ジェラード監督がアル・イテファクとの契約延長…後輩ヘンダーソン退団決定後の公式発表に
2024.01.19 08:00 Fri
サウジ・プロ・リーグのアル・イテファクは18日、スティーブン・ジェラード監督(43)との契約を2027年6月30日まで延長したことを発表した。
奇しくも今回の発表の直前にはリバプールから呼び寄せる形となったヘンダーソンのアヤックス移籍が決定したが、ジェラード監督自身は今後もサウジアラビアでのプロジェクトに携わる意向だ。
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これまでレンジャーズ、アストン・ビラの指揮官を歴任したジェラード監督は、今シーズンからアル・イテファクの新指揮官に就任。昨夏の移籍市場ではMFジョーダン・ヘンダーソン、MFジョルジニオ・ワイナルドゥム、FWムサ・デンベレ、FWデマライ・グレイらを積極補強した。しかし、チームは首位のアル・ヒラルに大きく水をあけられる8位に低迷。途中解任となったアストン・ビラ時代同様にその手腕に懐疑的な目がある一方、ジェラード監督自身は先日に今冬の積極補強を求める趣旨のコメントを残しており、シーズン後半戦での巻き返しへ意欲を示していた。PR
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史上最高“究極”のオールラウンダー、フランク・ランパード
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元コロンビア代表FWが飲酒運転で無理な追い抜きによりバイクと衝突…罰金81万円に免停
かつてレンジャーズでスター選手として活躍した元コロンビア代表FWアルフレッド・モレロスが、交通事故を起こし逮捕された。コロンビア『Noticias』が伝えた。 モレロスは、母国コロンビアのインデペンディエンテ・メデリンの下部組織出身で、そのままファーストチームに昇格。2016年2月にHJKヘルシンキにレンタル伊勢区すると、2017年1月に完全移籍。2017年7月からレンジャーズでプレーしていた。 2023年9月にサントスへと移籍するまで6シーズンプレーしたモレロスは、公式戦269試合で124ゴール57アシストを記録。スティーブン・ジェラード監督の下、2020-21シーズンは無敗優勝を経験するなど、チームを支えてきた。 現在は母国のアトレティコ・ナシオナルでプレーするモレロスだが、23日に重大な交通事故を起こすこととなった。 トレーニングに向かうためにモレロスが運転していた車はトラックを追い越そうと対向車線に侵入。すると、前方から来たバイクと衝突。バイクの運転手は負傷したが、命に別状はないという。 さらに、モレロスの血液検査が行われた結果、飲酒運転をしていたことが発覚。事故当時の血中アルコール濃度はレベル2だったとのことで、2300万ペソ(約81万円)の罰金処分となり、運転免許証も3年〜5年の取り消しになるとのことだ。 <span class="paragraph-title">【動画】バイクを轢いた事故現場からの中継…破損したバイクも</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet" data-media-max-width="560"><p lang="es" dir="ltr">Alfredo Morelos, jugador de Atlético Nacional, se vio involucrado en un accidente de tránsito que dejó a un motociclista herido. El deportista marcó grado dos de alcoholemia.<br><br>Más en <a href="https://t.co/yqNEZK7rZ3">https://t.co/yqNEZK7rZ3</a> <a href="https://t.co/DNGP0E85QR">pic.twitter.com/DNGP0E85QR</a></p>— Noticias Caracol (@NoticiasCaracol) <a href="https://twitter.com/NoticiasCaracol/status/1849439525031788785?ref_src=twsrc%5Etfw">October 24, 2024</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2024.10.24 23:45 Thu4
中東サウジで苦しいジェラード監督…アル・イテファクは7試合未勝利&昨季から続く観客動員低迷
