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【足球日記】悔しかった日本でのサッカー人生、紆余曲折を経て掴んだプロへの道
かつては“爆買い"というワードがサッカー界を大いに沸かせ、ヨーロッパの第一線でプレーしている代表クラスの選手を多く集めていた中国スーパーリーグ。しかし、その後は給与の未払い問題やサッカーレベルの問題、生活環境の問題などが明るみに出て、多くのスターたちが短期間で中国を後に。一世を風靡した“爆買い"も横行することはなくなった。 さらに、2020年はリーグ戦開幕を控えていた1月に武漢を中心に、後に世界中で大流行する新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者が多数見つかり、ほどなくして蔓延。サッカーどころではない状況となっていた。 そんな中国でプレーする1人の選手がいる。その名は、夏達龍(なつたつりゅう)。日本人の血を引く中国国籍の選手だ。難しい環境下での中国でのサクセスストーリーを現地から届けてもらう連載企画が今回からスタートする。第1回目はプロフットボーラーになるまでの紆余曲折、様々な人との出会いをお届けする。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 初めまして。夏です。 現在中国プロサッカーリーグでプレーしています。現役選手として中国サッカーの情報を少しでも多くのサッカーファンの皆様に共有できる場を設けていただき感謝していると同時に非常に嬉しく感じています。 今回は、僕自身の事と中国でプロサッカー選手になるまでの経緯を書いていきたいと思います。 ◆プロフィール 名前:夏達龍(なつ・たつりゅう) 生年月日:1993年6月27日 出身地:愛知県名古屋市 職業:プロサッカー選手 所属チーム:四川九牛足球俱乐部(中国プロサッカー2部) 父は中国人、母は日本と中国のハーフで、僕は4分の3が中国人で4分の1が日本人のクウォーターです。国籍は中国で在日中国人として日本でずっと生活していました。 5歳の時地域のサッカーチーム(Nagoya S.S)に入り、中学卒業までそのチームに所属しました。「将来プロサッカー選手になる」という夢を意識し始めたのは小学6年生の時でした。 小学4年の時にキャプテンを任されましたが、中学3年生最後の年でレギュラーに定着できずキャプテンとして上手くチームもまとめられずキャプテンを降ろされました。これは僕にとって大きな挫折、というより大きなショックだったことを今でも覚えています。 それでも「プロサッカー選手になる」という夢は全くブレませんでした。 高校は愛知県のサッカー強豪校でもある東海学園高校に入学してサッカーを続けましたが、3年間を通して特に大きな目標を達成したり、全国大会に出たりすることなく、入学前に描いていた理想とは真逆の高校サッカー生活となってしまいました。 しかし、高校時代決まったメンバーで毎日のように居残り練習をしていたおかげで、今でも自分に足りない部分を少しでも成長させるための自主トレが習慣になっていて、プロになった今でも積み重ねの大切さを日々実感しています。 そして高校サッカー引退が決まったあと僕には2つの進路がありました。 1つ目はそのまま付属の大学に上がって日本でサッカーを続けてプロを目指す。 2つ目はプロになるのを諦め、母国でもある中国で中国語を0から学ぶ留学という選択肢がありました。 中国留学を意識し始めたのは高校2年の時の進路相談からでした。実際に留学経験のあった姉から「中国の大学に行ったら?」という勧められ、正直それを聞いたときは「留学ありかも」とただ留学というワードに惹かれていました。 そして、進路の決断をするのに僕にとって大きな出来事がありました。 それは高校3年の最後の選手権予選、相手チームに敗れ引退が決まった瞬間、僕はベンチに座っていました。 負けたことよりも、引退が決まったことよりも、何より最後ピッチに立てなかったことが悔しくて泣いていました。むしろ監督が交代枠を使い切った時点で涙が勝手に出ていました。 夢に対してもっと強い信念を持っている選手であれば「大学サッカーで結果を出してプロになってやる」となっていると思いますが、僕はそのとき完全に「諦めよう」という決断をして、中国留学を決意しました。 <span class="paragraph-title">◆決意の中国留学</span> 2012年3月高校を卒業してすぐに北京の語学学校に通い始めました。