【プレイバック2020】ディエゴ・マラドーナ氏が急逝…、韓国でのC・ロナウド不出場問題に決着!《2020年11月》

2020.12.30 19:00 Wed
Getty Images
残すところあとわずかとなった2020年。今年は新型コロナウイルスの感染拡大による各リーグの延期や中止、さらには無観客試合など、サッカー界にとっても未曾有の1年となった。今年も様々な注目すべき出来事が起こった中、今回は「超ワールドサッカー」で人気があったトップニュースを1月~12月まで1カ月ごとにプレイバック。今年のサッカー界を振り返っていく。

2020年11月


◆“川崎Fの象徴”中村 憲剛が今季終了後の現役引退を電撃表明 フロンターレ一色のキャリアに幕(2020/11/1)

川崎フロンターレの元日本代表MF中村憲剛(40)が11月1日、2020シーズン限りでの現役引退を表明した。
中村は10月31日に40歳の誕生日を迎えたばかり。同日には本拠地で明治安田生命J1リーグ第25節のFC東京戦が行われ、決勝ゴールをマークして、千両役者ぶりを発揮したが、1日にクラブのYouTube公式チャンネルを通じて行われた会見で2020シーズン終了後の現役引退意向を明らかにした。

中村は2003年に中央大学から当時J2リーグに属した川崎Fに入団。それ以降、川崎F一筋のキャリアを歩み続け、2004年にチームをJ2リーグ優勝に導き、2017年から2季連続のJ1リーグ制覇を達成した。そのほか、2019年にもJリーグYBCルヴァンカップも優勝。川崎Fの象徴的存在として、チームを長らくリードした。

個人としても輝かしいキャリアを誇り、14度のJリーグ優秀選手賞に輝き、Jリーグベストイレブンにも8度選出。2016年にはJリーグ最優秀選手賞を獲得した。また、2006年に初選出の日本代表キャリアとしては通算68キャップ6得点。2010年の南アフリカ・ワールドカップ(W杯)にも出場した。

なお、今季の川崎Fは明治安田生命J1リーグで2季ぶり、クラブ通算3度目の優勝を果たした。

◆韓国でのC・ロナウド不出場問題に決着、「精神的苦痛」で主催者側が損害賠償

韓国で起きたユベントスのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの出場問題に決着が着いた。韓国『聯合ニュース』が伝えた。

事件は2019年7月に韓国で行われたフレンドリーマッチで起きた。ユベントスが韓国を訪れ、Kリーグ・オールスターと戦った試合。試合は3-3で引き分けに終わったが、この試合でのC・ロナウドが物議の対象となった。

スタジアムには6万5000人が集まり、その大半がC・ロナウドのプレーを見ようと来場したものの、C・ロナウドはベンチに座ったまま90分間一度もプレーしないで試合は終わっていた。

C・ロナウドが出場しなかったことを受けて、観客がイベントの主催者相手に損害賠償請求の訴訟を起こしていたが、裁判所が判決を下した。

ソウル中央裁判所は、観客160人以上が主催者のファスタを相手取り訴訟。「主催のファスタが入場券価格の半分を返し、さらに慰謝料として1人あたり5万ウォン(約4700円)を支払う」との判決を下したとのことだ。チケットは3万ウォン(約2800円)から40万ウォン(約3万7000円)で販売されていた。

裁判所の見解は「主催者はやむを得ない事情がない限り、ロナウドの試合出場という契約上の義務があった」とのこと。楽しみしていたファンが「精神的苦痛」を受けたと判断されたようだ。

この試合開催に際し、主催者のファスタはC・ロナウドがプレーするという触れ込みで広告を掲載。わずか3分足らずで6万5000枚のチケットが完売していたが、虚偽広告、誇大広告であるという判断がなされた結果となった。

◆ディ エゴ・マラド-ナ氏が急逝…先月60歳の誕生日を迎えたフットボール界の巨星墜つ (2020/11/26)

