奥寺康彦
OKUDERA Yasuhiko
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| ポジション | |
| 国籍 |
日本
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| 生年月日 | 1952年03月12日(73歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ |
奥寺康彦のニュース一覧
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モンゴル代表の間瀬秀一監督が眼の病気で退任…富山第一で全国制覇の大塚一朗氏が後任
日本サッカー協会(JFA)は16日、今年4月にモンゴル代表監督に就任していた間瀬秀一監督(48)に関して退任し、大塚一朗氏(57)が後任として就任することを発表した。 間瀬氏は、Jリーグでのプレー経験はないものの、アメリカやメキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、クロアチア、シンガポールでプレー。現役引退後に指導者の道へ進んだ。 2003年にはジェフユナイテッド市原・千葉でイビチャ・オシム監督の通訳を務めると、息子のアマル・オシム氏の通訳も務め、2004年にC級ライセンスを取得。2007年にはB級ライセンスを取得すると、千葉でコーチに就任した。 その後、ファジアーノ岡山や東京ヴェルディでコーチを務めると、2015年にS級ライセンスを取得。2015年にブラウブリッツ秋田で監督業をスタート。2016年からは愛媛FCの監督を務めると、2018年5月に解任され、同年7月には秋田に復帰。2019年に退任し、その後はフリーとなっていた。 今年4月に、モンゴルサッカー協会(MFF)とJFAの協力の下で監督に就任。U-23モンゴル代表監督も兼任していたが、眼の病気が発覚し日本での経過観察が必要になった為に退任。すでに眼の治療は済んでおり、日本国内で指導者として活動するとのことだ。 2022年1月から2023年1月までの1年間で新たに派遣される大塚氏は、富山第一高校、法政大学と進み、古河電工(ジェフユナイテッド千葉の前身)でプレーし、岡田武史氏(現FC今治会長)や奥寺康彦氏(現横浜FC会長)らとチームメイトだった。 引退後は指導者となり、カターレ富山の前身であるアローズ北陸のコーチに就任。その後、アルビレックス新潟シンガポールの監督を務めた。2008年からは母校である富山第一高校のコーチに就任すると、2012年には監督に就任。2013年には全国制覇を達成している。 2021.12.16 20:10 Thu2
得点ランク歴代3位の岡崎慎司が今季限りで引退/六川亨の日本サッカーの歩み
元日本代表FWで、現在はベルギーのシント=トロイデンでプレーしている岡崎慎司が今シーズン限りで現役引退を決断したと知人からLINEがあった。(注:その後に引退が公式発表) 滝川二高から清水へ入団したのが2005年のこと。以来シュツットガルト、マインツ、レスターなどヨーロッパのクラブで活躍を続け、20年の長きに渡りストライカーとしてゴールを狙い続けた。マインツでは2シーズン連続して2ケタ得点を記録し、レスターでは主力選手としてクラブのプレミアリーグ初優勝に貢献。 174センチ、76キロと体格に恵まれていたわけでもなければ、飛び抜けて足が速いとか、華麗なテクニックの持ち主でもなかった。ひらすら泥臭くゴールに突進し、身体ごと押し込むようなワンタッチでのプレーが代名詞でもあった。日本代表の試合に出場するため帰国するたびに、身体が一回り大きくなっているのを実感したものだ。それだけ努力を重ねたのだろう。 2007年の北京五輪にU-23日本代表として国際舞台にデビューすると、翌年には日本代表にも選出され、代表初ゴールは2009年1月のアジアカップ予選イエメン戦だった。この09年は16試合出場で15ゴールを奪い、世界得点ランキング1位に輝いている。こうして2019年まで日本代表として積み重ねた得点数は歴代3位の50ゴール(119試合出場)に達した。 歴代1位は言わずと知れた釜本邦茂の75ゴールで、76試合に出場での記録だけに突出した得点率であることがわかる。2位はキング・カズの55ゴールで、4位が本田圭佑と「アジアの核弾頭」と言われた原博実の37ゴールだから、岡崎の数字がいかに凄いかを物語っている。 釜本やカズ、原らの記録は東南アジアの弱小国から固め取りをできた時代でもあった。しかしW杯に連続して出場するようになってから、日本はアジア予選でも1次ではなく2次から出場するなど対戦相手のレベルも上がっている。そうした中での岡崎や本田の記録だけに、1点の重みが違うと言えるだろう。 ちなみに森保ジャパンの得点ランキングでは、1月のアジアカップで2点を加えた南野拓実の20ゴールがトップで13位、伊東純也が13ゴールで21位、4得点だった上田綺世が11ゴールで25位タイ(原口元気や中田英寿、久保竜彦ら)、浅野拓磨が9ゴールで36位タイ(奥寺康彦、福田正博、名波浩ら)、1ゴールだった堂安律が8ゴールで43位タイ、三笘薫、鎌田大地、田中碧の3人が7ゴールで47位タイとなっている。 そして代表復帰を望む声の多い大迫勇也は25ゴールで9位、まだ現役を続けていて北京五輪のメンバーだった香川真司が31ゴールで6位にランクインしている。 2024.02.26 19:30 Mon奥寺康彦の移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 1987年7月1日 |
