反町技術委員長の隠された才能/六川亨の日本サッカー見聞録

2020.07.11 12:45 Sat
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JFA(日本サッカー協会)は7月9日、定例となる第9回理事会を開き、日本代表の強化スタッフの位置づけを確認したり、21年秋に始まる女子プロリーグ、WEリーグの代表理事(Jリーグにおけるチェアマン)を選出したりした。他にも理事会では、本来なら1月3日から3月27日までの移籍期間が、新型コロナウイルスの影響でほとんど活動できなかったとして、新たに10月2日から30日までを第3の登録期間としてFIFA(国際サッカー連盟)に承認されたことも発表された。

なお7月21日から8月28日までの第2の登録期間は従来通りである。

まずは簡単なテーマから紹介しよう。WEリーグの新たな“チェア"(呼称)に選ばれた岡島喜久子氏である。彼女の名前を聞くのは初めてだった。

1958年5月5日生まれだから、田嶋幸三会長の1歳年下となる。女子サッカーが黎明期だった70年代、数少ない女子チーム「FCジンナン」でプレーし、日本代表としても海外遠征に参加した。

彼女が凄いのは、仕事におけるキャリアだろう。早稲田大学商学部に在学中、アメリカ留学してスポーツ医学とコーチング学を専攻。そして卒業後はJPモルガン・チェース銀行を始め三菱UFJモルガン・スタンレー証券など金融業界に身を投じ、アメリカでも10年近いキャリアを積んだ。

新型コロナウイルスの世界的な患者数の分析で名前を聞いた読者もいるかもしれないが、ジョンズ・ホプキンス大学で、医学部の女子役員を務めたこともある。これまでのサッカー界にはいなかった異色のキャリアでもあり、改めてサッカー人脈の深さ、広さを痛感せずにはいられなかった。

さて、そろそろ本題に移ろう。日本人で初めてとなるA代表と五輪代表の監督を兼務した森保一監督。就任からの経緯を簡単に振り返ると、森保監督はA代表での活動がメインで、五輪代表は横内昭展監督代行が指揮することが多かった。

初めて森保監督が長期間五輪チームを率いた今年1月のU-23アジア選手権はグループリーグで敗退。兼任監督の是非が問われたのは当然のことだった。

その後は新型コロナウイルスの影響で今年3月と6月のW杯予選は延期され、例年ならU-22日本代表が参加していたトゥーロン国際大会も中止と、代表チームの活動は停止したまま。このため森保監督の兼任の是非を問う声もあがることはなかった。

ただ、サッカー界はいつまでも止まっているわけではない。9月のW杯予選は延期になったが、10月と11月に3試合、ACLも10月から大会方式を変更して再開され、アンダーカテゴリーの大会もスタートする。そこでナショナルコーチングスタッフは会議を開き、強化スタッフの再確認をした。

その前に、まずスケジュールを確認すると、今年10月と11月、来年の3月25日と30日、6月7日と11日にはW杯予選がある(6月3日は親善試合の予定)。4月中旬に五輪本大会の抽選会があり、五輪代表は7月5日から事前キャンプに入るとそのまま20日まで続けて五輪本大会を迎える。

その間、5月9日から15日まで代表の活動期間があるものの、ここはA代表と五輪で重なっている。

以上のことから反町技術委員長は1)「スタッフを代えても生産性がない」、2)「2つのチーム作りも現実的ではない」、3)「来年3月と6月に五輪のベストチームを作るのは不可能」ということから、五輪代表に関しては「頭角を現した選手をキャッチする」方法に方針を変えた。

はいまさら説明の必要もないだろう。時間は“十分"ではないが、ハリルホジッチ前監督のときのように「待ったなし」ではない。
も同様だ。A代表と五輪代表と2つのチームを作り、2人の監督でチームを回すということは、日本も1992年のバルセロナ五輪の時に実践した(山口五輪監督と横山A代表兼総監督)。しかし現在では24歳以下の選手がA代表にも名を連ねている。森保監督の言う「ラージグループ」に両カテゴリーの選手が含まれているのが現状のため、分けるのは難しい。

そこで問題になるのが、A代表と五輪代表の活動期間が重なった時だ。これまでは“横内監督代行"だったが、今後は「監督としてやって欲しい」(反町技術委員長)ということになった。

