトにも参加していたが、このたび引退を決断したことを自身のX(旧ツイッター)やYouTubeチャンネル「アジアの豆鉄砲チャンネル【高木利弥】」で報告した。
ーーーーー
この度、私高木利弥はプロサッカー選手を引退することを決断しました。
はじめに常に側で支えてくれた妻と息子。
ここまでサッカーを続けさせてくれた両親に感謝します。ありがとうございました。
ファン、サポーターの皆さん
特別指定選手の期間を含めますと10年間で、
モンテディオ山形
ジェフユナイテッド市原・千葉
柏レイソル
松本山雅FC
愛媛FC
Tiffy Army FC(カンボジア)
6クラブに所属させていただきました。
このうちの4クラブで降格を経験したということで、
皆さんとは辛い経験を多くした記憶の方があります。
しかし、そんな中でも自分は成長できたと思っていますし、常に背中を後押ししていただけたことに感謝しています。
また、
MIP FC
FC東京U-15深川
帝京高校
神奈川大学
育成年代でお世話になったクラブ・指導者の方々のおかげでここまでプレーすることができました。
父親が元日本代表ということもあって、
学生時代は特に葛藤した時もありましたが、
今となっては他の人にはできない経験をできたなと思います。
自分の息子にそれをさせるかわからないですが。笑
これからは指導者をはじめ、
個人としても色々なことにチャレンジしていきたいと思っています。
サッカーのご縁は本当に狭き世界なので、
また会える日を確信していますし、
楽しみにしています。
最後にYouTubeもぜひ見てくださいね。
10年間ありがとうございました。
ーーーーー
高木はJ1通算38試合、J2通算115試合3得点、J3通算26試合1得点を記録。カンボジア・プレミアリーグでは8試合で2得点を記録していた。
日本代表として活躍した高木琢也氏を父に持つことでも知られる高木だが、2023年11月にTiffy Army FCから突然契約解除されたことを報告。現役続行を希望し、トライアウトにも参加していたが、このたび引退を決断したことを自身のX(旧ツイッター)やYouTubeチャンネル「アジアの豆鉄砲チャンネル【高木利弥】」で報告した。
この度、私高木利弥はプロサッカー選手を引退することを決断しました。
はじめに常に側で支えてくれた妻と息子。
ここまでサッカーを続けさせてくれた両親に感謝します。ありがとうございました。
そしてプロキャリアの中で関わっていただいた監督・コーチ、スタッフ
ファン、サポーターの皆さん
特別指定選手の期間を含めますと10年間で、
モンテディオ山形
ジェフユナイテッド市原・千葉
柏レイソル
松本山雅FC
愛媛FC
Tiffy Army FC(カンボジア)
6クラブに所属させていただきました。
このうちの4クラブで降格を経験したということで、
皆さんとは辛い経験を多くした記憶の方があります。
しかし、そんな中でも自分は成長できたと思っていますし、常に背中を後押ししていただけたことに感謝しています。
また、
MIP FC
FC東京U-15深川
帝京高校
神奈川大学
育成年代でお世話になったクラブ・指導者の方々のおかげでここまでプレーすることができました。
父親が元日本代表ということもあって、
学生時代は特に葛藤した時もありましたが、
今となっては他の人にはできない経験をできたなと思います。
自分の息子にそれをさせるかわからないですが。笑
これからは指導者をはじめ、
個人としても色々なことにチャレンジしていきたいと思っています。
サッカーのご縁は本当に狭き世界なので、
また会える日を確信していますし、
楽しみにしています。
最後にYouTubeもぜひ見てくださいね。
10年間ありがとうございました。
ーーーーー
