スパーズ、ザルツブルクの若き主砲ダカ獲得に動く! 交渉の秘密兵器に意外な名前?
2020.09.10 22:14 Thu
トッテナムがレッドブル・ザルツブルクに所属するザンビア代表FWパトソン・ダカ(21)の獲得に動いているようだ。イギリス『フットボール・ロンドン』が報じている。
トッテナムはここ数年に渡ってFWハリー・ケインのバックアップ問題を抱えている。とりわけ、新シーズンに向けては元々の過密日程に加え、ヨーロッパリーグ(EL)予選からの参戦に伴い、更なる試合数の増加が見込まれており、エースストライカーのバックアップの確保が急務だ。
ここまでのリクルートに関しては、GKジョー・ハート、MFピエール=エミール・ホイビュルク、DFマット・ドハーティとジョゼ・モウリーニョ監督の希望に沿った補強が行われており、今後は新たなストライカー獲得を優先事項とする構えだ。
そういった中、ここまではFWカラム・ウィルソン(28)、FWオリー・ワトキンス(24)というイングランド産のタレントへの関心が噂されたが、前者に関しては過去の負傷歴を含む費用対効果、昨季のチャンピオンシップ(イングランド2部)で25ゴールを挙げた後者に関しては高額な移籍金をきらい、獲得を見送る決断を下し、それぞれニューカッスル、アストン・ビラへの移籍が決定した。
そして、『フットボール・ロンドン』が伝えるところによれば、現在トッテナムは以前から関心が伝えられるナポリのポーランド代表FWアルカディウシュ・ミリク(26)、メスのセネガル代表FWハビブ・ディアロ(25)の2選手に加え、ダカのを有力なターゲットに定めているようだ。
さらに、21歳という若さやプレースタイル、左右のウイングでもプレー可能なユーティリティー性は、ポルトガル人指揮官が求めるプロフィールに合致している。
ただ、近年多くの逸材を輩出するザルツブルクの新たなスター候補は、ヨーロッパのビッグクラブがこぞって関心を寄せており、争奪戦は避けられない状況だ。
そういった中、『フットボール・ロンドン』はスパーズがその争奪戦を制する上で秘密兵器となる意外な人物の名前を挙げている。
その秘密兵器こそ、元マリ代表FWのフレデリック・カヌーテだ。2003年から2005年までトッテナムに在籍していた屈強なストライカーは現在、アフリカの若手タレントを多く顧客に持つエージェンシー『12Management』の最高経営責任者(CEO)を務めており、ダカも同社の顧客の1人だ。
さらに、カヌーテはダカが母国のザンビアでプレーしていた際、同選手を発掘した恩人のような存在でもある。
そのため、未だにトッテナムと良好な関係を築くカヌーテのルートをうまく生かせれば、ダカを獲得できる可能性は十分にあるようだ。
トッテナムはここ数年に渡ってFWハリー・ケインのバックアップ問題を抱えている。とりわけ、新シーズンに向けては元々の過密日程に加え、ヨーロッパリーグ(EL)予選からの参戦に伴い、更なる試合数の増加が見込まれており、エースストライカーのバックアップの確保が急務だ。
ここまでのリクルートに関しては、GKジョー・ハート、MFピエール=エミール・ホイビュルク、DFマット・ドハーティとジョゼ・モウリーニョ監督の希望に沿った補強が行われており、今後は新たなストライカー獲得を優先事項とする構えだ。
そして、『フットボール・ロンドン』が伝えるところによれば、現在トッテナムは以前から関心が伝えられるナポリのポーランド代表FWアルカディウシュ・ミリク(26)、メスのセネガル代表FWハビブ・ディアロ(25)の2選手に加え、ダカのを有力なターゲットに定めているようだ。
2017年にザルツブルク入りを果たしたダカは、以前から圧倒的な身体能力と積極的なプレーを武器に評価を高めてきた。さらに、昨シーズンは公式戦45試合の出場で27ゴール12アシストと、課題の決定力やフィニッシュの局面での精度に磨きをかけている。
さらに、21歳という若さやプレースタイル、左右のウイングでもプレー可能なユーティリティー性は、ポルトガル人指揮官が求めるプロフィールに合致している。
ただ、近年多くの逸材を輩出するザルツブルクの新たなスター候補は、ヨーロッパのビッグクラブがこぞって関心を寄せており、争奪戦は避けられない状況だ。
そういった中、『フットボール・ロンドン』はスパーズがその争奪戦を制する上で秘密兵器となる意外な人物の名前を挙げている。