ネットで見つけた北京在住の日本人サッカーチームがあり、すぐに連絡をして毎週末そこでサッカーをしました。 ここで自分にとってサッカーの楽しさを改めて感じることができました。監督やコーチのプレッシャーが全くない自由にできるサッカーがこんなにも面白いのかと驚きました。 プロになる夢は諦めたけどやっぱりサッカーが好きだと実感しました。 2014年9月上海の大学に中国人本科生として入学することになり、勉強とサッカーを中心に生活をしていました。バイトもサッカーコーチをして、まさにサッカー漬けの毎日でした。 2016年に現地の社会人サッカーチームに入ると、そこであるコーチに出会いました。そのコーチにかなり気に入ってもらい「君の実力なら中国でプロサッカー選手になれる」と言われ、本気で考えてみることにしました。 当時大学2年生(23歳)。卒業までまだ2年もあるし、何より日本生まれで中国に戸籍がなかった僕はまずコーチの助言で戸籍申請の準備をしました。(戸籍登録をして身分証を発行しないと国内選手として登記できないため) 翌年2017年そのコーチから連絡が来ると3部のプロチームに来ないかとオファーを受けました。しかし、その時点でまだ僕の戸籍申請は通っておらず、大学を辞める覚悟もできなかったので断りました。 2018年大学4年生になった僕はいよいよ進路のことも考えないといけない時期で、プロになりたいという気持ちはあったけど、戸籍が取得できない限り中国人国内選手として登録できないのでかなり悩ましい状況でした。 そのコーチは深センという街の4部のアマチュアチーム(日本でいうJFL)の監督として活動していて、僕に連絡をくれました。僕は現在の状況を説明すると、コーチは色々な人脈を使ってくれてなんとか戸籍登録を済ませることができました。 そして、2018年はそのコーチが監督を務めるアマチュアチームで3部昇格を目指し、給料が出る契約を結ぶことができたので、僕は就活はせずに「今度こそプロになってやる」と強い気持ちとともに中国サッカーの世界へ飛び込むことを決意しました。 当時25歳。この世界では遅すぎる挑戦だけど自信はあったし、もしうまくいかなくても悔いはない挑戦だと冷静に前向きに捉えることができました。 そして、地方予選を勝ち抜いた僕たちは全国大会のトーナメント進出を決めました。このまま勝ち進んでいけば3部のプロリーグに昇格できる。しかし、まさかの1回戦負け。昇格機会を逃し、オーナーもチームを手放してしまいました。 2018年10月にフリーになり、2019年に向けチーム探しをするため、紹介していただいた代理人の方と契約をして、冬のトライアウトまで日本で過ごすことになりました。 そして、冬になると代理人の指示で青島黄海(当時ヤヤ・トゥーレが所属し、元ヴィッセル神戸のフアン・マヌエル・リージョが後に監督を務めていた)という2部のチーム(今年から中国スーパーリーグ)にトライアウトを受けに行きました。 もちろんプロとして全く経歴がないので、僕自身が短いトライアウト期間中でどれだけアピールできるかが勝負なのでかなり難しかったです。 結果は不合格。 すぐに次のチームを探してもらう事になり、他の2部のチームに参加する予定でしたが、話だけでなんの進展もなく3部のチームに練習参加する事になりました。 瀋陽(しんよう)と宁夏(ねいか)のチームに参加しましたがすでに同ポジションの枠がなく結果は不合格。このあたりからかなり焦り始めて「ん?このままだと3部も契約できないんじゃないか?」と毎日不安に襲われ始めました。 そしてここで一旦春節休みに入り日本へ一時帰国。この期間が振り返ってみれば中々地獄でした。(笑) 次どこのチームのトライアウトにいけるかも確定していなく、チームもどの選手を取るかだいたい決まり始めている状況。そんな中ついに代理人から保定(ほてい)のチームが見つかったと連絡が来て、すぐに中国へ戻って練習参加しました。 1週間ほどのトレーニングを通して、しっかりとアピールもできてついに合格!! 保定容大足球俱乐部と2年契約することができました。とりあえず一安心。 2019年、子供の頃には予想もつかなかった中国プロサッカーリーグにて、念願だったプロサッカー選手になるという夢を叶えることができました。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/20200706natsu_tw.jpg" style="max-width: 100%;"></div> 2020.07.06 22:30 Mon2
ACL2度優勝、“広州恒大”としてアジア席巻した広州FCがチーム解散を発表…親会社の巨額負債の影響でプロリーグの資格を得られず
