ジョビンコ、イタリアに帰還か…古巣パルマが注目

2020.04.10 01:01 Fri
Getty Images
パルマが、サウジアラビアのアル・ヒラルに所属する元イタリア代表FWセバスティアン・ジョビンコ(33)の獲得に関心を示しているようだ。

今冬に元コートジボワール代表FWジェルビーニョのカタール移籍が取り沙汰されたパルマは、その後釜としてジョビンコにアプローチ。しかし、ジェルビーニョの移籍が破談に終わったことで、ジョビンコの移籍も実現することはなかったようだ。

そんななか、今回イタリア『スカイ・スポーツ』のビデオ通話インタビューを受けたパルマのダニエル・ファッジャーノSD(スポーツ・ディレクター)は、今夏に再びジョビンコの獲得に動くかと問われると、「そのうち分かるよ」と、意味深な笑みを浮かべながらコメントした。
また、同じビデオ通話に参加していたパルマのロベルト・ダヴェルサ監督は「彼はジョビンコについて2年間も私に語ってきたよ」と、ファッジャーノSDが獲得を熱望していることを明かした。

ユベントスの下部組織出身のジョビンコは、2006年にトップチームデビュー。その後は武者修行のためエンポリやパルマなどへのレンタル移籍を経験。2011年7月にパルマが保有権の半分を買い取り完全移籍すると、2011-12シーズンはセリエAで36試合に出場し15ゴールを記録した。
この活躍が認められ、2012年の夏に保有権の半分を買い戻したユベントスに復帰すると、 2012-13シーズンはセリエAで31試合に出場し7ゴールを記録。しかし、徐々に出場機会を失い、2015年1月にトロントFCへフリーで加入。

トロントFCでは、4シーズンでメジャーリーグ・サッカー(MLS)通算114試合出場68ゴール41アシストを記録。移籍初年度にはリーグ初となるMLS最優秀新人賞とMVPのダブル受賞を達成。2019年1月からはアル・ヒラルに活躍の場を移すと、これまで公式戦50試合に出場し12ゴール14アシストを記録している。

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日本人が目指すべきCB像、“希少なバロンドーラー“ファビオ・カンナバーロ

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