ユベントス時代の苦難振り返るサッリ「スクデット獲得が当たり前のようになっていた」
2021.07.06 15:31 Tue
ラツィオのマウリツィオ・サッリ監督が、ユベントス時代を振り返った。『フットボール・イタリア』が伝えている。
サッリ監督は2019年6月、過去に指揮をとったナポリのファンからは「裏切り者」のレッテルを貼られながらも、ユベントスの指揮官に就任。セリエAでは終盤の失速こそあったが、26勝5分7敗の成績を残し9連覇を達成した。
一方で、クラブが最大の目標として掲げていたチャンピオンズリーグ(CL)は、ラウンド16で格下と見られていたリヨンに敗戦。この結果が重くのしかかり、タイトルを獲得しながらも1年で解任となった。
その後は沈黙を貫き、1年間休養をとっていたサッリ監督だが、6月にラツィオの指揮官に就任。イタリア『Sport Italia』に出演した際、ユベントスでの難しい時期について口を開いた。
「この332日の間、私は公に言葉を発することなく家族と一緒にいた。多くの本を読み、多くの試合を観戦したよ。それから、私の最も好むものの一つであるサイクリングレースもたくさん見た。今シーズンは特殊で、(監督業に)復帰したいと思う状況ではなかったね」
「おそらく、ユベントスに行くべきは今シーズンだったかもしれない。4位であっても祝われていたからね。サッカーにおいて勝利は必然的なものではないんだ。一生懸命やっても、勝てない時はある」
「空っぽのスタジアムで行われる今シーズンのサッカーは、私を興奮させなかった。だからそこに参加していなくても、苦しさは感じなかったよ。ファンが戻ってきた今、私の中でサッカーへの欲望は再び優位に立っている」
また、サッリ監督はポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドを指導する難しさについて言及。一方で、今シーズンは不調に陥っていたアルゼンチン代表FWパウロ・ディバラについては称賛している。
「ロナウドのマネジメントはあらゆる観点から見て単純ではない。彼の関心は通常の範囲を超え、チームやクラブをも超えている。私は監督でありマネージャーではなかったから、そうしたところの管理は難しいね。とはいえ、ロナウドは最終的には数字をもたらしてくれる。ただ、近年は皆が選手のことばかりを話して、チームについては話さない」
「ディバラはチャンピオンであり、ここからのリカバリーは難しくないだろう。彼にとって今シーズンは奇妙な1年であり、多くの負傷を抱えてしまった。とはいえ、彼ほど質の高い選手であれば、回復するのは簡単だ」
「ユーベにとっては決断の時が来ている。彼と共に歩むのか、売却するかのどちらかだ」
サッリ監督は2019年6月、過去に指揮をとったナポリのファンからは「裏切り者」のレッテルを貼られながらも、ユベントスの指揮官に就任。セリエAでは終盤の失速こそあったが、26勝5分7敗の成績を残し9連覇を達成した。
一方で、クラブが最大の目標として掲げていたチャンピオンズリーグ(CL)は、ラウンド16で格下と見られていたリヨンに敗戦。この結果が重くのしかかり、タイトルを獲得しながらも1年で解任となった。
「この332日の間、私は公に言葉を発することなく家族と一緒にいた。多くの本を読み、多くの試合を観戦したよ。それから、私の最も好むものの一つであるサイクリングレースもたくさん見た。今シーズンは特殊で、(監督業に)復帰したいと思う状況ではなかったね」
「ユベントスではスクデット獲得が当たり前のようになっていた。クラブの外でも内でもね。皆優勝しても祝うことはなく、それぞれで食事に行っていたんだ」
「おそらく、ユベントスに行くべきは今シーズンだったかもしれない。4位であっても祝われていたからね。サッカーにおいて勝利は必然的なものではないんだ。一生懸命やっても、勝てない時はある」
「空っぽのスタジアムで行われる今シーズンのサッカーは、私を興奮させなかった。だからそこに参加していなくても、苦しさは感じなかったよ。ファンが戻ってきた今、私の中でサッカーへの欲望は再び優位に立っている」
また、サッリ監督はポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドを指導する難しさについて言及。一方で、今シーズンは不調に陥っていたアルゼンチン代表FWパウロ・ディバラについては称賛している。
「ロナウドのマネジメントはあらゆる観点から見て単純ではない。彼の関心は通常の範囲を超え、チームやクラブをも超えている。私は監督でありマネージャーではなかったから、そうしたところの管理は難しいね。とはいえ、ロナウドは最終的には数字をもたらしてくれる。ただ、近年は皆が選手のことばかりを話して、チームについては話さない」
「ディバラはチャンピオンであり、ここからのリカバリーは難しくないだろう。彼にとって今シーズンは奇妙な1年であり、多くの負傷を抱えてしまった。とはいえ、彼ほど質の高い選手であれば、回復するのは簡単だ」
「ユーベにとっては決断の時が来ている。彼と共に歩むのか、売却するかのどちらかだ」