高木はJ1通算38試合、J2通算115試合3得点、J3通算26試合1得点を記録。カンボジア・プレミアリーグでは8試合で2得点を記録していた。
高木利弥の関連記事
モンテディオ山形の関連記事
J1の関連記事
記事をさがす
|
|
高木利弥の人気記事ランキング
1
J親子対決が4年ぶりに実現/六川亨の日本サッカー見聞録
6月27日に再開・開幕したJリーグも約1ヶ月が過ぎた。当初は新型コロナの感染拡大を防ぐため、移動のリスクを減らそうとチームを東西に分けての対戦だった。そして8月1日からは「超」厳戒態勢を厳戒体制に変更。東西のチーム分けはやめ、5000人か50%を上限に入場者数の引き上げやビジタ-席の開放を実施する予定だった。 しかし村井満チェアマンは東京都の感染拡大を受け、1日からの制限緩和を10日に延長し、さらにNPB(日本野球機構)と専門家による対策連絡会議の結果、政府の方針通り8月31日まで超厳戒態勢を継続することを決めた。 悪いことは重なるもので、先週末は名古屋の選手・スタッフに感染者が出たことと、濃厚接触者の特定に時間がかかったため、広島対名古屋戦は中止になった。その後は名古屋の選手寮の調理師、福岡のスタッフにも感染者が出た。 7月30日現在、東京都の1日の感染者は過去最多の367人を記録。名古屋市も初めて感染者が100名を越すなど、全国各地で感染拡大が拡がっている。 こうした状況で週末の8月1、2日にはJ1、J2、J3のリーグ戦が予定されていて、来週5日にはルヴァン杯も再開される。8月といえば、例年なら小中高校生は夏休みに入り、Jリーグにとってもゴールデンウィーク(今年はなかったが)に続く「かき入れ時」でもある。実際、8月は毎週末と水曜にJ1~J3の試合が組まれている。 果たして無事に8月を乗り切れるのかどうか。Jリーグに関わるすべての人が不安に感じていることだろう。 そんな不安とは裏腹に、ピッチでは毎週のように熱い戦いが繰り広げられている。先週末の25日はJ2の大宮対松本、そして今週の29日は東京V対新潟を取材した。渡邉(新潟)のアディショナルタイムの同点弾で1-1と勝点を分け合った東京V対新潟戦には、将来が楽しみな10代の選手が自信に満ちたプレーを披露したが、こちらの話題はまたの機会に譲ろう。 そして戸島の決勝点で松本を1-0と下して大宮が連敗を2でストップした試合では、4年ぶりに監督と選手の“親子対決"が実現した。 前半、メインスタンドから見て左側のベンチにいる高木琢也監督の目前を、松本の左サイドMF高木利弥が何度となく上下動する。飲水タイムには言葉を交わす機会があるのかどうか期待したが、さすがにそれはなかった。 2人の親子対決が初めて実現したのは2016年のこと。現役時代は「アジアの大砲」と言われ、16年当時は長崎を率いていた高木監督が、山形に加入して2年目の息子・利弥君と敵味方にわかれて戦ったのだった。 しかし、それまでも「親子Jリーガー」がいないわけではなかった。 日本国籍を取得したハーフナー・ディドは横浜MのGKコーチ時代、息子であり元日本代表FWのハーフナー・マイク(当時19歳)と2006年に1シーズンをともに過ごしたことがある。その横浜Mでは、水沼貴史と水沼宏太の親子もともにプレーした。父親である水沼貴史は2007年に横浜Mの監督を務め、その時は宏太君も3試合ほどJ1リーグでプレーしている。 彼らに続くのが、2017年に名古屋を率いていた風間八宏監督が、岐阜(当時はJ2)戦で次男の宏矢君と対戦したケースだ。こうして振り返ると、親子対決の実現した父親は1960年以降生まれで、1993年のJリーグ開幕時に現役としてプレーした世代が条件の1つになっているようだ(ディドは1957年生まれで一度は引退したが、Jリーグの開幕により現役に復帰)。 変わったところでは、大宮戦ではスタメン出場でチームを牽引した松本のレジェンド田中隼磨(38歳)の長男、新保海鈴(しんぼ かいり)君が、7月5日のJ3リーグでC大阪Uー23の一員として後半20分にデビューした(G大阪Uー23戦)。まだ高校3年生(17歳)のため出場機会も限られるだろうが、今シーズンは松本のJ1昇格により選手として初の“親子対決"が見られるかもしれない。 2020.07.30 22:25 Thu2
