ラツィオがサッリ氏の新指揮官就任を発表! インテル行きのS・インザーギ後任に
2021.06.10 00:40 Thu
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2年越しに監督に謝罪…チェルシーGKケパが交代拒否の真相を明かす「無視するつもりなんてなかった」
チェルシーのスペイン代表GKケパ・アリサバラガが、かつての指揮官であるマウリツィオ・サッリ監督に謝罪した。 ケパは2018年8月にアスレティック・ビルバオからチェルシーへと完全移籍。7100万ポンド()の移籍金で加入し、世界で最も高価なGKとなった。 加入1年目にはヨーロッパリーグ(EL)を制するなどチームのタイトル獲得に貢献した一方で、ちょっとした事件を起こしていた。 2019年2月24日に行われたカラバオカップ(EFLカップ)決勝のマンチェスター・シティ戦。この試合もケパは先発出場していた。 しかし、延長戦に突入した試合では、ケパが痙攣を起こしてプレーが難しいと見られる状況に。そこでサッリ監督は、控えGKのウィリー・カバジェロとの交代を準備した。 ただ、この監督の決断にケパは交代を拒否。そのままプレーを続行すると、PK戦では4-3で敗れシティにEFLカップのタイトルを渡してしまっていた。 ケパは『The Players' Tribune』でこの件についてコメント。ケパはチームのために時間を掛けようとしただけだったものの、サッリ監督がカバジェロをウォーミングアップさせたことで意図が伝わらず、最終的には監督の指示を無視するような形になってしまったとし、謝罪した。 「僕は大丈夫で、ケガをしていないことを伝えようとしたんだ。でも、僕たちは8万人以上の人の前で、ウェンブリーにい宝、サッリは僕のことを理解していなかった」 「第4の審判がボードを上げた時、僕は交代すべきだったし、そうしなかったことは申し訳ないと思っている」 「僕は間違っていた。関係者全員に謝りたい。公の場で僕が貶めたように見えてしまったマウリツィオ・サッリ、チームメイトであり、偉大なプロであるウィリー(・カバジェロ)、そして我慢していたチームメイトやチェルシーファンのみんなにだ」 「試合中、その後の数日間に起きた全ての雑音を、全て我慢しなければならなかった」 「決勝の後、ドレッシングルームで携帯を手にしたら、世界中でニュースになっていることに気がついた。そこから3、4日間は止まらなかった。圧倒的だったし、写真を見たほとんどの人は、僕がマウリツィオ(・サッリ)を軽蔑したと思っただろう」 「僕は誤解されていると感じた。なぜなら、僕は監督を無視するつもりなんてなかったからだ」 「僕は彼に伝えようとしただけだった。そのことをメディアに説明しようとしたけど、それはできなかったんだ」 「幸いなことに、もう過去の話でしかない、僕は今もマウリツィオと素晴らしい関係を築いている。もし今度起きたら、どうすべきかは理解しているよ」 2021.07.27 18:41 Tue2
これが“サッリボール”の真骨頂!ナポリが見せた美しいボール回しからアランが決める!【チーム・ゴールズ】
サッカーにおいて個の力は非常に大事な要素の一つである。しかし、チームとして選手たちがひとつになった時にこそ、素晴らしいプレーが生まれる。 『Team Goals』では、流れるような連携から生まれた美しいゴールを紹介。今回はエバートンのブラジル代表MFアランがナポリ時代に決めたゴールだ。 <div id="cws_ad">◆ナポリが見せた“サッリボール”の真骨頂<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJYUDlqTGlDbyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 2015年夏にナポリに加入したアランは、当時の指揮官マウリツィオ・サッリ監督の下、”サッリボール”と呼ばれる攻撃的なパスサッカーを展開したチームの中盤に欠かせない存在として活躍した。 豊富な運動量を活かした献身的なプレーでチームを支えたアランだが、2018年2月18日に行われたセリエA第25節のSPAL戦では、”サッリボール”を体現するような美しいパス回しからゴールを決めている。 試合開始早々の6分、相手陣内でボールを回すナポリは、DFエルセイド・ヒサイ、FWホセ・カジェホン、FWドリエス・メルテンス、アランが細かいパスと細かいポジション取りを繰り返し、着実にボールを前線に運ぶ。すると最後は、カジェホンからのスルーパスにボックス内へ抜け出したアランが、GKのニアポストを抜くシュートを決め、見事な先制ゴールを挙げた。 華麗な連携で先制したナポリが、この1点を守り切り、1-0で勝利している。 2020.12.21 14:00 Mon3
