マラドーナの“神の手”はセリエAが最初? ジーコがナポリ時代のマラドーナとの対決秘話を明かす
2020.11.29 21:35 Sun
“神様”ジーコ氏が、全盛期のディエゴ・マラドーナ氏にまつわるエピソードを語った。イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が伝えた。ジーコ氏はマラドーナ氏より7つ上の現在67歳。現役時代はフラメンゴ、ウディネーゼ、そして鹿島アントラーズでプレーしていた。
ウディネーゼ時代には、当時全盛期を迎えていたマラドーナ氏が所属するナポリとも対戦。1984-85シーズンのセリエAでは、その2人がピッチ上で対戦する試合があった。
1985年5月12日、セリエA第29節でウディネーゼがホームにナポリを迎えた試合だ。アウェイゲームは欠場していたジーコ氏にとって、マラドーナ氏とウディネーゼに来てから対戦するのは初めてだった。
その試合は4分にマラドーナ氏のゴールでナポリが先制。しかしウディネーゼが逆転に成功し勝利かと思われたが、88分にマラドーナ氏が2点目を奪い、2-2の同点で終わっていた。
「1984年、私はウディネに来たばかりだった。ナポリでの試合はプレーしなかったが、彼は2ゴールを決めた」
「我々は2-1でリードしていたが、ディエゴが同点ゴールを決めた。彼らがクロスバーに当てた時、試合はほぼ終わっていた。ただ、ディエゴは我々のGKが触る前に彼の手でゴールを決めていた」
「主審と副審はそれに気がついていなかった。私は激怒し、審判の後ろから走って言ってやった。『おめでとう。このまま続けてくれ。あなたはよくやっている』とね。私は退場させられ、4試合の出場停止となった」
「私はよく彼のゴールについての冗談を彼に言っていたんだ。『我々と一緒に神の手をトレーニングしたんだ』とね。そうしたら彼は『あなたはサッカーの良い部分、私は悪い人だ』と言った」
「マラドーナは、私が今まで見た中で最高の5人の中の1人だ。ガリンシャ、ペレ、ディエゴ、クライフ、ベッケンバウアーだ」
ウディネーゼ時代には、当時全盛期を迎えていたマラドーナ氏が所属するナポリとも対戦。1984-85シーズンのセリエAでは、その2人がピッチ上で対戦する試合があった。
その試合は4分にマラドーナ氏のゴールでナポリが先制。しかしウディネーゼが逆転に成功し勝利かと思われたが、88分にマラドーナ氏が2点目を奪い、2-2の同点で終わっていた。
マラドーナ氏は1986年のメキシコ・ワールドカップのイングランド代表戦で“神の手ゴール”と“5人抜き”という記憶に残るプレーを見せていたが、ジーコ氏はこの試合のエピソードについて『ガゼッタ・デッロ・スポルト』でコメント。マラドーナ氏の2点目のゴールが、彼にとって最初の“神の手”のゴールであると語った。
「1984年、私はウディネに来たばかりだった。ナポリでの試合はプレーしなかったが、彼は2ゴールを決めた」
「我々は2-1でリードしていたが、ディエゴが同点ゴールを決めた。彼らがクロスバーに当てた時、試合はほぼ終わっていた。ただ、ディエゴは我々のGKが触る前に彼の手でゴールを決めていた」
「主審と副審はそれに気がついていなかった。私は激怒し、審判の後ろから走って言ってやった。『おめでとう。このまま続けてくれ。あなたはよくやっている』とね。私は退場させられ、4試合の出場停止となった」
「私はよく彼のゴールについての冗談を彼に言っていたんだ。『我々と一緒に神の手をトレーニングしたんだ』とね。そうしたら彼は『あなたはサッカーの良い部分、私は悪い人だ』と言った」
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フットボール界のレジェンドであるディエゴ・マラドーナ氏(60)が25日に急逝した。 10月30日に60歳の誕生日を迎えたばかりのマラドーナ氏だったが、その後に硬膜下血腫が見つかり緊急手術。無事に手術は成功していたが、この度心不全で帰らぬ人となった。 そのマラドーナ氏が全盛期を過ごし、チームに黄金期をもたらせたのがナポリだった。 現在はイタリア屈指の強豪として認知されているナポリだが、初めて歓喜の渦に包まれたのは1980年代後半だった。1984-1985シーズンにバルセロナからやってきたディエゴ・マラドーナによって、チームは数々のタイトルを獲得した。 マラドーナが中心のチームは、1986-87シーズンにセリエAとコッパ・イタリアの2冠に輝き、その後も優勝を争いながら、1988-89シーズンにはUEFAカップ(現EL)を獲得。そして、迎えた1989-90シーズンにクラブ史上2度目となるスクデットを手に入れることとなる。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/1989-90napoli.