スパーズに大きな悲しみ…フィジカルコーチのヴェントローネ氏が急逝…
2022.10.06 22:34 Thu
トッテナムは6日、トップチームのフィジカルコーチを務めるジャン・ピエロ・ヴェントローネ氏(享年62)の逝去を明かした。イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』によると、ここ最近になって急性骨髄性白血病であることが発覚した同氏は生まれ故郷のナポリの病院で治療を受けていたものの、6日早朝に死亡が確認された。
ヴェントローネ氏はマルチェロ・リッピ監督の下で1994年~1999年、2001年~2004年とおよそ10年に渡ってユベントスのフィジカルコーチを務め上げた。その後、リッピ監督と共に2006年のドイツ・ワールドカップでイタリア代表の優勝に貢献。以降はACアジャクシオやカターニャでアシスタントコーチ、中国の江蘇蘇寧(現江蘇足球)、広州恒大(現広州足球)でアスレティックコーチを歴任。
2021年11月からはユベントス時代に指導したアントニオ・コンテ監督からのラブコールを受け、トッテナムのフィジカルコーチに就任。ハードワークを信条とする指揮官の求めに応じて、選手と積極的なコミュニケーションを取りながら不振に陥っていたチームのフィジカル向上に一役買い、トップ4フィニッシュに貢献していた。
トッテナムは、「ピッチ外でも愛らしく、ジャン・ピエロはすぐにプレーヤーやスタッフの間で絶大な人気を博しました」とその人柄を評するヴェントローネ氏の訃報に際して、「クラブの全員が彼のことを心から寂しく思い、この信じられないほど悲しい時期に、私たちは彼の家族や友人たちに寄り添います」と、哀悼の意を表した。
ヴェントローネ氏はマルチェロ・リッピ監督の下で1994年~1999年、2001年~2004年とおよそ10年に渡ってユベントスのフィジカルコーチを務め上げた。その後、リッピ監督と共に2006年のドイツ・ワールドカップでイタリア代表の優勝に貢献。以降はACアジャクシオやカターニャでアシスタントコーチ、中国の江蘇蘇寧(現江蘇足球)、広州恒大(現広州足球)でアスレティックコーチを歴任。
トッテナムは、「ピッチ外でも愛らしく、ジャン・ピエロはすぐにプレーヤーやスタッフの間で絶大な人気を博しました」とその人柄を評するヴェントローネ氏の訃報に際して、「クラブの全員が彼のことを心から寂しく思い、この信じられないほど悲しい時期に、私たちは彼の家族や友人たちに寄り添います」と、哀悼の意を表した。
なお、コンテ監督は6日に8日のブライトン戦に向けた公式会見に出席予定だったが、信頼する同僚の逝去を受けて会見をキャンセルしている。
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アジアNo.1にもなった広州FC、中国の大手不動産会社「恒大集団」の破綻で崩壊の可能性
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ACL2度優勝、“広州恒大”としてアジア席巻した広州FCがチーム解散を発表…親会社の巨額負債の影響でプロリーグの資格を得られず
かつてはアジアも席巻し、中国最大のビッグクラブとしても名を馳せ、“広州恒大”として活動していた広州FCが解散を発表した。中国『捜狐(sohu.com)』が伝えた。 中国スーパーリーグで歴代最多の8度の優勝を誇り、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)でも2度優勝。中国バブル期には“爆買い”する他の多くのクラブを制して、ブラジルの選手を中心に席巻していた。 中国の不動産大手である「恒大集団 」が保有し、その資金を利用して、元イタリア代表監督のマルチェロ・リッピ氏を招へいすると、その後はファビオ・カンナバーロ氏が監督を務めるなどした。 しかし、コロナ禍において中国の不動産バブルが崩壊すると、2020年には経営危機が報じられ、2021年には中国サッカー協会(CFA)の意向によりクラブ名に企業名を入れない方針となったことから、広州FCに名称が変更。2022年には恒大集団の財政難により、外国籍選手との契約を全て解除するなどし、一気にチームが弱体化。2023年からは2部を戦っていた。 広州FCは6日、チームの解散を発表。CFAが発表した2025シーズンのクラブライセンスの条件を満たせず、チームも消滅した。 「親愛なるファン、パートナー、そしてあらゆる立場の人々の皆様:中国サッカー協会が発表した2025年のプロサッカークラブ入会リストによると、当クラブは入会を認められておらず、中国のプロフットボールリーグで競技を続けることはできないこととなりました」 「中国プロサッカーリーグに参加して以来、クラブは浮き沈みを乗り越え、粘り強く戦い続け、中国スーパーリーグ8度制覇、AFCチャンピオンズリーグ2度制覇という偉業を達成し、その名を轟かせました。アジアサッカー界で強い「広州FC」。これらの輝かしい成果は、選手たちの汗と努力、コーチングチームの戦略的で細心の注意を払った傑作、そしてファンの粘り強さと熱狂的なサポートの証です。同時に、我々は青少年の育成システムを深く構築し、クラブの潜在的な新スターを多数育成し、チームの持続可能な発展に強力な推進力を注入しました」 「新シーズンのプロリーグ参入を目指して、クラブは様々な取り組みを行っていました。しかし、過去に多額の負債を抱えていたため、調達した資金では負債を完済するには不十分であり、最終的にライセンスを得ることができず、非常に残念に思っています。ここに、広州FCを気遣い、サポートしてくださっているあらゆる立場のすべての人々、そしてすべてのファンと友人に心からのお詫びの意を表したいと思います」 「同時に、我々は当初の意図を変えることなく、余波に対処し、中国サッカーと広東省、広州サッカーの発展を支援するつもりですので、ご理解と寛容に感謝いたします」 なお、中国スーパーリーグの滄州雄獅、中国乙級リーグ(中国3部)の湖南湘涛もライセンスを取得できず、解散を発表している。 2025.01.07 11:40 Tueトッテナムの人気記事ランキング
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「トッテナム」は禁止、「スパーズ」で…クラブが改めて通達、放送局からも「トッテナム」表記が消える
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