「ずる賢い」ファウルを受けた選手がウインク、直後に苦悶の表情でピッチに顔をうずめる「さすがはモウリーニョの教え子」
2022.05.26 20:45 Thu
【動画】これは確信犯!エイブラハムがウインクしてから…
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「ほとんどの人間にがっかりした」、ザニオーロが古巣ローマと元同僚への不満ぶちまける
ガラタサライのイタリア代表MFニコロ・ザニオーロが古巣ローマと、元チームメイトに対する不満をぶちまけた。 ローマとの再三に渡る延長交渉が難航した末、ここ数カ月クラブ退団希望を公言したザニオーロ。今冬の退団が既定路線となっていた中、意中の移籍先だったミランやトッテナム行きは実現せず。 その後、ボーンマス行きでクラブ間合意に至ったものの、ザニオーロの不誠実な対応がイングランドクラブの怒りを買って破談となると、同じく怒り狂うローマは飼い殺しを決断した。しかし、最終的には欧州主要リーグのマーケットが閉幕した直後に届いたガラタサライからのオファーをクラブ、選手双方が受け入れて永遠の都からの脱出を果たすことになった。 その新天地では早速主力として活躍するなど充実した日々を送る23歳は、イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』で移籍の経緯について言及。約束を反故にされたとローマへの不満をぶちまけた。 「破られた約束について何時間でも話すことができる。彼らは僕がスターだと言っていたが、自分は常に単なるキャピタルゲインと見なされていた」 「2年間、新しい契約の準備ができていると言われた。昨年1月には、自分が稼いでいたよりも少し多めのサラリーで契約していただろうね。なぜなら、ローマで悪くない状況だったし、クラブがファイナンシャル・フェアプレーの問題を抱えていることを知っていたからさ」 「ただ、たくさん話しをしたあと、僕はうんざりしていた。僕が別れを振り返る必要があるならば、他の人も同じようにそうしなければならない」 「実際には、ボーンマスとガラタサライだけでなく、イングランド行きを受け入れなかったために僕は追い出され、ファンは僕を非難した」 「車で追いかけてきた人間もいれば、自宅に侵入しようとした人間もいた。家族も僕も心細く恐怖を感じていた。当時、脅迫的なメッセージを受け取っていたし、携帯電話の電源も切っていた」 また、普段からの素行不良や不真面目な練習態度もあって、移籍希望を公言した後はクラブに忠誠を誓うイタリア人選手を中心に関係悪化が伝えられたザニオーロ。とりわけ、移籍直後には別れのメッセージを送ったのが、DFクリス・スモーリング、FWタミー・エイブラハム、DFレオナルド・スピナッツォーラの3人のみだったとも報道されていた。 そして、元同僚との関係について問われた同選手は、「チームメイト? ほとんどの人間にがっかりしたよ。具体的な名前は挙げないけど、彼らは僕らが兄弟のようだと言っていたにもかかわらず、サヨナラを言うことさえしなかった」と、クラブ同様に不満を口にした。 2023.03.27 07:00 Mon2
ストラスブール、オーストリアで注目集めた逸材FWエメガを獲得
ストラスブールは22日、シュトゥルム・グラーツからU-20オランダ代表FWエマニュエル・エメガ(20)を完全移籍で獲得したことを発表した。契約期間は2028年6月30日までの5年となる。 エメガはトーゴ人の父親とナイジェリア人の母親の元、オランダで生まれ育った。スパルタ・ロッテルダムの下部組織からファーストチームデビューを飾ると、2022年1月にベルギーのロイヤル・アントワープに完全移籍。だが、その新天地ではほぼプレー機会を得られず、昨年8月にわずか半年余りでシュトゥルム・グラーツへ移籍した。 その新天地1年目では公式戦36試合10ゴール5アシストの数字を記録。195cmの長身ながらも左右のウイングでもプレー可能なスピード、突破力を有しており、長いリーチを生かしたボールキープや背後への飛び出しが持ち味。将来的にはイングランド代表FWタミー・エイブラハムのようなタイプのストライカーへの成長が見込まれる。 今夏の移籍市場ではセリエAの複数クラブの関心を集めたが、新天地はチェルシーの現オーナーであるトッド・ベーリー氏を中心とするコンソーシアムによって買収されたストラスブールとなった。 2023.07.23 17:00 Sun3
