ヴェンゲルはシティ相手の完敗認めず、「“ソフト”なPKとオフサイドの判定が試合全体に影響した」
2017.11.06 16:52 Mon
▽アーセナルを率いるアーセン・ヴェンゲル監督は、1-3で完敗したマンチェスター・シティ戦でのレフェリングに大きな不満を示している。同監督がイギリス『スカイ・スポーツ』で語った。
▽アーセナルは、5日に敵地エティハド・スタジアムで行われたプレミアリーグ第11節を1-3で敗戦した。対トップ6とのアウェイゲームで17戦ぶりの勝利を目指したアーセナルだが、19分にMFケビン・デ・ブライネに先制点を許すと、後半立ち上がりの49分にはDFナチョ・モンレアルがボックス内でFWラヒーム・スターリングを後方から倒してPK献上。これをFWセルヒオ・アグエロに決められ、点差を広げられる。
▽その後、途中出場のFWアレクサンドル・ラカゼットのゴールで点差を縮めるも、75分にはFWガブリエウ・ジェズスにややオフサイド気味ながら決定的な3点目を許し、またしても苦手のアウェイゲームで屈した。
▽この試合後、ヴェンゲル監督はPKの判定を下したマイケル・オリバー主審、3失点目の場面でアシストを記録したMFダビド・シルバのオフサイドを見逃した副審を痛烈に批判した。
「“ソフト”なPKとオフサイドの判定など、今日の試合では主審が試合全体に影響を及ぼす判定を下したと言わざるを得ない。我々は昨年ここで戦ったときも、彼らは2つのオフサイドによるゴールを決めた。個人的にレフェリングのレベルは毎シーズン落ちてきており、審判団は十分に機能していないと感じている」
▽主審の判定に苦言を呈した一方、ヴェンゲル監督は自身の採用した戦術を含めてチームのパフォーマンスを称賛している。
「個人的に両チームがインテンシティとクオリティを示した試合だったと思う。もちろん、マンチェスター・シティは高い評価に値するが、我々は彼らに対して、多くの危険な状況やチャンスを作り出した」
「我々は驚異的なスピードと危険なカウンターアタックを仕掛ける相手に対して、非常に良いプレーを見せたと思う。彼らに対して多くの危険な状況を作り出したし、90分間戦い続けた」
「前半に関しては少し深い位置でプレーし過ぎていたと感じるが、後半はより自分たちのゲームをした。2-1の状況から2-2まで追いつく可能性もあったが、3-1というスコアによって試合が殺された」
▽確かに、2つの判定が試合結果に大きな影響を与えたことは事実だ。その一方で、シティが再三の絶好機を1つでも決めていれば、より大差での結果も予想されただけにヴェンゲル監督の今回の物言いは、やや負け惜しみの印象が拭えない。
▽アーセナルは、5日に敵地エティハド・スタジアムで行われたプレミアリーグ第11節を1-3で敗戦した。対トップ6とのアウェイゲームで17戦ぶりの勝利を目指したアーセナルだが、19分にMFケビン・デ・ブライネに先制点を許すと、後半立ち上がりの49分にはDFナチョ・モンレアルがボックス内でFWラヒーム・スターリングを後方から倒してPK献上。これをFWセルヒオ・アグエロに決められ、点差を広げられる。
▽その後、途中出場のFWアレクサンドル・ラカゼットのゴールで点差を縮めるも、75分にはFWガブリエウ・ジェズスにややオフサイド気味ながら決定的な3点目を許し、またしても苦手のアウェイゲームで屈した。
「“ソフト”なPKとオフサイドの判定など、今日の試合では主審が試合全体に影響を及ぼす判定を下したと言わざるを得ない。我々は昨年ここで戦ったときも、彼らは2つのオフサイドによるゴールを決めた。個人的にレフェリングのレベルは毎シーズン落ちてきており、審判団は十分に機能していないと感じている」
「彼らのフィジカルレベルは上がっているが、そこに判断が伴っていない。1-2の状況において我々にもチャンスはあったが、明らかなオフサイドで3点目が決まり、我々にとっての試合は殺された」
▽主審の判定に苦言を呈した一方、ヴェンゲル監督は自身の採用した戦術を含めてチームのパフォーマンスを称賛している。
「個人的に両チームがインテンシティとクオリティを示した試合だったと思う。もちろん、マンチェスター・シティは高い評価に値するが、我々は彼らに対して、多くの危険な状況やチャンスを作り出した」
「我々は驚異的なスピードと危険なカウンターアタックを仕掛ける相手に対して、非常に良いプレーを見せたと思う。彼らに対して多くの危険な状況を作り出したし、90分間戦い続けた」
「前半に関しては少し深い位置でプレーし過ぎていたと感じるが、後半はより自分たちのゲームをした。2-1の状況から2-2まで追いつく可能性もあったが、3-1というスコアによって試合が殺された」
▽確かに、2つの判定が試合結果に大きな影響を与えたことは事実だ。その一方で、シティが再三の絶好機を1つでも決めていれば、より大差での結果も予想されただけにヴェンゲル監督の今回の物言いは、やや負け惜しみの印象が拭えない。
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