アスピリクエタがチェルシー通算300試合出場達成!マンC戦で残した見事なスタッツとは?
2018.12.09 18:59 Sun
チェルシーDFセサール・アスピリクエタが、クラブ通算300試合出場を達成した。
2012年にマルセイユからおよそ880万ユーロ(約11億円)という移籍金で加入したアスピリクエタ。当時のジョゼ・モウリーニョ監督のもとで重宝されると、続くアントニオ・コンテ監督体制ではセンターバックも経験。今季就任したマウリツィオ・サッリ監督のもとでもリーグ戦全試合に出場し、さらにゲームキャプテンを任されるなど欠かせない存在となっている。チェルシーでは、プレミアリーグ2度優勝やFAカップ、リーグカップ、さらにヨーロッパリーグ(EL)優勝など多くのタイトルを獲得している。
そんなアスピリクエタは、8日に行われた第16節のマンチェスター・シティ戦にも先発出場。スペイン代表DFにとって、これがクラブ通算300試合目のメモリアルマッチとなった。
29歳のアスピリクエタは、首位を走るマンチェスター・Cとの一戦で見事なスタッツを残している。『Opta』によると、タッチ数(96)、敵陣内のパス(15)、デュエル数(21)、タックル数(13)、インターセプト数(5)、ブロック数(2)でチームトップを記録。対峙したレロイ・サネやラヒーム・スターリングを抑え、2-0の勝利に大きく貢献した。
アスピリクエタの奮闘もあり、王者マンチェスター・Cに今季リーグ戦で初めて土をつけたチェルシー。次節は敵地でブライトンと対戦する。
提供:goal.com
2012年にマルセイユからおよそ880万ユーロ(約11億円)という移籍金で加入したアスピリクエタ。当時のジョゼ・モウリーニョ監督のもとで重宝されると、続くアントニオ・コンテ監督体制ではセンターバックも経験。今季就任したマウリツィオ・サッリ監督のもとでもリーグ戦全試合に出場し、さらにゲームキャプテンを任されるなど欠かせない存在となっている。チェルシーでは、プレミアリーグ2度優勝やFAカップ、リーグカップ、さらにヨーロッパリーグ(EL)優勝など多くのタイトルを獲得している。
そんなアスピリクエタは、8日に行われた第16節のマンチェスター・シティ戦にも先発出場。スペイン代表DFにとって、これがクラブ通算300試合目のメモリアルマッチとなった。
29歳のアスピリクエタは、首位を走るマンチェスター・Cとの一戦で見事なスタッツを残している。『Opta』によると、タッチ数(96)、敵陣内のパス(15)、デュエル数(21)、タックル数(13)、インターセプト数(5)、ブロック数(2)でチームトップを記録。対峙したレロイ・サネやラヒーム・スターリングを抑え、2-0の勝利に大きく貢献した。
アスピリクエタの奮闘もあり、王者マンチェスター・Cに今季リーグ戦で初めて土をつけたチェルシー。次節は敵地でブライトンと対戦する。
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インテル栄光のエース…ディエゴ・ミリート氏がCL制覇を懐かしむ 表彰式でR・マドリー会長から「キミはウチに来るべき」
元アルゼンチン代表FWのディエゴ・ミリート氏が、インテル時代のチャンピオンズリーグ(CL)制覇を懐かしんだ。 2009-10シーズン、インテルに45年ぶりの欧州制覇、2024年現在イタリア勢最後の欧州制覇をもたらしたストライカー、D・ミリート。 チャンピオンズリーグ(CL)決勝戦、バイエルン戦で2得点を叩き込み、2-0勝利のインテルは欧州王者に。D・ミリート氏はUEFA年間最優秀選手、セリエA年間最優秀選手に輝いた。 地球上の全インテリスタが崇めるアルゼンチン人FWは現在45歳。母国のTV番組『TyC』に出演し、伝説のCL準決勝、決勝を懐かしんだ。 「サッカー少年の夢が凝縮されたファイナルだったね。だが、準決勝も思い出深い。あの準決勝で当時のペップ・バルサ、弟(※)の所属するバルセロナを撃破した時点で、我々インテルの優勝を確信していたと記憶する」 (※)ガブリエル・ミリート 「準決勝の前夜、両親もアルゼンチンから欧州へ来ていてね。インテルが滞在するホテルにも来て、私が会いに行ったら、そこへ監督のジョゼ・モウリーニョだ(笑)」 「モウは両親に『バルサとインテル、どちらを応援してくれますかね?』なんてニヤニヤしながら聞いていた(笑) まったく面白い男だよ。外ではいつも、選手の重圧を取り除くために悪者を演じるんだが(笑) それがモウリーニョだ」 そして、栄冠を掴んだサンティアゴ・ベルナベウでの決勝戦。表彰式ではメダル授与を担ったレアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長から、わずか数秒間の短い会話で、2010年夏の加入を促されたという。 「かの有名なペレス会長は私に『おめでとう』と語りかけ、続け様に『やはりキミはレアル・マドリーの一員になるべきだ』と言ったんだ」 「本気で私の獲得を目指していることは、あの日に前後して知っていた。レアル・サラゴサ時代のにもアプローチされ、ベルント・シュスター(当時監督)からも電話が来ていたよ。結局はインテルが譲らなかったということだ」 D・ミリート氏は最後に、古巣で自身の系譜を受け継ぐアルゼンチン人エース、ラウタロ・マルティネスにエールを送った。 「いまの私は、ラウタロに想いを馳せる。すでに私なんかと比べ物にならないほどの存在だよ。いつの日か、彼はインテルでバロンドールを受賞するかもしれないね。私にできないこと全てが、ラウタロにはできてしまう」 2024.11.13 17:15 Wed5
カシージャスの心臓発作後に最初に連絡を入れたのはモウリーニョ! 「最初に心配してくれた人」
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「知っていたら契約していない」元ブラジル代表FWパト、過去のチェルシー移籍を後悔
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