古河電気工業 |
引退 |
- |
| 1986年7月1日 |
ブレーメン |
古河電気工業 |
完全移籍 |
| 1981年7月1日 |
ケルン |
ブレーメン |
完全移籍 |
| 1981年6月30日 |
ヘルタ・ベルリン |
ケルン |
レンタル移籍終了 |
| 1980年11月1日 |
ケルン |
ヘルタ・ベルリン |
レンタル移籍 |
| 1977年7月1日 |
|
ケルン |
完全移籍 |
奥寺康彦の監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2017年10月19日 | 2017年10月23日 |
横浜FC |
監督 |
| 2008年6月20日 | 2011年11月8日 |
プリマス |
会長 |
| 1999年1月1日 |
横浜FC |
会長 |
| 1996年1月1日 | 1996年12月31日 |
千葉 |
監督 |
| 1994年1月1日 | 1998年12月31日 |
千葉 |
会長 |
奥寺康彦の今季成績
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勝
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分
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負
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| 明治安田J1リーグ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| YBCルヴァンカップ2025 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 合計 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
奥寺康彦の出場試合
| 明治安田J1リーグ |
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| 第1節 | 2025-02-15 |
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vs |
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FC東京 | ベンチ外 |
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H
|
| 第2節 | 2025-02-22 |
|
vs |
|
ファジアーノ岡山 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第3節 | 2025-02-26 |
|
vs |
|
横浜F・マリノス | ベンチ外 |
|
A
|
| 第4節 | 2025-03-02 |
|
vs |
|
サンフレッチェ広島 | ベンチ外 |
|
A
|
| 第5節 | 2025-03-08 |
|
vs |
|
FC町田ゼルビア | ベンチ外 |
|
H
|
| 第6節 | 2025-03-15 |
|
vs |
|
セレッソ大阪 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第7節 | 2025-03-29 |
|
vs |
|
名古屋グランパス | ベンチ外 |
|
A
|
| 第8節 | 2025-04-02 |
|
vs |
|
ヴィッセル神戸 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第9節 | 2025-04-06 |
|
vs |
|
清水エスパルス | ベンチ外 |
|
H
|
| 第10節 | 2025-04-13 |
|
vs |
|
アルビレックス新潟 | ベンチ外 |
|
A
|
| 第11節 | 2025-04-20 |
|
vs |
|
ガンバ大阪 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第12節 | 2025-04-25 |
|
vs |
|
京都サンガF.C. | ベンチ外 |
|
A
|
| 第13節 | 2025-04-29 |
|
vs |
|
鹿島アントラーズ | ベンチ外 |
|
H
|
| 第15節 | 2025-05-06 |
|
vs |
|
東京ヴェルディ | ベンチ外 |
|
A
|
| 第16節 | 2025-05-10 |
|
vs |
|
アビスパ福岡 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第14節 | 2025-05-14 |
|
vs |
|
川崎フロンターレ | ベンチ外 |
|
A
|
| 第17節 | 2025-05-17 |
|
vs |
|
湘南ベルマーレ | ベンチ外 |
|
A
|
| YBCルヴァンカップ2025 |
|
|
|||
| 1回戦 | 2025-03-20 |
|
vs |
|
FC岐阜 | ベンチ外 |
|
A
|
| 2回戦 | 2025-04-16 |
|
vs |
|
ギラヴァンツ北九州 | ベンチ外 |
|
A
|

日本
古河電気工業
ブレーメン
ケルン
ヘルタ・ベルリン
プリマス
千葉