「許可されてたよ」ピルロ監督は選手の喫煙OK派、教え子が証言「彼自身もハーフタイムは座って一服」
アンドレア・ピルロ氏は指揮官として選手の喫煙を許可しているという。イギリス『サン』が伝えている。 現役時代にイタリア代表としてドイツ・ワールドカップ(W杯)を制し、ミランではチャンピオンズリーグ(CL)を2度制覇したピルロ氏。ユベントスでもセリエA9連覇時代の礎を築くなど、栄光に満ちた選手キャリアを送った。 しかし、監督キャリアでは失敗続き。予期せぬ古巣ユベントスの指揮官就任が歯車を狂わせた感は拭えないが、選手として導いたセリエA9連覇時代を指揮官の立場で終わらせることとなり、昨シーズンはトルコのファティ・カラギュムリュクへ向かうも1年足らずで退任し、今季はサンプドリアでセリエB開幕9試合を戦い1勝3分け5敗と無惨な成績だ。 そんなピルロ氏がファティ・カラギュムリュクを率いていた昨季、選手として所属した元トルコ代表FWコリン・カジム=リチャーズがイギリス『Filthy Fells』のYouTubeチャンネルに出演。ピルロ氏は選手の喫煙を許可し、自らも選手に隠れることなく堂々と喫煙していたという。 「タバコを吸うイタリア人はたくさんいるだろ? それはトルコでも同じなのさ」 「選手としてはもちろん監督次第なわけだけど、ピルロのもとでは許可されていたよ。ピルロを含めた何人かが試合前にノンストップでタバコを吸い、ピルロはハーフタイムも座って一服。話しながらでも咥えているよ」 「これは文化の違いってやつさ。僕はショックを受けたわけじゃないし、決して批判するつもりもない。むしろ正当なことだと思う」 イタリア人と喫煙と言えばラツィオを率いるマウリツィオ・サッリ監督がヘビースモーカーとして知られ、64歳の現在も1日60本の煙草を吸うと言われている。かつてインテルなどを指揮したアルゼンチン人指揮官のエクトル・クーペル氏も煙草を吸いながらセリエAで指揮したことも有名だが、ピルロ氏もかなりのヘビースモーカーだったようだ。 2023.10.12 21:35 Thu4
鎌田大地がラツィオを去った理由はやはり代理人? ロティート会長が更新料の要求を明かす「250万ユーロを求めてきた」
ラツィオのクラウディオ・ロティート会長が、今夏の移籍市場について言及。クリスタル・パレスへと移籍した日本代表MF鎌田大地についても言及した。 2023-24シーズンはマウリツィオ・サッリ監督の下でシーズンをスタート。しかし、チームはなかなか結果が出ず、サッリ監督は辞任。後を引き継いだイゴール・トゥドール監督はチームを立て直すと、なんとか7位でフィニッシュ。ヨーロッパリーグ(EL)の予選に出場することとなった。 シーズン後半で盛り返した要因の1つはトゥドール監督であり、サッリ監督時代に干されていた鎌田も本来のパフォーマンスを取り戻すなど、チームは好転した。 鎌田は元々1年契約で、延長オプションを行使するかどうかは自らに委ねられていた中、トゥドール監督の下でのプレーを決意。残留することが既定路線と見られていた。 しかし、クラブとの交渉が破談。すると、倹約家として名高いロティート会長の姿勢に不満を覚えたトゥドール監督もクラブを去る決断を下すと、元スペイン代表MFルイス・アルベルトや元ブラジル代表FWフェリペ・アンデルソンなど、主軸選手が相次いでチームを去ることとなった。 今夏の補強の話も出ている中、記者会見に臨んだロティート会長が退団した選手たちについて言及。鎌田についても語った。 「競争力のあるチームを構築するためにやるべきことをやる。去年もそうだったが、頭の中とロッカールームは同じではなかった。そして、我々が彼らの要求を全て尊重したものの、船を見捨てることを決めた一部の人間によって証明された」 「人生の選択をしたフェリペ・アンデルソンには同情するばかりだ。本人も認めているように、我々の提案は非常に競争力があるものだったが、彼はブラジルに戻ることを決意した」 「ルイス・アルベルトは契約更新を求めたが、それが認められ、望んでいたお金を全て手に入れた。そして、サレルニターナとの試合に勝ち、彼はそのまま立ち去った。彼は自分が困難な状況にあることを理解していた」 「鎌田は我々が選んだ選手だったが、代理人がもう1年の契約を更新するために250万ユーロ(約4億3500万円)を要求してきた。しかし、私は利益に貢献しなければいけなかった」 選手との交渉は一切行わないことでも知られるロティート会長。クラブと鎌田本人の意見は残留で一致していたようだが、代理人の要求が全てを台無しにしたことを強調していた。 2024.07.09 22:30 Tue5