ドイツの超逸材ハヴァーツがチェルシーでいきなり決めたハットトリック【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、チェルシーのドイツ代表MFカイ・ハヴァーツが決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆ハフェルツが特大のポテンシャルを見せたハットトリック<br/><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJseXU0eWwwVyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> レバークーゼンで10代の頃から超逸材として注目を集めたハヴァーツは、2020年夏にチェルシーに加入。チームの今後を担う存在として期待されている。 チェルシーデビューから間もない2020年9月23日に行われたカラバオカップ(EFLカップ)3回戦のバーンズリー戦では、その特大のポテンシャルを感じさせるハットトリックを決めている。 1-0とチェルシーリードの28分、相手陣内中央左でボールを持ったMFメイソン・マウントがボックス内にボールを送る。すると、中央のFWタミー・エイブラハムが相手の裏をかくダミーでゴール前に走り込むハヴァーツにパスが通り、ハヴァーツがゴール右に冷静にシュートを流し込み、まずは1点目を決めた。 続いて3-0とリードを広げて迎えた55分、カウンターからチェルシーがチャンスを作ると、左サイドに抜け出したMFマテオ・コバチッチが中央にクロス。このボールをエイブラハムが落とすと、ハヴァーツが鋭いシュートをゴール右に叩き込み、2点目をマークした。 65分にも再びエイブラハムのパスにハヴァーツが抜け出すと、そのままGKと1対1に。ハヴァーツが鮮やかなタッチでGKを抜き去り、無人のゴールにシュートを沈めて圧巻のハットトリックを決めてみせた。 試合はハヴァーツのハットトリックなど、大量6ゴールを奪ったチェルシーが6-0とバーンズリーを粉砕している。 <span data-sg-movie-id="775" data-sg-movie-title="【特大のポテンシャル!】超逸材ハヴァーツがチェルシーでいきなり決めたハットトリック"></span> 2021.02.14 10:00 Sun4
FAカップ決勝で“MOM”のアンソニー・テイラー主審に多くの批判の声…疑惑の退場etc…
アーセナルとチェルシーのダービーとなった2019-20シーズンのFAカップ決勝で、最も話題を集めることになったのは、主審を務めたアンソニー・テイラーだった。イギリス『デイリー・メール』が伝えている。 1日に聖地ウェンブリー・スタジアムで行われた2019-20シーズンのイングリッシュフットボールを締めくくる一戦は、アーセナルが2-1の逆転勝利を収め、自らの最多優勝記録を更新する14度目の優勝を果たした。 同試合では見事な個人技で奪った決勝点を含む2ゴールを挙げたFWピエール=エメリク・オーバメヤンの活躍が称賛された一方、最も話題をさらったのは、アーセナルにとっての“マン・オブ・ザ・マッチ”とも揶揄されるテイラー主審だった。 プレミアリーグではお馴染みのレフェリーであるテイラー主審は、同試合で幾つかの物議を醸す判定を下していた。 アーセナルの同点ゴールに繋がった前半半ばのPKの場面ではオーバメヤンを後方から引き倒したDFセサル・アスピリクエタが最初に手をかけた位置がペナルティエリア外だったこともあり、その正当性に議論の余地はあったものの、この判定に関しては概ね妥当な判定と思われた。 しかし、試合の行方を決定付けることになった後半の2つの判定に関しては、多くの非難を浴びる結果となった。 73分にチェルシーのMFマテオ・コバチッチが2枚目のイエローカードをもらって退場となった場面では、五分五分のボールを競りに行ったコバチッチがスイス代表MFグラニト・ジャカと交錯した際のアフターチャージを取ったようだが、クロアチア代表MFは先にボールに触っていた上、接触の際にも足はジャカのスパイクの下にあり、足裏を見せた危険なチャレンジと判断するにも無理があるものだった。 さらに、コバチッチにイエローカードを出した後にレッドカードを出すまでに若干の間があり、テイラー主審が1枚目のイエローカードだと思い込み、勢いでカードを出した可能性も指摘されている。 