GK川島永嗣が偉大な先輩である川口能活コーチを語る「気持ち的にも大きな刺激になっている」

2020.10.06 20:50 Tue
twitterfacebookhatenalinegplus
photo
©︎CWS Brains, LTD.
日本代表は6日、オランダのユトレヒトで2日目のトレーニングキャンプを実施。トレーニング前に、GK川島永嗣(ストラスブール)がメディアの取材に臨んだ。昨年12月以来の代表活動となる日本代表。今回はオランダでカメルーン代表、コートジボワール代表との国際親善試合を戦う。

昨年11月以来の代表合流となった川島だが、今回の活動については「待ちに待った代表活動だと思います。選手、スタッフ含めてモヤモヤした気持ちでした。サッカーファンもこの時を待ち望んでいたと思います。みんなで合流できて嬉しいですし、試合に向けてみんなでやって行きたいと思います」と、久々の活動に気を引き締めた。

今回の遠征には、GKコーチとして日本代表で長らく守護神を務めた川口能活氏が帯同。かつて一緒にプレーした川島は「まずは僕も能活さんが引退されてから会うのが初めてですし、昨日話していて、2010年のワールドカップ以来会うのが初めてなんじゃないかというぐらい久々に会ったので、こういう場所で能活さんに会えるのは嬉しいですし、スタッフに入ってGK練習にいることは気持ち的にも大きな刺激になっています」とコメント。偉大な先輩からの指導を受けることが刺激になると語った。

今回はアフリカの2カ国との対戦となるが、川島は「アフリカの2チームということで、ヨーロッパの中でも大きなクラブでやっている選手も多いですし、経験も持ち合わせた良い2カ国だと思います」と印象をコメント。「それこそヨーロッパのチーム、南米のチーム、アフリカのチームという点では、アフリカのチームはリズムや技術的に優れた選手が多いので、自分たちがどう対応できるのか。ヨーロッパでやっている選手しかいない今回の中で、普通の基準として捉えてやらなければいけないかなと思います」と語り、日頃のチームでの経験、感覚を代表の場で見せる時だと語った。

コロナ禍では難しい日々を過ごしていた川島だが、その難しい時期については「多くの選手もそうですし、多くの人がそうですが、当たり前のことが当たり前でなくなったということは多かったと思います」とコメント。「ただ、色々な状況にやはり人は変化に対応していかなければいけません。その中で自分がアダプトできるかというのがあります」と適応していくことが重要だと語った。

また「難しいのはトレーニングできない、試合ができない、代表の活動ができないという中で、新しい環境の中でどれだけ高みを目指して、こういう期間を新たに物事を作る期間にできるかという意識でいました」とし、貴重な代表活動の場でしっかりと結果を残していきたいと意気込んだ。

今回の代表戦の意義については「僕自身は37歳ですが、子供たちが夢を抱くと同じように、日本代表というのはすべての人にとっての夢だと思います。そういう場所が1年間、多くの人に与えられなかったのは大きな時間のロスだと思います」とコメント。「試合をする姿を見せることが、子供達に一番良い影響を与えると思うので、試合をさせてもらえるのは僕たちにとっても多くの人にとって新たな希望になると思います」とし、希望を与えられる内容を見せたいとした。
コメント
関連ニュース
thumb