活躍の場をドルトムントに移したエムレ・ジャン、ユベントスからの退団は「サッリのせい」
ドルトムントのドイツ代表MFエムレ・ジャンが、ユベントスを去った理由を明かした。ドイツ『キッカー』が伝えた。 2018年7月にリバプールからユベントスへ移籍したジャン。しかし、ユベントス2年目となった今シーズンは、マウリツィオ・サッリ新監督の下で出場機会を減らすと、多くの候補が挙がる中で移籍期限の1月31日にドルトムントへと買取義務付きのレンタル移籍を果たした。 <div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJtbmROMDhhNSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> 期待されならがも1年半でユベントスを退団することになったジャンは、自身がチームを去る事になった要因を明かした。 「ユベントスを去った主な理由は、再びサッカーをしたかったからだ。ユーロ2020に参加したかったことも影響を与えた。ドイツ代表の一員になりたいんだ」 「サッリは夏にやってきたけど、彼が病気(肺炎)にかかったから、最初の数週間は一緒にトレーニングしていなかった。その後、クラブが僕へのオファー(パリ・サンジェルマンから)を拒否し、移籍市場は終わった」 「サッリとの20秒間の電話で、僕はチャンピオンズリーグのリストに載っていないことを知ったんだ。チャンスを失ったんだ」 「不公平だと思ったから、1月に移籍することを決めた。クラブとは何の関係もなかった。ユベントスは、素晴らしい街にあり、素晴らしいファンがいて、素晴らしいクラブだ」 ドルトムントに移籍することとなったジャンは、デビュー戦でいきなり強烈なミドルシュートを決め鮮烈デビュー。ドルトムントは2月19日に早くも買い取りオプションを行使。ここまで公式戦8試合に出場し1ゴールと順調に出場機会を得ている。 2020.03.13 12:50 Friラツィオの人気記事ランキング
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【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.15“クラニョッティの黄金郷”26年ぶりのスクデット/ラツィオ[1999-2000]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.15</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">1999-2000シーズン/ラツィオ 〜クラニョッティの黄金郷〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/1999-2000lazio.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:スベン・ゴラン・エリクソン(52) 獲得タイトル:セリエA、コッパ・イタリア 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力9:★★★★★★★★★☆ タレント9:★★★★★★★★★☆ 連係8:★★★★★★★★☆☆ 選手層10:★★★★★★★★★★</p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">26年ぶりのスクデット</div> イタリアの大手食品会社であるチリオのオーナーだったセルジオ・クラニョッティが1992年に会長に就任してから、ラツィオは大きく変貌を遂げていった。1998年にイタリアのクラブで初となる株式上場を行って豊富な資金力を得たクラブは、ヴェロン、ミハイロビッチ、サラス、シメオネら当時のスター選手を買い漁り、ヨーロッパ屈指の強豪チームを作り上げていく。 迎えた1999-00シーズン、前シーズンにUEFAカップ(現在のEL)を制したラツィオは、3冠を達成したマンチェスター・ユナイテッドを破ってUEFAスーパーカップを獲得。素晴らしいシーズンスタートを切った。リーグ戦ではジダンやデル・ピエロを擁するユベントスとの激しい首位争いを展開。そして、首位のユベントスと勝ち点2差の2位で最終戦を迎えたラツィオは、レッジーナに3-0で快勝する。一方のユベントスは、ペルージャにまさかの敗戦。この結果、劇的な展開でラツィオに26年ぶり2度目のスクデットがもたらされた。 コッパ・イタリアも制覇して充実のシーズンを送ったラツィオだったが、この夢物語は長く続かなかった。