2020年は日本代表の試合がゼロ?/六川亨の日本サッカー見聞録

2020.08.14 20:30 Fri
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すでに新聞等で報道されたように、金明輝監督以下選手6名、スタッフ3名の計10名が新型コロナウイルスに感染した鳥栖は、12日のルヴァン杯の広島戦に加え、15日のホームG大阪戦、19日のアウェー仙台戦、そして23日のホーム札幌戦が中止となった。Jクラブ初のクラスター(感染者集団)となったことで、鳥栖は保健所から2週間の活動自粛を要請された。このため上記4試合に加え、チームは陰性判定者でも「濃厚接触者」とみなして自宅待機を原則とし、1週間が経過するまで選手のグループトレーニングとスタッフのミーティングなども禁止された。

3試合の代替日程についての詳細は未定となっている(ルヴァン杯は引き分け扱いで終了)
が、気がかりなのは金監督が異変を感じた8日の夜に鳥栖と試合をした鹿島である。ピッチ上はオープンエリアのため感染の可能性は低いだろうし、その後の検査もしっかりとやっているだろうが、万が一にも感染していたら、Jリーグが受けるダメージは計り知れないだろう。

コロナの感染拡大に関しては、今後も推移を注意深く見守る必要があることは言うまでもない。

さて話は変わり、AFC(アジアサッカー連盟)は8月12日発の一斉メールで、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染状況から10月と11月に予定されていたカタールW杯アジア2次予選兼23年アジアカップ(中国)予選を、FIFA(国際サッカー連盟)と共同で延期を決定したと通達してきた。

当初、日本は10月8日に豊田でミャンマーと、13日にアウェーでモンゴルと対戦。さらに11月12日は神戸でタジキスタンと、17日には吹田でキルギスと対戦する予定だった。AFCは延期された日程に関して、2021年のIMD(インターナショナル・マッチデー)にスケジュールし直すとしているが、詳細は未定となっている。

この結果、一部メディアでは「2020年の日本代表の試合は1957年以来ゼロとなる」と報じていた。

確かに今年は新型コロナウイルスの影響で、3月と6月のW杯アジア2次予選は延期となった。そして代替案の10月と11月の4試合も再延期となり、日本代表の試合は1試合も行われないことが決定した。

今年1月、森保一監督率いるU-23日本代表がアジア選手権に臨んだ。この大会には、昨年12月に韓国・釜山で開催されたEAFF E-1選手権に出場した選手も数多く出場した。それというのも両大会は“海外組"を呼べなかったことに加え、五輪代表の選手選考と強化も兼ねていたからだ。

まずは目前に迫った五輪代表の強化を優先したのは当然だろう。このため2大会で出場選手が重複し、なおかつ日本代表の若返りもあり、日本代表と五輪代表は「=(イコール)」に近かった。それでも釜山での大会は年齢制限のない【日本代表】であり、1月にタイで開催されたアジア選手権は【23歳以下】である。

「日本代表の試合はゼロだった」と言うのは間違いではない。ただし、単純に「1957年以来」という一言で片づけてしまうと誤解を招きかねない。なぜなら1957年に日本代表は試合をやらなかったわけではないからだ。

57年は第二次世界大戦後初となる中国遠征を実施し、北京市や上海市などと7試合を戦い、2勝1分け4敗の成績で帰国した。しかし対戦相手が代表チームではないため「国際Aマッチ」とは認められず、57年の日本代表の試合は「ゼロ」という表記になってしまったというわけだ。

その後も60年代後半から日本代表は強化のために数多くの試合を消化したが、対戦相手はアジアやヨーロッパのアマチュアチームが多かった。このためほとんどの試合が国際Aマッチとは認められなかった。

当時の国際Aマッチといえば、すぐに負けていたW杯予選と五輪予選(だいたいが韓国に負けていた)、アジア大会(アジアカップは不参加)、そしてマレーシアで開催されていたムルデカ大会くらいしか国際Aマッチはなかった。

時代は移り1992年のキリン杯から対戦相手はヨーロッパと南米のクラブチームではなく、代表チームに変更した。日本代表の実力も初の外国人監督であるオフト氏の招聘で向上し、ダイナスティー杯やアジアカップで初優勝するなど結果が伴うようになった。

そして2019年の森保ジャパンはアジアカップとW杯予選、EAFF E-1選手権など23試合を戦い、そのすべてが国際Aマッチだった。それが20年は、「100年に1度」と言うほどの災禍・新型コロナウイルスに見舞われ、文字通りゼロ(Uー23アジア選手権も3試合で敗退)になった。