ACL参加クラブや日本代表選手は帰国後の待機期間で練習や試合が可能に、アスリートトラック適用が決定

日本サッカー協会(JFA)は4日、アスリート用東京オリパラ準備トラック(通称アスリートトラック)の適用を発表した。 アスリートトラックとは、海外から帰国後14日間の待機期間中における選手やスタッフの練習や試合参加を可能とする措置。JFAは、日本代表やAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場しているクラブの選手・スタッフに対して適用を認められるとスポーツ庁から連絡を受けたとのことだ。 この措置にJFAの田嶋幸三会長がコメント。政府への感謝を述べている。 「この度、SAMURAI BLUE(日本代表)や AFC チャンピオンズリーグ2020出場クラブの選手やスタッフが、アスリート用東京オリパラ準備トラックが適用されることになり、政府やスポーツ庁をはじめ多くの関係者の皆様のご配慮にあらためて厚く御礼を申し上げます」 「来年もスポーツ界はコロナと共存しながら活動をしていかなければなりませんが、今回の決定で対象となる選手やスタッフが帰国後に速やかにトレーニングや試合に参加できることになり、今後の活動やオリンピックに向けた大きな一歩になると考えています」 アスリートトラックの日本人対象者は、JOC強化指定選手および該当選手の関係者などに限られていた。 しかし、JFAはスポーツ庁と調整を重ねてきたとのこと。その結果、日本代表の活動は、JOC強化指定選手の一部が日本代表を兼ねていることから東京オリンピックに向けた強化活動と見なされること、ACL2020出場クラブに一部強化指定選手が所属していることから、同大会への出場が東京オリンピックに向けた強化活動の一環と見なされることになった。 また、JOC強化指定選手に加え、該当選手が所属するクラブのチームメイトも含め、本トラックの適用対象として了解されたようだ。 この結果、日本代表戦および現在カタールで開催されているAFCチャンピオンズリーグ2020に出場する選手・スタッフに加え、ワールドカップ予選などの国内で開催される日本代表戦に出場するために海外から帰国する日本人選手および対戦国の選手に関しても、当協会が専門家の意見を踏まえた対応ガイドライン作成などのアスリートトラックにおける防疫措置を講ずることを条件に、日本帰国後(入国後)14日間の待機期間に練習や試合への参加が可能となるとしている。 2020.12.04 12:00 Fri
twitterfacebook
thumb

