王者ナポリの敏腕SDがユベントス移籍か クヴァラ&キム・ミンジェ呼び寄せたジュントリ氏
2023.05.09 21:26 Tue
ユベントスが王者ナポリから敏腕スポーツ・ディレクター(SD)の引き抜きに近づいているようだ。『フットボール・イタリア』が伝えている。
故ディエゴ・マラドーナ氏を擁した1989-90シーズン以来、33年ぶりのセリエA優勝を掴んだナポリ。「その立役者は?」と問われれば、今シーズンから加入したジョージア代表MFクヴィチャ・クワラツヘリア、韓国代表DFキム・ミンジェを思いつく人が多いのではないだろうか。
国際レベルで無名だったこの2選手をナポリに呼び寄せた人物こそ、2015年7月からSDを務めるクリスティアーノ・ジュントリ氏。チームの主力となり得るダイヤの原石の発掘、そして安価で獲得する術に長け、クラブを栄冠へと導いた、まさしく敏腕SDだ。
そんなジュントリ氏の引き抜きを画策しているのが、SD職が不在どころか、現体制にフットボーラー経験のある重役がほとんどいないユベントス。現在は公認会計士の会長やコンサルタント出身のゼネラル・マネージャー(GM)らが協力しながら、今夏の移籍市場に向けて準備を進めているとされる。
イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』によると、ナポリの優勝が決まった現在、ジュントリ氏はユベントス行きに気持ちが傾きつつあるようで、ナポリもジュントリ氏の後任候補としてエンポリのピエトロ・アッカルディSDと接触するなど、両者とも別れを告げる準備があるとのことだ。
ナポリとの契約を2024年6月まで残すジュントリ氏。ユベントスによるジュントリ氏の引き抜きはナポリとの違約金交渉にかかっているようだ。
故ディエゴ・マラドーナ氏を擁した1989-90シーズン以来、33年ぶりのセリエA優勝を掴んだナポリ。「その立役者は?」と問われれば、今シーズンから加入したジョージア代表MFクヴィチャ・クワラツヘリア、韓国代表DFキム・ミンジェを思いつく人が多いのではないだろうか。
国際レベルで無名だったこの2選手をナポリに呼び寄せた人物こそ、2015年7月からSDを務めるクリスティアーノ・ジュントリ氏。チームの主力となり得るダイヤの原石の発掘、そして安価で獲得する術に長け、クラブを栄冠へと導いた、まさしく敏腕SDだ。
イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』によると、ナポリの優勝が決まった現在、ジュントリ氏はユベントス行きに気持ちが傾きつつあるようで、ナポリもジュントリ氏の後任候補としてエンポリのピエトロ・アッカルディSDと接触するなど、両者とも別れを告げる準備があるとのことだ。
その一方で、ユベントスには強力なライバルも。ジュントリ氏に対してはマンチェスター・ユナイテッドとトッテナムという潤沢な資金を持つプレミアリーグ勢からも関心が寄せられているという。
ナポリとの契約を2024年6月まで残すジュントリ氏。ユベントスによるジュントリ氏の引き抜きはナポリとの違約金交渉にかかっているようだ。
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元イタリア代表FWのジャンルカ・ヴィアッリ氏が、すい臓がんとの長い闘病生活の末、58歳で亡くなった。イタリアメディアが一斉に報じている。 ヴィアッリ氏は2017年に膵臓がんと診断され、2018年11月に完治が発表されたものの、2021年12月に再発。2度目の闘病が自身の口から明かされていた。 昨年12月にはがん克服のため、イタリア代表での職務を辞する意向がイタリアサッカー連盟から発表された。 しかし、伝えられるところではここ数週間で病状が悪化。がんの進行が抑えられず、58歳で帰らぬ人となってしまった。 現役時代はサンプドリアやユベントス、チェルシーで活躍した生粋のストライカーだったヴィアッリ氏。引退後はイタリア、イングランドの両国でコメンテーターを務め、2019年10月からサンプドリアの元チームメイトである親友のロベルト・マンチーニ監督の誘いを受け、アッズーリのスタッフを務めていた。 同氏の遺族は「計り知れない悲しみをもって、私たちはジャンルカ・ヴィアッリの死をここに伝えます。家族に囲まれ、勇気と威厳を持って病気と向き合い、5年の歳月を経て、昨晩亡くなりました。長年にわたり、愛情を持って彼を支えてくださった多くの方がに感謝いたします。彼の記憶と模範は、永遠に私たちの心の中に生き続けることでしょう」と、訃報を伝えた。 2023.01.06 19:55 Fri4