愛媛が2人目のDF補強! 松本DF高木利弥を期限付き移籍で獲得「チームの目標に貢献できるよう精進します」
愛媛FCは22日、松本山雅FCのDF高木利弥(28)を期限付き移籍で獲得したことを発表した。 期限付き移籍期間は、2022年1月31日まで。松本との公式戦には出場できない。背番号は「27」をつける。 高木は元日本代表FWでSC相模原で指揮を執る高木琢也監督の息子。FC東京U-15深川から帝京高校、神奈川大学を経て、2015年にモンテディオ山形へと入団する。 山形では3シーズンを過ごすと J1で20試合、J2で69試合1得点を記録。2018年にジェフユナイテッド千葉へと移籍すると、14試合2得点を記録し、シーズン途中に柏レイソルへと完全移籍する。 柏ではJ1で17試合に出場するもチームは降格。J1では出番が与えられないと、2019年途中に松本へと加入した。 松本では2シーズン半でJ1で1試合、J2で16試合に出場も、今シーズンはリーグ戦の出場はなし。天皇杯で1試合に出場したのみだった。 高木は両クラブを通じてコメントしている。 ◆愛媛FC 「このたび、松本山雅FCから加入することになりました、高木利弥です。チームの目標に貢献できるよう精進します。よろしくお願いします」 ◆松本山雅FC 「このたび、愛媛FCに期限付き移籍することになりました。応援してくれているファン、サポーターの皆さんに頑張ってる姿をこれからも見せていきたいと思います。ありがとうございました」 2021.07.22 12:10 Thuモンテディオ山形の人気記事ランキング
1
2025シーズンのホームグロウン制度、14クラブが不遵守も罰則なし…最多はFC東京の15名
Jリーグは22日、各クラブの2025シーズンのホームグロウン選手の人数を発表した。 ホームグロウン制度は、各クラブが選手育成にコミットし、アカデミーの現場を変えていくことを目的に導入したもの。12歳の誕生日を迎える年度から21歳の誕生日を迎える年度までの期間において、990日以上、自クラブで登録していた選手が対象となる。 期限付移籍の選手は、移籍先クラブでの登録となり、21歳以下の期限付移籍選手の育成期間は、移籍元クラブでカウント。JFA・Jリーグ特別指定選手は、ホームグロウン選手とはみなされない。 2025シーズンに関しては、J1のクラブは4名、J2・J3のクラブは2名以上と定められている中、14クラブが不遵守となっており、昨シーズンから2クラブ増えることとなった。 明治安田J2リーグではいわきFCと藤枝MYFCが昨シーズンに続いて「0人」、明治安田J3リーグではヴァンラーレ八戸、福島ユナイテッドFC、栃木シティ、SC相模原、FC大阪、高知ユナイテッドSC、テゲバジャーロ宮崎が「0人」、ザスパ群馬、FC岐阜、奈良クラブが「1人」となっている。 これまで不遵守となったクラブは、翌シーズンのプロA契約選手の「25名枠」から不足人数分減じられることとなっていたが、2026シーズンからはプロ契約の区分が撤退されるため、処分はない。 なお、全部60クラブで最も多くホームグロウン選手を登録しているのはFC東京で15名。続いて13名の鹿島アントラーズとサンフレッチェ広島、12名の柏レイソル、11名の川崎フロンターレ、RB大宮アルディージャと続いている。 <h3>◆明治安田J1リーグ(合計160人)</h3> 鹿島アントラーズ:13人 浦和レッズ:7人 柏レイソル:12人 FC東京:15人 東京ヴェルディ:9人 FC町田ゼルビア:4人 川崎フロンターレ:11人 横浜F・マリノス:9人 横浜FC:4人 湘南ベルマーレ:8人 アルビレックス新潟:7人 清水エスパルス:7人 名古屋グランパス:5人 京都サンガF.C.:8人 ガンバ大阪:8人 セレッソ大阪:7人 ヴィッセル神戸:6人 ファジアーノ岡山:2人 サンフレッチェ広島:13人 アビスパ福岡:5人 <h3>◆明治安田J2リーグ(合計83人)</h3> 北海道コンサドーレ札幌:8人 ベガルタ仙台:4人 ブラウブリッツ秋田:2人 モンテディオ山形:4人 いわきFC:0人 水戸ホーリーホック:1人 RB大宮アルディージャ:11人 ジェフユナイテッド千葉:5人 ヴァンフォーレ甲府:7人 カターレ富山:2人 ジュビロ磐田:6人 藤枝MYFC:0人 レノファ山口FC:2人 徳島ヴォルティス:3人 愛媛FC:3人 FC今治:2人 サガン鳥栖:7人 V・ファーレン長崎:5人 ロアッソ熊本:4人 大分トリニータ:7人 <h3>◆明治安田J3リーグ(合計40人)</h3> ヴァンラーレ八戸:0人 福島ユナイテッドFC:0人 栃木SC:3人 栃木シティ:0人 ザスパ群馬:1人 SC相模原:0人 松本山雅FC:9人 AC長野パルセイロ:3人 ツエーゲン金沢:2人 アスルクラロ沼津:8人 FC岐阜:1人 FC大阪:0人 奈良クラブ:1人 ガイナーレ鳥取:2人 カマタマーレ讃岐:2人 高知ユナイテッドSC:0人 ギラヴァンツ北九州:4人 テゲバジャーロ宮崎:0人 鹿児島ユナイテッドFC:2人 FC琉球:2人 2025.04.22 22:10 Tue2
山口MF佐藤健太郎が現役引退 プロ16年間で山形や千葉、京都にも所属
レノファ山口FCは4日、MF佐藤健太郎(38)の現役引退を発表した。 佐藤は三重県生まれで、順天堂大学出身。2007年にモンテディオ山形でプロ入りしてから、ジェフユナイテッド千葉、京都サンガF.C.を経て、2017年に山口入りした。 プロ16年目の今季も明治安田生命J2リーグ24試合、天皇杯1試合に出場したが、ここでキャリアの幕。通算でJ1リーグ92試合1得点、J2リーグ370試合2得点だった。 佐藤はクラブを通じて、過去に所属したクラブにも触れながら感謝の気持ちとともに別れの挨拶をしている。 「この度、今シーズンをもちまして現役を引退することに決めました。6年前、山口に加入を決断した時に、おそらくこのチームが最後のチームになる予感がしていました」 「良い時ばかりでなく、悔しく、悲しく、苦しい場面も多くありましたが、そのような時にするファンサポーターの方とのたわいもない会話が励みになりました」 「コロナ禍で交流が絶たれたのはとても残念でしたが、ここで一区切りつけて、次のステージに進みます。16年間のプロ生活。周りの方々のお陰で、ここまでプレーする事が出来ました」 「これまでに培った経験全てが財産であり今の私を作ってくれました。これからもコツコツ、でも着実に力をつけて、お世話になった皆様に恩返ししていきたいと考えています」 「モンテディオ山形、ジェフユナイテッド市原千葉、京都サンガF.C.、レノファ山口に関わる皆様。どんな時も応援してくれたファン、サポーターの皆様。私を支えてくれた皆様。今までたくさんの応援、サポートありがとうございました」 2022.11.04 15:50 Fri3
山口退団のFW大槻周平が34歳で現役引退…今後は大阪学院大のサッカー部コーチに