新時代の息吹、世界一を目指すフリースタイルフットボーラーIbukiが大切にする「“フットボール”のカルチャー」

“フットボール”という単語を含みながら、どこか知っているものとは別物だと錯覚してしまうほど華やかで、アクロバティックな“フリースタイルフットボール”。 日本はもちろんのこと、世界各国に多くのプレーヤーがいる中で、2020年には世界連盟公式ワールドランキングで日本人歴代最高の2位にも輝いたのが「Ibuki」だ。 今、最も注目を集める若手プレーヤーの一人ともされる24歳のIbukiだが、競技歴は7年。世界の頂点にあと一歩に迫っているフリースタイルフットボーラーのルーツ、そしてその視線の先にあるものとは。 「フリースタイルフットボールという競技を始めたのが高校1年生の時、16歳でした。始めて2年半ぐらい経った頃に世界大会に初出場して、3年になったぐらいで日本チャンピオンになり、そこから大会で勝てるようになって、最近だとアジア大会で優勝することができたり、世界ランキングで日本人歴代最高位の2位にまで入ることができています」 <span class="paragraph-title">◆サッカーを始めたのは中学生</span> スタイリッシュなプレー、そして大技を繰り出す際の鋭い表情とは違い、どこか人懐っこい印象も感じるIbuki。3年で日本チャンピオンになったため、幼い頃からサッカーボールと友達だったのかと思ったが、サッカーを始めたのは中学校からだというから驚きだ。 「元々はサッカー少年でした。ただ、サッカーを始めたのも少し遅くて、中学生の頃でしたね。中学生からだと今のサッカー少年たちからすると遅めのスタートだと思うんですが、そこで入ったクラブチームが結構特殊でテクニックに特化したクラブでした。その影響も少なからず受けて、サッカーを辞めた後にフリースタイルに走ったのかなと思います」 サッカーを始めるまでは水泳を習い事でやっていた程度というIbukiだが、サッカーを始めたキッカケも「めちゃくちゃシンプルで、仲の良い友達がやるからやりたいという。それだけです(笑)」と絵に描いたようなもの。しかし、一流になる人間の中には、何てことないことがキッカケということは多い。 兵庫県加古川市出身のIbukiは、中学を卒業すると神戸市立科学技術高校に進学。サッカー部は全国高校サッカー選手権の出場経験もあり、2009年のインターハイではベスト8に入るほど。県内でも力のある高校だ。 「少しサッカーが強い高校に行ったんですけど、結構蹴って、走ってというチームで、そこのサッカーをやった時のギャップが凄まじく、今までやってきたサッカーと同じようで違うという感じになりました。プラス、ケガが重なったりして、腐ってしまったというか、『もういいわ』ってなって、サッカー部を辞めてしまいました」 中学でサッカーを始めたIbukiにとって、高校の部活はイメージと違いギャップに悩むことに。結局部活を辞めたが、その結果が日本一のフリースタイルフットボーラー誕生のキッカケとなった。 「サッカーをやっている頃からリフティングの技とかは結構得意な方でした。どこのチームや学校にもいる、なんかよく分からないけど“リフティングは無駄にうまいやつ”みたいなタイプでした」 <span class="paragraph-title">◆「初めて生で見たときは、ちょっと怖かった(笑)」</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/goal20201129ibuki_1_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">IBUKI YOSHIDA x GOALSTUDIO<hr></div> 独学でフリースタイルフットボールの道を歩み出したIbukiだが、当初は上手くいかなかったことも多かった。しかし、始めて1カ月ほどで大きく道が拓けた。 「始めて1カ月ぐらい経った頃に関西のコミュニティに参加したんですが、そういう人が30人ぐらい集まっていました。初めて生で見たときは、ちょっと怖かったです(笑)。だいぶ離れたところで座って見ていました」 「ただ、いざ輪に入って教えてもらうと、すでに専門でやっている人たちは知識がたくさんあって、そこを踏まえて教えてもらうと、成長は凄く早かったです。普通だったらその日にできるのは無理だろうという中級者向けの技も、すぐにできたりしました」 コツを掴んだIbukiはみるみる成長。始めて1年も経たないうちに大会へと出場する。しかし、普段とは違い、大会では新たな敵に立ち向かうこととなった。 「緊張と一発勝負の緊張感に飲まれて、リフティングすらまともにできない。緊張しすぎて、自分の足が自分の足じゃないみたいな感覚になりましたね。めちゃくちゃ調子に乗りかけていたのを、良いタイミングでへし折られたというか(笑)。そこからそういう場所で勝ちたいという気持ちが強くなって、どんどん大会に出ていくという形になりました」 初めての大会では普段通りのプレーができなかったIbukiだが、場数をこなすことで緊張への対応を学んだという。 「結局のところ、緊張に関しては正直今もありますし、いつまでもあり続けると思います。