Jでも活躍した“超人”フッキが叩き込んだ火を噴くようなロケットシュート【インクレディブル・ゴールズ】
2020.11.07 19:30 Sat
サッカーファンなら誰もが一度は見たことがあるであろう歴史に残るスーパーゴール。今回の企画『Incredible Goals』(信じられないゴール)では、これまでに生まれた驚愕のゴールを紹介していく。今回は上海上港の元ブラジル代表FWフッキがポルト時代に決めたゴールだ。
母国ブラジルでのデビュー後、若くして日本に渡ったフッキは、川崎Fや札幌、東京VなどJリーグのクラブで活躍を見せた後、2008年夏にポルトに加入した。
圧倒的なパワーから数多くの弾丸シュートを決めているフッキだが、2010年3月28日に行われたプリメイラ・リーガ第24節のベレネンセス戦でも豪快な一撃を決めている。
0-1とポルトがリードして前半を折り返し、迎えた51分、右サイドでボールを持ったフッキがドリブルで仕掛ける。鋭いカットインでシュートスペースを作ったフッキは左足で豪快なシュート。助走の勢いをそのまま乗せたシュートはゴール右上に一直線に飛んでいき、ゴールネットに文字通り突き刺さった。
◆ポルト時代のフッキが叩き込んだロケットシュート
母国ブラジルでのデビュー後、若くして日本に渡ったフッキは、川崎Fや札幌、東京VなどJリーグのクラブで活躍を見せた後、2008年夏にポルトに加入した。
0-1とポルトがリードして前半を折り返し、迎えた51分、右サイドでボールを持ったフッキがドリブルで仕掛ける。鋭いカットインでシュートスペースを作ったフッキは左足で豪快なシュート。助走の勢いをそのまま乗せたシュートはゴール右上に一直線に飛んでいき、ゴールネットに文字通り突き刺さった。
このゴールでリードを広げたポルト。終盤にもダメ押しの3点目を奪い、3-0で快勝している。
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