「友だちだと思っていたのに」UEFA会長がESL構想の中核を担ったユベントス会長に失望
2021.06.06 14:25 Sun
欧州サッカー連盟(UEFA)のアレクサンデル・チェフェリン会長が、欧州スーパーリーグ構想について、そのリーダー格となったユベントスのアンドレア・アニェッリ会長に「裏切られた」と感じているようだ。フランス『レキップ』が伝えている。
去る4月、それまで噂程度に過ぎなかったSL構想の詳細が明るみになり、プレミアリーグのビッグ6をはじめ、ラ・リーガの3強やセリエAの絶対王者ユベントスを筆頭としたイタリアの3クラブが合意済みであることがサッカー界に衝撃を走らせた。
しかし、関係各所から非難の声が相次ぎ、レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長の扇動のもと行われた“夢の計画”は脆くも崩れ去った。
まだその火種はくすぶっているとされる中、強い否定の意思を示していたチェフェリン会長が改めて言及。これまで良好な関係を築いていたはずのアニェッリ会長に対する大きな失望をあらわにした。
「今回のケースは、主唱者を3つのカテゴリーに分けることができる。アンドレア・アニェッリはその第一部類に該当するだろう。これは個人的な意見だ。私の目には、もはやあの男の姿は映っていない」
なお、この一件で大きな批判を浴びたアニェッリ会長は辞任を検討していると言われている。
去る4月、それまで噂程度に過ぎなかったSL構想の詳細が明るみになり、プレミアリーグのビッグ6をはじめ、ラ・リーガの3強やセリエAの絶対王者ユベントスを筆頭としたイタリアの3クラブが合意済みであることがサッカー界に衝撃を走らせた。
しかし、関係各所から非難の声が相次ぎ、レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長の扇動のもと行われた“夢の計画”は脆くも崩れ去った。
「今回のケースは、主唱者を3つのカテゴリーに分けることができる。アンドレア・アニェッリはその第一部類に該当するだろう。これは個人的な意見だ。私の目には、もはやあの男の姿は映っていない」
「私は彼とは友達だと思っていた。だが、奴は最後の最後まで私に嘘をつき、『何も心配することはない』と言い続けた。前日にはスーパーリーグ発足に必要な書類に全てサインしていたというのに」
なお、この一件で大きな批判を浴びたアニェッリ会長は辞任を検討していると言われている。
アレクサンデル・チェフェリンの関連記事
ユベントスの関連記事
セリエAの関連記事
記事をさがす
|
|
アレクサンデル・チェフェリンの人気記事ランキング
1
「100年というのは一度きり」南米サッカー連盟会長が2030年W杯の「64カ国」案を再度推す、会長「地球上の誰1人として、この祝賀行事から取り残されないため」
南米サッカー連盟(CONMEBOL)はのアレハンドロ・ドミンゲス会長は、2030年のワールドカップ(W杯)に関して、参加チームを一時的に64カ国にすることを望んでいるようだ。『The Athletic』が伝えた。 W杯はこれまで32カ国の参加で行われてきた中、2026年の北中米W杯は48カ国の参加に増加。大会方式が大きく変更となる。 2030年大会は、第1回W杯からちょうど100周年を迎えるメモリアル大会となり、スペイン、ポルトガル、モロッコの共催ながらも、開幕戦の記念試合をウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイで実施することも決まっている。 そんな中、3月5日に行われた国際サッカー連盟(FIFA)の理事会にて、ウルグアイサッカー協会のイングアシオ・アロンソ氏が64カ国参加の案を提案。その後、欧州サッカー連盟(UEFA)のアレクサンデル・チェフェリン会長は「悪いアイデアだ。自体にとっても良いアイデアではないし、我々の予選にとっても良いアイデアではない」として却下していた。 CONMEBOLのドンミンゲス会長は、10日に行われたCONMEBOL総会にてこの件についてコメント。「100年というのは一度きりの出来事であり、100周年記念式典は特別なものになると確信している」とコメント。大会方式にも触れた。 「だからこそ、我々は今回初めて、この記念すべき大会を3大陸で同時に64チームで開催することを提案する。全ての国がグローバルな体験をする機会を持つため、そして地球上の誰1人として、この祝賀行事から取り残されないためにだ。たとえ世界中で開催されていても、我々のパーティーだ」 FIFAの加盟協会は「211」。64カ国の出場となれば、4分の1以上が出場することとなり、初めて世界の舞台に立つ国も多く現れることになることは間違いない。 2025.04.11 16:55 Fri2