【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.23“リッピ第2次政権”復権の王者/ユベントス[2002-2003]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.23</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">2002-2003シーズン/ユベントス 〜リッピ第2次政権〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/2002-03juventus.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:マルチェロ・リッピ(55) 獲得タイトル:セリエA 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力9:★★★★★★★★★☆ タレント8:★★★★★★★★☆☆ 連係9:★★★★★★★★★☆ 選手層9:★★★★★★★★★☆ </p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">リッピ再招聘で復権</div> ユベントスは、1998-99シーズンの途中からリッピ監督に代わってアンチェロッティ監督が就任したものの、約2年半の間にわたってタイトルを取り切れずにいた。しかし、ラツィオとローマというローマ勢の隆盛に後塵を拝していた彼らは、リッピ第2次政権となった2001-02シーズンから復権を遂げる。 シーズン前に当時世界No.1プレーヤーのジダンをレアル・マドリーに手放したが、ラツィオからネドヴェド、パルマからブッフォンとテュラムを獲得。リッピ監督はチームマネジメントをうまく施し、最終的に逆転優勝を果たして4シーズンぶりとなるスクデットを獲得した。 迎えた2002-03シーズンは、さらにチームの組織力を高めて盤石の強さを披露。後半戦の第21節から一度も首位の座を明け渡すことなく、残り2節を残してスクデット2連覇を達成した。一方、CLでは準々決勝でバルセロナ、準決勝でレアル・マドリーを撃破。決勝では、史上初となるイタリア勢対決でミランと相まみえた。オールド・トラフォードで行われた決勝は、カルチョのチーム同士らしい徹底してリスクを冒さない鍔迫り合いの末、ゴールレスのままPK戦に突入。結局、敗れたユベントスは2連覇を逃す形となった。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">バランス重視の布陣</div> 1990年代後半に黄金期をもたらしたリッピ監督を再招聘したユベントスは、ジダンの放出を機にチームの組織力を向上させる。左サイドのネドヴェドに自由を与える4-4-2のシステムをベースに、攻守においてバランスの取れたチームを築き上げた。 ビッグクラブでのプレーに徐々に慣れていった守護神ブッフォンと右サイドバックのテュラム、フェラーラやモンテーロといったベテランセンターバックは、ゴールに鍵をかけた。さらに、ザンブロッタを左サイドバックにコンバートし、サイド攻撃に厚みを加える。攻撃力の高いザンブロッタは、左サイドのネドヴェドが中央に入ってできたスペースを無駄なく活用していった。 中盤ではタッキナルディが攻守のバランスを取り、ダービッツがハードワークを徹底。右サイドのカモラネージは、惜しみないアップダウンで攻守にわたってチームに貢献した。また、闘将のコンテもベテランらしい機の利いたプレーを見せ、重要な場面でチームを助けた。 2トップのトレゼゲとデル・ピエロは、補完性抜群のコンビネーションを発揮。特にデル・ピエロはチーム最多のゴール数を記録するだけでなく、精度の高い右足からチャンスを演出した。また、仕事人のディ・バイオも持ち前のゴールセンスで結果を残した。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">MFパベル・ネドヴェド(30)</span> チェコが生んだ攻撃センス抜群のダイナモは、ユベントスにタイトルをもたらし、名実ともにクラブのレジェンドへの仲間入りを果たした。トップ下の位置で水を得た魚ように躍動し、攻撃を牽引。ゴールとアシストという目に見える結果だけでなく、豊富な運動量を生かした献身的なプレーで高い貢献度を誇った。リーグのみならずCLでも多大な貢献を見せたが、準決勝でイエローカードを受けたことで決勝のミラン戦に出場することが叶わず、チームも敗れた。それでも、のちにネドヴェドは2003年のバロンドールを受賞。大きな名声を得た。 2019.04.14 22:00 Sun5
