モンペリエ、ウルグアイ人MFファクンド・ピリスを獲得
2017.07.29 15:43 Sat
▽モンペリエは28日、ロシアのグロズヌイからウルグアイ人MFファクンド・ピリス(27)を買い取りオプション付きの1年間のレンタルで加入したことを発表した。なお、背番号は「27」を着用する模様だ。
▽母国ウルグアイの首都・モンテビデオに本拠地を置く、ナシオナルの下部組織で育ったピリスは、2013年にグロズヌイに移籍。昨季は得意とするディフェンシブMFで公式戦28試合に出場。通算では76試合に出場し3得点をマークしていた。
▽ピリスは加入の喜びをクラブの公式サイトで以下のようにコメントしている。
「とても幸せな気分だ。できるだけ早くチームに合流しトレーニングできることを楽しみにしているよ。最大限の力を発揮し、チームの目標を達成できるように努力するよ」
▽母国ウルグアイの首都・モンテビデオに本拠地を置く、ナシオナルの下部組織で育ったピリスは、2013年にグロズヌイに移籍。昨季は得意とするディフェンシブMFで公式戦28試合に出場。通算では76試合に出場し3得点をマークしていた。
▽ピリスは加入の喜びをクラブの公式サイトで以下のようにコメントしている。
ファクンド・ピリスの関連記事
モンペリエの関連記事
|
|
モンペリエの人気記事ランキング
1
偉大なるジルー、その分岐点は若き日のフランス代表デビュー戦…惚れ込んだヴェンゲル氏「夢中になってしまった」
フランス代表歴代最多得点者のFWオリヴィエ・ジルー(37)。その選手キャリアにおける分岐点は、自身のA代表デビュー戦を観戦したアーセン・ヴェンゲル氏との出会いだった。 今季でミランを退団、フランス代表からもユーロ2024を最後に引退、MLSはロサンゼルスFCへの移籍を持って、欧州で見納めとなるであろう37歳ジルー。 モンペリエ時代の11-12シーズンにリーグ・アン優勝&得点王。翌季から5年半アーセナルに在籍し通算105得点。チェルシー時代は控えを抜け出せずも、34歳で加入したミランがクラブキャリアのハイライトか。1年目でスクデット奪還に大貢献、得点数だけでは語れない技量・存在感で3年間チームを引っ張り、その威圧感は老練なカルチョのDFを苦しめた。 また、フランス代表では3度のW杯出場に2018年ロシア大会優勝、そして同国代表歴代最多の57得点。ティエリ・アンリ氏の得点記録を抜くのがジルーになるなど、一体誰が予想しただろうか。まさに、年齢を重ねるごとに輝きを増していったストライカーだ。 フランス『Canal+』は、そんなジルーの半生を追いかけたドキュメンタリー番組を制作し、選手キャリアの分岐点として、当時アーセナル指揮官だったヴェンゲル氏の目に留まった“2011年11月11日”をピックアップ…ヴェンゲル氏自ら証言する。 「初めてオリヴィエを観た日のことをよく覚えている。当時彼はモンペリエの選手で、すでにそれなりの成績を収めていたが、そのプレーをこの目で確認し、『ああ、この男はフットボールを完全に理解している』と確信した。私は彼に夢中になってしまった(笑)」 “2011年11月11日”は、ジルーがフランス代表初キャップを飾ったアメリカ代表戦。スタッド・ド・フランスで観戦してジルーに惚れ込んだヴェンゲル氏は自らジルーへ接触。2012年夏のアーセナル加入に漕ぎ着けた。 しかし、代理人のミシェル・マヌエロ氏は当時、ジルーに「アーセナルなんか行くべきじゃない」とアドバイスしたと言う。 「私は彼に言った。『アーセナルはダメだ。ロビン・ファン・ペルシがいるんだぞ。ピッチ脇で味方のゴールに拍手する時間を過ごすことになるぞ』ってね。