新フォーマットのCLは大成功? UEFA会長は「完璧な成功」と自信…シティvsレアルはイギリスで400万人超が視聴する記録も
2024-25シーズンからチャンピオンズリーグ(CL)を含めて新フォーマットに変更となった欧州サッカー連盟(UEFA)の大会。アレクサンデル・チェフェリン会長は、多くの人々が満足感を持っていると語った。 CLやヨーロッパリーグ(EL)、UEFAカンファレンスリーグ(ECL)は、これまで4チームが1つのグループとなり、8つのグループで戦うグループステージと、ラウンド16以降のノックアウトステージという形式で行われてきた。 しかし、2024-25シーズンから大会方式を一新。出場チームが4チーム増えて36チームとなり、1つのリーグに変更。CLとELは各チームが8つの異なるチームとホームとアウェイで4試合ずつ戦い、ECLは6つの異なるチームと対戦。上位8チームがラウンド16に進出し、9位から24位までのチームがラウンド16に向けたプレーオフを戦う方式となった。 すでにラウンド16の進出チームが決まり、各大会のラウンド16以降の組み合わせも決定した中、チェフェリン会長は母国スロベニアの新聞『DELO』にCLの手応えを語った。 「私は肯定的な反応しか聞いていない。当初は、変更があるたびに登場する待機していた批評家に注目が集まっていた」 「今では99%の人々が、リニューアルされたチャンピオンズリーグに満足していると私は推測している」 「この大会は以前よりもさらに予測不可能で、最後の瞬間まで出場権を獲得できるかどうかは誰にもわからなかった。これは完璧な成功であり、チャンピオンズリーグの視聴率は素晴らしいものとなっている」 実際に今シーズンは、これまでの方式であれば確実にラウンド16に進んでいたと言っても良いレアル・マドリーやマンチェスター・シティ、パリ・サンジェルマン(PSG)、バイエルンなどがプレーオフに回る事態に。さらに、そのプレーオフでは、マドリーvsシティのビッグマッチも誕生するなど、大会全体を見れば山場がいくつもでき続ける状況となり、消化試合が生まれなくなったと言って良いだろう。 実際にイギリス国内におけるマドリーvsシティの視聴は、1stレグで400万人を超え、イギリスにおける『Amazon Prime』のライブスポーツイベントのストリーミング記録を更新していた。 一方で、選手の福祉やエリート層とその他のサッカー界の貧富の格差拡大を巡っては批判されることも。試合数が増えることで、国内リーグにも影響が出るのではないかと、サポーターも危惧している部分はあった。 2025.02.25 12:30 Tue3
ロシアの復帰に期待、FIFA会長が停戦交渉が進む中で言及「復帰となれば全てが解決する」
国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長が、ロシアの復帰に期待を寄せた。 ロシアは、2022年2月にウクライナへの軍事侵攻を行い、3年が経過した現在もまだ続いている状況だ。この軍事侵攻を受け、ロシア代表とロシアのクラブはFIFA、そして欧州サッカー連盟(UEFA)の大会から追放されている。 そんな中、3月にはアメリカが仲介し、ロシアとウクライナの和平交渉がサウジアラビアで行われ、停戦に向けて話が進められている状況だ。 FIFAは3日、セルビアのベオグラードで第49回通常総会を開催。その中でインファンティーノ会長はロシアの早期復帰への期待を口にした。 「ウクライナの和平交渉が進む中、早く次の段階に進み、サッカー界にロシアも復帰できることを期待している。そうすれば全てが解決することになるからだ」 「我々が応援し、祈るべきはそれだ。なぜなら、それがフットボールの本質だからだ。分断ではなく、女子、男子を団結させ、どこにいても人々を団結させることなのだ」 停戦が合意されれば、ロシアの復帰への道が開けるが、UEFA執行委員会の過半数が賛成しなければならず、UEFAのアレクサンデル・チェフェリン会長は3日に自身の立場を改めて表明した。 「これまで何度も言ってきたように、戦争が終われば彼らは再入国を認められるだろう」 まずは停戦合意が先ではあるが、ロシアが国際サッカーの舞台に戻ってくる日も近づいているようだ。 2025.04.04 13:15 Fri4
「正しい動きではない」W杯64カ国への拡大案に欧州、アジアに続いて北中米カリブ海からも反対