ただ、緊張の種類とか、なぜ緊張しているのか、そこに対する向き合い方は変わったかなと思います」 「初めて日本一になった時の話ですが、マインドとしては勝てるという風にはそこまで思っていなかった大会で、ポンポンポンと勝ち上がって優勝できてしまいました。それまでは、自分は頑張らないと全然勝てないと思っていたのが、1回勝つことによって、自分はきちんと集中してやることやれば、今の日本のレベルでは勝てるという自信がつきました。そこからは変わったかなと思っています」 <span class="paragraph-title">◆世界を知り生み出された“Ibuki Style”</span> <div id="cws_ad" style="text-align:center;"><script>var video_id = "frCXxXfKm3g";</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=https://goalstudio.jp/?utm_source=cworlds&utm_medium=web&utm_campaign=octbnr&c=goal_cws_20201129_1" target="_blank">年に一度の「BLACK FRIDAY」セール!<br/>「GOAL Studio」最大70%オフ!</a><hr></div> 結果が自信に繋がるという事はよくあるが、Ibukiもまさにそれを体感した1人だ。そのIbukiは世界に出る事で1つの発見をすることになる。その経験が、後に“Ibuki Style”と呼ばれる唯一無二のプレースタイルに繋がる。 「初めて海外の世界大会に行った時が生まれたキッカケです。当時色々な大会に出た上で、これまでやってきた人たちとは埋められない経験の差がハッキリとあるなと感じていました。ただ、それはこのままどうにもしなければ、年数が経っても変わらないと思っていて、どうやったら打ち崩せるかなと考えた時に、その人たちがしていない経験を積もうと思って、当時日本人がほとんど出ていない世界大会に行ってみました」 「フリースタイルフットボールは、日本人のプレーヤーとその他の国のプレーヤーでハッキリと二極化しているというか、アートだと見ている日本人のカルチャーと、スポーツだと見ている外国人のカルチャーがあります。世界大会に行って、よりスポーツ寄り、競技志向の考えだったり、それを元に生まれたプレーヤーを初めて現地で生でたくさん見て、そこで自分が出る事でどう評価されるかを肌で感じました。それを感じた時に、今まで日本で日本人の感性しか聞いていなかったところに、今まで持っていなかった感性がドロップされました」 その結果、魅せる力と戦える力を合わせたスタイルを生み出し、「スキルのグラフがあるとしたら、全体的に大きくなりつつも、何箇所かはものすごく尖らせた風になっていった」と語る自身の形、“Ibuki Style”を確立していったのだ。 そこから自身のスタイルを追求していったIbuki。一方で、フリースタイルフットボールといえば、「ストリートカルチャー」も要素としてあり、テクニックやパフォーマンスに加えて、ファッション性も高い。Ibukiは自身も、そこにこだわりはあるという。 「昔は結構スポーティな服装でやっていました。最近は本当にその時のフィーリングで好きなシューズで、色々蹴る時のテンションもありますけど、のんびりリラックスしたり、本気で練習するときで多少変化はありますが、好きな服を着てやるようになったかなと。より自分の場合はカジュアルですね。私服で出かけてそのまま蹴れるというイメージです」 <span class="paragraph-title">◆数ミリ単位の繊細さが求められるファッション</span> 一方で、大会となるとそのファッション性は、勝負へのこだわりにも変化する。一般人には感じられないわずかな差が、大きな差を生むこともあるようだ。 「大会に臨むときに、(優勝を)狙いに行く大会となると、ファッションを色々遊びたい気持ちもあるんですが、パンツは絶対同じものから変えないとかあります。パンツ1枚、素材だったり、サイズだったり、様々なところがちょっと変わるだけでも、技の感覚が変わってしまうので、数ミリ単位の違いがプレーの違いを生んできます。こいつって決めた一本、または同じのを何枚も持ってずっと履き続けたりします」 数ミリ単位の微妙な変化がパフォーマンスに繋がると語ったIbukiは、「GOALSTUDIO」の世界中にいるアンバサダーの1人だ。タイトルを狙いにいく大事な大会でも「GOALSTUDIO」のアパレルは大きな役割を果たすという。 「サッカー、フットボールというラインで出たアパレルではあまり好きなブランドがなかったんです。「GOALSTUDIO」が出てきてから、フットボールからもしっかりカッコいい服が出てきて、かつ機能性もすごく高い服が多いです。フリースタイラーとしては、かなりありがたいです。フットボールをルーツにしていて、カッコよくて、機能性も高いって完璧じゃないですか(笑)」 「忖度はないですよ。それこそ、自分を含め日本人も各国のフリースタイルの「GOALSTUDIO」のアンバサダーも、それぞれメチャクチャ好きで着用していると思いますし、大会でも着ています。どんどんプレーヤーやシーンにも広まっていますね。フリースタイルフットボーラーってプレーに関わる部分はすごく正直で、蹴りにくいとか、少しでも動きづらいとかしたら、良い良いと口では言いながらも着てなかったりします。