レノファ山口FCは20日、FW大槻周平(34)が昨季限りで現役引退と発表した。2024年からは大阪学院大学サッカー部コーチに就任する。 大槻は大阪学院大学の出身で、これまで湘南ベルマーレ、ヴィッセル神戸、モンテディオ山形、ジェフユナイテッド千葉でプレー。2021年7月から山口に移ったが、2023シーズンは明治安田生命J2リーグで14試合ノーゴールに終わり、契約満了による退団が決まった。 2年半を過ごした山口では通算47試合4得点を記録。キャリアを通じてはJ1で106試合8得点、J2で170試合32得点、天皇杯で19試合4得点、Jリーグカップで13試合4得点だった。キャリア最後のクラブである山口を通じ次のようにコメントしている。 「2023年シーズンをもって引退することを決断しました。プロ生活12年間お世話になった、湘南ベルマーレ、ヴィッセル神戸、モンテディオ山形、ジェフユナイテッド市原・千葉、レノファ山口FC、皆様本当にありがとうございました。全ての方々に感謝しています」 「僕自身12年間プロでやれるとも思っていなかったですが、正直まだまだやりたい気持ちもあります。それだけプロサッカー選手は人に夢を与えられる素晴らしい職業だと思います。たくさんの仲間達と出会い共に戦った日々は最高の思い出で財産です」 「これからは大阪学院大学のサッカー部のコーチをさせて頂くことになりました。今までの経験を生かし、学生の力になれるよう全力を尽くします。幸せな日々を本当にありがとうございました」 2024.01.20 13:48 Sat4
“ソニー仙台FC最後の指揮官” 新潟や大宮なども率いた鈴木淳氏が高校サッカーへ 山形明正高校サッカー部の監督に就任「選⼿の成⻑と勝利を追求」
ソニー仙台FCは6日、2024シーズンまで監督を務めた鈴木淳氏(63)の新天地を発表した。 昨季限りで日本フットボールリーグ(JFL)を退会、活動も終えたソニー。1968年誕生の由緒正しき名門実業団が歴史に幕を下ろした。 その“最後の指揮官”こそ、かつてモンテディオ山形にアルビレックス新潟、大宮アルディージャ、ジェフユナイテッド千葉も率いた鈴木淳氏。氏は地元宮城のソニーを3年間率い、2023シーズンはJFL4位に食い込んだ。 数多のJクラブを渡り歩いた名指導者は高校サッカーへ。山形県山形市「⼭形明正⾼等学校」のサッカー部監督に就任するとのことだ。 鈴木氏はソニー、⼭形明正⾼校の双方からコメントを発表。 ◆ソニー仙台FC 「ソニー仙台FCを応援、ご⽀援いただいている皆様へ」 「2022シーズンより3年間⼤変お世話になりました。また過去にも2度、ソニー仙台FCに携われたことに誇りを持っています」 「最終的には残念な形での皆さんとのお別れになりましたが、皆さんの応援があってこそソニー仙台FCの活動が継続できたと思っています。皆さんの声援は私の⼼にいつまで残ると思います。本当にありがとうございました」 「さて、私事になりますが、この度⼭形明正⾼等学校サッカー部の監督に就任いたします。全⼒で選⼿育成、チームの勝利を⽬指して指導にあたりたいと思います。引き続き暖かく⾒守っていただけるとありがたいです」 「また皆さんとお⽬にかかれることを楽しみにしています。⻑い間ありがとうございました」 ◆⼭形明正⾼校 「⼭形明正⾼等学校サッカー部を応援・ご⽀援いただいている皆様へ」 「この度、⼭形明正⾼等学校サッカー部の監督に就任いたしました鈴⽊淳です。 再び⼭形でのご縁をいただいた事に感謝いたします」 「⾼校⽣年代は、⼈としても選⼿としても⾮常に成⻑できる年代だと思っています。 この年代、そして可能性あるチームの指導に携わらせていただける事に喜びを感じています」 「選⼿の成⻑そしてチームの勝利を追求し、精⼀杯頑張りたいと思います。これまで同様に⼭形明正⾼等学校ならびにサッカー部の応援・ご⽀援をよろしくお願いいたします」 2025.02.06 15:22 Thu5