第1回大会開催から100周年を迎える2030年のワールドカップ(W杯)。64チーム参加という提案がなされている中、反対の意見も強く出ている。 2026年の北中米W杯は史上初となる48チームの参加に拡大となる中、その4年後の2030年は64チーム参加への拡大を南米サッカー連盟(CONMEBOL)が提案している。 2030年大会はスペイン、モロッコ、ポルトガルの3カ国共催となり、記念試合となる開幕ゲームは南米で行われるという特別な方式をとることとなっている。 そんな中、CONMEBOLはさらなる盛り上がりのため、参加チームの拡大を国際サッカー連盟(FIFA)に提案。現行のW杯から倍の参加国にしたい考えを示している。 一方で、この提案には欧州サッカー連盟(UEFA)のアレクサンデル・チェフェリン会長やアジアサッカー連盟(AFC)のシェイク・サルマン・ビン・イブラヒム・アル=ハリーファ会長は反対。「もしこの問題が変更の余地を残したままであれば、大会を64チームに拡大する道が開かれるだけではないだろう」とコメント。「誰かが来て、チーム数を132に増やせと要求するかもしれない。そうなったらどうなるか?大混乱に陥る」としていた。 また、これに追随して北中米カリブ海(CONCACAF)のビクター・モンタリアーニ会長も批判。『ESPN』にコメントしている。 「男子ワールドカップを64チームに拡大することは、大会自体、そして代表チームからクラブ大会、リーグ、選手に至るまで、より広範なサッカーのエコシステムにとって正しい動きではないと思う」 「48チームによる新しいワールドカップはまだ始まってもいないのに、個人的には64チームへの拡大は検討すべきではないと思う」 FIFAの第75回総会は5月15日にパラグアイで開催。この案が議論される可能性がある。もし承認された場合は、2030年大会は128試合で構成されることとなり、カタールW杯の2倍の試合数となる。 2025.04.15 19:55 Tue5
FIFA総会に会長が2時間以上の遅刻…トランプ大統領と中東訪問を優先、UEFA会長らは非難し途中退席
欧州サッカー連盟(UEFA)のアレクサンデル・チェフェリン会長が、総会に大遅刻した国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長を非難した。イギリス『BBC』が伝えた。 15日、パラグアイのアスシオンで第75回FIFA総会が行われた。 しかし、インファンティーノ会長は2時間17分の遅刻。理由は、アメリカのドナルド・トランプ大統領と共に中東を外交歴訪しており、遅れることとなった。 会議の前の中東訪問は「政治と経済の世界的指導者との重要な協議にサッカー界を代表する機会となるため、非常に重要だった」と説明したインファンティーノ会長だが、UEFAのチェフェリン会長やイングランドサッカー協会(FA)のデビー・ヒューイット会長らは、抗議のために休憩時間で総会を退席したという。 UEFAは声明を発表。「直前の変更は非常に残念だが、指摘しなければならない点がある」として、インファンティーノ会長の行動を批判した。 「FIFA総会は世界のサッカー界で最も重要な会議の1つで、世界のサッカーに携わる211カ国が集まり、世界中のスポーツに影響を与える問題を議論するものだ」 「単に私的な政治的利益を優先するためと思われる理由で、土壇場でスケジュールが変更されたことは、総会には何の役にも立たず、総会の利益を二の次にしているように思える」 「我々は全員、街頭から表彰台までサッカーに奉仕する立場にあり、FIFA評議会のUEFAメンバーは、この機会が最優先であることを強調し、当初の予定通り退席する必要性を感じた」 当然、インファンティーノ会長がいなかったために会議のスタートが遅らされたが、予定の時間でチェフェリン会長らは退席しただけだとした。 ノルウェーサッカー連盟のリーゼ・クラベネス会長も「年次総会は国際サッカーの健全な統治を確保する上で最も重要な機関である」とし、「状況は憂慮すべきものだ。加盟団体は、最高レベルの専門的なリーダーシップと対話を期待し、世界中からパラグアイでのこの会議に参加してきた」と、軽んじられていることに怒りを見せた。 なお、北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)の代表者数名も早期に退席。苦しい言い訳が続いたようだが、今後どういった動きを見せるだろうか。 2025.05.16 18:10 Friユベントスの人気記事ランキング
1
ディ・グレゴリオがユベントスの一員として古巣インテル戦へ…感謝語る「13歳で父を亡くした僕にもっとも寄り添ってくれたのがインテルの大人たち」