整理すると、森保監督は五輪代表の監督を兼務し、横内コーチは状況によって五輪監督となる。加えて、技術委員会のトップに技術委員長の反町氏がいて、彼と同格で普及・育成担当の小野剛氏(元日本代表コーチ)がいる。そして反町技術委員長の下にA代表と五輪代表の強化を担当する関塚隆(元五輪監督)テクニカルダイレクターがいる。

それぞれの役割や分担は明確なのだろうが、これに「縦軸」としてアンダーカテゴリーの指導者がクロスオーバーしてきても混乱することはないのかどうか気がかりだ。

それよりも反町技術委員長のweb会見を取材していて感じたことがある。例えば横内監督については「選手は五輪の切符を獲るため目の色を変えると思うので、横内をしっかりサポートしたい」とか、「横内には権限ではなく職務を与えるだけ」。代表選考に関しても「下地造りをするだけで、口を出すつもりはない」、「現場は関塚に任せているので、しっかり整理して欲しい」などなど、理路整然とし、とても歯切れが良く、断言していることだ。

そこで思ったのが、反町氏にはJFAの(広報を含め)報道官をやって欲しいということだ。いまの広報は違うものの、かつての広報は中田英を筆頭にメディアの質問に一切答えようとしない選手がいた。彼だけでなく、ミックスゾーンではヘッドホンをして、無言のうちに質疑応答を拒絶する選手もいた。にもかかわらず広報は彼らの行為を注意することすらしなかった。

最近でこそ少なくなったが、まだJクラブのなかには「メディアから選手を守るのが仕事」と思っている広報もいる。その点、反町氏は、選手はもちろん指導者としても実績があり、さらに弁舌も立つ。何を言っても憎まれない性格も報道官に向いているのではないだろうか。選手が嫌がってもメディアやテレビカメラの前に立たせて質問に答えさせる。それを嫌みなくできるキャラクターの持ち主のような気がしてならない。

ただこれは、私見であることを最後に断っておきたい。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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大卒選手の台頭でますます狭き門の五輪代表/六川亨の日本サッカー見聞録