さらに、チェルシーが1点のビハインド、数的不利を背負った後のアーセナルGKエミリアーノ・マルティネスのペナルティエリア外でのハンドに関する判定に関しても批判の的に。FWタミー・エイブラハムの裏への飛び出しの対応にあたったマルティネスは、焦ってペナルティエリア外でボールをキャッチしたように見える場面があり、チェルシーサイドはハンドを要求。仮に、このハンドが認められていれば、決定機阻止のマルティネスにレッドカードが掲示された可能性もあった。 イギリスメディアやSNS上のリプレー、画像検証ではボールがエリア外にある状態でマルティネスがボールをキャッチしているようにも見え、難しい判定だったとはいえ、チェルシーサイドにとってはコバチッチ退場に続く腹立たしい判定となった。 そのため、試合後のイギリスの『ツイッター』のトレンドにはテイラー主審の名前がランキング上位に上がり、「FAカップを掲げるのはオーバメヤンorアンソニー・テイラー?」、「アーセナルのマン・オブ・ザ・マッチはアンソニー・テイラーに譲るべき」、「アンソニー・テイラーは自身にとって最高のパフォーマンスを見せたのかもしれない。ならば、レフェリー試験を改めて受け直すべきだ」など、多くの批判的なコメントが寄せられた。 また、チェルシーアカデミー出身のウェストハムMFデクラン・ライスは、「今日の試合の幾つかの判定は…」と、審判批判による処分を回避するため、かなりオブラートに包んだものの判定への不満を露わに。 また、チェルシーのレジェンドでアストン・ビラのアシスタントコーチを務めるジョン・テリー氏も、「(コバチッチの)2枚目のイエローカードはありえないし、(決勝点となる)ゴールの場面でもクリステンセンへのファウルがあった」と、同主審の判定を批判している。 なお、イギリス『Squawka』が伝えるところによれば、テイラー主審は今回を含めアーセナルとチェルシーのダービーとなったカップ戦決勝3試合を裁いているという。そして、2015-16シーズンのコミュニティ・シールド、2016-17シーズンのFAカップ、今回の試合とそのすべてでアーセナルが勝利。さらに、当時チェルシーに在籍していたMFビクター・モーゼスを退場させていた。 2020.08.02 14:20 Sun5
名手ジョルジーニョが、抜群のビジョンとパス精度を見せたゲームのような絶妙ロングパス【ベスト・アシスト】
サッカーのプレーの中で最も目を惹くのはやはりゴールだろう。しかし、時には得点者だけではなく、そのゴールをお膳立てしたラストパスが脚光を浴びるべき場合もある。今回の企画『Best Assist』(最高のアシスト)では、これまでに生まれた素晴らしいアシストを紹介していく。 今回はチェルシーのイタリア代表MFジョルジーニョが決めたアシストだ。 <div id="cws_ad">◆ジョルジーニョがエイブラハムに送った絶妙ロングパス<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJKZDRpV2x5OCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> ヴェローナでプロデビューを果たしたジョルジーニョは、マウリツィオ・サッリ監督の下、ナポリでパスの名手としてブレイク。2018年夏に、チェルシーへ引き抜かれた恩師サッリ監督を追う形でチェルシーに加入している。 プレミアリーグにも適応し、チームの主力として活躍するジョルジーニョだが、2019年11月2日に行われたプレミアリーグ第11節のワトフォード戦では、素晴らしいパスで同僚のゴールをお膳立てしている。 試合が始まって間もない5分、ハーウェイラインより少し前の位置でパスを受けたジョルジーニョは、目線をボールに向けたままダイレクトで前線へ鋭いロングパスを送る。ブロックを作って守る相手の間を見事に通す美しいパスは、カーブしながら裏へ走り出したFWタミー・エイブラハムの走路にピンポイントで入る。ボックス内でボールに追いついたエイブラハムはGKとの1vs1を冷静に決め、見事な先制点となった。 いきなりのゴールで先制したチェルシー。その後も追加点を挙げると、ワトフォードに1点を返されながらも2-1で勝利している。 2020.11.06 21:00 Friローマの人気記事ランキング
