トーレス氏、リバプールからチェルシーに移籍した理由を告白「私には時間がなかった」
2020.09.16 18:06 Wed
元スペイン代表FWフェルナンド・トーレス氏が、かつてリバプールからチェルシーに移籍した理由をイギリス『talkSPORT』のインタビューで説明した。
プロデビューしたアトレティコ・マドリーで名を馳せ、2007年にリバプールに加入したトーレス氏。リバプールには3年半在籍し、公式戦142試合で81ゴールを挙げる活躍を披露した。
しかし、全盛期を過ごしていた中で2011年1月にチェルシーに電撃移籍。トーレス氏はインタビューで当時を振り返り、リバプールで幸せだったこと、移籍せざるを得ない状況にあったことを赤裸々に告白した。
「リバプールで本当に幸せだった。だけどクラブが売却に動いていると知ったら状況はとても困難になる」
「彼らは全ての主力選手を売却した。ハビエル・マスチェラーノにシャビ・アロンソ、ラファエル・ベニテスもそうだ。代わりに若い選手たちを獲得し始めていた」
「残念なことに、当時のリバプールのオーナーには嘘が多かったから最終的に自分の道を見つける必要があった。それがチェルシーだった。チェルシーは私にトロフィーを獲得するチャンスを与えてくれるクラブだと思ったんだ」
そのチェルシーではチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ、FAカップなど、渇望していたトロフィーを獲得した。しかし、決して大活躍だったとは言い難く、加入から初ゴールまでに903分間も要したことは、華々しいキャリアにおいて誇れるものではなかった。
「順応に時間がかかったのは私のせいかもしれない。本当に素晴らしい時間を過ごしたが、一貫したものではなかった。そうなるとチェルシーのようなビッグクラブでは誰か別の選手がやってきて自分のポジションを奪っていくんだ」
「スター選手がいっぱいの中でシーズン途中の加入だったから適応するのは本当に苦労したよ。もしかしたらリバプールでのようなパートナシップは築けていなかったかもしれない。でもそれは自分のせいだと常に言ってきた。その解決策を見つけるのに十分なキャリアを積んでいたけど出来なかったんだ」
「でも幸せだよ。望んでいたトロフィーを手にすることが出来たし、素晴らしいフットボールをすることが出来たからね」
プロデビューしたアトレティコ・マドリーで名を馳せ、2007年にリバプールに加入したトーレス氏。リバプールには3年半在籍し、公式戦142試合で81ゴールを挙げる活躍を披露した。
しかし、全盛期を過ごしていた中で2011年1月にチェルシーに電撃移籍。トーレス氏はインタビューで当時を振り返り、リバプールで幸せだったこと、移籍せざるを得ない状況にあったことを赤裸々に告白した。
「彼らは全ての主力選手を売却した。ハビエル・マスチェラーノにシャビ・アロンソ、ラファエル・ベニテスもそうだ。代わりに若い選手たちを獲得し始めていた」
「彼らは6年から7年かけて勝てるチームを作ろうとしていた。だが私にはそれを待つ余裕なんてなかった。アトレティコというホームから出たのはトロフィーを勝ち取るためだったからね」
「残念なことに、当時のリバプールのオーナーには嘘が多かったから最終的に自分の道を見つける必要があった。それがチェルシーだった。チェルシーは私にトロフィーを獲得するチャンスを与えてくれるクラブだと思ったんだ」
そのチェルシーではチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ、FAカップなど、渇望していたトロフィーを獲得した。しかし、決して大活躍だったとは言い難く、加入から初ゴールまでに903分間も要したことは、華々しいキャリアにおいて誇れるものではなかった。
「順応に時間がかかったのは私のせいかもしれない。本当に素晴らしい時間を過ごしたが、一貫したものではなかった。そうなるとチェルシーのようなビッグクラブでは誰か別の選手がやってきて自分のポジションを奪っていくんだ」
「スター選手がいっぱいの中でシーズン途中の加入だったから適応するのは本当に苦労したよ。もしかしたらリバプールでのようなパートナシップは築けていなかったかもしれない。でもそれは自分のせいだと常に言ってきた。その解決策を見つけるのに十分なキャリアを積んでいたけど出来なかったんだ」
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元スペイン代表FWフェルナンド・トーレス氏が、かつてリバプールからチェルシーに移籍した理由をイギリス『talkSPORT』のインタビューで説明した。 プロデビューしたアトレティコ・マドリーで名を馳せ、2007年にリバプールに加入したトーレス氏。リバプールには3年半在籍し、公式戦142試合で81ゴールを挙げる活躍を披露した。 しかし、全盛期を過ごしていた中で2011年1月にチェルシーに電撃移籍。トーレス氏はインタビューで当時を振り返り、リバプールで幸せだったこと、移籍せざるを得ない状況にあったことを赤裸々に告白した。 「リバプールで本当に幸せだった。だけどクラブが売却に動いていると知ったら状況はとても困難になる」 「彼らは全ての主力選手を売却した。ハビエル・マスチェラーノにシャビ・アロンソ、ラファエル・ベニテスもそうだ。代わりに若い選手たちを獲得し始めていた」 「彼らは6年から7年かけて勝てるチームを作ろうとしていた。だが私にはそれを待つ余裕なんてなかった。アトレティコというホームから出たのはトロフィーを勝ち取るためだったからね」 「残念なことに、当時のリバプールのオーナーには嘘が多かったから最終的に自分の道を見つける必要があった。それがチェルシーだった。チェルシーは私にトロフィーを獲得するチャンスを与えてくれるクラブだと思ったんだ」 そのチェルシーではチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ、FAカップなど、渇望していたトロフィーを獲得した。しかし、決して大活躍だったとは言い難く、加入から初ゴールまでに903分間も要したことは、華々しいキャリアにおいて誇れるものではなかった。 「順応に時間がかかったのは私のせいかもしれない。本当に素晴らしい時間を過ごしたが、一貫したものではなかった。そうなるとチェルシーのようなビッグクラブでは誰か別の選手がやってきて自分のポジションを奪っていくんだ」 「スター選手がいっぱいの中でシーズン途中の加入だったから適応するのは本当に苦労したよ。もしかしたらリバプールでのようなパートナシップは築けていなかったかもしれない。でもそれは自分のせいだと常に言ってきた。その解決策を見つけるのに十分なキャリアを積んでいたけど出来なかったんだ」 「でも幸せだよ。望んでいたトロフィーを手にすることが出来たし、素晴らしいフットボールをすることが出来たからね」 2020.09.16 18:06 Wed2