果たして来年、日本代表は何試合できるのか。今年のようにゼロではないことを、今は祈ることしかできない。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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J1過密日程を改めて考える/六川亨の日本サッカー見聞録

J1リーグは16日に4試合を行い、2位のC大阪はFW都倉が神戸GK前川の顔面をヒットする“勇み足"で一発退場になったものの、柿谷のヘッドによる1点を守りきって首位・川崎Fとの勝点差5をキープした。 神戸GK前川の父親は元日本代表で、広島や大分で活躍した前川和也氏である(日本が初優勝した92年のアジア杯準決勝の中国戦で交代出場し、トンネルで失点したプレーはいまも忘れられない)。 前川だけでなく、9日の第15節、FC東京対横浜FC戦では、横浜FCのボランチ安永がJ1デビューを飾った。彼の父・聡太郞氏は95年に横浜Mのリーグ優勝や、99年の清水のセカンドステージ優勝に貢献したFWである。こうした二世選手の活躍は、今後も増えることだろう。 ところで、C大阪対神戸戦はJ1リーグ第25節、FC東京対大分戦(2-3)と横浜FM対清水戦(3-0)は第24節、そして鳥栖対札幌戦(0-2)は第12節だったことをご存じだろうか。 鳥栖対札幌戦が第12節だったのは、鳥栖に新型コロナのクラスターが発生したため4試合が延期されたからだった。残りの3試合は、いずれも横浜FM、FC東京、神戸の3チームがACLに出場しているからだ。 そのACLだが、いま現在も東地区のグループステージがどこの都市で開催されるのか詳細は決まっていない。9月11日にはFC東京の長谷川監督が、質疑応答で「正式にJリーグから(日程変更などの)通達は来ていない。JFA(日本サッカー協会)からもきちんと来たわけではないので、なんとも言えない。正式に決まったら話をしたい」と、現状では対処しようのないお手上げ状態であることを明かした。 ACLの日程変更に関してJリーグの担当者は、「新しい日程だとJリーグの最終節とACLの決勝がかぶる(12月19日)。出場3チームと折衝中だが、Jリーグの最終節を後ろ倒しするのは天皇杯があって難しい」と答えていた。 彼の言う通り、12月20日の日曜日は天皇杯5回戦の2試合が、23日の水曜日には準々決勝2試合が組まれている。今年の天皇杯は変則スタイルで行われ、Jリーグ勢は23日の準々決勝にJ2とJ3の1位が出場し、J1の2チームは27日(日曜日)の準決勝から登場する。 Jリーグ勢が19日のACL決勝に出場したら、20日に最終節を移すことはできない。そこで23日に移すことは物理的に可能だ。実際、9月16日はJ1の4試合とJ2の1試合に加え、天皇杯の1回戦16試合も開催された。しかし、いくら可能とはいえJ1リーグの最終節と天皇杯の準々決勝を同日開催することは、常識的に考えても回避すべきだろう。 となるとJ1リーグの日程を前倒しするしか方法はない。現状では毎週末にリーグ戦が組まれていて、空いているのは水曜しかない。それも限られていて、10月は21日と28日、11月は11日と18日、そして12月は2日と9日だ。 恐らくJリーグはコロナの影響や自然災害などを想定して予備日を取っていたのだろう。これらに加えて「金J」を復活させるのか。 一番簡単な解決方法は、AFC(アジアサッカー連盟)が、「今シーズンのACLは中止になりました」と一言アナウンスすることだ。そうすれば、ACLのスポンサーと放映権を持っているテレビ局、そして代理店以外は諸手を挙げて喜ぶに違いない。 最後に、連戦における選手起用で監督はどんな苦労をしているのか。FC東京の長谷川監督のコメントを紹介しよう。 「基本的に3試合、4試合連チャンで出るとパフォーマンスは顕著に落ちてくる。2試合で落ちる選手もいる。そこらへんをトラッキングシステムで把握し、顔色を見ながら、普段の仕事(サッカー)を見ながら判断したり、ドクターやスタッフと話したりしながら判断している。ちょっとしたシグナルをどうキャッチするかが大事になる。選手は、誰もが(試合に)出たがるので、聞けば誰もが『大丈夫です』と言う。19連戦の、次(第16節の神戸戦)は9連戦目(2-2)でやっと半分。さらにACLを入れれば連戦が増えてくる。全試合フル出場は不可能なこと。どこかで見切りながら使うしかない」 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】</br>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.09.18 10:30 Fri
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代表もACLも渡航には2週間の隔離措置?/六川亨の日本サッカー見聞録