かつてはアジアも席巻し、中国最大のビッグクラブとしても名を馳せ、“広州恒大”として活動していた広州FCが解散を発表した。中国『捜狐(sohu.com)』が伝えた。 中国スーパーリーグで歴代最多の8度の優勝を誇り、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)でも2度優勝。中国バブル期には“爆買い”する他の多くのクラブを制して、ブラジルの選手を中心に席巻していた。 中国の不動産大手である「恒大集団 」が保有し、その資金を利用して、元イタリア代表監督のマルチェロ・リッピ氏を招へいすると、その後はファビオ・カンナバーロ氏が監督を務めるなどした。 しかし、コロナ禍において中国の不動産バブルが崩壊すると、2020年には経営危機が報じられ、2021年には中国サッカー協会(CFA)の意向によりクラブ名に企業名を入れない方針となったことから、広州FCに名称が変更。2022年には恒大集団の財政難により、外国籍選手との契約を全て解除するなどし、一気にチームが弱体化。2023年からは2部を戦っていた。 広州FCは6日、チームの解散を発表。CFAが発表した2025シーズンのクラブライセンスの条件を満たせず、チームも消滅した。 「親愛なるファン、パートナー、そしてあらゆる立場の人々の皆様:中国サッカー協会が発表した2025年のプロサッカークラブ入会リストによると、当クラブは入会を認められておらず、中国のプロフットボールリーグで競技を続けることはできないこととなりました」 「中国プロサッカーリーグに参加して以来、クラブは浮き沈みを乗り越え、粘り強く戦い続け、中国スーパーリーグ8度制覇、AFCチャンピオンズリーグ2度制覇という偉業を達成し、その名を轟かせました。アジアサッカー界で強い「広州FC」。これらの輝かしい成果は、選手たちの汗と努力、コーチングチームの戦略的で細心の注意を払った傑作、そしてファンの粘り強さと熱狂的なサポートの証です。同時に、我々は青少年の育成システムを深く構築し、クラブの潜在的な新スターを多数育成し、チームの持続可能な発展に強力な推進力を注入しました」 「新シーズンのプロリーグ参入を目指して、クラブは様々な取り組みを行っていました。しかし、過去に多額の負債を抱えていたため、調達した資金では負債を完済するには不十分であり、最終的にライセンスを得ることができず、非常に残念に思っています。ここに、広州FCを気遣い、サポートしてくださっているあらゆる立場のすべての人々、そしてすべてのファンと友人に心からのお詫びの意を表したいと思います」 「同時に、我々は当初の意図を変えることなく、余波に対処し、中国サッカーと広東省、広州サッカーの発展を支援するつもりですので、ご理解と寛容に感謝いたします」 なお、中国スーパーリーグの滄州雄獅、中国乙級リーグ(中国3部)の湖南湘涛もライセンスを取得できず、解散を発表している。 2025.01.07 11:40 Tue3
中国サッカー界が改革! 中国スーパーリーグが新シーズンの年俸上限や外国人枠などを発表
2020年シーズンの中国スーパーリーグの概要が発表。給与面や外国人枠など、様々な部分での変更が発表された。 かつては“爆買い”が大きな話題となり、ヨーロッパで活躍するトッププレーヤーを資金力に任せて大量に獲得していた中国スーパーリーグのクラブたち。しかし、近年は中国サッカー協会(CFA)の方針転換などもあり、給与面などが改善されている。 今回の変更点で大きな部分をピックアップすると、まずは外国人枠の変更だ。これまでよりも1名増加され、各チームは5名まで外国人選手を保有可能に。試合には4人が同時にピッチに立てるようになった。 また、選手の給与にも上限が設定されている。今冬の契約から適用され、中国籍選手の上限は1000万元(約1億5600万円)となり、中国代表選手は20%増の1200万元(約1億8700万円)となる。一方で、外国籍選手は3000万元(約4億6900万円)に上限が設定されている。いずれも税抜きの金額だ。 また、U-21の選手は年間30万元(約470万円)の給与が上限となる。中国スーパーリーグで一定の試合に出場した場合は、この条件が免除されるとのこと。積極的に国外でのプレーを奨励することを目的としているようだ。 一方で、帰化選手に関する規則は決定していない。ブラジルから帰化したエウケソン(広州恒大)らが対象となるが、外国籍選手と同等に扱う可能性も出てきている。 その他、2021年までにクラブ名から企業名を削除することも決定した。既に変更を行っているチームもある。例えば、広州恒大は、広州FCや広州ユナイテッド、広州シティに名前を変更しなくてはならなくなる。 2019.12.25 19:56 Wed4