その秘密兵器こそ、元マリ代表FWのフレデリック・カヌーテだ。2003年から2005年までトッテナムに在籍していた屈強なストライカーは現在、アフリカの若手タレントを多く顧客に持つエージェンシー『12Management』の最高経営責任者(CEO)を務めており、ダカも同社の顧客の1人だ。
さらに、カヌーテはダカが母国のザンビアでプレーしていた際、同選手を発掘した恩人のような存在でもある。
そのため、未だにトッテナムと良好な関係を築くカヌーテのルートをうまく生かせれば、ダカを獲得できる可能性は十分にあるようだ。
パトソン・ダカ
ハリー・ケイン
ジョー・ハート
マット・ドハーティ
ジョゼ・モウリーニョ
カラム・ウィルソン
アルカディウシュ・ミリク
ハビブ・ディアロ
フレデリック・カヌーテ
トッテナム
ザルツブルク
パトソン・ダカの関連記事
トッテナムの関連記事
記事をさがす
|
|
トッテナムの人気記事ランキング
1
10年前、当時21歳のベイルがCLで覚醒…!インテル相手に記録した衝撃のハットトリック【CL名場面プレイバック】
20日、遂に新シーズンの幕が上がったチャンピオンズリーグ(CL)。今まで数多くの名場面が生まれてきたが、その中でも選りすぐりの名場面を振り返る。今回は、トッテナム時代のウェールズ代表FWガレス・ベイルが今から10年前に見せた驚愕のハットトリックだ。 育成の名門サウサンプトンで育ったベイルは2007年夏にトッテナムに加入。当初は左サイドバックとしてプレーしていたが、2010-11シーズンに一列前で起用されるようになると、その攻撃力が爆発した。 <div id="cws_ad">◆10年前、伝説となったベイルのサン・シーロでの夜<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJiUGM1dHM4WSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> ベイルがその才能を覚醒させるきっかけの1つとなった試合が、2010年10月20日にサン・シーロで行われたCLグループリーグのインテル戦だった。 試合は開始2分でインテルが先制すると、その後8分にはトッテナムのGKエウレリョ・ゴメスが一発退場。10人になったトッテナムは前半だけで4失点と数的不利を背負うという絶望的な状況に置かれた。 しかし後半、ベイルが覚醒する。52分に自陣でボールを持ったベイルがドリブルを開始。相手を寄せ付けない高速ドリブルでぐんぐん加速し、あっという間にボックス左に侵入すると、そのまま左足を振りぬいてシュートを放つ。ゴール右下の完璧なコースに鋭いシュートを突き刺して1点を返した。 その後は膠着状態が続いたものの90分、左サイドのスペースで味方からのボールを得たベイルが、またも高速ドリブルでボックス左に侵入。1点目とほぼ同じ位置からシュートを放つと、再びゴール右下のコースにシュートを突き刺して2点目を奪った。 直後の92分、中央突破に成功したMFアーロン・レノンがペナルティアーク内までボールを運ぶと、ボックス内のベイルにパスを送る。このパスを受けたベイルが再びゴール右下にシュートを突き刺し、1点差に迫る3点目を記録した。 トッテナムの反撃もここまでとなり、試合は4-3でインテルが制したが、当時世界最高のサイドバックの一人であった元ブラジル代表DFマイコンの守るインテルの右サイドを完全に圧倒してのハットトリックは世界に衝撃を与えた。 その後、天職とも言えるポジションを手にしたベイルは、トッテナムの攻撃を牽引し、ワールドクラスのアタッカーへと成長を遂げる。2013年夏にレアル・マドリーへ巨額の移籍金で加入し、数々のタイトルを勝ち取ったベイルは、今シーズンからブレイクを果たしたトッテナムに復帰した。ベイル擁するトッテナムは今季、CL出場を逃しているものの、チームを再びCLの舞台に導く活躍に期待だ。 2020.10.21 20:15 Wed2
「僕が何をしたってあの男は…」トッテナムで主力に成長のDFスペンス、かつての指揮官コンテから受けた冷遇振り返り「謙虚になりすぎた」