天皇杯の準決勝は、順当に川崎F対秋田、G大阪対徳島のJリーグ勢同士の顔合わせとなった。そして新型コロナウイルスの影響か、海外から監督を招聘したり選手を補強したりする動きは今のところ数えるほどと言っていい。その代わり、国内での監督と選手の移動はかつてないほど賑やかだ。 来シーズンは降格チームの数が増えることと、東京五輪が開催されればJ1リーグは今シーズン同様過密日程が予想されるため、チーム編成(作り)を早めに進めたいという思惑があるからだろうか。 監督に関して言えば、1位・川崎Fの鬼木監督、2位・G大阪の宮本監督、3位・名古屋のフィッカデンティ監督と、6位・FC東京(長谷川監督)、8位・広島(城福監督)、9位・横浜FM(ポステゴグルー)、11位・大分(片野坂監督)、13位・鳥栖(金明輝監督)、15位・横浜FC(下平監督)、18位・湘南(浮嶋監督)は続投を決定した。 一方、4位のC大阪(クルピ)、10位の浦和(ロドリゲス)、16位の清水(ロティーナ)、17位の仙台(手倉森誠か大槻毅)は新監督を招聘することを表明。残る札幌や鹿島、柏などは続投がかなり濃厚だが、25日時点で正式な発表はない。 反町JFA(日本サッカー協会)技術委員長は、来シーズンはW杯予選と五輪の活動が重なるため、森保監督の了解を得て同監督をサポートするための人材補填を認めていた。公表時期はJリーグが終了する12月20日以降としていたものの、いまだに氏名は漏れ伝わってこない。 となると、まだシーズンが終わっていない(天皇杯とルヴァン杯決勝がある)川崎F、G大阪、FC東京、柏の4チームの関係者ということだろうか。 そしてもう1つ気になるのが、森保監督をサポートしていた関塚ナショナルチームダイレクターが11月末日に退任したものの、同氏のその後の動向も一向に伝わってくる気配がないことだ。コロナの変異種で感染が拡大している現状では、西野タイ代表監督のように海外(東南アジア)で監督を務めることも難しいだろう。 まさか西野技術委員長とハリルホジッチ監督の時のように、ナショナルチームダイレクターを辞任してから東京五輪の監督に就任(ロンドン五輪ではベスト4に進出した実績がある)するという“ウルトラC"(という言い方がいまも通用するかどうか)の再現でもあるのだろうか。 こちらは自分で書いていても信じられないため、現実的ではないだろうが……。 さて昨日23日は、午前は五輪代表候補キャンプを、午後からはU-19日本代表候補対慶応大学のトレーニングマッチを取材した。五輪代表の候補キャンプには23名が招集されたものの、2名の選手が負傷で辞退したため新たに3名が追加招集され、さらに1名が負傷で離脱したため±0で、23名になった。 改めて言うまでもないが、五輪の登録人数は18名とかなりの“狭き門"だ。そして今回のキャンプには27日に天皇杯を控えている川崎Fの三笘、田中碧、旗手と今シーズン活躍した3選手が呼ばれていない。 さらに10~11月のA代表にも冨安(ボローニャ)を始め中山(ズヴォレ)、板倉(フローニンゲン)、久保(ビジャレアル)ら五輪候補7名の海外組が呼ばれたし、堂安(ビーレフェルト)も好調を取り戻しつつある。 こうして見ると五輪代表候補のラージグループは35名にも膨れ上がる。ここからOA枠3名を引いたら果たして今いるメンバーから何名が残れるのか……と思いながら練習を見てしまった。 今回は初招集の選手もいたが、それは今シーズンのJリーグで結果を残したからである。その代表格が安部(FC東京)だろう。「自分は世代別の代表に入ったことがなく、今回が初の代表でうれしかったし目標だったので、素直にうれしいです」と喜びを表した。そして五輪が1年延期されたことで「出たいなという思いはあったけど、現実的ではなかった」のが、今回選ばれたことで「近づいたかな」と五輪への思いを強くした。 同じFC東京の先輩である渡辺は、今回の招集を違った角度で見ていた。 昨シーズン夏以降の活躍で代表に初招集され、今年1月のU-23アジア選手権にも参加したが、「アジアレベルで活躍できなかった。元々は(五輪代表に)滑り込んでやろうと思った」ところ、「(五輪が)1年延びたことで実力を見てもらえるようになったと思う。立場は変わり、実力を見て選ばれたのだと思う」と今回の招集に自信を深めつつ、アピールを狙っていた。 そんな2人とはちょっと違うスタンスなのが、ルビン・カザンへの移籍が決まった齋藤(湘南)だ。年代別の代表に選ばれたことで国際経験が豊富なせいか、「森保監督も横内コーチも言っていますが、五輪代表の先にA代表がある。僕もそのつもりで活動しています」と先を見据えている。カザンは日本代表がロシアW杯の際にキャンプ地として利用し、U-19日本代表も一緒にキャンプをした思い出の地でもある。 齋藤は「馴染みがあるのでしっかりプレーしたいです」と抱負を述べながらも、「いまここでしっかりやることも大事だし、ロシアに行ってもしっかりやることが重要になる」と常に足下を見つめていた。 今回のキャンプは最終日に関東大学選抜との練習試合で打ち上げとなり、次回の活動は来年3月26日の親善試合までない。この3月の2試合と6月の2試合はインターナショナルマッチデーのため、海外組の招集が可能だ(コロナの感染が深刻な状況にならない限り)。恐らくこの4試合が最終テストで、7月上旬のキリンチャレンジ杯2試合を経て五輪本大会に臨むことになるだろう。 こうして見ると、やはり五輪代表に残るのは、アピールする機会も限られているので改めて“狭き門"だと思う。 左右からクロスを入れてのシュート練習や、ハーフコートでの紅白戦で森保監督と横内コーチはどこまで選手の実力をチェックできるのか。半日ほどの取材では到底うかがい知ることはできないが、やはり選手にとっては新シーズンのリーグ戦がアピールする格好の場になるのではないだろうか。 そんな思いにとらわれた、五輪代表候補のキャンプを取材したインプレッションだった。 <div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.12.25 20:50 Fri
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