天津権健のカンナバーロ監督が辞任…後任はフィオレンティーナなどで指揮を執ったパウロ・ソウザ氏
2017.11.06 16:50 Mon
▽中国スーパーリーグの天津権健は6日、ファビオ・カンナバーロ監督(44)の辞任を発表した。クラブ公式サイトが伝えた。なお、後任はフィオレンティーナなどで指揮を執っていたパウロ・ソウザ氏(47)が就任することも発表された。
▽2016年6月から天津権健の指揮官に就任し、元ブラジル代表FWアレシャンドレ・パト、元フランス代表FWアンソニー・モデスト、ベルギー代表MFアクセル・ヴィツェルを擁しリーグ戦で躍進。3位でシーズンを終え、来シーズンのAFCチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。
▽なお、新監督に就任したパウロ・ソウザ氏は、現役時代にポルトガル代表としても活躍。引退後は、QPRやスウォンジー、レスター・シティ、マッカビ・テル・アビブ、バーゼルなどを指揮。2015年6月から2シーズンにわたってフィオレンティーナの監督を務めていたが、昨シーズン限りで退任していた。
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▽カンナバーロ監督は、現役時代にナポリやパルマ、インテル、ユベントス、レアル・マドリー、アル・アハリ(UAE)でプレー。イタリア代表としても活躍し、2006年のドイツ・ワールドカップでは優勝を成し遂げていた。▽2011年に現役を引退すると、アル・ヒラルで指導者としてのキャリアをスタート。2014年12月に中国スーパーリーグの広州恒大で監督としてのキャリアをスタート。2015年10月からはアル・ナスル(サウジアラビア)で指揮を執っていた。▽なお、新監督に就任したパウロ・ソウザ氏は、現役時代にポルトガル代表としても活躍。引退後は、QPRやスウォンジー、レスター・シティ、マッカビ・テル・アビブ、バーゼルなどを指揮。2015年6月から2シーズンにわたってフィオレンティーナの監督を務めていたが、昨シーズン限りで退任していた。
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