アル・イテファクのスティーブン・ジェラード監督(44)は、傍から見れば解任の危機である。『サウジ・ガゼット』が伝える。 イングランド代表とリバプールにおける説明不要のレジェンド、ジェラード氏。 名刺がわりの弾丸ミドルでサッカー界を代表するスーパースター…その人気が色褪せることはない。監督キャリアも、いきなりレンジャーズに10年ぶりのリーグ優勝をもたらした。 しかし、21-22シーズン途中にレンジャーズから引き抜かれたアストン・ビラで停滞。1年弱で解任され、昨季から中東へ。サウジアラビア1部のアル・イテファクを率いている。 1年目の昨季は12勝9分け13敗「7位」、今季はここまで3勝2分け5敗「12位」。 直近の試合は、王者アル・ヒラルに1-3と順当な敗戦。ジェラード監督は「言い訳したくない」としつつ「選手たちが大きなプレッシャーにさらされている。責任を持ってミスを減らさないといけない」と力なくコメントする。 自身の去就に質問が飛ぶと、「成績が良くないことは承知だが、負傷している選手の一部でも復帰してくれれば、状況を改善できる。まだ解雇される段階ではない」と語ったそうだ。 ただし、現実的には開幕3連勝から、7試合未勝利の0勝2分け5敗。アル・イテファクは収容人数3万5000人の本拠地に対して、観客動員1万人超えが今季1度もなし…昨季から伝えられる通り、人気低迷もかなり際立つ状況だ。 ジェラード氏のサウジ生活は、それほど長く続かないかもしれない。 2024.11.12 17:10 Tue5
元祖“ワンダーボーイ”でリバプール唯一のバロンドーラー、マイケル・オーウェン
近年のサッカー界では、過去には考えられなかったほど若手の選手が活躍を見せ、それは世界各国のリーグで見て取れる。 例を挙げればキリがないが、ドルトムントで活躍するノルウェー代表FWアーリング・ハーランドは20歳。同僚には、17歳のイングランド代表MFジュード・ベリンガムや16歳のFWユスファ・ムココも居る。 スペインに目を移せば、バルセロナには18歳のU-21スペイン代表MFぺドリや18歳のスペイン代表FWアンス・ファティがおり、イングランドではマンチェスター・シティには20歳のイングランド代表MFフィル・フォーデンがいる。 若手が多く活躍できる状況も整っている現代サッカーだが、以前はやはり珍しい存在。まして10代にしてトップレベルで活躍できる選手などは数える程であり、一瞬の輝きで終わることも少なくなかった。 その中でも『元祖ワンダーボーイ』とも言われ、17歳でトップデビューを果たした逸材が、マイケル・オーウェンだ。 <span class="paragraph-title">◆鮮烈なデビューで世界の注目を集める</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2021/get20210227owen_3_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 父親もサッカー選手だったオーウェンは、少年時代からリバプールの下部組織でプレー。1997年5月に17歳でファーストチームでデビューを果たした。 1997-98シーズンは本格的にファーストチームでプレーすると、18歳でなんと18ゴールを記録。プレミアリーグの得点王に輝き、勢いそのままにシーズン終了後に行われた1998年のフランス・ワールドカップにイングランド代表の一員として出場を果たした。 ワールドカップ前の1998年2月にイングランド代表としてデビューを果たしたオーウェンは、18歳と59日。当時のイングランド代表最年少デビューとなり、モロッコ代表との親善試合では初ゴールを記録。これはウェイン・ルーニーが2003年に更新するまで、イングランド代表の最年少ゴール記録だった。 当時のオーウェンは国民的な人気を誇り、特に持ち味であるスピード溢れるプレーは見るものを魅了した。そして迎えた1998年のフランスW杯。グレン・ホドル監督によって招集されると、第2戦でのルーマニア代表戦ではW杯初ゴールを記録する。 グループステージを勝ち抜いたイングランドは、決勝トーナメント1回戦でアルゼンチン代表と対戦。同僚であったデイビッド・ベッカムの報復行為による退場が多くの方の記憶にある試合だが、この試合でオーウェンは歴戦の名DFだったロベルト・アジャラとホセ・チャモを一気にかわしゴールを決めるなど活躍していた。ちなみにパスを出したのは、その後退場するベッカムだった。 <span class="paragraph-title">◆リバプールの選手として初の栄誉</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2021/get20210227owen_2_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 鮮烈なデビューを見せたオーウェンには『ワンダーボーイ』と名がつけられ、W杯後の1998-99シーズンは23ゴールを記録。