「あらゆる可能性を探っています。10月、11月と活動したい!」 そう力説したのはJFA(日本サッカー協会)の須原専務理事だった。9月10日、JFAの定例理事会後の記者会見で、日本代表の活動について「まだ正式発表はできませんが、最終調整中で、近々に発表できる」とも話していた。 気になるのはその活動場所だ。 別の記者からは、ACLの残り試合が海外で開催される場合や、日本代表の活動が海外になった際の渡航について質問が出た。 須原専務理事の答は「現状は世の中の方々と同じです。国よって渡航できるかどうか。渡航してから2週間の隔離があるかどうか。スポーツ選手も例外は許されていません。ACLも代表も、制約を前提に考えています」とのことだった。 国内組の日本代表候補はGK大迫(広島)と中村(柏)に、有力なのは川崎Fの田中、旗手、三笘、FC東京のDF渡辺、浦和DF橋岡あたりだろう。しかし2週間も隔離されるなら、クラブが招集を認めるとは思えない。 となると以前も報道にあったように、海外組だけで、ヨーロッパでキャンプをする可能性の方が高いだろう。すでにヨーロッパ各国ではネーションズリーグも始まっていて、ポルトガル、フランス、ベルギーが2連勝と好スタートを切った。日程さえうまく合えば試合も可能かもしれないし、そうなったら是非ともテレビで中継して欲しいところ。久保や南野のプレーは誰もが見たがっているはずだ。 一方、いまだハッキリしないのがACLの開催場所だ。東地区の日程を変更し、グループステージの残り試合から決勝までを11月15日から12月13日に開催すると10日に発表された。しかし東地区の詳細な開催場所・スタジアムはいまだアナウンスがない。 そしてこの日程では、当然のことながらJリーグも佳境を迎えているわけで、これに2週間の隔離が伴うようであれば参加を辞退するのは当然だろう。なぜJFAを始め韓国や中国、オーストラリアが大会の中止を働きかけないのか不思議でならない。それとも棄権したらペナルティーなどが生じるから、AFCが自ら断念するのを待っているのだろうか。 いずれにしても、こちらは今後の状況を静観するしかなさそうだ。 さて話は変わり、今年の殿堂掲額者が決まった。例年ならもっと早くに掲額者が決まり、9月10日に掲額式が開催されるのだが、今年は新型コロナの影響で式次第そのものが中止になった影響もあったのだろう。 すでに報道されているように、投票選考で木村和司氏、特別選考で元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏が選出された。 木村氏は1985年10月26日のメキシコW杯アジア最終予選、国立競技場で開催された韓国戦の直接FKが伝説となっている。しかしそのシュートも35年も前の出来事になった。彼を始め、日本サッカー界のレジェンドを紹介する際は、そのプレーも映像で流してほしいものだ(権利関係など細かいことは抜きにして)。 ちなみにこの殿堂入り、投票選考は75パーセント以上を獲得しなければならない。今年は碓井博行氏(藤枝東高、早大、日立でプレーした大型FW)、金田喜稔(天才的ドリブラー)、原博実氏(アジアの核弾頭と言われたFWで現Jリーグ副チェアマン)、木村氏に加え、水沼貴史氏(浦和南高、法大、日産、横浜Mで活躍したFW)が新たに加わった。 碓井氏、金田氏、原氏、木村氏の4氏は昨年も投票の対象だったものの、75パーセントの得票に届かなかったため、今年に持ち越しとなった。代わりに昨年は特別選考として西野朗氏、岡田武史氏、佐々木則夫氏の3氏が選出されたが、これはこれで誰も文句は言えない選考結果だろう。 この殿堂掲額、今年で17回目を迎え、2018年の加藤久氏、ラモス瑠偉氏からJリーガーが対象になった。今後は黎明期を支えたJリーガーが候補になるのだろう。どんな名前があがるのか、それはそれで楽しみである。 <hr>【文・六川亨】 1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた 2020.09.11 10:30 Fri