ユベントスのイタリア代表GKミケーレ・ディ・グレゴリオ(27)が半生を振り返った。 昨季のモンツァでセリエA最優秀GK賞を受賞したディ・グレゴリオ。セリエC、セリエBを合わせ、イタリア3ディビジョンで最優秀GK賞を受賞した形となった、まさに叩き上げである。 そして今季、27歳でユベントスの一員に。そんなディ・グレゴリオだが、元々サッカーキャリアは少年時代にインテルからスタート。半生をイタリア『Repubblica』で振り返った。 「インテルのプリマヴェーラ(ユース)でスクテッドに輝き、プロキャリアはセリエBからの出発になるだろうとね。そしたら、セリエCしかオファーが来なくて。そこで感じたのは、“ああ、一歩ずつ進むしかないんだ…”ということ」 ディ・グレゴリオは19歳でインテルU-19からセリエCのレナーテへレンタル移籍し、そこから5年間、ひたすら下部リーグでの武者修行生活。本意ではなかった歩みだが、這い上がりを目指して奮闘したと言う。 「インテルは7歳で入って19歳で去った。セリエCでは、家族を養うためにはもはや救済を得るしかない…という34〜35歳の選手とも一緒にプレーし、そういった選手を見てきたおかげで、なんとか立ち続けることができたんだ」 「インテル? 恨んでいるわけないだろう。僕は13歳で父親を亡くしたが、幼い僕にもっとも寄り添ってくれたのが、当時インテルにいた大人たちだ。レンタル生活からインテルに戻るイメージは正直湧かなかったが、それでもあそこには生涯忘れられぬ良い思い出がある」 「僕の家族は、代々ミランのファンでね(笑) しかし僕だけが、チームどうこうよりも選手個人 を好きだった。インテルならハビエル・サネッティやジュリオ・セザール、ミランはカカとクリスティアン・アッビアーティ、ユーベはジャンルイジ・ブッフォン…チームを理由に誰かを憎む人間がいることが信じられない」 今やユベントスの一員となったディ・グレゴリオは27日、“古巣”インテルと伝統のイタリア・ダービーで対戦することに。舞台はかつてインテルの一員として立つことを望んだジュゼッペ・メアッツァだ。 「代理人が『落ち着いて戦えよ』って僕にうるさいんだよ(笑) けど、この一戦だからといって、僕に特別なメンタリティはない。いつも通り、冷静にプライドを持って臨むだけさ」 「だけど、ユベントスもセリエAも手が届かない存在だった時代が僕にもある。そう思うと、このカードに出場できたら感慨深いね」 2024.10.25 17:30 Fri2
【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.35“カペッロ・ユーベ”失意のカルチョーポリ/ユベントス[2005-06]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.35</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">2005-2006シーズン/ユベントス 〜カペッロ・ユーベ〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/2005-06juventus.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:ファビオ・カペッロ(59) 獲得タイトル:セリエA(後にカルチョ・スキャンダルで剥奪) 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力10:★★★★★★★★★★ タレント9:★★★★★★★★★☆ 連係9:★★★★★★★★★☆ 選手層8:★★★★★★★★☆☆ </p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">失意のカルチョーポリ</div> 名将・カペッロが就任した前シーズンにスクデットを奪還したユベントスは、この2005-06シーズンで圧巻の強さを見せる。当時のセリエA記録(2013-14シーズンのローマに開幕10連勝で破られた)となる開幕9連勝を達成すると、前半戦を17勝1分1敗という成績で終える。後半戦では無敗を維持しながら首位を独走し、追いすがるミランを振り切ってセリエA連覇を達成した。 しかし2006年4月、カルチョを震撼させる事件が起きる。イタリアサッカーに絶大な影響力を持つユベントスのモッジ会長を中心に八百長が行われていたことが発覚。2004-05シーズンとこのシーズンにユベントスが獲得したスクデットが剥奪され、クラブ史上初のセリエB降格となる処分を下される憂き目に遭った。 この影響で、ファビオ・カンナバーロやイブラヒモビッチといった2連覇に貢献した主力選手が相次いでチームを離れ、イタリア屈指の名門が地に落ちることとなる。