元バルサFWドングーがJ3のFC大阪に完全移籍加入…カンテラ育ち、今季はギリシャ2部でプレー
2023.04.29 20:01 Sat
バルセロナ時代のFWドングー
FC大阪は29日、ギリシャ・スーパーリーグ2(ギリシャ2部)のアナゲンニシ・カルディツァからカメルーン人FWドングー(28)が完全移籍で加入することを発表した。背番号は「35」に決定した。
ドングーはカメルーン出身で、元カメルーン代表FWサミュエル・エトーが創設したサミュエル・エトー財団出身。バルセロナのカンテラにその後入団した。
カンテラで順調に育つと、Bチームまで昇格。2016年1月にレアル・サラゴサへと移籍すると、ヒムナスティック・タラゴナ、ルーゴ、ジェイダなどでプレー。その後フィンランドでもプレーし、2022年9月からアナゲンニシ・カルディツァでプレー。今年1月に退団していた。
バルセロナではファーストチームで3試合に出場し1ゴールを記録。Bチーム(バルサ・アトレティック)では132試合で29ゴールを記録していた。
ギリシャ・スーパーリーグ2では2試合の出場に終わっていた。
「そしてチームが目標としているJ3優勝、J2昇格に向けて、自分の力を全力で注ぎますので応援よろしくお願いします!」
ドングーはカメルーン出身で、元カメルーン代表FWサミュエル・エトーが創設したサミュエル・エトー財団出身。バルセロナのカンテラにその後入団した。
カンテラで順調に育つと、Bチームまで昇格。2016年1月にレアル・サラゴサへと移籍すると、ヒムナスティック・タラゴナ、ルーゴ、ジェイダなどでプレー。その後フィンランドでもプレーし、2022年9月からアナゲンニシ・カルディツァでプレー。今年1月に退団していた。
ギリシャ・スーパーリーグ2では2試合の出場に終わっていた。
「ここに来ることができて嬉しく思っています。チャンスをくれたFC大阪にとても感謝しています。チームのために全てを出し切り、FC大阪の勝利ために全力でプレーします」
「そしてチームが目標としているJ3優勝、J2昇格に向けて、自分の力を全力で注ぎますので応援よろしくお願いします!」
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4日、明治安田生命J2リーグ第41節が行われた。 今シーズンはすでにFC町田ゼルビアの優勝とJ1昇格が決定している一方で、自動昇格枠と昇格プレーオフ圏の争い、そして残留争いもツエーゲン金沢の21位以下がすでに決定しているものの、残り1枠を争っていた。 そんな中、4日には自動昇格権を争う2位の清水エスパルスと、降格圏の21位に位置する大宮アルディージャが直接対決。清水が4-0で圧勝し自動昇格権をキープ。一方で、大宮は21位が確定し、来シーズンのJ3降格が限りなく近づいてしまった。 かつてはJ1で10シーズン戦い、常に残留争いに巻き込まれながらも降格しないことから「お守り」が受験生にも人気だった大宮。2014年にJ2へ降格するものの、2015年に優勝して1年で昇格を果たすと、2016年のJ1では史上最高位となる5位でフィニッシュした。 同年は天皇杯でも2005年以来のクラブ最高位となるベスト4入りを果たすが、このシーズンを最後に転落の一途を辿ることに。クラブ最高位のシーズンながら主軸を引き抜かれると、堅守速攻のスタイルからポゼッションに転換もハマらずに、2017年にJ1最下位で降格した。 2018年からはJ2生活が続き、昇格プレーオフに進出も1回戦で2年連続で敗退となると、2020年はJ2で15位、2021年は降格もちらつく中で16位、2022年はさらに順位を落とし19位、そして2023年は21位とついにJ3降格圏でシーズンを終えることが決定した。 ただ、まだJ3降格が決まったわけではない。残されたルートがたった1つだけある。それが、明治安田生命J3リーグを戦うFC大阪の結果だ。 <span class="paragraph-subtitle">◆J2残留に残された唯一のルート</span> FC大阪は今シーズンからJ3に参入。1年目ながら好成績を残し、33試合を終えた時点で勝点49の5位に位置している。 1年でのJ2昇格も見えた中、クラブのアカデミー施設が未充足とのことでJ2クラブライセンスが交付されず、今シーズンの昇格の夢は潰えてしまった。 ただ、これが大宮を救う可能性につながる。J3の上位を争う中で、FC大阪だけがJ2昇格の可能性がない状況。