トッテナムで活躍するイングランド人DFジェド・スペンスは、これまで正当な扱いを受けていなかったと不満を漏らした。イギリス『イブニング・スタンダード』が伝えている。 2022年夏に、ミドルズブラからトッテナム加入を果たしたスペンス。しかし当時の指揮官だったアントニオ・コンテ監督からは冷遇され、チームで居場所を得られず。その後、2023年夏からクラブにはアンジェ・ポステコグルー監督が就任したが、ここでも信頼を掴めなかったことでレンタル移籍が続いていた。 昨夏トッテナムへ復帰するも、ポステコグルー監督からの評価は上がらぬまま、序盤はベンチが定位置に。それでも、負傷者続出の影響もあってシーズン中盤から出場機会を掴むとついに真価を発揮し、ここまで公式戦24試合2ゴール2アシストを記録している ファンからの評価も鰻登りのスペンスだが、やはりこれまで受けていた扱いには不満だった様子。元イングランド代表DFであるリオ・ファーディナンド氏との対談の中でスペンスは、トッテナムでのこれまでのキャリアを振り返り不満を口にしつつ、ようやく掴んだ現在の充実をキープしたいと意気込んでいる。 「(コンテ監督からの扱いに)良い気分ではなかった。特にあの時、クラブにやって来た時は自信に満ち、興奮していたんだ。前所属先で昇格を勝ち取ったばかりだったしね」 「そこから、レンガの壁にぶつかったような気分になった。自信も少し打ち砕かれてしまったよ。僕は若い選手だったし、(望む補強ではなかったと)監督から聞いて良い気分にはなれないさ」 「その時は、くだらないと思っていた。良い気分でもなかった。練習に行く時だって『自分は何をやっているんだろう』と思っていたよ。僕が何をしたって、あの男(コンテ)は何も喜んでいなかったと思う」 「だから、たとえ正しいことをしたとしても、『自分は正しいことをしたのか?』という感じだった。彼はあまり褒めてくれる男ではないからね」 「監督からの評価なんて必要ないって思うようになるんだ。何があっても『あぁ』となるだけだ。彼と会話したのは、おそらく1回だけだった」 「そこから新しい監督が来れば、『よし、全員に公平なチャンスが与えられるはずだ。彼(ポステコグルー)は全員に目を向けてくれる』と思うものだろう。でも、僕の扱いを見れば本当にそうだったとは思わない。それもフットボールというゲームの一部だけどね。公平ではないんだ」 「ポステコグルー監督は基本的に、クラブから出て違うところでプレーする必要があると言っただけだった。そしてそれが、僕がリーズに行くことになったきっかけでもある」 「自分に相応しいと思うチャンスが得られないこともあるさ。でも、僕は常に自分が十分に優れていると理解していた。人々は『彼が2度目のチャンスを得て、うまくやっているのは良いことだ』と言う。でも、僕に最初のチャンスが本当にあったとは思わない」 「これこそ僕の最初のチャンスであり、それを掴んだんだ。一生懸命努力し、一貫性を保ち、準備ができていたことを嬉しく思う」 「(トッテナム加入時は)謙虚になりすぎたせいで、自分を犠牲にしていたとも思う。何もせず、何も言わなければ、物事は自然に起こると思っていたんだ。でも、時には自分を表現しなくてはならない」 「トッテナムでの最初の年、ここはトッテナムだからと考え、選手や周囲に少し敬意を払いすぎたと思う。(ミドルズブラからレンタル移籍していた)ノッティンガム・フォレストを出て、来たのはプレミアリーグのトップ6だ。『ふー、これはすごい』と思っていた」 「でも、彼らに敬意を払いすぎたせいで、自分らしくいられなかった。僕がそこに行ったとき、ハリー・ケインやソニー(ソン・フンミン)のような大物たちを見て、誰の足も踏みたくなかったんだ」 「でも、そうやって自分の本来あるべき姿を表現しなかったのが、おそらく僕の最大の失敗だった。今シーズンはそれが変わったと言えるね。もう無駄にする時間はない。取りに行かなければならない。今がその時だ」 2025.03.25 18:45 Tue3
名手ファン・デル・ファールトの長男ダミアンがアヤックスと長期契約…世代別オランダ代表に名を連ねる18歳
アヤックスがラファエル・ファン・デル・ファールト氏の長男と長期契約を結んだ。 絶大なタレント性でサッカーファンを魅了した左足の名手、元オランダ代表MFファン・デル・ファールト氏。アヤックスやハンブルガーSV、レアル・マドリー、トッテナム等で活躍した。 その長男は、元日本代表FW高原直泰氏とともにプレーしたハンブルガー時代に生まれた、ダミアン・ファン・デル・ファールト(18)。 少年時代は父親の移籍に伴い、ドイツ、デンマーク等で生活し、2023年にアヤックスのU-18チームへ入団。昨夏U-19チームに昇格し、世代別のオランダ代表にも名を連ねている。 