ビッグクラブでスター選手相手に指揮を執り続けてきたモウリーニョ監督が考える世界最高の選手とは?
2020.04.27 23:00 Mon
数々のビッグクラブを指揮し、名将の1人として数えられているジョゼ・モウリーニョ監督。多くの名選手を指揮してきた指揮官が、自身が考える最高のサッカー選手について『LiveScore』で語った。モウリーニョ監督は、2003-04シーズンにポルトでチャンピオンズリーグ(CL)を制覇。このシーズンは国内リーグも制し、その名を轟かせると、チェルシーの監督に就任。チェルシーでは、就任初年度にクラブとして50年ぶりのリーグ優勝をもたらすと、翌シーズンも優勝し連覇を達成。一気に名将の仲間入りを果たす。
その後は、インテル、レアル・マドリーと指揮し、2013-14シーズンにチェルシーへ復帰。その後、マンチェスター・ユナイテッドでも指揮を執り、現在はトッテナムを率いている。
モウリーニョ監督は、これまでの最高のサッカー選手について元ブラジル代表の“怪物”を挙げた。
「ロナウドだね。怪物だ。クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシは15年という長い間トップに君臨し続けている」
「しかし、私たちが才能とスキルについて話すのであれば、誰もロナウドを超えることはできない」
「ケガが彼の信じられないキャリアを殺したが、その19歳の少年が持っていた才能は信じられなかった」
1996年にバルセロナの監督に就任したサー・ボビー・ロブソン氏のもとで、通訳兼アシスタントコーチとして働いていたモウリーニョ氏。同じく1996年にPSVからバルセロナに移籍したロナウド氏は、わずか1シーズンの在籍ながら、公式戦49試合47ゴール7アシストと圧倒的な成績を残し、その姿が脳裏から離れないようだ。
その後は、インテル、レアル・マドリーと指揮し、2013-14シーズンにチェルシーへ復帰。その後、マンチェスター・ユナイテッドでも指揮を執り、現在はトッテナムを率いている。
モウリーニョ監督は、これまでの最高のサッカー選手について元ブラジル代表の“怪物”を挙げた。
「しかし、私たちが才能とスキルについて話すのであれば、誰もロナウドを超えることはできない」
「彼がボビー・ロブソンと一緒にバルセロナにいたとき、私はこれまでピッチで見てきた中で最高の選手だと気づいた」
「ケガが彼の信じられないキャリアを殺したが、その19歳の少年が持っていた才能は信じられなかった」
1996年にバルセロナの監督に就任したサー・ボビー・ロブソン氏のもとで、通訳兼アシスタントコーチとして働いていたモウリーニョ氏。同じく1996年にPSVからバルセロナに移籍したロナウド氏は、わずか1シーズンの在籍ながら、公式戦49試合47ゴール7アシストと圧倒的な成績を残し、その姿が脳裏から離れないようだ。
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音声データ流出のペレス会長、C・ロナウドとモウリーニョを酷評「2人とも異常者」
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モウリーニョ解任のローマに“レジェンド”デ・ロッシが帰還! 監督就任に「この感動は言葉では言い表せない」
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決め手はモウとの会話…デ・ブライネがチェルシー退団直前の逸話を明かす「思えば人生で2度目の転機だった」
マンチェスター・シティのベルギー代表MFケビン・デ・ブライネが、チェルシー在籍時代に当時の指揮官ジョゼ・モウリーニョとの間に遭った会話の内容を明かしている。 今や世界トップクラスの攻撃的MFとして名を馳せるデ・ブライネ。2015年夏に加入したシティでは、ここまで通算249試合に出場し 、60ゴール105アシストと圧巻の数字を残している。 今季もプレミアリーグで11アシストを記録しているデ・ブライネだが、チェルシー時代は暗黒期とも言えるほどの不遇に見舞われた。 2012年夏にその才能が評価され、ヘンクからチェルシーへのステップアップを果たしたものの、ヴォルフスブルクへ完全移籍する2014年1月までの1年半で出場したのはわずか9試合。2012-13シーズンはブレーメンにレンタル移籍していた為、実質的な在籍期間は2013-14シーズンの半年間のみ。そして、その間にチームを率いていたのがモウリーニョだった。 イギリス『スカイ・スポーツ』のインタビューで、退団する1カ月前にモウリーニョ監督から呼び出しがあったことを明かしたデ・ブライネ。チェルシー退団の決め手になったという当時の会話を赤裸々に話した。 「ジョゼ・モウリーニョとの関係は色々と報道されたけど、実際のところ彼としゃべったのは2回しかない。内容はいつもローンに関するものだった」 「12月、ジョゼは僕をオフィスに呼んだ。思えば、それが僕の人生で2度目の大きな転機だったのかもしれない。何枚か紙を並べて言ったんだ。『1アシスト0ゴール。10回のリカバリー』」 「一瞬、何を言っているのか分からなかった。それから彼は同じポジションの他の選手の名前を言い出した。ウィリアンにオスカル、(フアン・)マタや(アンドレ・)シュールレ。5ゴール10アシストとか何とか言ってたよ」 「ジョゼは僕が何か言うのを少し待っていた。だから言ってんだ。『でも彼らは15試合や②0試合に出てますよね。僕は3試合だけです。これで違いになると言うんですか?』とね」 「本当に意味が分からなくてね。正直に言ったのさ。『クラブはここに僕を置いておきたいと思っていないように感じます。僕はフットボールがしたい。むしろあなたに私を売ってほしい』と」 「当時はプレーするチャンスがなかったと感じたから出ていくことにした。これ以上待ってもチャンスは訪れると思えなかったからね。チェルシーを離れて、もう一度やり直せるを思える場所に行くのが最善の決断だったんだ」 2021.03.07 20:40 Sun5
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