FC大阪が2位フィニッシュとなれば、J2降格は金沢の1チームだけになる。 2位の鹿児島ユナイテッドFCと5位のFC大阪の勝ち点差は第33節終了時点で「8」。シーズンは残り5試合であり、数字上は逆転が可能だ。 両者の直接対決はないため、簡単な差ではないが、FC大阪は残り5試合で福島ユナイテッドFC(H/16位)、SC相模原(A/19位)、テゲバジャーロ宮崎(H/18位)、FC今治(A/4位)、愛媛FC(H/1位)と対戦。下位と上位とハッキリした相手が残っている。 完全に他力本願となるが、大宮には救いの神がまだいる状況。昇格が潰えたFC大阪も、結果だけでも2位以内にという思いは強いだろう。 ただ、大宮としては仮にJ3降格を逃れたとしても、近年の凋落ぶりは必ず原因があり、向き合う気がなければ来季以降に降格する可能性は十二分にある。J2でクラブ最低の21位という成績は、どんな結末になっても変わらない事実。将来のためにも、来シーズンに向けてどう向き合っていくかが重要となる。 2023.11.05 18:15 Sun3
「サッカー人生に後悔はありません」FC大阪退団のGK服部一輝が28歳で現役引退、最後に秘密を告白
FC大阪は5日、GK服部一輝(28)が現役を引退することを発表した。 FC東京のアカデミーにも在籍した服部は、札幌大谷高校、明治大学と進学。2017年にカターレ富山へと入団した。 その後、カマタマーレ讃岐、福島ユナイテッドFCを経て、2022年にヴァンラーレ八戸へ入団。明治安田生命J3リーグの25試合でプレーしたが、1年で退団となった。 2023年にFC大阪に完全移籍で加入。しかし、出番がないまま契約満了となり、そのまま引退を決断。プロ通算ではJ3で34試合、天皇杯で1試合の出場となった。 服部はクラブを通じてコメント。最後に大きな秘密を告白している。 ーーーーーー 現役を引退することに決めました。 富士見ヶ丘少年蹴球団でサッカーを始め、FC東京むさし、札幌大谷高校、明治大学という素晴らしい学校・チームでサッカーができたことを誇りに思います。 そして2017シーズンから7年間プロサッカー選手を経験し5クラブを渡り歩きました。 カターレ富山・カマタマーレ讃岐・福島ユナイテッドFC・ヴァンラーレ八戸・FC大阪 全ての関わる方々、本当にありがとうございました! 度重なる怪我で自分自身がもう100%でプレーできないと感じました。 サッカーを始めた頃から常に全力でプレーすることが自分のポリシーであり、このままサッカーを続けるのが自分の中ではできないと答えが出ました。 サッカー人生に後悔はありません。 プロとしての7年間は本当に悔しくて耐え難いものでしたがピッチに立って勝利した時、その一瞬の幸せが全てを忘れさせてくれる、それがサッカーでした。 サッカー人生では自分の想い描いていたステージに立てなかったけれど、未来は明るいし歩みを止めず突き進みたいと思います。 これからも素晴らしい人生が続きます。 悔しいことや苦しいことも今後あるだろうけど後悔だけはしない人生を歩んで行きます! そして僕たち子供のために身を削り、やりたいことを好きなだけやらせてくれた母、本当にありがとう。 世界で1番かっこいい母の姿を見て、折れそうになった心を何度も繋ぎ止めてくれました。 誰よりも自慢に思ってくれている姉。 近くで支えてくれた妻、息子。 もっとプロサッカー選手として試合に出ている姿を見たかったと思うし、見せたかった気持ちは山々だけど、この決断を尊重してくれてありがとう。 最後にサッカーというものが本当に多くの人との出会いをくれました。 ありがとう、サッカー! 一つだけ言い忘れていました。 身長を182cmとずっと記載していましたが本当は178cmです ーーーーーー 2024.02.05 11:20 Mon4
山口の新指揮官が決定! FC大阪から志垣良氏を招へい
レノファ山口FCは1日、志垣良氏(43)のトップチーム監督就任を発表した。 かつてヴァンラーレ八戸の監督を歴任した志垣氏は今季からFC大阪を指揮。J3リーグを戦うFC大阪はJ初参入だったが、一時は上位争いに割って入り、最終節を残して10位につけている。 一方の山口は今年6月に名塚善寛氏のバトンを受け、フアン・エスナイデル監督が就任したが、J2残留ギリギリの20位で終戦。先月13日に今季をもっての退任が決まった。 なお、FC大阪も同日に志垣監督が今季限りで退任する旨を発表している。 2023.12.01 14:55 Fri5