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ローマが新スタジアム計画を発表…目玉は欧州最大のクルヴァ・スッド
ローマが新スタジアムの計画を発表した。 ローマは1953年の開場以来、ラツィオと共にスタディオ・オリンピコを本拠地として使用してきた。しかし、幾度か修繕や改修は行っているものの、老朽化が否めないこともあり、クラブは以前から新スタジアム建設への動きを進めていた。 ただ、“地面を掘れば遺跡にあたる”とも言われる「永遠の都」特有の事情もあり、その計画はなかなか進まずにいたが、ライアン・フリードキン副会長とリナ・スルークCEOとローマ市長のロベルト・グアルティエリ氏ら市議会の代表者との会談を経て、新スタジアムの計画を発表した。 『YouTube』での新スタジアムのイメージ動画と共にクラブは今回の計画を以下のように説明している。 「ライアン・フリードキン副会長とリナ・スルークCEOを代表とするASローマのトップマネジメントは、本日、ローマ市長ロベルト・グアルティエリ氏と会談し、クラブの新スタジアムのエキサイティングな計画について話し合いました」 「会議では、プロジェクトの革新性と、フットボールファンと地域社会の両方に約束される数多くのメリットに対する共通の熱意が示されました」 「プロジェクトのビデオプレゼンテーションのリリースは、新しいスタジアムのユニークなビジョンとモダンなデザインを紹介し、熱狂的な反響を呼びました。このビジョンの鍵となるのは、ヨーロッパ最大となる予定の新しいクルヴァ・スッドです。このクルヴァ・スッドは、ASローマのサポーターの揺るぎない情熱の証となるでしょう」 また、フリードキン副会長は、このプロジェクトがクラブだけでなくローマという都市、地域社会においても新たな価値を創造するものになると確信している。 「本日、ローマ市長のロベルト・グアルティエリ氏とお会いし、新しいスタジアムのビジョンを発表できたことを光栄に思います。この素晴らしいスタジアムは、ASローマとそのファンの新しいホームであるだけでなく、ローマ市民全員にとってのランドマークでもあります。ヨーロッパ最大のクルヴァとなる予定の新しいクルヴァ・スッドは、サポーターの情熱とエネルギーを体現する強力な焦点となるでしょう。古典的なローマ建築にインスピレーションを得た象徴的なデザインと最先端の設備を備えたこのスタジアムは、フットボールファンから地元のコミュニティまで、すべての人に世界クラスの体験を提供します」 「ASローマの誇りある管理者として、私たちは、クラブの精神と伝統を体現する空間を創り出すとともに、革新と卓越性の世界的なシンボル、そして環境責任のモデルとなることに尽力しています」 「新スタジアムを環境責任のモデルにするという取り組みは、ローマ市長が指摘したように、クラブの価値観やローマ市のより広範な目標と一致しています」 「両者は、開発のさまざまな側面に焦点を当てる作業グループの設立を含む、プロジェクトを進めるためのロードマップについて話し合い、合意しました。これらのグループは、環境基準とコミュニティの関与に細心の注意を払いながら、プロジェクトがスムーズに進むようにします」 「ASローマとそのリーダーシップは、ファンの体験を向上させるだけでなく、コミュニティと環境にプラスの影響を与えるランドマークを作成することに専念しています。新しいスタジアムプロジェクトは、クラブ、ファン、そしてローマ市の誇りのシンボルとなるでしょう」 <span class="paragraph-title">【動画】ローマの新スタジアム構想が発表!</span> <span data-other-div="movie"></span> <iframe width="640" height="360" src="https://www.youtube.com/embed/RE0m08zRgBo" title=" Towards our new stadium " frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe> 2024.07.25 06:30 Thu3
モウリーニョ解任のローマに“レジェンド”デ・ロッシが帰還! 監督就任に「この感動は言葉では言い表せない」