「GOALSTUDIO」のウェアに関しては目に見えて浸透しているので、機能性の面でも良いと感じています」 ファッションを含めて勝負にこだわり続け、今や世界も認めるフリースタイルフットボーラーとなったIbuki。世界を知った事で大きく羽ばたくこととなった。その後は、日本大会で優勝し、その他の大会でも優勝。2019年にはアジアチャンピオンを決める「Asian Pacific Freestyle Football Championship」で優勝し、世界ランキング2位に上り詰めた。 数々の結果を残し、一気にその名を世界に轟かせることになったIbukiだが、今でも壁にぶち当たっているという。 「フリースタイルフットボーラーという人生を選んだ中で、結局大会においても、世界チャンピオンになる以外に満足するものがないかなと思っています。始めた当初の世界一になるという部分は今でも大事にしているので、僕個人のフリースタイルとの向き合い方でいうと、これからもあり続けます」 「あとは、これを仕事として選んで、ライフスタイルとして生きているので、このフリースタイルというカルチャーをもっと広げたり、外の世界で、エンターテインメントの枠組みで戦いたいというのがあります。そういう要素になると、周りを見渡したら壁しかないです。ずっと叩きまくっています」 <span class="paragraph-title">◆広める為のカギは、いかに“フットボール”に近づけるか</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/goal20201129ibuki_1_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">IBUKI YOSHIDA x GOALSTUDIO<hr></div> 競技面では世界一になることを目指す一方で、日本にフリースタイルフットボールというものを広げていく使命をも背負うIbuki。ただ、広げていくことが簡単ではないことも理解している。そこで大事にしたいのが、“フットボール”の要素だという。 「個人的に考えている部分でいうと、フリースタイルフットボールは元のルーツは“フットボール”にあって、サッカーボールと体1つで楽しめるというのが根本にあると思います。ただ、フリースタイルフットボールが発展していくにつれて、プレーヤーのレベルはどんどん上がり、神業みたいな領域にプレーヤーたちは達していって、その人たちが頂点を争っている。そのレベルは本当に凄まじいと思いますが、今それを見た人たちが、始めたいと思うかというと、なかなかもはや突拍子も無いレベルに行きすぎて難しいかなと思います」 「“フットボール”がルーツにあって、フリースタイルフットボールという名前で各々好きにやった結果、“フットボール”からはどんどん離れていった部分もあるかなと思っています。それはそれで、ストリートカルチャー的な、そういう部分が育っていて良いと思いますが、もう少し“フットボール”のカルチャーに寄り添ったシーンやコミュニティの作り方が必要かなと思っています」 「個人の理想でいうと、“フットボール”という大きな円の中に、リフティングというものは小さな円で存在している。ただ、フリースタイルは“フットボール”の外に別の円でいるイメージがあります。その円の半分でも3分の1でも“フットボール”の円に重なるような位置に持っていきたいなと思います」 簡単ではないことに挑戦し続けるIbuki。志す“フットボール”との融合は、カルチャーとして広めていく上では避けては通れない道となるだろう。そのIbukiがこの先に目指す事は、フリースタイルフットボールを始めた時と変わらない。 「真っ先に達成したい目標は世界チャンピオンです。世界チャンピオンになる、世界ランキング1位になる。始めた当初からずっと思っていて、真っ先に達成したいです」 「その先でいうと、自分でもそのシーン、コミュニティを作っていく側の人間だと思うので、フリースタイルフットボールを一時的なブームではなく、きっちり文化として良さ、魅力を伝えていきたいというのがあります。カルチャーとしての楽しみ方、ライフスタイルとして楽しむものだという文化を根付かせていければと思っています」 世界の頂点を目指すIbuki。世界中の多くの人が苦しんでいる新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で中止となっていた2020年の日本選手権が来年2月に開催される。まずは、そこでの日本一が世界一への挑戦の新たな一歩となる。 取材・文:菅野剛史 【Ibuki】 本名は吉田伊吹。兵庫県加古川市で1996年7月4日に生まれ(24歳)。身体の柔軟性を生かしたオリジナル技やスタイリッシュさを併せ持ち、"Ibuki Style"とも呼ばれる唯一無二のプレースタイルで世界から注目を浴びるプロ・フリースタイルフットボーラー。​2020世界連盟公式ワールドランキングランクでは歴代日本人最高位の2位に。現在は神戸を拠点に国際大会への出場、全国各地イベントでのパフォーマンス、レッスン、大会運営など、多岐に渡る動きを見せている。 2020.11.29 20:30 Sun
twitterfacebook
thumb