しかし、この頃にハムストリングを負傷すると、その後のキャリアでも長く付きまとうケガとなってしまった。 2000-01シーズンにはリバプールがFAカップ、リーグカップ、UEFAカップの“カップ・トレブル(三冠)”を達成。さらに、オーウェンはリバプールの選手として初めてバロンドールを受賞することとなった。なお、後にも先にも、オーウェン以外にはリバプールの選手としてバロンドールを受賞した者はいない。 爆発的なスピードを武器とし、シュートの技術も高かったオーウェンは、国際舞台でもくすぶり続けていたイングランド代表の救世主という期待もあったが、キャリアの転機が訪れてしまった。それがレアル・マドリーへの移籍だ。 リバプール時代は、デビューした1998-99シーズンから毎シーズン、クラブの最多得点者だったオーウェン。マドリーへ移籍すると13ゴールを記録したが、たった1シーズンでプレミアリーグへ舞い戻る事となった。 当時のマドリーは“銀河系軍団”と呼ばれており、イングランド代表の同僚であるベッカムも在籍。もちろん移籍の全てが失敗だったとは言えず、バルセロナ戦ではそのベッカムからの絶妙なアシストからオーウェンがゴールを決める、1998年のフランスW杯のアルゼンチン戦の再現にも見えた。 <div id="cws_ad"><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJOdnF3WXNhcSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> 1年でマドリーを退団することとなったオーウェンには古巣のリバプールも復帰を願ったが、高額な移籍金に難色を示し、ニューカッスルに加入する。 すると、そこからはケガとの戦いが続く日々となり、4シーズン在籍したニューカッスルでは通算26ゴール、その後に加入したマンチェスター・ユナイテッドでは3シーズンで3ゴール。『ワンダーボーイ』はストーク・シティでのプレーを最後に、2013年に現役を引退した。 <span class="paragraph-title">◆キャリアの選択は重要</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2021/get20210227owen_4_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 人生は一度きり、その時の選択でその先の人生が変わることはプロサッカー選手に限らず、誰にでもあることだ。そして、その決断が正しかったかどうかは、その時にはなかなか分かるものではない。 オーウェンもその1人。リバプールで放っていた存在感は異次元のものであり、チームの好不調は当然ありながらも、後に象徴となるスティーブン・ジェラードとの共演はもっと見たかったと言われている。 たらればではあるが、2019-20シーズンに30年ぶりにリーグタイトルを獲得したリバプールだが、オーウェンがそのままリバプールにいれば、もっと早くその瞬間は訪れたかもしれない。もちろん、どっちが良かったかなどは言及できないが。 ただ、少なくともキャリアを振り返ればオーウェンにとって最も幸せだったのはリバプール在籍時代。レアル・マドリーへの移籍が失敗とは言えないが、そのシーズンにリバプールがチャンピオンズリーグを制していることだけを取り上げても、やはりリバプールというクラブへの想いは強いだろう。 ケガなどの不運も続き、リバプールを去った後は活躍ができなくなったオーウェン。現代サッカーでは若き才能が溢れている中で、いずれキャリアを選択する時期がそれぞれの選手に来るだろう。そこで選んだ道が正しかったかどうかは誰にもわからない。ただ、正しいと言われるだけの結果を残せるかどうか。才能ある選手には、プレー面に集中してもらいたいものだ。 <div id="cws_ad"><hr>『ワンダーボーイ』として世界中で注目を集めたマイケル・オーウェンが、大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>イングランドで、そしてリバプールでもチームメイトだったスティーブン・ジェラードも同時に登場している。『サカつくRTW』でワンダーボーイのゴールを観たい方は是非一度チェックしよう。</div> 2021.02.27 21:45 Satアル・イテファクの人気記事ランキング
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