ローマは16日、新監督にダニエレ・デ・ロッシ氏(40)が就任することを発表した。 契約期間は2024年6月30日までの残りシーズンとなる。 デ・ロッシ新監督は、ローマ育ちでアカデミー出身者。2002年にファーストチームに昇格すると、2019年7月にボカ・ジュニアーズに移籍するまでプレー。ローマ時代には2007年、2008年にはコッパ・イタリアで優勝。2007年にはスーペル・コパも制し、フランチェスコ・トッティ氏が引退してからはキャプテンとしてチームを支えた。 引退後はイタリア代表のテクニカルコーチを務め、2021年のユーロ優勝に貢献。2022年10月から2023年2月まではSPALで指揮を執っていたが、半年でわずか3勝に終わり解任されていた。 ローマでは公式戦通算616試合に出場し63ゴール。18年間プレーしたクラブに監督として復帰することとなったデ・ロッシ新監督は、クラブを通じてコメントしている。 「ローマのテクニカル面でのリーダーシップの責任を私に託してくれたフリードキンファミリーに感謝したい。私としては、今からシーズン終了までの間に待ち受ける試練に立ち向かうため、日々の犠牲を払い、自分の中にある全てを捧げる必要があると思っている」 「ベンチに座ることができる感動は言葉では言い表せない。私にとってローマがどんな存在であるかは、誰もが知っているが、我々全員を待っている仕事は既に引き受けた」 「我々には時間がなく、選択肢もない。競争力を持ち、目標のために戦い、達成しようとすることがスタッフと私が自分たちに与える唯一の優先事項だ」 ローマは16日、4シーズン目を迎えていたジョゼ・モウリーニョ監督を解任。就任1年目の2021-22シーズンはヨーロッパ・カンファレンスリーグで優勝。2022-23シーズンはヨーロッパリーグで決勝に進むも、セビージャにPK戦の末に敗れて準優勝。今シーズンはリーグ戦で序盤から調子が上がらず、14日に行われたセリエA第20節でミランに敗れ、3戦未勝利となっており、9位と苦しんでいた。 2024.01.16 22:15 Tue4
中田英寿氏が波乱万丈のサッカーキャリア回想…『The Atletic』のロングインタビューに答える
元日本代表MFの中田英寿氏が、『The Atletic』のロングインタビューで自身のサッカーキャリアを振り返った。 中田氏はベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でプロキャリアをスタートし、以降は2006年の現役引退までペルージャ、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナのイタリア5クラブ、イングランドのボルトンでプレー。 また、日本代表としては1998年フランス大会、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会と3度のワールドカップに出場し、通算77キャップを刻んだ。 そのアジアを代表するレジェンドは『The Atletic』で29歳での現役引退を始め、キャリアにおけるトピックについて語った。 2006年ドイツW杯のグループステージ最終節のブラジル代表戦での1-4の敗戦後、スパイクを脱ぐ決断を下したMFは、その突然の引退から19年を経たなかで改めて決断の理由に言及。 「プロのサッカー選手になる夢は一度もなかったが、どういうわけかそれが実現し、ワールドカップでプレーし、イタリアとイングランドに行った。情熱のためにいつもプレーしていた。私はサッカーのファンではなく、サッカーをプレーするのが好きだった。それが私が引退した理由だ。情熱を失っていたし、情熱がなければ、自分に嘘をついているようなものだった」 「私が好きなのはプレーすることであり、コーチやコメントをすることではない。それが引退後に『別の情熱を見つけなければならない』と言った理由だった」 インタビュー冒頭で、サッカーキャリアの終わりについて語った元日本代表はここからキャリアの最初期に立ち戻り、「当時は、プロサッカー選手になることを夢見る人は誰もいなかった。日本で一番人気のスポーツは野球だった。だけど、結局、私は漫画『キャプテン翼』が大好きだったから、サッカーをやろうと決めた」と、サッカーを始めた理由を明かした。 続けて日本代表が初めてW杯に出場した1998年フランスW杯での奇抜な髪色については「(W杯前でさえ)毎日髪の色を変えていたが、海外でプレーしたかったので世界に知られることが重要だった。だから注目されたいと思っていた」と、振り返る。 