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;"><</div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:アルベルト・ビゴン(52) 獲得タイトル:セリエA 攻撃力9:★★★★★★★★★☆ 守備力8:★★★★★★★★☆☆ タレント7:★★★★★★☆☆☆ 連係8:★★★★★★★★☆☆ 選手層7:★★★★★★★☆☆☆</p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆マラドーナのチーム</div> 開幕から順調に勝ち点を積み重ねたナポリは、このシーズンにチャンピオンズリーグ2連覇を達成したミランやインテルと優勝争いを繰り広げた。後半戦ではそのミランとインテルとの直接対決に敗れたが、粘りを見せて最後の5試合で5連勝を達成。ミランを追い抜いて見事に優勝を決めた。 フットボールの世界では、絶大なる個の力を有する選手がそのチームの戦術となることがしばしばある。そして、この頃のナポリは、まさにマラドーナのチームだった。 そのマラドーナを支えるため、チロ・フェラーラを中心とした守備陣とフェルナンド・デ・ナポリなどの中盤の選手は守備に奔走した。ナポリは、当時のイタリア代表メンバーを中心にマラドーナを支える土台を固めていた。 攻撃は前線のトライアングルで形成した。自由を与えられたマラドーナは攻撃の全権を掌握。また、後に柏でプレーするブラジル代表FWカレカとイタリア代表FWアンドレア・カルネバーレの2トップがゴールを重ね、当時23歳のジャンフランコ・ゾラも存在感を示した。 “ナポリの王様”と評されたマラドーナは、イタリア随一の陽気な街に2度のスクデットをもたらした。数々の魅力的なプレーで観客を魅了し、自身が付けた10番が永久欠番になるほどサポーターから愛された。ただ、かねてからコカイン使用が疑われるなど、イタリアマフィアの巣窟であるナポリで麻薬に染まり、プロ選手としてのキャリアが終焉に向かっていった。 <div id="cws_ad">◆全盛期のマラドーナがナポリで見せたスーパーゴール集<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJRQkZwNEVQayIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 2020.11.26 17:30 Thu3
三笘薫のブライトンも! フェイエノールトの21歳FWヒメネスに欧州各国から熱視線
フェイエノールトのメキシコ代表FWサンティアゴ・ヒメネス(21)に数多くのクラブが関心を寄せているようだ。イギリス『90min』が伝えている。 ヒメネスはイタリアにルーツを持つメキシコ代表ストライカー。国際Aマッチ通算9試合で2得点を記録する一方、クラブキャリアでは昨年7月にクルス・アスルからフェイエノールトへと400万ユーロ(約5億7000万円)で移籍した。 欧州1年目の今季はここまで公式戦36試合で17得点3アシスト。2023年に入ってからはエースとしての地位を確立しており、直近のエールディビジ12試合で7得点をマークするなか、現在は3戦連発中と絶好調だ。 そんな新進気鋭のストライカーに対してプレミアリーグの中堅クラブが熱視線。日本代表MF三笘薫が所属するブライトン&ホーヴ・アルビオンを筆頭に、レスター・シティ、アストン・ビラ、ブレントフォード、クリスタル・パレスが関心を寄せているという。 また、ナポリ、フランクフルト、リールなど欧州各国のクラブもヒメネスに注目。ヒメネス自身は少なくとも来季までフェイエノールトでプレーすることを望んでいるようだが、「移籍市場の流動性がそれを許さない」可能性があると考えられている。 2023.04.06 15:49 Thu4
美味しいイタリア料理は食べられず?ナポリは新加入マクトミネイの食生活を厳重管理
ナポリのスコットランド代表MFスコット・マクトミネイは、クラブによって食生活を厳重に管理されているようだ。 今夏の移籍市場で、マンチェスター・ユナイテッドからナポリに完全移籍で加入したマクトミネイ。アントニオ・コンテ監督の下で着実に出場時間を増やしており、先週末に行われたユベントスとの大一番では先発フル出場を果たした。 現在セリエAで2位と好位置につけるチームの主力として、順調なスタートを切ったマクトミネイ。ただし、イギリス『イブニング・スタンダード』によると、その食生活は厳重に管理されているとのことだ。 コンテ監督は選手のコンディションと食生活は切り離せないものと考えており、ナポリでは栄養士のティベリオ・アンコラ氏が個別のプランを選手に配布。マクトミネイに対しては特にチーズ、ピザ、パスタ、アイスクリームといったナポリ名物に誘惑される危険性があると考えられており、毎日トレーニング後に何を食べられるか、何を食べてはいけないかを記したメモが渡されているようだ。 ナポリにはかつてコンテ監督の下でダイエットに成功し、ポテンシャルを最大限に発揮したベルギー代表FWロメル・ルカクも所属。マクトミネイについても、良コンディションを保つ期待が持たれている。 2024.09.25 14:55 Wed5
