ローマ指揮官、最多優勝誇るセビージャ撃破に意気込む 「素晴らしいチームとのタフな一戦」
2020.08.06 20:24 Thu
ローマを率いるパウロ・フォンセカ監督は、大会最多優勝を誇るセビージャ撃破に向けた強いモチベーションを持っている。クラブ公式サイトが前日会見コメントを伝えている。
今シーズンのセリエAを5位でフィニッシュし、リーグ戦でのチャンピオンズリーグ(CL)出場権獲得を逃したローマは、ヨーロッパリーグ(EL)初優勝でCL出場権獲得を目指す。
そして、今回のラウンド16で対峙するのは、大会最多5度の優勝を誇る今季ラ・リーガ4位のセビージャだ。
なお、今年3月に予定された1stレグは新型コロナウイルスの影響で延期となっており、このカードは準々決勝以降を一斉開催で行う、中立地ドイツでのシングルマッチ形式に変更されている。
そして、6日にデュイスブルクで行われる一発勝負に向けた前日会見に臨んだフォンセカ監督は、難敵撃破に向けてチーム全体が高いモチベーションを抱いていると主張している。
「非常に変わった形の試合だ。我々は2試合を戦うことがないため、勝てなければ、その時点で家に戻ることになる。私にとってはすべてが重要な試合であり、どの試合でも勝ちたいと思っている。明日の試合に関してもその考えは変わらないよ」
また、ポルトガル人指揮官は最新のチームニュースについても言及。マンチェスター・ユナイテッドとのレンタル契約終了に伴い、登録メンバー外となった元イングランド代表DFクリス・スモーリングの不在を嘆きながらも、代役を担うブラジル人DFロベルト・イバニェスへの期待を口に。さらに、イタリア代表MFニコロ・ザニオーロの先発起用も明言している。
「クリスは我々にとって非常に重要なプレーヤーだったが、今はここにはいない。我々はここにいるプレーヤーたちに集中する必要がある。明日の試合に向けて、ここにいるすべてのプレーヤーに完全な自信を持っている。イバニェスがスモーリングの代わりに先発するのは明らかだし、彼はケガをする前から良いプレーをしていた。彼を完全に信頼している」
「ザニオーロは明日の試合で先発出場すると言わざるを得ない。(鼻骨の手術を行った)ペッレグリーニについてはまだ決めていない」
[3-4-2-1]へのシステム変更をキッカケに絶好調のローマは、7勝1分けの素晴らしい戦績でセリエAの戦いを終えていた。
今シーズンのセリエAを5位でフィニッシュし、リーグ戦でのチャンピオンズリーグ(CL)出場権獲得を逃したローマは、ヨーロッパリーグ(EL)初優勝でCL出場権獲得を目指す。
そして、今回のラウンド16で対峙するのは、大会最多5度の優勝を誇る今季ラ・リーガ4位のセビージャだ。
そして、6日にデュイスブルクで行われる一発勝負に向けた前日会見に臨んだフォンセカ監督は、難敵撃破に向けてチーム全体が高いモチベーションを抱いていると主張している。
「チームは本当にやる気を持ってここに来ている。我々は今、非常に良いフォームにある。そして、素晴らしい相手とのタフな試合になることはわかっている。ただ、プレーヤーは良い結果を残すため、気持ちを昂らせているよ」
「非常に変わった形の試合だ。我々は2試合を戦うことがないため、勝てなければ、その時点で家に戻ることになる。私にとってはすべてが重要な試合であり、どの試合でも勝ちたいと思っている。明日の試合に関してもその考えは変わらないよ」
また、ポルトガル人指揮官は最新のチームニュースについても言及。マンチェスター・ユナイテッドとのレンタル契約終了に伴い、登録メンバー外となった元イングランド代表DFクリス・スモーリングの不在を嘆きながらも、代役を担うブラジル人DFロベルト・イバニェスへの期待を口に。さらに、イタリア代表MFニコロ・ザニオーロの先発起用も明言している。
「クリスは我々にとって非常に重要なプレーヤーだったが、今はここにはいない。我々はここにいるプレーヤーたちに集中する必要がある。明日の試合に向けて、ここにいるすべてのプレーヤーに完全な自信を持っている。イバニェスがスモーリングの代わりに先発するのは明らかだし、彼はケガをする前から良いプレーをしていた。彼を完全に信頼している」
「ザニオーロは明日の試合で先発出場すると言わざるを得ない。(鼻骨の手術を行った)ペッレグリーニについてはまだ決めていない」
[3-4-2-1]へのシステム変更をキッカケに絶好調のローマは、7勝1分けの素晴らしい戦績でセリエAの戦いを終えていた。
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