その目論見通り、W杯直後にはセリエAのペルージャへ完全移籍。イタリアでのキャリアをスタート。その新天地では加入1年目から鮮烈な輝きを放ったが、プレーすること以外でサッカーに関心がなかったことが良い意味でプラスに働いたという。 「私はサッカーの大ファンではなかったし、サッカーを見たり新聞で読んだりもしなかった。そういう人間ではないんだ。ただサッカーをするのが好きで、毎日もっといい選手になりたいと思っていた」 「イタリアに来たときは、セリエAが世界最高のリーグで、ジネディーヌ・ジダンやアレッサンドロ・デル・ピエロのような選手がいたが、私は選手をあまり知らなかった。リーグのチームの半分も知らなかった」 「でも、そのおかげで自分のプレーに集中できたし、それが私の強みだった。とにかく恐れがなかった」 そのペルージャでの活躍によって2000年にはローマへステップアップ。当時、頭角を現わしていたフランチェスコ・トッティとのポジション争いで苦戦を強いられた一方、2005年1月のユベントス戦ではクラブ史に刻まれた圧巻のロングシュートを突き刺し、ジャッロロッシのスクデット獲得に大きく貢献した。 中田氏はそのローマ時代について「ローマに戻るたびに、ファンのみんなが私のところに来て『ありがとう、ナカタ』と言ってくれる」と、自身の重要な働きに満足感を示した。 その後、1年でイタリアの首都を離れてパルマに活躍の場を移すと、コッパ・イタリア優勝に貢献。2年連続のタイトル獲得を経験。そして、日韓W杯では大会の目玉選手の一人として日本代表史上初の決勝トーナメント進出に貢献した。 「もっといい結果を出せたはず」トルコ代表に敗れてのベスト16に不満を示しながらも、「雰囲気は素晴らしかった」と、自国開催のW杯をポジティブに振り返った。 「日本では誰もが、私たちがグループリーグを突破して決勝トーナメントに進出するだろうと期待していたが、それはとても大変だった」 「私たちはとても若いチームで、ほとんどのメンバーがワールドカップでプレーしたことがなかった。当時、海外でプレーしていたのは数人だけで、プレッシャーは大きかった。しかし同時に、国全体が私たちを応援してくれたので、雰囲気は素晴らしかった」 その後、チェーザレ・プランデッリ監督との衝突を機に、ボローニャ、フィオレンティーナとイタリア国内での移籍を繰り返した後、2005年に7年間過ごしたイタリアを離れ、プレミアリーグのボルトンへレンタル移籍。 自身最後のクラブとなったマンチェスターのクラブではキック&ラッシュでお馴染みのサム・アラダイス監督が率いたチームということもあり、イタリアと大きく異なる環境面を含めて難しい日々を過ごした。 「イタリアから来たので、サッカーはまったく違っていた。多くのチームがロングボールをプレーしていた。それは少しショックだった。そしてイタリアからマンチェスターに来て、食べ物の面でも違ったし、雨も多かった。そういった意味で少し大変だった」 その後、前述のドイツW杯での現役引退で中田氏の波乱万丈のサッカーキャリアは締めくくられた。 そして、自身のサッカーキャリアを通じて「どのように記憶されたいか?」との問いに対して、中田氏は「私は美しいプレー、優雅さが好きだ。ジネディーヌ・ジダンのようなプレーが美しい。スピードやパワーではなく、美しいパス、美しいプレー。ゴールである必要はない。私は優雅さが好きで、サッカーだけでなく人生でもそうだ。優雅で美しいものが好きだ。つまり美しい服、美しい建築物、デザイン、景色…」と返答している。 現役引退後は3年間に渡っておよそ100カ国以上を巡る放浪の旅に出て、以降は魅了された日本酒造りや日本茶のブランド立ち上げなど、日本の文化や食文化の発信者として活躍する48歳。 今回のロングインタビューの最後には改めて自身の生き方について語り、これからも自身の情熱の赴くがままに様々なことにチャレンジしたいと結んだ。 「29歳で引退したとき、たくさんの人から『まだプレーできるよ』とか『サッカー業界で働いてコーチでもしたらどうだ』と言われた」 「でも、できるからやることを選んでいるわけではない。やりたいからやっている」 「私は好きなことをやっている。だからファッションが好きならファッションをやるし、他の文化が好きなら他の文化。日本酒が好きなら日本酒をやる」 「他の人は時々その理由が理解できないことがある。それは私が情熱を持ってやっているからだ」 2025.03.19 00:14 Wed5