快足で鳴らした元ナイジェリア代表FWマルティンスが中国の武漢卓爾に加入
かつてインテルやニューカッスルなどでプレーした元ナイジェリア代表FWオバフェミ・マルティンス(35)が中国スーパーリーグの武漢卓爾に加入した。クラブが公式に発表した。 レッジーナやインテルの下部組織に所属したマルティンスは2002年7月にインテルのファーストチームに昇格。インテルでは4シーズンで136試合出場し49ゴール13アシストを記録。2006年8月にニューカッスルへ移籍すると、プレミアリーグで92試合に出場し28ゴールを決めるなど活躍を見せた。 その後はヴォルフスブルクやルビン・カザン、バーミンガム・シティ、レバンテとヨーロッパで活躍し、2013年3月にメジャーリーグ・サッカー(MLS)のシアトル・サウンダーズへ加入。アメリカでは84試合で43ゴール22アシストと得点力が爆発。2016年2月に中国スーパーリーグの上海申花へと加入していた。 上海申花では63試合で32ゴール9アシストを記録したマルティンス。リザーブチームへの降格や契約解除などあった中、フリートランスファーで武漢卓爾に加入することとなった。 武漢卓爾には、元浦和レッズのFWラファエル・シルバが所属。今シーズンは新型コロナウイルス(COVID-19)の影響でリーグを2つに分けて開催しており、中国スーパーリーグでは11試合を終えて4位に位置している。 2020.09.22 10:25 Tue5
“爆買い”で一気に強化した中国の天津天海、親会社の不祥事発覚から1年、無料でクラブを売却へ
中国スーパーリーグの天津天海は5日、クラブを売却することを発表した。その金額は無料とのことだ。 天津天海はクラブ公式Weiboで声明を発表。その中で、「2019シーズンは運動局の強力な支援により、クラブは多くの困難を克服し、2020年の降格を防ぎ、スーパーリーグの資格をキープできました」とし、「これから適切な買収先を募集します。手数料は無料で、クラブの資本の100%を振り替えます」と発表した。 <div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; "><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJxM2t2ZFZRQSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> 天津天海は、2015年から天津権健というクラブ名で活動。中国医療健康大手の天津権健自然科学集団が買収し、クラブを一気に強化。2016年には中国甲級リーグ(中国2部)で優勝を果たし、中国スーパーリーグへ昇格を果たしていた。 当時は中国スーパーリーグも景気が良く、ヨーロッパのトップクラブから各国の代表選手を獲得することが増え、“爆買い”と称されていた。 天津権健も2017年にゼニトからベルギー代表MFアクセル・ヴィツェル(現ドルトムント)やビジャレアルから元ブラジル代表FWアレシャンドレ・パト(現サンパウロ)を獲得。2018年には当時ケルンで日本代表FW大迫勇也とコンビを組んでいた元フランス代表FWアントニー・モデスト(現ケルン)を獲得するなど、流れに乗っていた。 チームも昇格1年目で中国スーパーリーグ3位となり、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場。準々決勝まで進出するも、鹿島アントラーズに敗れて敗退。それでも、この先の中国スーパーリーグを牽引する存在になるかと思われていた。 しかし、2019年に権健自然科学集団が商品の効能を偽った広告を出し、クラブの会長が逮捕。チーム名が変更となるとともに、天津市体育局が管理するようになる。 チームが傾いた2019シーズンは、16チーム中14位となり、なんとか中国スーパーリーグに残留。しかし、負債は膨らんでしまい、総額は1億4500万ドル(約155億円)にのぼるという。 新シーズンに向けては17名が退団。また、武漢を発生源とする新型コロナウイルスの影響もあり、リーグ戦の開幕が延期となったままの状態。まだ開幕時期が未定のため、このタイミングで世界に向けて買い手を探しに出すこととなったようだ。 2020.03.06 10:15 Friリーグ一覧
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