サッカーバブルの崩壊とともに多額の負債を抱えたクラニョッティ会長は、栄光をもたらしたスター選手たちを次々に売却。2002年にはついに、バンディエラのネスタをミランに放出する事件まで起きてしまった。そして、自身の財力で築き上げた黄金郷は、数年で消え失せてしまった。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">組織+個</div> 基本的な戦術は堅守速攻。フラットな[4-4-2]のシステムで、組織的な守備からの鋭いカウンターが最大の武器だった。ネスタを中心とした守備は、失点数リーグ2位の少なさ(31失点)を記録。また、高精度の左足を持つミハイロビッチはセットプレー時に相手の脅威となり、FKだけで6ゴールを奪った。 攻撃陣に関しては、チームトップの得点を奪ったのがサラスの12得点と凡庸な結果ではあるが、中盤のネドベドやセルジオ・コンセイソンらも得点力を発揮。あらゆるポジションの選手が得点を奪える形ができていた。その攻撃陣を操ったのが“魔術師”ヴェロン。長短における正確なパスを駆使して攻撃のタクトを振るった。 そのヴェロンと中盤のセンターでコンビを組んだシメオネの存在も忘れてはならない。献身的な守備でヴェロンの守備力の低さを補いながら、苦しい時にゴールを奪う勝負強さも見せた。その他にも“ピッポ”の弟であるシモーネ・インザーギが実力を発揮して得点を重ね、マンチーニはファンタジー溢れるプレーで攻撃にアクセントを付けた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">DFアレッサンドロ・ネスタ(24)</span> 数多のスター選手が揃うチームの中でキャプテンを務めたのが、チーム生え抜きの青年だった。クラニョッティ会長の庇護の下でチームを束ねる重責を担ったネスタは、若くしてディフェンダーに要求されるあらゆる能力を高いレベルで備えており、完成されたプレーを披露。エレガントなボール奪取は観衆を魅了した。引退までラツィオでプレーすることが約束されたはずだったが、クラブの経営悪化によりミランへ移籍。この事実は、ネスタ自身に大きな影をもたらしたことだろう。 2019.04.10 22:00 Wed2
カルチョを彩った“鬼才”ズデネク・ゼーマン氏、昨年10月に続く脳卒中で緊急搬送…現在は右腕片麻痺に言語障害も
ズデネク・ゼーマン氏(77)が脳卒中で緊急搬送。容態は安定しているとのことだ。 チェコスロバキアが生んだ鬼才、ズデネク・ゼーマン氏。プロサッカー選手歴を持たぬ指揮官として、30代の頃からイタリアサッカーに身を置き、のちにトッププレーヤーとなる無名の若者を掘り起こしたいくつもの功績が眩しい。 氏は2023-24シーズンにセリエC・ぺスカーラを指揮も、2023年12月に一過性脳虚血発作に見舞われ、当初はすぐに現場復帰もほどなくして辞任。以来、現場に戻れていない。 昨年10月には再び軽度の一過性脳虚血発作を起こし、脳卒中の診断が。この時に右腕の片麻痺も患い、自宅での療養生活が続いていた。 チェコ『iDNES』によると、2月27日、ゼーマン氏は再び脳卒中を起こして搬送され、イタリア・ローマ市内の病院に入院。病院関係者いわく、現在のゼーマン氏は脳循環障害に伴う言語障害も患っているという。 幸いにも容態は安定し、意識もあるとのことだが、集中治療室での治療が続き、これからさらなる検査へ。ゼーマン氏の周辺は不安な日々を過ごしているようだ。 2025.03.02 18:30 Sun3
「叫びと動きがコント」「壊れちゃってる」ユベントス指揮官が狂気、終盤ミスに奇声上げ終了前に引き上げ「何回観ても笑ってしまう」
怒れるユベントスの指揮官、マッシミリアーノ・アッレグリ監督に注目が集まっている。 2日に行われたコッパ・イタリア準々決勝でラツィオと対戦したユベントス。1-0とリードして迎えた試合終盤、指揮官が怒りをあらわにする場面があった。 アルゼンチン代表MFアンヘル・ディ・マリアがボックス手前まで持ち運んだものの、ラストパスは精度を欠いて相手に引っ掛かってしまった。僅差でリードの状況下、終盤での安易なボールロストに対してアッレグリ監督の感情は爆発。腕を振り回しながら咆哮し、終了前にも関わらず、そのままドレッシングルームへと引き上げてしまった。 想像以上のリアクションに閲覧者も「ブチギレおもろ」、「ディ・マリアのミスを見たアッレグリ監督の叫びと動きがコントすぎる」、「何回観ても笑ってしまう」、「叫びすぎてもう怒ってるかどうか怪しいぞ」、「もう壊れちゃってるやん」と、腹を抱えた様子だ。 