モンペリエ、シュツットガルト退団のFWクリバリがフリー加入
2023.12.05 05:30 Tue
クリバリが母国フランスで再起
モンペリエは4日、シュツットガルトを退団したフランス人FWタンギ・クリバリ(22)の加入を発表した。背番号は「70」に決定している。
契約期間は明かされていないが、2026年6月30日までの2年半となるようだ。
パリ・サンジェルマンのアカデミー出身のクリバリは、2019年にシュツットガルトへ完全移籍で加入。公式戦74試合6ゴール3アシストを記録。昨シーズンは負傷やコンディション不良の影響で前半戦をほぼ棒に振る形となったが、後半戦で4ゴールを挙げて残留に貢献していた。
パフォーマンスの一貫性に大きな課題を残すものの、左右のウイングを主戦場に優れた身体能力と左足のテクニックを武器とするアタッカーは、一人で局面を打開できる推進力が最大の持ち味。ロングカウンターを武器とするモンペリエとの相性も悪くなく、母国での飛躍が期待されるところだ。
契約期間は明かされていないが、2026年6月30日までの2年半となるようだ。
パリ・サンジェルマンのアカデミー出身のクリバリは、2019年にシュツットガルトへ完全移籍で加入。公式戦74試合6ゴール3アシストを記録。昨シーズンは負傷やコンディション不良の影響で前半戦をほぼ棒に振る形となったが、後半戦で4ゴールを挙げて残留に貢献していた。
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RCランスがモンペリエの若き逸材FWワイをクラブレコードで獲得! オペンダの後釜に
RCランスは20日、モンペリエからU-21フランス代表FWエリェ・ワイ(20)を完全移籍で獲得したことを発表した。背番号は「9」に決定。契約期間は2028年6月30日までの5年となる。 なお、フランス『レキップ』の伝えるところによれば、移籍金は各種インセンティブを含めた総額3500万ユーロ(約55億4000万円)となり、ランスのクラブレコードの補強となったようだ。 コートジボワール人の両親を持つものの、フランスで生まれ育ったワイは、モンペリエの下部組織出身の184cmのストライカー。 2020–21シーズンにリーグ・アンデビューを飾ると、昇格2年目となった2021-22シーズンにリーグ戦2桁ゴールを記録。さらに、2022-23シーズンは33試合に出場し、19ゴールを挙げる鮮烈な活躍を披露した。 センターフォワードを主戦場に左右のウイングでもプレー可能な20歳FWは、ポストワークなど前線での基準点となるプレーに課題はあるものの、ドリブルでの打開力や傑出した動き出しの質でディフェンスラインに脅威を与え、ボックス内では若さを感じさせない冷静さで両足、ヘディングと多彩な形でシュートをゴールネットへ突き刺す、生粋の点取り屋だ。 今夏のステップアップが確実とされていた中、チェルシーやウェストハム、パリ・サンジェルマン、フランクフルトといった国内外のクラブの関心を集めていたが、選手自身がリーグ・アンでのプレー継続を希望していたこともあり、新天地は久々のチャンピオンズリーグ参戦となる昨季のリーグ・アン2位チームとなった。 なお、ランスは昨シーズンのエースストライカーだったベルギー代表FWロイス・オペンダがRBライプツィヒに引き抜かれており、ワイがその穴を埋めることになる。 <span class="paragraph-title">【写真】クラブレコードで若き逸材FWワイを獲得</span> <span data-other-div="movie"></span> <div id="cws_ad"><blockquote class="twitter-tweet"><p lang="fr" dir="ltr">2023, <br><br> Elye Wahi<br> Stade Bollaert-Delelis<br> 20/08/2023<br> <a href="https://t.co/LmQFaQJ59x">https://t.co/LmQFaQJ59x</a><a href="https://twitter.com/hashtag/MercaTour2023?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#MercaTour2023</a> <a href="https://twitter.com/hashtag/FierDEtreLensois?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#FierDEtreLensois</a> <a href="https://t.co/VOBGJiYIZT">pic.twitter.com/VOBGJiYIZT</a></p>— Racing Club de Lens (@RCLens) <a href="https://twitter.com/RCLens/status/1693329170808414436?ref_src=twsrc%5Etfw">August 20, 2023</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script></div> 2023.08.21 06:30 Mon3
偉大なるジルー、その分岐点は若き日のフランス代表デビュー戦…惚れ込んだヴェンゲル氏「夢中になってしまった」
フランス代表歴代最多得点者のFWオリヴィエ・ジルー(37)。その選手キャリアにおける分岐点は、自身のA代表デビュー戦を観戦したアーセン・ヴェンゲル氏との出会いだった。 今季でミランを退団、フランス代表からもユーロ2024を最後に引退、MLSはロサンゼルスFCへの移籍を持って、欧州で見納めとなるであろう37歳ジルー。 モンペリエ時代の11-12シーズンにリーグ・アン優勝&得点王。翌季から5年半アーセナルに在籍し通算105得点。チェルシー時代は控えを抜け出せずも、34歳で加入したミランがクラブキャリアのハイライトか。1年目でスクデット奪還に大貢献、得点数だけでは語れない技量・存在感で3年間チームを引っ張り、その威圧感は老練なカルチョのDFを苦しめた。 また、フランス代表では3度のW杯出場に2018年ロシア大会優勝、そして同国代表歴代最多の57得点。ティエリ・アンリ氏の得点記録を抜くのがジルーになるなど、一体誰が予想しただろうか。まさに、年齢を重ねるごとに輝きを増していったストライカーだ。 フランス『Canal+』は、そんなジルーの半生を追いかけたドキュメンタリー番組を制作し、選手キャリアの分岐点として、当時アーセナル指揮官だったヴェンゲル氏の目に留まった“2011年11月11日”をピックアップ…ヴェンゲル氏自ら証言する。 「初めてオリヴィエを観た日のことをよく覚えている。当時彼はモンペリエの選手で、すでにそれなりの成績を収めていたが、そのプレーをこの目で確認し、『ああ、この男はフットボールを完全に理解している』と確信した。私は彼に夢中になってしまった(笑)」 “2011年11月11日”は、ジルーがフランス代表初キャップを飾ったアメリカ代表戦。スタッド・ド・フランスで観戦してジルーに惚れ込んだヴェンゲル氏は自らジルーへ接触。2012年夏のアーセナル加入に漕ぎ着けた。 しかし、代理人のミシェル・マヌエロ氏は当時、ジルーに「アーセナルなんか行くべきじゃない」とアドバイスしたと言う。 「私は彼に言った。『アーセナルはダメだ。ロビン・ファン・ペルシがいるんだぞ。ピッチ脇で味方のゴールに拍手する時間を過ごすことになるぞ』ってね。どう考えてもオリヴィエにストライカー以外はできないし、不可能なミッションに挑もうとしているように思えたんだ」 「彼は『わかった、他のクラブも考えてみよう』と言ったんだ。ところが1カ月半後、突然『やっぱりアーセナルへ行く』ってね(笑)」 ジルーがアーセナル行きを決めると、ほどなくしてマヌエロ氏の懸念だったファン・ペルシ氏がマンチェスター・ユナイテッドへの移籍が決定。結果的に、ジルーは加入後すぐにセンターフォワードの定位置に収まった格好だ。 フランス代表デビュー戦にて、ヴェンゲル氏に認められたところから階段を駆け上がっていったジルー。13年もの歳月が経ち、男はフランス代表で通算131キャップ、通算57得点で歴代最多得点者となっている。 2024.05.27 14:00 Mon4