【2022年カタールへ期待の選手vol.58】ACL再開初戦で値千金のPKセーブ東京五輪・A代表に強烈アピール!/オビ・パウエル・オビンナ(横浜FM/GK)

2年後の2022年カタール・ワールドカップの地で行われている2020年AFCチャンピオンズリーグ(ACL)。昨季J1王者の横浜F・マリノスは25日、中国の強豪・上海上港と再開初戦を迎えた。 主導権を握りながら、思うようにゴールを割れない横浜は、0-0のまま終盤に突入。残り10分となった時、右サイドバック・松原健がまさかのPKを献上してしまった。 絶体絶命の大ピンチ。しかもキッカーは元ブラジル代表のオスカルだ。この世界的名手の前に敢然と立ちはだかったのが、若き守護神のオビ・パウエル・オビンナ。彼は193㎝の長身を生かして両手を伸ばし、シュートを鋭くセーブし、失点を阻止してみせた。 この気迫がチーム全体に伝わり、後半45分の天野純の決勝ゴールにつながる。最終的に横浜は1-0で逃げ切り、H組3連勝。グループ突破に王手をかけたのだ。 「試合経験がなくて若いと言われますけど、この時のために毎日練習を積んできたので、焦りはなかったし、すごく自信を持ってプレーできました。PK自体もいいコースでしたけど、しっかり弾けた。しっかり準備してきた自信があったからセーブできたと思います。マリノスは誰が出てもしっかり高いパフォーマンスを出せるチーム。僕が出る以上、ミスを恐れることなく、チームに貢献しようと思って戦いました」 試合後の公式会見にのぞんだオビは淡々と語ったが、その口ぶりには自信が溢れていた。今春、流通経済大学を卒業してプロ入りしたばかりのルーキーではあるが、育成型期限付き移籍で8月から栃木SCに赴き、9試合に出場。実戦経験を積み重ねて10月末に横浜に戻ったことが奏功したのだろう。 11月14日の浦和レッズ戦でいきなりJ1デビューを果たすと、18日の川崎フロンターレ戦では高丘陽平の退場に伴って前半途中から登場。好セーブを連発して、川崎を最後まで追い詰めた。そしてこの上海上港戦での大活躍だ。23歳の大型守護神は今、乗りに乗っているといっていい。 ここ数年、外国人GKが席巻してきたJリーグだが、今季に入ってから若い守護神の台頭が大いに目立っている。FC東京の波多野豪、鹿島アントラーズの沖悠哉、湘南ベルマーレの谷晃生、清水エスパルスの梅田透吾らが筆頭だが、オビも彼らに匹敵する存在感を示している。2019年段階までは大迫敬介(広島)が「次世代の日本代表正GK最右翼」と評されてきたが、誰が突き抜けるか分からない状況になってきたのは間違いない。それだけ競争が激化しているだけに、ACLでのブレイクはオビにとって非常に大きな意味を持つだろう。 ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれた彼は天性の身体能力の高さを備えたプレーヤーだ。潜在能力の高さはJFAアカデミー福島時代から折り紙付きで、U-16時代から断続的に日の丸を背負い続けてきた。 しかしながら、2013年U-17ワールドカップ(UAE)はメンバー入りできず、2017年U-20ワールドカップ(韓国)も同学年の小島享介(新潟)、1つ下の波多野、山口瑠偉(レクレアティーボ・ウエルバ)らの壁に阻まれ、世界舞台参戦は叶わなかった。 悔しさを糧に流経大では1年からレギュラーを確保。コンスタントにピッチに立ち続けてきた。この活躍を買われ、2018年8月のアジア大会(インドネシア)に挑むU-21日本代表に呼ばれ、森保一監督の下でプレーする機会を得る。ここで現在A代表に定着している板倉滉(フローニンゲン)や三好康児(アントワープ)らとともに戦えたのは大きな財産になったはず。下田崇GKコーチとコミュニケーションを取りつつ、自身の長所と短所に向き合ったことも大きかった。 それから2年余りの間、コツコツと自己研鑽を図った結果、彼は才能を大きく開花させつつある。オビのように高さとバネがあり、反応が鋭く、守備範囲の広いGKはどのチームでも必要とされるはず。足元のビルドアップに強くこだわるアンジェ・ポステコグルー監督も起用に踏み切ったのだから、ビルドアップの部分も着実に前進しているということ。そこは大いに自信を持っていい。 このように目覚ましい成長を遂げれば、1年延期となった東京五輪はもちろんのこと、A代表入りも見えてくる。前述の通り、同世代の守護神争いが熾烈を極めているため、抜け出すのはそう簡単なことではないが、このまま横浜で定位置を確保し、試合に出続けていれば、自ずと道は開けてくるに違いない。本人も明るい未来を信じて、カタールのピッチに立ち続けているはずだ。 さしあたって今、やらなければいけないのは、ACL1次ラウンド突破を決めること。今日28日の上海上港戦で宿敵を零封することが肝心だ。27日のFC東京vs上海申花戦を見ても分かる通り、同じ相手との再戦は一筋縄ではいかない。初戦で敗れた側は捨て身でぶつかってくる。オビはそれだけ死力を尽くしてくる相手に立ちはだからなければならないのだ。そこで堂々たる仕事ぶりを見せつければ、ポステコグルー監督はもちろんのこと、森保監督の信頼も高まる。今は一気に階段を駆け上がるチャンス。この機を逃すことは許されない。彼には持てる力の全てを注いで、鬼気迫るパフォーマンスを示してほしいものだ。 <div id="cws_ad">><hr>【文・元川悦子】<br/>長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2020.11.28 18:30 Sat
twitterfacebook
thumb

