J3降格の愛媛、主力DF茂木力也と契約満了「絶対にJ2に復帰させたいと思っていましたが…」

2021.12.08 12:25 Wed
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愛媛FCは8日、DF茂木力也(25)との契約満了を発表した。

茂木は、浦和レッズの下部組織出身で、2015年にトップチーム昇格。2016年には愛媛FC、2017年からはモンテディオ山形、2019年7月から再び愛媛FCと期限付き移籍を繰り返した。

浦和では2試合の出場に終わった中、2020年に愛媛へと完全移籍。今シーズンもJ2で41試合に出場し1得点、天皇杯でも1試合に出場と主軸としてプレーした。
愛媛では期限付き移籍期間中も含め、J2で130試合に出場し3得点、天皇杯で1試合に出場。しかし、チームはJ3へと降格していた。

茂木はクラブを通じてコメントしている。
「今シーズンをもって愛媛FCを契約満了となりました。まず、妻のサポートなく今シーズン、怪我せず41試合出場することはできませんでした。本当に感謝しかありません。いつも本当にありがとう」

「2016年のプロ2年目の時に愛媛FCでJリーグデビューをし、ここ愛媛で沢山の経験を積ませて頂きました。そしてなかなか試合に絡めなかった2019年の夏からまた愛媛でプレーさせて頂いて、応援してくれている皆さんに少しでも成長した姿を見せたいと思う気持ちと、チームを救いたいという気持ちでプレーしてきました」

「しかしJ3降格という結果になってしまい、応援してくださる皆さんの期待に応えられず、すごく悔しく、自分の力のなさを痛感しています。来年は愛媛FCを絶対にJ2に復帰させたいと思っていましたが、チームの力になる事ができないとわかり、サポーターの方々へ申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「これからは違うチームにはなりますが僕はもっと成長してサッカー選手として常に上を目指し続けます」

「最後に、ここまで愛媛FCで一緒に戦ってくれたファン・サポーター・そしてスポンサー企業の皆さま、監督、コーチ、スタッフ、一緒に戦った選手の皆さんには本当に感謝しかありません!ありがとうございました!」

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