ネナド・ビエリカ
Nenad BJELICA
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| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
クロアチア
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| 生年月日 | 1971年08月20日(54歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ |
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ウニオン暫定指揮官イータ氏が女性指揮官としてブンデス初采配&勝利の快挙
ウニオン・ベルリンのマリー=ルイーズ・イータ氏(32)が、ブンデスリーガ史上初の女性指揮官として勝利を飾った。 ウルス・フィッシャー前監督の解任に伴い、昨年11月からウニオンのファーストチームのアシスタントコーチに就任したイータ氏。その後、クラブがネナド・ビエリカ監督を新指揮官に招へいしたが、イータ氏はそのまま同職に留任する形となっていた。 そういったなか、前節のバイエルン戦ではバイエルンのFWレロイ・サネと小競り合いを起こしたビエリカ監督が退席処分を科された上、その後に3試合のベンチ入り禁止処分が確定した。 これを受け、28日に行われたブンデスリーガ第19節のダルムシュタット戦で暫定指揮官を務めることになったイータ氏は、ブンデスリーガ史上初の女性指揮官として臨んだ一戦をFWベネディクト・ホラーバッハのゴールによって1-0の勝利を収め、さらなる偉業を達成することになった。 指揮官としてメインの役割は同じアシスタントコーチのダニエル・ジュミッチ氏が担ったものの、ピッチサイドでの補佐役に加えて試合前後のメディア対応を担ったイータ氏は、「このような素晴らしいパフォーマンスを披露できたことを嬉しく思います。私たちはピッチ上でやろうとしていたことをやり遂げた」と、チームの戦いぶりを称賛している。 2014年に結婚するまで旧姓のベイジホーンを名乗っていたイータ氏は、選手としてタービン・ポツダムやハンブルガーSV、BVクロッペンブルク、ブレーメンでプレー。タービン・ポツダム時代の2009年から2011年にはリーグ3連覇、2010年には女子チャンピオンズリーグ(UWCL)優勝を経験した。 2018年に26歳で現役を引退すると、ブレーメンの男子ユースチームでコーチとしてのキャリアを開始。プロのコーチングライセンス取得後はU-17ドイツ代表のアシスタントコーチを経て、2023年7月にウニオンのU-19男子チームに迎えられた。 2024.01.29 23:35 Mon2
闇深きディナモ・ザグレブ…バイエルンに9失点惨敗で監督更迭、国外逃亡中のマミッチ元会長と親しい人物が再登板へ
ディナモ・ザグレブが、新監督選任を巡って自ら“闇”を掘り起こした格好か。 荻原拓也が所属するディナモ・ザグレブは17日、チャンピオンズリーグ(CL)・リーグフェーズ第1節でバイエルンに2-9と惨敗。 クロアチアにおける絶対王者の醜態、また公式戦3連敗とあってか、すぐさまセルゲイ・ヤキロビッチ監督が解任され、コーチのサンドロ・ペルコビッチ氏が暫定指揮官となった。 クロアチア『Sportske Novosti』によると、上層部は迅速に後任選びへ向かったようで、どうやら大物にも打診していた模様。 ルシアン・ファブレ氏やワルテル・マッツァーリ氏といった老将だけでなく、ファビオ・カンナバーロ氏、またマンチェスター・ユナイテッドのコーチを務めるルート・ファン・ニステルローイ氏にも電話をかけたそうだ。 ただ、返事をもらう前に路線変更。 どうやら、2018〜20年にもディナモ・ザグレブを率いた元ウニオン・ベルリン指揮官、元クロアチア代表MFのネナド・ビエリカ氏(53)を再登板させることで決着する見通しだという。 しかしながら、最終的にこのビエリカ氏を選んだ経緯というのが、実に“闇深い”ディナモ・ザグレブらしいところ。 ご存知の方もいると思うが、同クラブはクロアチアの絶対王者であると同時に、つい数年前まで長年にわたるダーティな経営があり、2003年から2016年まで会長を務めたズドラフコ・マミッチ氏が、諸悪の根源。 マミッチ氏は会長時代、代理人業に従事する息子を利用した「違法条件の選手契約」、元所属選手のルカ・モドリッチやデヤン・ロブレンらに対する「脅迫・横領」、そこから発展した「脱税」などがあり、もはやクロアチアのマフィアと呼んで差し支えのない人物である。 そのほか収賄容疑もかかり、2018年6月に懲役刑を含む複数の有罪判決。しかし、判決前日にパスポートを持つ隣国ボスニア・へルツェゴビナへ国外逃亡し、今日に至るまでボスニアが“自国民”の引き渡しを拒否(※)しているのだ。 (※)判決の1週間後にボスニアで逮捕も、同国最高裁がクロアチアへの移送を認めず 話を戻すと、ディナモ・ザグレブがビエリカ氏を新監督に選んだ理由の1つは「ビエリカ氏がマミッチ元会長と親しいから」とのこと。 マミッチ元会長はボスニア逃亡後もディナモ・ザグレブのアドバイザーを務めた時期があり、今でもクラブと深い関係。当然そこに批判もあるわけだが、今回は事実上の「院政」か。 ビエリカ氏は26日にクラブを訪問、契約を締結する流れとなるようだ。 2024.09.26 17:15 Thuネナド・ビエリカの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2008年7月1日 |
