今日の誕生日は誰だ! 5月30日は、弾丸ミドルがトレードマークのリバプールのレジェンドのバースデー
2020.05.30 07:00 Sat
◆スティーブン・ジェラード
【Profile】
国籍:イギリス
誕生日:1980/5/30
役職:監督
クラブ: レンジャーズ
身長:186㎝
体重:83kg
『今日の誕生日は誰だ!』5月30日は、リバプールのレジェンドで現在はレンジャーズの監督を務める元イングランド代表MFスティーブン・ジェラード氏だ。
幼少の頃からリバプールの下部組織で育ったジェラード氏は、1998年にトップチームデビュー。当初は右サイドバックとして起用されていたが、センターハーフにコンバートされてその稀有な才能を開花させていく。
2000-01シーズンにレギュラーに定着すると、UEFAカップ、FAカップ、リーグカップの3冠に貢献。2004-05シーズンのチャンピオンズリーグでは、決勝のミラン戦で0-3のビハインドからジェラード氏がヘディングシュートを決めて反撃の狼煙を上げると、クラブはそのまま同点に追いつき、延長の末PK戦で勝利してみせた。伝説的な試合の中心選手となったジェラード氏はその後もリバプールのキャプテンとしてチームを牽引。2015年夏にロサンゼルス・ギャラクシーに移籍するまでに、クラブ史上3人目となる公式戦通算700試合出場を達成した。
2018年5月、スコットランドの名門レンジャーズの監督就任が発表され、新たなキャリアを歩み始めている。
ドラガン・ジャイッチ(元サッカー選手)
トーマス・へスラー(元サッカー選手)
ミケル・サン・ホセ(サッカー選手/ビルバオ)
茨田陽生(サッカー選手/湘南ベルマーレ)
アレクセイ・レオーノフ(宇宙飛行士)
松本玲二(ドラマー/TUBE)
小嶋真子(アイドル/元AKB48)
【Profile】
国籍:イギリス
誕生日:1980/5/30
役職:監督
クラブ: レンジャーズ
身長:186㎝
体重:83kg
『今日の誕生日は誰だ!』5月30日は、リバプールのレジェンドで現在はレンジャーズの監督を務める元イングランド代表MFスティーブン・ジェラード氏だ。
幼少の頃からリバプールの下部組織で育ったジェラード氏は、1998年にトップチームデビュー。当初は右サイドバックとして起用されていたが、センターハーフにコンバートされてその稀有な才能を開花させていく。
2018年5月、スコットランドの名門レンジャーズの監督就任が発表され、新たなキャリアを歩み始めている。
※誕生日が同じ主な著名人
ドラガン・ジャイッチ(元サッカー選手)
トーマス・へスラー(元サッカー選手)
ミケル・サン・ホセ(サッカー選手/ビルバオ)
茨田陽生(サッカー選手/湘南ベルマーレ)
アレクセイ・レオーノフ(宇宙飛行士)
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小嶋真子(アイドル/元AKB48)
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誰もを魅了した唯一無二の“ミドルシュート”、レッズの“象徴”スティーブン・ジェラード
2019-20シーズンのプレミアリーグを圧倒的な強さで制し、30年ぶりのトップリーグ優勝を果たしたリバプール。ユルゲン・クロップ監督の下で悲願を達成し、2018-19シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)優勝と共に、ファン・サポーターは喜びに明け暮れた。 ディフェンディングチャンピオンとして臨んでいる2020-21シーズンのプレミアリーグでは、24試合を消化し勝ち点40の6位に位置。昨シーズン見せた圧倒的な強さはそこにはなく、らしさが見て取れない。 もちろん、そこには様々な要因があるのは広く知られたこと。1つは、守備の要であったオランダ代表DFヴィルヒル・ファン・ダイクを含めたセンターバックが相次いで負傷したこと。2つ目は、チーム全体として精彩を欠いていることだ。これは、昨シーズンから続く連戦による蓄積された疲労に加え、代わりの選手がなかなか見つからないというところが影響していると考えられる。 クロップ監督によって作られた現在のリバプールは、個々の能力の高さもありながら、やはりチームとして、1つの集団として機能した時に絶大な強さを発揮する。一方で、その中核を担う選手が力を発揮できなければ、必然的にチーム力は落ちてしまうのも仕方のないことだろう。 しかし、敢えて言うならば、強烈な“タレント”が不足しているとも言える。例を挙げるなら、クラブのレジェンドであるスティーブン・ジェラードのような存在だ。 <span class="paragraph-title">◆若き頃から見せていた勝負強さ</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2021/20210224gerrard_tw2.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 幼少の頃からリバプールのアカデミーで育ったジェラードは、1998-99シーズンの11月にファーストチームでデビュー。18歳でデビューした当時は、右サイドバックとしてプレーしていた。 その後は、セントラルミッドフィルダーとしてプレーすると、3年目の2000-01シーズンからレギュラーに定着。ジェラール・ウリエ監督の下でFAカップ、リーグカップ、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)のカップ戦三冠を達成していた。 このシーズンは、リーグカップ決勝のマンチェスター・ユナイテッド戦、そしてUEFAカップのアラベス戦でゴールを決めており、この頃から大舞台での勝負強さを発揮していた。 2003-04シーズン途中からチームのキャプテンを務めると、一気に中心選手としての才能が開花。2004-05シーズンは、チャンピオンズリーグのグループステージで敗退の危機にあった中、最終節のオリンピアコス戦で試合終了間際に衝撃のミドルシュートを決めて突破を決めると、このシーズンは決勝にまでチームは勝ち上がり、“イスタンブールの奇跡”と呼ばれるミランとの激闘を制して優勝を達成。この決勝でも逆転につながるゴールを決めていた。 チームの精神的支柱でもあったジェラードが持つ勝負強さは、何度となく救うことになった。 <span class="paragraph-title">◆誰もを魅了するミドルシュート</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2021/20210224gerrard_tw3.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> クラブキャリアではリバプールとロサンゼルス・ギャラクシーで191ゴールを記録、イングランド代表としても21ゴールを記録しているジェラード。そのジェラードの代名詞といえば、やはり“ミドルシュート”だろう。 右足から放たれる強烈な一撃は、打った瞬間に入る予感すらさせるもの。その軌道の美しさもさることながら、シュートスピードは驚くべきものがある。 スピードあるミドルシュートは“弾丸ミドル”という表現がピッタリであり、地を這うような軌道は圧巻そのものだった。 前述した通り勝負強さにも繋がるところだが、ジェラードのゴールはチームの窮地を救うものが多く、試合の終盤で劣勢な状況でも何か起こるのではという予感さえあった。 <div id="cws_ad"><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJqMXBzNXlFaCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> 例えば2004-05シーズンのミドルスブラ戦では、ハーフウェイライン付近からのフィードを受けたジェラードがトラップ。コースが空いているのを見ると、中央やや右寄りの距離のあるポジションから右足一閃。ゴール左上に強烈なミドルシュートが突き刺さっていった。 ミドルシュートというよりはロングシュートに近いが、あのポジションから右足を振り抜くという判断も、ミドルシュートが得意なジェラードならではかもしれない。 その他、前述の2004-05シーズンのチャンピオンズリーグのオリンピアコス戦。あと1点が必要な状況で、ボックス手前でルーズボールに反応したジェラードが右足を振り抜くと、高速シュートが右隅に決まった。 このように最大の武器であったミドルシュートで多くのピンチを救ったことで、ファン・サポーターからも一層愛される存在となっていったジェラード。似たようなミドルシュートを打てる現役選手はほとんどおらず、唯一無二の存在だったとも言える。まさに、サッカー史に残るレジェンドと言って良いだろう。 <div id="cws_ad"><hr>弾丸ミドルでおなじみのスティーブン・ジェラードが、大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>イングランドで、そしてリバプールでもチームメイトだったマイケル・オーウェンも同時に登場している。『サカつくRTW』でワンダーボーイのゴールを観たい方は是非一度チェックしよう。</div> 2021.02.25 19:40 Thu4
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