それでも、デル・ピエロやネドベド、ブッフォンらスター選手が残留したチームは、翌シーズンに圧倒的な強さでセリエBの首位を走り、1年間でセリエAに舞い戻った。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">THE・ソリッド</div> ミランで黄金期を築き、ローマにスクデットをもたらしたカペッロは、ユベントスでも自らのスタイルを信条に隙のない非常にソリッドなチームを作り上げた。アーセナルからヴィエラを獲得し、磐石のセンターラインを築き上げると、堅守から前線のタレントを生かしたカウンターで得点を奪った。 守備面ではブッフォンがケガで出遅れたものの、アッビアーティが確実にその穴を埋め、カンナバーロやテュラムを中心に堅守を見せる。右サイドバックには全盛期のザンブロッタがアップダウンを繰り返し、左では売り出し中のキエッリーニとバルザレッティが果敢なプレーで攻守に貢献した。 中盤ではダブルボランチのエメルソンとヴィエラが抜群のフィルター能力で安定をもたらす。両サイドには円熟味あるプレーでチームを牽引するネドベドと、卓越したテクニックから精度の高いパスを供給するカモラネージを擁し、質の高い攻撃を披露した。 前線では、2年目ながら前線の軸となったイブラヒモビッチが、ゴール前で真価を発揮するトレゼゲと2トップを形成。クラブのバンディエラであったデル・ピエロはベンチを暖める日々が多かったが、ピッチに出ればゴールで監督の起用に応えた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">DFファビオ・カンナバーロ(32)</span> 176cmとセンターバックとしては小柄ながら、それを補って余りあるジャンプ力を誇る。このシーズンは、対人プレーの強さや抜群の読みなど、ディフェンダーとして完璧なパフォーマンスを披露。パルマ時代のチームメートであるブッフォンとテュラムとともに鉄壁の守備を築いた。さらに、シーズン後に開催されたドイツワールドカップ2006ではアッズーリを優勝に導き、ディフェンダーながらその年のバロンドールを獲得した。 2019.04.20 22:00 Sat3
1チームに1人欲しかった“万能型サイドバック”、ジャンルカ・ザンブロッタ
現代サッカーにおいて、最も重要なポジションとも言われ、その重要性が高まっているのがサイドバックだ。 言わずもがな、4バック、または5バック時に最終ラインの両サイドに位置するポジション。3バックのシステムを採用するチームも増え、ウイングバックというポジションが増えたこともあるが、多くの役割を担うことが多いポジションだ。 かつてのサイドバックは、フルバックとも呼ばれ、守備を専門としてきた。そのため、高い技術や戦術眼よりも、上下動を繰り返せる持久力と、相手のウインガーに抜かれないための対人守備力が何よりも求められるポジションだった。 上手さよりも体力が求められたポジションだが、現代サッカーではそのイメージは全くと言っていいほどなくなった。むしろ、少し前のボランチが担っていたゲームコントロールをすることすら、サイドバックの選手が行うこともあるほど。戦術眼の高さが最も止められるポジションと言っても良いだろう。 時代の変遷とともに役割が変化してきたサイドバックだが、早い時期からチームに欠かせない役割を担っていた選手がいる。元イタリア代表のジャンルカ・ザンブロッタだ。 <span class="paragraph-title">◆今でこそ珍しくない両サイドバック</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/sega20210502zambrotta_2_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> イタリアのコモで生まれたザンブロッタは、地元のクラブであるコモで1994年にプロデビュー。1997年にはセリエAのバーリへと移籍する。右利きのザンブロッタだが、プロ当初のポジションは左のウイング。攻撃的なポジションではあるが、左サイドでプレーしていた。 1999年にユベントスへと移籍するが、加入当時は中盤のサイドでプレー。左右のサイドハーフでプレーを続けていた。転機は2002-03シーズン。日韓ワールドカップにも出場したザンブロッタは、W杯のケガで出遅れると、マルチェロ・リッピ監督によって左サイドバックにコンバートされた。 元々攻撃的なポジションをやっていたザンブロッタは、クロス精度には定評があり、中盤でも左サイドを担っていたこともありプレー面に大きな影響はなかった。