まさにアンストッパブル!バレンシア時代のシルバが見せた素晴らしいロングシュート【インクレディブル・ゴールズ】
2020.10.03 19:00 Sat
サッカーファンなら誰もが一度は見たことがあるであろう歴史に残るスーパーゴール。今回の企画『Incredible Goals』(信じられないゴール)では、これまでに生まれた驚愕のゴールを紹介していく。今回はレアル・ソシエダに所属する元スペイン代表MFのダビド・シルバがバレンシア時代に決めたゴールだ。
バレンシアの下部組織で育ったシルバは、同クラブでプロデビュー。才能あふれるMFとして若くから活躍し、コパ・デル・レイ優勝などに貢献、2010年にマンチェスター・シティに引き抜かれた。
バレンシアでの華麗なプレーは多くのファンを魅了したが、2007年4月4日に行われたチャンピオンズリーグ(CL)準々決勝、チェルシーとの1stレグでは、素晴らしいゴールを決めている。
チェルシーのホーム、スタンフォード・ブリッジでの試合となった1stレグ。0-0で迎えた30分にシルバが魅せる。
貴重なアウェイゴールを手にしたバレンシアは1stレグを1-1のドローで終える。しかし、2ndレグでは土壇場の勝ち越しゴール許し、1-2で敗れた末に無念の敗退を喫している。
◆バレンシア時代のシルバが決めた美しいロングシュート
バレンシアの下部組織で育ったシルバは、同クラブでプロデビュー。才能あふれるMFとして若くから活躍し、コパ・デル・レイ優勝などに貢献、2010年にマンチェスター・シティに引き抜かれた。
チェルシーのホーム、スタンフォード・ブリッジでの試合となった1stレグ。0-0で迎えた30分にシルバが魅せる。
敵陣中央左でボールを持ったシルバは、大きなスペースを得ると、ゴールをちらりと確認し、ボックスの外からいきなりのロングシュート。左足から放たれたシュートはGKペトル・チェフのリーチを避けるような弾道でゴール右のサイドネットを揺らし、見事なロングシュートを決めてみせた。
貴重なアウェイゴールを手にしたバレンシアは1stレグを1-1のドローで終える。しかし、2ndレグでは土壇場の勝ち越しゴール許し、1-2で敗れた末に無念の敗退を喫している。
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