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コロナ禍におけるレフェリーの憂鬱/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は昨シーズンまで、約3ヶ月に1回の割合でレフェリーブリーフィングを開催していた。J1とJ2のプレーを中心に、「オフサイド」や「ハンド」など項目を立てて、実際のプレーからジャッジが妥当だったかどうか。ミスジャッジだったら、その原因はどこにあるのか検証する、メディアにとってはとても有益なブリーフィングだった。 しかし今シーズンは新型コロナの影響でJリーグはかつてない中断を余儀なくされた。このため2月に新シーズンのルール解説を行って以来、3回目となるレフェリーブリーフィングが9月3日に開催されたのだった。 例年のブリーフィングでは、J1からJ3まで数多くの試合が行われ、主審や副審の判断に至ってはそれこそ膨大な数になる。それらのジャッジのうち、20パーセントほどが「ミスジャッジだった」と審判委員会は認めてきた。 このこと自体、とても画期的な出来事である。JSL(日本サッカーリーグ)時代はもちろんのこと、Jリーグが開幕してからも試合後の主審に取材は許されないなど、JFAの審判委員会と医事委員会は「象牙の塔(外部からの干渉を拒絶する閉鎖的な社会のこと)」と揶揄されてきた。 ミスジャッジを認め、不運にも誤ったジャッジを下した主審に対しては、科したペナルティーの内容まで公表する「開かれた審判委員会」を実現した小川前審判委員長の功績は、改めて大きいことをここに紹介しておく。 さて今シーズンである。本来ならVARがJ1リーグに導入されるはずだった。そこでVARによりどれだけミスジャッジが減るのか秘かに注目していたが、残念ながら新型コロナの影響で導入は見送られた。こちらは来シーズンの楽しみに取っておくことにしよう。 このミスジャッジに関しては、今シーズンは審判団もリモート会議が多いため、何パーセントだったかという統計は取っていないと扇谷グループマネジャー(2020年VAR専任審判)は説明していた。 それでも、たぶん読者も記憶にあると思われるプレーがあるので一例を紹介しておこう。 8月19日の第11節、横浜FC対鹿島戦でのこと。前半25分、左サイドから攻め込んだ横浜FCは、クロスがニアサイドで混戦となり、バウンドボールが横浜FCのFW一美の左手に当たった。鹿島の選手はハンドをアピールしたものの、プレーは続行され、こぼれ球を皆川が押し込んで決勝点とした。 このプレーについて扇谷グループマネジャーは、「意図的ではなく偶発的なハンドだが、直後にゴール(もしくはチャンス)が産まれているためハンドの判定が妥当」とミスジャッジであることを認めた。 そしてその一因として、「レフェリーは、ペナルティーエリアではPKのジャッジなどDFのプレーに目が行きがちな習性がある」ことを指摘した。DFがハンドしたかどうかはPKにつながるだけに、そちらに神経を集中させるのは当然と言える。 そんなレフェリーにとっても、新型コロナの影響は少なからずあるようだ。今シーズンのJリーグの審判団は総勢154人だが、例年より少ないという。プロフェッショナルレフェリーを除けば、教員など仕事をしているレフェリーも多い。職種は違うものの、いずれも会社員であり、家庭を持っている人も少なくない。 このため、会社や家族から今シーズンはレフェリーを辞退してほしいと要請された人もいるという。地方で勤務されているレフェリーは、会社から感染の拡大している「東京、大阪、福岡の出張は認められない」と言われたり、「自家用車など、公共交通機関でなければ出張を認める」と言われたりしたそうだ。 あるいは、観客が5000人以下か50パーセント未満で、声を出しての応援が禁止されているため、「選手の声が聞こえるのが辛い」という意見や、自宅でジャッジした試合のVTRを見ていて、試合中は聞こえなかったベンチの声を聞いてストレスを感じているレフェリーが多いこともわかった。 選手や監督、コーチにしてみれば、納得のいかないジャッジに関し、レフェリーやアシスタントレフェリー、そして第4の審判員に対しても、つい声を荒げてしまうのはサッカーではよくあることだ。これまでは大観衆の声援で聞こえなかった両チームからの様々なクレームを、一身に引き受けなければならない。 こうしたレフェリーのメンタルケアをどうするかを、審判委員会でも検討する方向だと扇谷グループマネジャーは話していた。 新型コロナで長期に渡り節制を強いられているのは、監督・選手だけではないことを痛感した今シーズン3回目のレフェリーブリーフィングだった。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】</br>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.09.05 22:15 Sat
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Jの過密日程で思い出したクラブW杯/六川亨の日本サッカー見聞録