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ユベントスのレジェンドであるレオナルド・ボヌッチ氏(38)が来季、ユースチームの監督かファーストチームのコーチとして復帰する可能性があるようだ。イタリア『トゥットスポルト』が報じている。 ユベントスで8度のセリエA制覇に貢献したボヌッチ氏は昨季、ユベントスを退団。ウニオン・ベルリン、フェネルバフチェでプレーした後、昨年5月に現役を引退していた。 そのボヌッチ氏は今週始め、ユベントスのサッカー組織関係部長を務め、来季はGMに就任することが濃厚な盟友ジョルジョ・キエッリーニ氏、スポーツ・ディレクターのクリスティアーノ・ジュントリ氏と共に会食をしていたとのこと。 引退後は監督業のライセンス取得に励み、現在はU-20イタリア代表のコーチを務めているボヌッチ氏だが、古巣帰還となるだろうか。 2025.05.17 13:00 Sat4
【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.35“カペッロ・ユーベ”失意のカルチョーポリ/ユベントス[2005-06]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.35</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">2005-2006シーズン/ユベントス 〜カペッロ・ユーベ〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/2005-06juventus.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:ファビオ・カペッロ(59) 獲得タイトル:セリエA(後にカルチョ・スキャンダルで剥奪) 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力10:★★★★★★★★★★ タレント9:★★★★★★★★★☆ 連係9:★★★★★★★★★☆ 選手層8:★★★★★★★★☆☆ </p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">失意のカルチョーポリ</div> 名将・カペッロが就任した前シーズンにスクデットを奪還したユベントスは、この2005-06シーズンで圧巻の強さを見せる。当時のセリエA記録(2013-14シーズンのローマに開幕10連勝で破られた)となる開幕9連勝を達成すると、前半戦を17勝1分1敗という成績で終える。後半戦では無敗を維持しながら首位を独走し、追いすがるミランを振り切ってセリエA連覇を達成した。 しかし2006年4月、カルチョを震撼させる事件が起きる。イタリアサッカーに絶大な影響力を持つユベントスのモッジ会長を中心に八百長が行われていたことが発覚。2004-05シーズンとこのシーズンにユベントスが獲得したスクデットが剥奪され、クラブ史上初のセリエB降格となる処分を下される憂き目に遭った。 この影響で、ファビオ・カンナバーロやイブラヒモビッチといった2連覇に貢献した主力選手が相次いでチームを離れ、イタリア屈指の名門が地に落ちることとなる。それでも、デル・ピエロやネドベド、ブッフォンらスター選手が残留したチームは、翌シーズンに圧倒的な強さでセリエBの首位を走り、1年間でセリエAに舞い戻った。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">THE・ソリッド</div> ミランで黄金期を築き、ローマにスクデットをもたらしたカペッロは、ユベントスでも自らのスタイルを信条に隙のない非常にソリッドなチームを作り上げた。アーセナルからヴィエラを獲得し、磐石のセンターラインを築き上げると、堅守から前線のタレントを生かしたカウンターで得点を奪った。 守備面ではブッフォンがケガで出遅れたものの、アッビアーティが確実にその穴を埋め、カンナバーロやテュラムを中心に堅守を見せる。右サイドバックには全盛期のザンブロッタがアップダウンを繰り返し、左では売り出し中のキエッリーニとバルザレッティが果敢なプレーで攻守に貢献した。 中盤ではダブルボランチのエメルソンとヴィエラが抜群のフィルター能力で安定をもたらす。両サイドには円熟味あるプレーでチームを牽引するネドベドと、卓越したテクニックから精度の高いパスを供給するカモラネージを擁し、質の高い攻撃を披露した。 前線では、2年目ながら前線の軸となったイブラヒモビッチが、ゴール前で真価を発揮するトレゼゲと2トップを形成。クラブのバンディエラであったデル・ピエロはベンチを暖める日々が多かったが、ピッチに出ればゴールで監督の起用に応えた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">DFファビオ・カンナバーロ(32)</span> 176cmとセンターバックとしては小柄ながら、それを補って余りあるジャンプ力を誇る。このシーズンは、対人プレーの強さや抜群の読みなど、ディフェンダーとして完璧なパフォーマンスを披露。パルマ時代のチームメートであるブッフォンとテュラムとともに鉄壁の守備を築いた。さらに、シーズン後に開催されたドイツワールドカップ2006ではアッズーリを優勝に導き、ディフェンダーながらその年のバロンドールを獲得した。 2019.04.20 22:00 Sat5