さらに、当初は心配されていた守備面も徐々に慣れることで向上。攻守にわたってプレーできるサイドバックとして大きく成長していくこととなった。 さらに、2005-06シーズンには現在もユベントスでプレーするDFジョルジョ・キエッリーニが加入。その影響もあり、ファビオ・カペッロ監督の下では右サイドにコンバート。その後に移籍したミランでも当初は右サイドでプレーするが、再び左サイドバックにポジションを移すなど、キャリアを通して両サイドバックを担っていくこととなった。 <span class="paragraph-title">◆チームを支えたユーティリティ性</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/sega20210502zambrotta_3_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> そのザンブロッタは、左右の足が使える事はもちろんのこと、サイドバックとして必要な豊富な運動量を備え、対人守備も大きく成長した。何よりも、基本的なパフォーマンスが安定したことが最も重宝された理由だろう。 ユーティリティプレーヤーの中には、飛び抜けた才能がなく、器用が故に様々なポジションを務める選手もいる。主力にになりにくく、便利な控え選手という立ち位置で終わる選手も少なくない。 しかし、ザンブロッタはユーティリティという言葉以上に、万能という言葉が合う選手だろう。サイドバックだけでなく、1列前でもプレーが可能。どのポジションにおいても、遜色ないプレーを行える点は、チームにいてくれると助かる存在でありながら、チームの結果に寄与できる選手でもあった。 今ではマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督が“偽サイドバック”としてサイドバックに置く選手を中盤でプレーさせる方式があるが、ザンブロッタもその役割を担えただろう。戦術眼、キックの精度、そしてそれを支える持久力もあった。 ミランの後に加入したバルセロナでは右サイドバックとしてプレー。キャリアを通しては最終的に右サイドでのプレーが多くなったザンブロッタだが、現代サッカーでも高い能力を発揮したレジェンドの1人と言えるだろう。 <div id="cws_ad"><hr>ユベントスやミラン、バルセロナとクラブチームで活躍し、イタリア代表としてもワールドカップを制したジャンルか・ザンブロッタが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せたユーティリティ性を『サカつくRTW』ででも再現。是非一度チェックしよう。</div> <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD/4c7a9075" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20210428.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> <span class="paragraph-title">【動画】サイドバックとは思えない落ち着いた突破から左足ゴール</span> <span data-other-div="movie"></span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJCWGpUcGI1byIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> ユベントスやミラン、バルセロナとクラブチームで活躍し、イタリア代表としてもワールドカップを制したジャンルか・ザンブロッタが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場! 現役時代に魅せたユーティリティ性を『サカつくRTW』ででも再現。是非一度チェックしよう。 <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD/4c7a9075" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20210428.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> 2021.05.03 18:50 Mon4