Jリーグは8月26日(水)に、神戸vs川崎F(2-2)、FC東京vs鹿島(1-2)、横浜FMvs札幌(4-1)の3試合を消化した。この3試合は、本来なら10月下旬以降に開催される第24〜29節だったが、神戸、FC東京、横浜FMの3チームは10月下旬にACLのグループステージの残り4試合があるため、前倒しで26日に試合を開催したのだった。 このため当該3チームは23日から29日までの1週間で、3試合を中2日で消化する超過密日程になっている。さらに9月は16日と30日の水曜日に試合(第24〜25節と第25〜29節)があり、10月は22〜23日からACLのグループステージ残り4試合が控えている。 そのACLだが、セントラル方式に変更され、神戸と横浜FMの所属するグループGとグループHはマレーシアでの開催が決定した(FC東京の入ったグープFの開催地は未定)。ただ、条件は他チームと同じとはいえ、4試合を中2日で消化するのはかなりハードな日程だ。それが1年を通して熱帯気候のマレーシアでの開催となると、「地獄の4連戦」と言っても過言ではないだろう。 と言ったところで、突然ACLの話題に驚いている読者もいるかもしれない。なぜACLを取り上げたかというと、今週初め、AFC(アジアサッカー連盟)から「クラブW杯の出場チームにヨーロッパからはバイエルン・ミュンヘンが決まりました」というメールが来たからだ。 ご存じのように、CLは初優勝を狙ったパリSGを1-0で下したバイエルンが6度目の欧州王者に就任した。リーグではダントツの強さで8連覇を達成したし、今シーズンのレバンドフスキのゴールラッシュは尋常ではなかった。 例年だと、CL決勝が終わればヨーロッパのシーズンも終了で、一息つくのが恒例だった。 しかし今シーズンは新型コロナの影響で、日本はもちろん世界中のサッカーカレンダーが狂っている。欧州各国リーグを特集した総集編がすでに本屋に並んでいるし、すでに開幕したロシア・リーグでは移籍したばかりの橋本拳人(FCロストフ)が早くも2ゴール目を決めた。 スペインからは、ビジャレアルに移籍した久保建英が新チームで地元ファンの注目を集めているというニュースも届いている。こちらも新シーズンの開幕が楽しみだーーといった具合に、興味の的は久保であり、移籍話が急浮上しているメッシの去就で、申し訳ないがクラブW杯に関してはAFCからメールが来るまでその存在を忘れていた。 「今年もやるの?」というのが正直な感想と言っていい。UEFA(欧州サッカー連盟)は日程を大幅に変更してCLを消化した。しかし身近なACLでさえ、日程こそ決まったものの10月下旬にグループステージの4試合、さらにはその後の決勝トーナメントを開催できるのかどうか半信半疑である。 10月は8日と13日にW杯アジア2次予選のミャンマー戦とモンゴル戦が予定されていたが、FIFA(国際サッカー連盟)とAFCが協議した結果、来年に延期された。それは11月12日と17日のタジキスタン戦、キルギス戦も同様だ。 そういう社会情勢で、マレーシアにグループGとHの4カ国8チームが入国することが果たして可能なのだろうか。開催地が未定のグループF(FC東京、上海申花、パース・グローリー、蔚山現代)も日本、中国、オーストラリア、韓国が開催地として立候補することはないだろう。 試合開催まで、まだ2ヶ月近くあるとはいえ開催地が決まっていないのは、それだけ手を上げる国がいないと推測される。AFCの本部があるマレーシアにしても、新型コロナの感染状況次第でいつ開催を返上するかわからない。 そうした状況下で、CONMBOL(コンメボル=南米サッカー協会)は9月15日よりリベルタドーレス杯のグループリーグを再開する予定でいるが、ブラジルなど南米各国は新型コロナが猛威をふるっている感染拡大地域だ。アジア以上に開催条件は厳しいかもしれない。 こうして、すでに終わったヨーロッパ以外の各大陸で試合開催が不安視されているだけに、今年のクラブW杯(12月9日〜19日・カタールで開催)は、最後の大会(今後は参加数を増やして4年に1回の開催へ変更)とはいえ、そろそろ中止を検討すべきではないだろうか。 テレビの放映権料に加えスポンサーとの契約などでも問題が生じるだろうが、これはFIFAと各大陸連盟が協力して代替案を出すしかないだろう。そう簡単に解決できる問題ではないだけに、早め早めの決断が必要になる。 たぶん多くのファン・サポーターは、今年は大会があることを忘れていると思うのだが……。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】</br>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.08.27 22:00 Thu
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今年のJ1は大学勢の当たり年?/六川亨の日本サッカー見聞録

