ラニエリ解任のワトフォード、74歳老将ホジソンを招へい
2022.01.26 06:00 Wed
ワトフォードは25日、ロイ・ホジソン氏(74)の招へいを発表した。契約期間は今季終了までとなっている。
ホジソン氏はこれまでインテル、ブラックバーン、コペンハーゲン、ウディネーゼ、フルアム、リバプール、WBAや、イングランド代表の指揮官などを歴任。2017年から指揮を執っていたクリスタル・パレスでは、4シーズンにわたってチームをプレミアリーグに残留させ続け、昨シーズン限りで退任していた。
退任時には監督業からの引退も示唆していたホジソン氏だが、再びプレミアリーグの舞台に戻ってくる形となった。
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ワトフォードは昨年10月、昨季チームを昇格に導いたシスコ・ムニョス監督を解任。開幕から7試合で2勝1分け4敗の成績を残し、13位につけていた指揮官と袂を分かち、新たにクラウディオ・ラニエリ監督を招へいした。しかし、ラニエリ監督就任後はプレミアリーグ13試合で2勝1分け10敗と思うような成績を残せず、21日に行われたプレミアリーグ第22節では、降格圏に沈んでいたノリッジ・シティに0-3で完敗。19位に転落したことを受け、24日に就任からわずか4カ月でのラニエリ監督解任を発表した。退任時には監督業からの引退も示唆していたホジソン氏だが、再びプレミアリーグの舞台に戻ってくる形となった。
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