父の古巣でもあるアヤックスとはU-19昇格と同時に新契約を締結も、7日、新たに2029年6月までの契約延長にサイン。近い将来のトップチーム昇格が念頭にあるのは間違いないだろう。 アヤックスのフットボール・ダイレクター(FD)を務めるマリジン・ボイカー氏いわく、ダミアンは父ラファエルと同じく攻撃的MFで、より守備にも協力的な現代型のフットボーラー。 「彼との契約延長を嬉しく思う。ダイナミックな攻撃的MFで、ボックス内への侵入も多い。何より優れたキック精度とテクニックがあり、エネルギッシュなプレッシングも魅力的だ」 「次のステップはヨング・アヤックス(オランダ2部/セカンドチーム)に上がること。今後数年間でさらなる成長があると確信しているよ」 <span class="paragraph-title">【写真/2枚目】ファン・デル・ファールト親子</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="hu" dir="ltr">It’s a ‘Van der Vaart’ thing <br><br>Damián 2029 </p>— AFC Ajax (@AFCAjax) <a href="https://twitter.com/AFCAjax/status/1876698684404207889?ref_src=twsrc%5Etfw">January 7, 2025</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2025.01.08 14:20 Wed4
カシージャスの心臓発作後に最初に連絡を入れたのはモウリーニョ! 「最初に心配してくれた人」
かつてレアル・マドリー、スペイン代表で活躍したイケル・カシージャス氏が、昨年の心臓発作後にジョゼ・モウリーニョ監督から最初に連絡を受けていたことを明かした。 これまでマドリー、スペイン代表で多くのトロフィーを獲得した世界屈指の名GKだったカシージャス氏は、自身最後の所属先となったポルト時代の昨年5月に心臓発作を起こした。その後、同年11月に練習復帰を果たしたものの、実戦復帰を果たせぬまま、今年8月に現役引退を発表した。 <div id="cws_ad"><br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiI4VVVPckFSTCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> また、カシージャス氏によると、自身に心臓発作が起こった数週間後には妻であるサラ・カルボネロさんにも卵巣がんが見つかり、治療を受ける必要があり、同時期はカシージャス一家にとって非常に困難な時期だったという。 そういった苦境の中、カシージャス氏には世界中のフットボールコミュニティから多くの励ましの声が届いていたが、いの一番に連絡をくれたのは、マドリー時代に確執が公のものとなっていたモウリーニョ監督という意外な人物だった。 モウリーニョ監督はマドリーを率いた時代に、当時“アンタッチャブル”と思われていたカシージャス氏から守護神の座をはく奪し、実績で大きく劣るGKディエゴ・ロペスを起用。だが、その数年後には両者の関係は修復され、良好な関係を築けている。 今回、スペイン『ESPN Deportes』のインタビューに応じた元スペイン代表GKは、自身と妻に対するポルトガル人指揮官からの思いやりある行動を明かしている。 「(病気を経験して)以前は親しくなかった人たちとも親しくなれる」 「多くの人は知らないだろうけど、例えば、私の昔の監督であるモウリーニョが最初に私の身に起こったことを心配してくれた人だった。その後、彼は私の妻のことも心配してくれたんだ」 また、カシージャス氏は心臓発作を経験したことにより、自身の人生観にも大きな変化が生まれたことを認めている。 「長い間会っていなかった人たちと再会したよ。これまでよりも普通の日常を大切にしていると思う」 「明日や来週に何をすべきかを考えるのに悩まされることはないよ。今日が何をもたらすのかを考え、その瞬間をより楽しむことが重要なんだ」 「私は多くの部分でとても幸運だったと思っているが、多くの人はそうではない。あの日は絶対に死ぬと思っていたし、あの経験が私に多くのことを考え直させた。自分が特権を与えられている幸運な人間であることを思い知らされたよ」 2020.10.11 14:50 Sun5