新記録達成はあっけなかった。8月19日のJ1リーグ第11節、ここまで10試合で失点6の堅守を誇る2位・C大阪だったが、首位の川崎Fに前半で逆転を許して劣勢に立たされると、後半も3失点で2-5の大敗を喫した。 これで川崎Fは第2節から10連勝で、90分以内での年度をまたがない同一シーズンの最多連勝記録を達成した。好調・川崎Fの強さを改めて述べる必要はないだろう。C大阪戦でも車屋や守田らレギュラークラスがサブに控えつつ、試合終盤での起用でしっかりとゲームをクローズさせる。その一方で三笘とレアンドロ・ダミアンは後半からの出場でもゴールという結果をきっちり残す。 今シーズンは新型コロナの影響で交代枠が5人に拡大されたが、下部組織出身でレンタルバックのFW宮代に経験を積ませるなど、鬼木監督のベンチワークの“妙”も見逃せない。齋藤学や山村和也がベンチ入りできないほど選手層は厚いだけに、この先も大崩れするとは考えにくい。今後は優勝争いではなく、単純に「どこが川崎Fをストップするか」に注目が集まる日も近いかも。 欲を言えば、これだけ豊富なタレントを擁しているだけに、川崎FにはACLに出て欲しかった(ただし今シーズンのACLは無事に最後まで開催できるか未定だが)。 その川崎Fを牽引している選手として、ルーキーの旗手怜央と三笘薫の名前をあげても異論はないだろう。2人とも順天堂大と筑波大の中心選手で、大学時代から五輪代表に招集されていた逸材だ。 そして彼ら以外にも、今シーズンのJ1は大卒ルーキーの活躍が目立つ。FC東京では安部柊斗と中村帆高の明治大コンビだ。ボランチの安部は第11節の広島戦ではJ1初ゴールを決めた。同じく右SB中村は、広島戦ではハノーバーに移籍した大学の先輩・室屋の代役を務めた。 FC東京には法政大のインカレ優勝に貢献した右MF紺野和也もいるが、いまのところ交代出場にとどまっており、大学時代のチームメイトであるFW上田綺世(鹿島)も湘南戦での負傷で治療が長引いているのは残念なところ。 明治大つながりでいけば、鳥栖のSB森下龍矢も開幕戦からポジションをつかみ、今シーズン初勝利となった第8節のFC東京戦(3-2)ではJ1初ゴールを決めた。 Uー23日本代表の常連で、札幌入りした田中駿汰(大阪体育大)は、第4節からスタメンに定着すると、第5節の仙台戦(2-2)ではアディショナルタイムのJ1初ゴールでドローに貢献した。 こうして見ると、2020年シーズンは大卒ルーキーの当たり年と言えるかもしれない。その理由の1つとして、新型コロナによる春先の中断期間がチームに馴染む時間を与えたという声がある。あるいは、交代枠が5人に増えたことで起用される機会が広がったという意見だ。 それらも一理あるかもしれないが、中断期間中はグループトレーニングを禁止されていた時期もあった。また、起用されても結果を残せなければ出番は限られてくる。 それよりも、選手個々のポテンシャルが高いこと。それに加えて1年延期されたものの東京五輪に向けた強化が、彼らの成長を促したのではないだろうか。 2018年1月、中国で開催されたUー23アジア選手権にUー21日本代表として出場し、その後はパラグアイ遠征、トゥーロン国際大会を経て、ロシアW杯後はインドネシアでのアジア大会と年末のドバイカップに参加。年が開けた2019年はUー23アジア選手権予選に始まりトゥーロン国際大会、北中米遠征、キリンカップ、年末のEAFF E-1選手権で日本代表を経験した選手も含め、2020年1月はUー23アジア選手権と強化を重ねてきた。 その間、主力のほとんどはJリーグに所属する選手で、大学勢は少数派だった。しかし今シーズンは川崎Fの好調も含め、旗手と三笘の活躍は代表(の活動があれば)に呼ばざるを得ないだろうし、それは田中碧も同じだ。 来年、東京五輪が無事に開催されるかどうかは別にして、24歳以下に出場枠が拡がったこと、大学勢が卒業後のJリーグで頭角を現したことで、五輪代表はかつてないほど競争が激化している。もちろん中心選手はビジャレアルに移籍した久保建英になるだろうが、OA枠も含めてどんな18名になるのか。 競争は今後も続くだけに、大学勢といわずルーキーの台頭は大歓迎だ。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】</br>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.08.21 19:40 Fri
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