フットボール界のレジェンドであるディエゴ・マラドーナ氏(60)が11月25日に急逝した。

10月30日に60歳の誕生日を迎えたばかりのマラドーナ氏は、11月2日にサナトリオ・イペンサ・ラ・プラタ病院へ緊急入院。精密検査の結果、脳に硬膜下血腫が見つかったため、3日に緊急手術を受けていた。その後は状態が安定し、同11日に退院していた。

しかし、『ロイター通信』によると、マラドーナ氏は11月25日、ブエノスアイレス郊外の自宅で心停止を起こし、その後死亡が確認されたという。

他にも、注目を集めたニュースは国内外で様々。サポーターたちが一喜一憂する出来事が多く起こっている。

・高校サッカー選手権組み合わせが決定! 初戦から広島皆実vs青森山田が実現《高校サッカー選手権》
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ガラガラのスタンド5000人を見てふとデジャヴに襲われない?! の巻/倉井史也のJリーグ

J1リーグ再開して3試合こなしたところで、何となくもう落ち着きも感じるようになってきたのは気のせい? 選手の集中力が切れてても、それは連戦プラス夏の暑さって感じ? そう言えばFC東京の長谷川健太監督が再開した後の試合日程を「33連戦」と表現してたんだけど、これって自分たちに置き換えると7月から12月までほぼ休みなしで働こうって感覚? ってことになると、つい大声を出したくなるのはスタンドにいる人じゃなくて選手かも。 そんで今週もまた5000人以下の入場者ってことになると思うんだけど、実は先日、等々力の川崎vs柏をDAZNで見てたときに、何と言いますか、不思議な感覚に見舞われたわけですよ。あれ? これ、どっかで見たスタンド。何だっけ……。 メインスタンドが立派になる前の等々力で、そう言えば川崎も集客苦労してました。特にJ2に落ちた後。サポーターも2階に陣取るとかいろんな工夫をしながら応援してたなぁ。でもあのころのことは最古参の中村憲剛も知らないだろうな……とか、すっごいおじいさんになった気分を味わったんですよ。 で、何が言いたいかというと、5000人は寂しいかもしれないけど、そんな時代もJリーガーは必死に戦ってたってコト。今の礎を築いたのは、間違いなくあの寂しかったスタンドに人を呼ぼうと奮闘してた当時の選手なんです。 ということで、今週のデータは、川崎の年度別入場者数推移を振り返ってみました。ところで余談なんだけど、Jリーグのデータサイトでチームの平均観客動員数を調べようとすると、つい「入場者数一覧」って見ちゃうじゃないですか。ところがこれがワナ。そこに出ている数字は、アウェイの数字も足したものなのでした。だから「年度別入場者数推移」か「クラブ別入場者数」を見るべきなんだけど、なんと「クラブ別入場者数」は2001年以降のデータしか掲載されてない。ちょっとちょっと、困りますよ〜。 ともあれ、川崎のホーム平均入場者数ってどんなものだったのか? 【1999年】J2 平均 5,396人 【2000年】J1 平均 7,439人 【2001年】J2 平均 3,784人 【2002年】J2 平均 5,247人 【2003年】J2 平均 7,258人 【2004年】J2 平均 9,148人 【2005年】J1 平均13,658人 【2006年】J1 平均14,340人 【2007年】J1 平均17,338人 【2008年】J1 平均17,565人 【2009年】J1 平均18,847人 【2010年】J1 平均18,562人 【2011年】J1 平均17,340人 【2012年】J1 平均17,807人 【2013年】J1 平均16,644人 【2014年】J1 平均16,661人 【2015年】J1 平均20,999人 【2016年】J1 平均22,136人 【2017年】J1 平均22,112人 【2018年】J1 平均23,218人 【2019年】J1 平均23,272人 2001年に在籍してた中には後に日本代表になった箕輪義信氏や寺田周平氏、そして何より鬼木達現監督もいるんですよ。その他にも渋い名手が一杯。その選手たちはこの制限されている観客数よりも少ない中でプレーしてたんです。 それが今では2万3000人超え。よくぞここまで持ってきたという感じですね。もしかして、今の入場者が少ない状況って、昔を思い出して感謝するっていういいきっかけかもしれませんぞ……。おーっと、いいこと言った!! 2020.07.18 11:00 Sat
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「怒鳴られまくった」新潟FW鄭大世、リスペクトする中村憲剛の引退に「心の裏には常に中村憲剛がいます」

