失った1年を取り戻したい…思いを込めたカンドレーバのスーパーミドルが凄かった!
2019.08.27 15:00 Tue
インテルのイタリア代表MFアントニオ・カンドレーバが、セリエA開幕節で目の覚めるようなスーパーミドルを決めた。
インテルは26日、セリエA第1節で昇格組のレッチェと対戦した。試合は21分にFWマルセロ・ブロゾビッチのゴールで先制。その3分後には新加入のMFステファノ・センシの初ゴールで2点差に。60分には今夏の目玉新戦力となったFWロメル・ルカクにもゴールが生まれ余裕の展開とし、迎えた84分、先発フル出場のカンドレーバにゴールが生まれた。
敵陣中央右寄りの位置でボールを持ったカンドレーバは相手のチェックが来ないとみるやそこから右足を一閃。27m超のミドルシュートがゴール左上に突き刺さった。
4-0で快勝した試合の後、カンドレーバは今シーズンに込めた思いを語った。イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が伝えている。
「昨シーズン、僕は1年を失ってしまった。それを取り戻したいと思う。(アントニオ・)コンテはすべての選手にとって正しい監督だ」
「ゴール?上手くいったよ。喜びは妻のアレグラに向けたんだ」
今季で4シーズン目を迎えているカンドレーバだが、昨シーズンは思うような1年を過ごすことが出来なかった。公式戦29試合の出場も、そのほとんどが途中出場でフル出場したのはわずか3試合のみ。リーグ戦で90分通じてピッチに立ち続けた試合はなく、トータル493分の出場時間にとどまっていた。
インテルは26日、セリエA第1節で昇格組のレッチェと対戦した。試合は21分にFWマルセロ・ブロゾビッチのゴールで先制。その3分後には新加入のMFステファノ・センシの初ゴールで2点差に。60分には今夏の目玉新戦力となったFWロメル・ルカクにもゴールが生まれ余裕の展開とし、迎えた84分、先発フル出場のカンドレーバにゴールが生まれた。
敵陣中央右寄りの位置でボールを持ったカンドレーバは相手のチェックが来ないとみるやそこから右足を一閃。27m超のミドルシュートがゴール左上に突き刺さった。
「昨シーズン、僕は1年を失ってしまった。それを取り戻したいと思う。(アントニオ・)コンテはすべての選手にとって正しい監督だ」
「ゴールが出来て嬉しいよ。勝てたことがなによりだけどね。望んでいたパフォーマンスを見せることが出来た」
「ゴール?上手くいったよ。喜びは妻のアレグラに向けたんだ」
今季で4シーズン目を迎えているカンドレーバだが、昨シーズンは思うような1年を過ごすことが出来なかった。公式戦29試合の出場も、そのほとんどが途中出場でフル出場したのはわずか3試合のみ。リーグ戦で90分通じてピッチに立ち続けた試合はなく、トータル493分の出場時間にとどまっていた。
antonio candreva has always struck the ball as if it insulted his mother in the most vulgar of fashions pic.twitter.com/qyjanbbPK9
— A West (@ayyy_west) August 26, 2019
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