FC Kärnten |
引退 |
- |
| 2006年7月1日 |
アドミラ・ヴァッカー |
FC Kärnten |
完全移籍 |
| 2004年7月1日 |
カイザースラウテルン |
アドミラ・ヴァッカー |
完全移籍 |
| 2001年1月1日 |
オシエク |
カイザースラウテルン |
完全移籍 |
| 1999年7月1日 |
ラス・パルマス |
オシエク |
完全移籍 |
| 1998年7月1日 |
ベティス |
ラス・パルマス |
完全移籍 |
| 1996年7月1日 |
アルバセテ |
ベティス |
完全移籍 |
| 1993年1月1日 |
オシエク |
アルバセテ |
完全移籍 |
| 1991年7月1日 |
|
オシエク |
完全移籍 |
ネナド・ビエリカの監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2024年9月26日 |
ディナモ・ザグレブ |
監督 |
| 2023年11月27日 | 2024年5月6日 |
ウニオン・ベルリン |
監督 |
| 2023年4月18日 | 2023年10月11日 |
トラブゾンスポル |
監督 |
| 2020年9月5日 | 2022年8月29日 |
オシエク |
監督 |
| 2018年5月15日 | 2020年4月16日 |
ディナモ・ザグレブ |
監督 |
| 2016年8月30日 | 2018年5月10日 |
レフ・ポズナン |
監督 |
| 2014年7月1日 | 2015年11月22日 |
スペツィア・カルチョ |
監督 |
| 2013年7月1日 | 2014年2月16日 |
オーストリア・ウィーン |
監督 |
| 2010年5月10日 | 2013年6月30日 |
WAC - St. Andrä |
監督 |
| 2009年3月18日 | 2009年12月11日 |
FC Lustenau |
監督 |
| 2008年7月1日 | 2009年2月1日 |
FC Kärnten |
監督 |
| 2007年9月15日 | 2008年6月30日 |
FC Kärnten |
選手兼監督 |
ネナド・ビエリカの今季成績
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勝
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分
|
負
|
|
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| UEFAチャンピオンズリーグ | 5 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 |
| 合計 | 5 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 |
ネナド・ビエリカの出場試合
| UEFAチャンピオンズリーグ |
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|||
| リーグフェーズ第2節 | 2024-10-02 |
|
vs |
|
モナコ | ||||
|
H
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| リーグフェーズ第3節 | 2024-10-23 |
|
vs |
|
ザルツブルク | ||||
|
A
|
| リーグフェーズ第4節 | 2024-11-05 |
|
vs |
|
スロバン・ブラチスラヴァ | ||||
|
A
|
| リーグフェーズ第5節 | 2024-11-27 |
|
vs |
|
ドルトムント | ||||
|
H
|
| リーグフェーズ第6節 | 2024-12-10 |
|
vs |
|
セルティック | ||||
|
H
|
| リーグフェーズ第7節 | 2025-01-22 |
|
vs |
|
アーセナル | ベンチ外 |
|
A
|
| リーグフェーズ第8節 | 2025-01-29 |
|
vs |
|
ミラン | ベンチ外 |
|
H
|

クロアチア
FC Kärnten
アドミラ・ヴァッカー
カイザースラウテルン
オシエク
ラス・パルマス
ベティス
アルバセテ
ウニオン・ベルリン
トラブゾンスポル
レフ・ポズナン
スペツィア・カルチョ
オーストリア・ウィーン
WAC - St. Andrä
FC Lustenau