ブッフォンの新天地にポルトが急浮上! カシージャスの後釜に?
2019.06.11 21:39 Tue
ポルトが、パリ・サンジェルマン(PSG)を退団した元イタリア代表GKジャンルイジ・ブッフォン(41)の獲得に興味を示しているようだ。イタリア『トゥットスポルト』が報じた。
2018年夏にユベントスからフリートランスファーでパリ・サンジェルマン(PSG)に移籍したブッフォン。公式戦25試合に出場したが、クラブが保有していた1年間の延長オプションを行使せず、わずか1年での退団が決定した。
現役続行を希望しているブッフォン関しては、バルセロナや古巣パルマ、セリエA昇格組ブレシアなどが関心を抱いていると報じられている。そして、ここに新たに加わったのがポルトのようだ。
ポルトでは、今シーズンの公式戦42試合でゴールマウスを守った元スペイン代表GKイケル・カシージャス(38)が、先月1日のトレーニング中に心臓発作で病院へ緊急搬送。命に別状はなかったが、現在も療養中であり、現役引退の可能性も取りざたされている。そのため、クラブは同選手の後釜としてブッフォンに白羽の矢を立てているという。
2018年夏にユベントスからフリートランスファーでパリ・サンジェルマン(PSG)に移籍したブッフォン。公式戦25試合に出場したが、クラブが保有していた1年間の延長オプションを行使せず、わずか1年での退団が決定した。
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ディ・グレゴリオがユベントスの一員として古巣インテル戦へ…感謝語る「13歳で父を亡くした僕にもっとも寄り添ってくれたのがインテルの大人たち」
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ポルトがヴィトール・ブルーノ監督(42)の解任に踏み切る構えだ。 2017年から長期体制を築いたセルジオ・コンセイソン前監督(現ミラン)の退任に伴い、今シーズンから新体制へ移行したポルト。 アンドレ・ビラス=ボアス新会長はブラガやナント、ポルトで長らくコンセイソン監督の右腕として手腕を発揮していたブルーノ監督を後任に指名した。 ポルトではサスペンションなどでコンセイソン監督が不在時に17回ベンチ入りし、チームは15勝2分けという驚異的な戦績を残していたものの、正指揮官初挑戦となった今季ここまでは公式戦29試合を指揮し、18勝3分け8敗の戦績。 開幕前のスーペルタッサ・カンディド・デ・オリベイラでは早速タイトルを獲得し、昨年11月までは各コンペティションで順調に勝利を重ねた。しかし、11月初旬に公式戦3連敗、直近はタッサ・ダ・リーガ準決勝とリーグ連敗で今季2度目の3連敗となっていた。 現時点でのプリメイラ・リーガの順位は首位のスポルティングCPと4ポイント差の3位に位置しているが、クラブは20日に「今シーズンの初めから有効となっているスポーツ雇用契約を即時解除するために、ヴィトール・ブルーノ監督との交渉を開始したことを発表する」と、同監督の解任に動いていることを明かした。 2025.01.20 17:30 Mon4
ポルトの18歳怪物が新契約にサイン! 契約解除条項は114億円に設定
ポルトは8日、U-21ポルトガル代表MFロドリゴ・モラ(18)との契約を2030年6月30日まで延長したことを発表した。この新契約によって契約解除条項は7000万ユーロ(約114億6000万円)に設定されている。 ポルトの下部組織出身でブラガやモレイレンセなど国内の複数クラブでプレーしたホセ・マヌエル氏を父親に持つモラ。 その父と同じポルトのアカデミーからキャリアをスタートした168㎝の攻撃的MFは、ポルトガル屈指の名門、ポルトガル代表の世代別チームで常に注目を集めてきた。 プロ契約前にポルトBでリーグ史上最年少(15歳8カ月10日)のシニアデビューを飾ると、2023年11月には当時のセグンダ・リーガ(ポルトガル2部)の最年少ゴール記録(16歳6カ月6日)を樹立し、今シーズンはファーストチームに定着。 昨年10月のAvs戦ではクラブ歴代3位となる17歳5カ月23日でのゴールも記録。今季ここまではプリメイラ・リーガで21試合8ゴール4アシストと見事な数字を残している。 傑出した攻撃センス、テクニック、クイックネスに加え、ここに来て決定力まで身に着けた18歳の怪物にはすでに国外のビッグクラブも関心を示しており、クラブは今後の売却も見据えて条件面を改善した新契約を締結するに至った。 2025.05.09 07:00 Fri5