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「今日は終わらないでくれ」古巣相手にハットトリック、優勝を手繰り寄せた家長昭博「みんなと戦えたことが嬉しい」

25日、川崎フロンターレがガンバ大阪をホームに迎えて明治安田生命J1リーグ第29節を開催。5-0と圧勝し、2年ぶり3回目のJ1優勝を達成した。 引き分け以上で優勝が決まる川崎Fは、立ち上がりからインテンシティの高いプレーを見せてG大阪を圧倒。22分に登里享平のピンポイントクロスをレアンドロ・ダミアンがダイレクトで合わせて川崎Fが先制する。 <div id="cws_ad">◆2年ぶり3度目のJ1優勝を決めた川崎フロンターレ<script src="//player.daznservices.com/player.js#44a12140e3dda008f998a5a1a9.1tybkqliqmgvi1ndbmyxnzxqc3$dfplid=1swu3zo3w470t0zk79taevwtm7" async></script></div> 前半終了間際にはCKからレアンドロ・ダミアンが競り勝ったボールを家長昭博がダイレクトで合わせて追加点。2点リードで後半を迎えると、家長が2ゴールを重ねてハットトリック達成。試合終了間際には途中出場の齋藤学にシーズン初ゴールも生まれ、5-0で圧勝した。 試合後、優勝を決める試合で古巣のG大阪相手にハットトリックと大暴れを見せた家長昭博がコメント。ハットトリックについては「今日は終わらないでくれという感じです。それぐらい嬉しいです」と喜びのコメントを残した。 自身も大宮アルディージャから川崎Fに移籍してから3度目の優勝となったが「1年間チーム全員で戦えましたし、勝ち点も2位と結構離せたので素晴らしいシーズンでした。残りありますが、しっかり頑張りたいと思います」とコメント。優勝を喜びながらも、残り試合もしっかり戦うとコメントした。 直近2試合はベンチ外となっていた家長だがこの試合に向けては「ホームでやれる、決められるということで自信しかなかったですし、サポーターの皆さんとチームとみんなで戦えば結果が出ると思っていました」とコメント。ホームでの試合は優勝が決められると自信を持っていたことを明かした。 今シーズンは新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で中断などもあり難しいシーズンとなったが、「コロナウイルスでJリーグも中断しましたし、初めはお客さんも入れない状況でしたが、みんなの支えがあってJリーグが再開できたと思います」とコメント。ファンの支えが大事だったとコメント。「最後まで、まだ満員じゃないですが、みんなと戦えたことが嬉しいです」とサポーターにも感謝した。また、「憲剛さんも今年で終わりで、特別なシーズンだったと思います」と語り、中村憲剛の引退に華を添えられたことを喜んだ。 改めてシーズンを振り返った家長。「今日のために日々一生懸命やってきましたし、それが報われて本当に良かったです」と優勝を改めて喜び、難しいシーズンだったがしっかりと良いサッカーを見せたいと意気込んだ。 「今年は色々なことが大変だったと思いますし、サッカー界だけじゃなく、生活する上でもみんなが大変な時期にサッカーを応援してくれる方もいっぱいいたと思います。感謝しかないですし、グラウンドで良いサッカーをしてみんなに笑顔を届けられればと思います」 2020.11.25 22:25 Wed

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