「簡単に去るべきじゃなかった」…クラウチがリバプール退団の決断を悔いる
現役時代に身長201cmの長身ストライカーとして名を馳せた元イングランド代表FWのピーター・クラウチ氏。昨夏に惜しまれながら現役生活にピリオドを打ったが、キャリアのなかで後悔が残っているようだ。イギリス『ミラー』が報じた。 2011〜2019年まで在籍したストーク・シティ時代を除くと、複数クラブを転々とする印象が強いフットボールキャリアだったが、2019年7月の現役引退まで代表的なゴールパフォーマンスの“ロボットダンス”や豪快な一撃でどこに行っても人気を博した。 <div style="margin:0 auto; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJpbm03d2tOZiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> そんなクラウチにとって、キャリアにおけるハイライトの1つは2005〜2008年までのリバプール時代だろう。2007年夏に元スペイン代表FWのフェルナンド・トーレスが加入してから出番を減らしたが、在籍3年間で公式戦134試合42得点の数字を残した。 イギリス『デイリー・メール』で当時を振り返ったクラウチ氏は、出場機会を求めてリバプールから去った過去の自分が下した決断を悔いた。 「キャリアにけちをつけるとすれば、2008年のリバプール退団だ。ラファ(ラファエル・ベニテス監督)は放出をいとわず、僕もプランBでしかなかった」 「ポーツマスに行った理由の1つはスティーブン・ジェラードとフェルナンド・トーレスのコンビが非常にダイナミックな関係性だったからだ」 「しかし、1年半ぐらいが経って、(アンドリー・)ボロニンと(ダビド・)エヌゴクがプレーしているのを見て、残っておけば良かったと思ったものさ」 「リバプールのようなクラブを簡単に去るべきじゃなかったね」 2020.04.11 15:30 Sat3
前線の選手が多い?リバプールとチェルシー、両方でプレーした選手たち
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ユナイテッドのレジェンドDFヴィディッチが天敵フェルナンド・トーレスを語る
▽マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドとして知られる元セルビア代表DFネマニャ・ヴィディッチ氏が、現役時代に苦しめられた元スペイン代表FWフェルナンド・トーレスについて語った。同氏が『beIN SPORTS』で語っている。 ▽現役時代にサー・アレックス・ファーガソン監督率いるユナイテッドで元イングランド代表DFリオ・ファーディナンド氏と共に鉄壁のセンターバックコンビを形成したヴィディッチ氏。 ▽攻守両面で質の高いパフォーマンスを見せていたヴィディッチ氏だが、唯一苦手としていたのがリバプール戦と当時エースストライカーとして活躍していたトーレスとのマッチアップ。なんと同氏はプレミアリーグでのリバプール戦12試合のうち、4試合で退場を経験していた。 ▽11日の“マンチェスター・ダービー”前に行われた『beIN SPORTS』のスタジオトークの中でリバプールに関する質問を受けた同氏はアンフィールドでの難しさと現サガン鳥栖FWについて語った。 「マンチェスター・ユナイテッドのプレーヤーにとってアンフィールドは最もプレーするのが難しい場所だった。相手のファンは自分たちのすぐ上に居て、ピッチとスタンドの近さも難しい要因だった」 「あそこでのプレーを愛していたよ。なんせあそこで2度もレッドカードをもらったからね。個人的に楽しみ過ぎていたのかもしれない(笑)」 「私はリバプール戦で3度退場(実際は4度)を経験したが、トーレスに対してのプレーではなかった。確か、一度はシャビ・アロンソ、ジェラード相手にいずれも2枚目のカードをもらっていたと思う」 「トーレスはトッププレーヤーだった。恐らく、当時のプレミアリーグで最高のストライカーだったと思う。彼はユナイテッド相手にも幾つかのゴールを決めていたしね」 「トーレスに関しては一度良いプレーができたが、ある時は酷いゲームもあった。それがプレミアリーグというもので、必ずしも毎週最高のプレーができるわけではない」 「ただ、それがプレミアリーグでの魅力でもあるし、ある試合ではドログバのようなパワフルな相手と戦い、その次にはトーレスやアグエロのような相手と戦う」 「現役時代に多くの人が『あなたはもっとムキムキな人だと思っていた』と言ってきたよ。実際、私はそこまでムキムキに鍛えていなかったが、すべてのチャレンジに全力を注いでいた」 「その理由はドログバらと戦う一方、その次にはトーレスやアグエロのような相手と戦うことを知っていたからなんだ。彼らのようなタイプに対応する必要があったから、あまりジムで多くの時間を過ごすことはなかった」 「ただ、重心が低いタイプのプレーヤー相手にはなかなかうまくプレーできなかった」 2018.11.12 15:42 Monチェルシーの人気記事ランキング
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