時間とスコアを考えれば別の選択肢も考えられただけに、「アッレグリが怒るのも無理ないわな」と同意をする声や、「ここまで露骨に壊れるともはや心配になるな笑」と、指揮官の心情を慮るコメントも聞かれた。 ただ、ユベントスはそのまま1-0逃げ切り、準決勝進出。アッレグリ監督も試合後には「前半はよくボールを動かせたし、後半はラツィオにほとんど何もさせなかった」と、総じて満足感を示したようで何よりだった。 <span class="paragraph-title">【動画】ディ・マリアのミスに怒り狂い、奇声を上げてドレッシングルームへ向かうアッレグリ監督</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="es" dir="ltr"> ¡¡Así fue el enfado de Allegri con Di María!! <a href="https://t.co/7Lgqsuo3u0">pic.twitter.com/7Lgqsuo3u0</a></p>— MARCA (@marca) <a href="https://twitter.com/marca/status/1621487753241448449?ref_src=twsrc%5Etfw">February 3, 2023</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="it" dir="ltr"><a href="https://t.co/OXZHy4jC8m">pic.twitter.com/OXZHy4jC8m</a></p>— EuroFoot (@eurofootcom) <a href="https://twitter.com/eurofootcom/status/1622157807872008193?ref_src=twsrc%5Etfw">February 5, 2023</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2023.02.07 20:20 Tue4
鎌田大地がラツィオを去った理由はやはり代理人? ロティート会長が更新料の要求を明かす「250万ユーロを求めてきた」
ラツィオのクラウディオ・ロティート会長が、今夏の移籍市場について言及。クリスタル・パレスへと移籍した日本代表MF鎌田大地についても言及した。 2023-24シーズンはマウリツィオ・サッリ監督の下でシーズンをスタート。しかし、チームはなかなか結果が出ず、サッリ監督は辞任。後を引き継いだイゴール・トゥドール監督はチームを立て直すと、なんとか7位でフィニッシュ。ヨーロッパリーグ(EL)の予選に出場することとなった。 シーズン後半で盛り返した要因の1つはトゥドール監督であり、サッリ監督時代に干されていた鎌田も本来のパフォーマンスを取り戻すなど、チームは好転した。 鎌田は元々1年契約で、延長オプションを行使するかどうかは自らに委ねられていた中、トゥドール監督の下でのプレーを決意。残留することが既定路線と見られていた。 しかし、クラブとの交渉が破談。すると、倹約家として名高いロティート会長の姿勢に不満を覚えたトゥドール監督もクラブを去る決断を下すと、元スペイン代表MFルイス・アルベルトや元ブラジル代表FWフェリペ・アンデルソンなど、主軸選手が相次いでチームを去ることとなった。 今夏の補強の話も出ている中、記者会見に臨んだロティート会長が退団した選手たちについて言及。鎌田についても語った。 「競争力のあるチームを構築するためにやるべきことをやる。去年もそうだったが、頭の中とロッカールームは同じではなかった。そして、我々が彼らの要求を全て尊重したものの、船を見捨てることを決めた一部の人間によって証明された」 「人生の選択をしたフェリペ・アンデルソンには同情するばかりだ。本人も認めているように、我々の提案は非常に競争力があるものだったが、彼はブラジルに戻ることを決意した」 「ルイス・アルベルトは契約更新を求めたが、それが認められ、望んでいたお金を全て手に入れた。そして、サレルニターナとの試合に勝ち、彼はそのまま立ち去った。彼は自分が困難な状況にあることを理解していた」 「鎌田は我々が選んだ選手だったが、代理人がもう1年の契約を更新するために250万ユーロ(約4億3500万円)を要求してきた。しかし、私は利益に貢献しなければいけなかった」 選手との交渉は一切行わないことでも知られるロティート会長。クラブと鎌田本人の意見は残留で一致していたようだが、代理人の要求が全てを台無しにしたことを強調していた。 2024.07.09 22:30 Tue5