【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.23“リッピ第2次政権”復権の王者/ユベントス[2002-2003]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.23</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">2002-2003シーズン/ユベントス 〜リッピ第2次政権〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/2002-03juventus.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:マルチェロ・リッピ(55) 獲得タイトル:セリエA 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力9:★★★★★★★★★☆ タレント8:★★★★★★★★☆☆ 連係9:★★★★★★★★★☆ 選手層9:★★★★★★★★★☆ </p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">リッピ再招聘で復権</div> ユベントスは、1998-99シーズンの途中からリッピ監督に代わってアンチェロッティ監督が就任したものの、約2年半の間にわたってタイトルを取り切れずにいた。しかし、ラツィオとローマというローマ勢の隆盛に後塵を拝していた彼らは、リッピ第2次政権となった2001-02シーズンから復権を遂げる。 シーズン前に当時世界No.1プレーヤーのジダンをレアル・マドリーに手放したが、ラツィオからネドヴェド、パルマからブッフォンとテュラムを獲得。リッピ監督はチームマネジメントをうまく施し、最終的に逆転優勝を果たして4シーズンぶりとなるスクデットを獲得した。 迎えた2002-03シーズンは、さらにチームの組織力を高めて盤石の強さを披露。後半戦の第21節から一度も首位の座を明け渡すことなく、残り2節を残してスクデット2連覇を達成した。一方、CLでは準々決勝でバルセロナ、準決勝でレアル・マドリーを撃破。決勝では、史上初となるイタリア勢対決でミランと相まみえた。オールド・トラフォードで行われた決勝は、カルチョのチーム同士らしい徹底してリスクを冒さない鍔迫り合いの末、ゴールレスのままPK戦に突入。結局、敗れたユベントスは2連覇を逃す形となった。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">バランス重視の布陣</div> 1990年代後半に黄金期をもたらしたリッピ監督を再招聘したユベントスは、ジダンの放出を機にチームの組織力を向上させる。左サイドのネドヴェドに自由を与える4-4-2のシステムをベースに、攻守においてバランスの取れたチームを築き上げた。 ビッグクラブでのプレーに徐々に慣れていった守護神ブッフォンと右サイドバックのテュラム、フェラーラやモンテーロといったベテランセンターバックは、ゴールに鍵をかけた。さらに、ザンブロッタを左サイドバックにコンバートし、サイド攻撃に厚みを加える。攻撃力の高いザンブロッタは、左サイドのネドヴェドが中央に入ってできたスペースを無駄なく活用していった。 中盤ではタッキナルディが攻守のバランスを取り、ダービッツがハードワークを徹底。右サイドのカモラネージは、惜しみないアップダウンで攻守にわたってチームに貢献した。また、闘将のコンテもベテランらしい機の利いたプレーを見せ、重要な場面でチームを助けた。 2トップのトレゼゲとデル・ピエロは、補完性抜群のコンビネーションを発揮。特にデル・ピエロはチーム最多のゴール数を記録するだけでなく、精度の高い右足からチャンスを演出した。また、仕事人のディ・バイオも持ち前のゴールセンスで結果を残した。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">MFパベル・ネドヴェド(30)</span> チェコが生んだ攻撃センス抜群のダイナモは、ユベントスにタイトルをもたらし、名実ともにクラブのレジェンドへの仲間入りを果たした。トップ下の位置で水を得た魚ように躍動し、攻撃を牽引。ゴールとアシストという目に見える結果だけでなく、豊富な運動量を生かした献身的なプレーで高い貢献度を誇った。リーグのみならずCLでも多大な貢献を見せたが、準決勝でイエローカードを受けたことで決勝のミラン戦に出場することが叶わず、チームも敗れた。それでも、のちにネドヴェドは2003年のバロンドールを受賞。大きな名声を得た。 2019.04.14 22:00 Sun5
