アネルカが昨夏移籍の2大スターを語る 「もっと複雑じゃない挑戦を考えるべきだった」

2022.03.19 12:15 Sat
Getty Images
元フランス代表FWのニコラ・アネルカ氏がパリ・サンジェルマン(PSG)のアルゼンチン代表FWリオネル・メッシマンチェスター・ユナイテッドのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドに疑問を投げた。

近年のフットボール界でトップに君臨してきたメッシとC・ロナウド。今季を迎えるにあたり、それぞれ異なる理由があるにせよ、移籍を決断した。前者はPSG、後者は古巣ユナイテッド。だが、チームの状況もあるにしろ、これまでと比べると、どこかインパクトを欠く。

このままフェードアウトしていっても、歴史に名を刻む選手に変わりない両選手だが、現役時代に数々のクラブを渡り歩き、晩年を中国やインドでも過ごしたアネルカ氏はフランス『RMC Sport』でもっと賢く移籍先を選ぶべきだったと見解を示した。
「彼らのキャリアは終わった。彼らはこの15年間で成し遂げた数々に満足すべきだと思う。それぞれ他の選手の上を行く存在だったが、今や当然ながらスローダウンした」

「ロナウドよりもメッシに驚かされたよ。メッシはフランスでやれると思ったし、ロナウドはもっと苦戦を予想した。プレミアリーグは世界で最も過酷なリーグだからだ」
「賢くなかったね。トップのままで終わるためには正しい決断が必要で、もっと複雑じゃない挑戦を考えるべきだった。批判を嫌って、32、33、34歳で辞める選手もいる」

「私は36歳で引退したが、32歳で中国に行ったんだ」

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ユナイテッドの青年コーチ、エリック・ラムジー氏がMLSで監督初挑戦! ミネソタ・ユナイテッドFC指揮官就任

メジャーリーグ・サッカー(MLS)のミネソタ・ユナイテッドFCは27日、エリック・ラムジー氏(32)の監督就任を発表した。 イングランド生まれ、ウェールズ育ちのラムジー氏は、21歳の時にスウォンジーU-18で指導者キャリアをスタート。その後は出身地クラブのシュールズベリー・タウンやチェルシーU-23でコーチを務め、イギリス人史上最年少でUEFAプロコーチライセンスも取得した。 2021年7月には、当時オーレ・グンナー・スールシャール監督が指揮を執っていたマンチェスター・ユナイテッドのアシスタントコーチに就任。セットプレーコーチも担当した傍ら、2023年3月〜9月はウェールズ代表のアシスタントコーチを兼任した。 また、ラムジー氏は英語のみならずスペイン語やフランス語にも精通するなど語学が堪能。フランス代表DFラファエル・ヴァランやブラジル代表MFカゼミロのユナイテッドへの適応にも貢献したといわれている。 ミネソタ・ユナイテッドで初めてファーストチームの指揮官を務めるラムジー氏は、就任に際してコメントを残している。 「このような根強いサッカー文化、熱狂的なファン、素晴らしいインフラを備えたクラブに加入できることに信じられないほど興奮している」 「私はこのプロセス通じて多くのクラブスタッフと話したが、クラブを前進させようとする全員の情熱を感じずにはいられなかった。クラブの未来には本当にエキサイティングな道筋があり、そのビジョンを実現するため、自分の役割を果たすことを楽しみにしている」 「私を信頼してくれたクラブに感謝しているし、ミネソタ・ユナイテッドに関わる全ての人にとって、これが新たな成功の幕開けとなることを願っている」 なお、32歳のラムジー氏はMLSにおける最年少監督に。2023シーズンのMLSを11位でフィニッシュしていたミネソタ・ユナイテッドは、2016年11月から共に戦ってきたエイドリアン・ヒース監督と2023年10月に袂を分かって以来、正式な指揮官が不在となっていた。 2024.02.27 10:23 Tue

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