フィオレンティーナ、元ロシア代表FWココリンを獲得

2021.01.22 02:00 Fri
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スパルタク・モスクワは21日、元ロシア代表FWアレクサンドル・ココリン(29)がフィオレンティーナに加入することを発表した。メディカルチェック完了後、2024年6月までの3年半契約を結ぶとのことだ。
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ディナモ・モスクワやアンジ・マハチカラ、ゼニトなど母国のクラブでキャリアを積んできたココリンは、昨年8月にゼニトからスパルタク・モスクワに移籍していた。ロシアリーグでは通算で251試合に出場して67ゴール33アシストを記録。今季は負傷の影響もあってリーグ戦8試合の出場で2ゴールを挙げるに留まっていた。ロシア代表としては48試合に出場し12ゴールを記録しているココリンは、2012年と2016年のユーロ、2014年のブラジル・ワールドカップでプレー。
18試合を消化したセリエAで14位と苦戦が続くフィオレンティーナ。今季ここまで18ゴールと得点力不足に苦しむチームの救世主にココリンはなれるだろうか。


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