元韓国代表指揮官、シュスター後任としてハムシク加入噂の大連一方監督に就任!

2019.02.11 20:15 Mon
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中国スーパーリーグの大連一方は11日、ベルント・シュスター監督(59)に代わりチェ・ガンヒ監督(59)が就任することを発表した。

レアル・マドリーやヘタフェなどで指揮した経験を持つベルント・シュスター監督は、2018年3月に開幕3連敗を喫した大連一方の指揮官に就任。ベルギー代表MFヤニク・フェレイラ=カラスコやアルゼンチン代表FWニコラス・ガイタンらと共に昇格初年度を迎えたチームを11位まで引き上げ、残留を決めていた。

後任のチェ・ガンヒ監督は2005年に全北現代で指導者キャリアをスタート。2006年にはAFCチャンピオンズリーグ優勝、2009年と2011年にはKリーグチャンピオンに導いた実績を持つ。その後、2011年12月に韓国代表監督に就任すると、ブラジル・ワールドカップ出場を決めた翌日の2013年6月19日に退任。その後は再び全北現代の指揮官を務めていた。
現在、大連一方はナポリに所属するスロバキア代表MFマレク・ハムシク(31)の加入が噂されている。

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