最新FIFAランク! 日本は27位維持、イタリアがトップ10返り咲き

国際サッカー連盟(FIFA)は27日、最新のFIFAランキングを発表した。 今月の活動で前月に続いて欧州遠征を実施した日本代表はパナマ代表とメキシコ代表とそれぞれ国際親善試合で対戦して、1勝1敗で終了。前月の総合ポイントから1ポイント減らしたものの、全体27位をキープした。アジア全体でも昨年11月から続くトップの座を守っている。 世界全体でみると、上位はトップから6位まで変動なし。UEFAネーションズリーグのファイナルズ進出を決めたイタリア代表が2014年5月以来のトップ10入りを果たしたほか、日本に勝利したメキシコ代表も9位にランクアップしている。 ◆11月のFIFAランキングTOP10(カッコ内は前回の順位) 1.ベルギー(1) 2.フランス(2) 3.ブラジル(3) 4.イングランド(4) 5.ポルトガル(5) 6.スペイン(6) 7.アルゼンチン(8) 8.ウルグアイ(7) 9.メキシコ(11) 10.イタリア(12) ◆アジア内TOP10(カッコ内は総合順位) 1.日本(27) 2.イラン(29) 3.韓国(38) 4.オーストラリア(41) 5.カタール(59) 6.サウジアラビア(67) 7.イラク(69) 8.UAE(74) 9.中国(75) 10.シリア(76) 2020.11.28 08:30 Sat
twitterfacebook
thumb

「OBチームの試合で同じチームでプレー」JFA田嶋幸三会長もマラドーナ氏逝去を追悼「突然のことで非常に残念です」

25日、アルゼンチン、そしてフットボール界のレジェンドであるディエゴ・マラドーナ氏が他界した。60歳だった。 先月30日に60歳の誕生日を迎えたばかりのマラドーナ氏は、今月2日にサナトリオ・イペンサ・ラ・プラタ病院へ緊急入院。精密検査の結果、脳に硬膜下血腫が見つかったため、3日に緊急手術を受けていた。その後は状態が安定し、同11日に退院していた。 <div id="cws_ad"><br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJRQkZwNEVQayIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 突然の訃報に全世界のフットボールファンが悲しみにくれる中、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長も追悼のコメントを発表した。 「2017年1月に行われたFIFAの年間表彰式とカウンシル会議のためにチューリッヒに行った際にマラドーナさんにお会いしました。その時に行われたOBチームの試合で同じチームでプレーし、とてもお元気な様子でした」 「日本にも多くのファンがいて、ペレさんらと共に世界中のサッカーに影響を与えた選手だったと思います」 「FIFA総会の際にはいつもレジェントマッチが行われますので、来年、日本でお会いできると楽しみにしていました。今回の悲報は突然のことで非常に残念です」 2020.11.26 17:10 Thu
twitterfacebook





NEWS RANKING
Daily
Weekly
Monthly