どう考えてもオリヴィエにストライカー以外はできないし、不可能なミッションに挑もうとしているように思えたんだ」 「彼は『わかった、他のクラブも考えてみよう』と言ったんだ。ところが1カ月半後、突然『やっぱりアーセナルへ行く』ってね(笑)」 ジルーがアーセナル行きを決めると、ほどなくしてマヌエロ氏の懸念だったファン・ペルシ氏がマンチェスター・ユナイテッドへの移籍が決定。結果的に、ジルーは加入後すぐにセンターフォワードの定位置に収まった格好だ。 フランス代表デビュー戦にて、ヴェンゲル氏に認められたところから階段を駆け上がっていったジルー。13年もの歳月が経ち、男はフランス代表で通算131キャップ、通算57得点で歴代最多得点者となっている。 2024.05.27 14:00 Mon2
堅守モンペリエの牙城を崩せなかったマルセイユ、ゴールレスドローで4位後退…《リーグ・アン》
▽日本代表DF酒井宏樹の所属するマルセイユは8日、リーグ・アン第32節でモンペリエと対戦し、0-0の引き分けに終わった。酒井はフル出場している。 ▽来季のチャンピオンズリーグ(CL)出場圏内死守を目指す3位マルセイユ(勝ち点62)が、来季のヨーロッパリーグ(EL)出場権を狙う6位モンペリエ(勝ち点45)をホームに迎えた一戦。 ▽ミッドウィークにEL準々決勝1stレグのライプツィヒ戦を行ったマルセイユは、その試合から先発を2人変更。ミトログルとアンギッサに代えてジェルマン、マキシム・ロペスを先発で起用した。 ▽立ち上がりから押し気味に試合を進めるマルセイユは3分、パイエのパスでボックス右深くまで侵入したB・サールがマイナスの折り返しを供給。これをボックス中央に走り込んだサンソンがダイレクトシュートで合わせたが、ボールはゴール左に外れた。 ▽主導権を握りながらもモンペリエの堅守に苦戦するマルセイユは、アタッキングサードでの連係ミスや質を欠いたプレーが続く。結局、マルセイユは最後までモンペリエの守備ブロックを攻略できず、前半は枠内シュート0本で終了した。 ▽後半も前半同様にマルセイユが押し気味に試合を運ぶと55分、パイエの右クロスをボックス右で収めたサンソンが左足でシュートを放ったが、これは左ポストに弾かれる。さらに直後の56分にも、アマヴィのミドルシュートでモンペリエゴールを脅かすも、これは相手GKがキャッチ。 ▽ゴールの遠いマルセイユは、59分にジェルマンを下げてミトログルを投入。さらに59分にはパイエを下げてアンギッサをピッチに送り出した。すると67分、B・サールの右クロスをゴール前に走り込んだミトログルが左足で合わせたが、これは相手GKの好セーブに阻まれた。 ▽90分には、B・サールの右クロスからファーサイドのエンジエがダイレクトボレーで合わせたが、これは枠を大きく外した。結局、試合は0-0でタイムアップ。マルセイユはモンペリエGKルコントの牙城を崩せずに勝ち点1を積み上げるにとどまった。 2018.04.09 06:00 Mon3
モンペリエがバーゼルの守護神オムリンを獲得!
モンペリエは12日、バーゼルからスイス代表GKヨナス・オムリン(26)を完全移籍で獲得したことを発表した。背番号は「1」に決定。契約期間などに関する詳細は明かされていない。 モンペリエでは、レアル・ソシエダから1年間のレンタル移籍で加入していた元アルゼンチン代表GKヘロニモ・ルジ(28)が今シーズンの正GKとしてハイパフォーマンスを披露していた。 そのため、クラブは買い取りオプションの行使を考慮していたが、コロナ禍において移籍金とルジが受け取る高額なサラリーに二の足を踏み、なくなく買い取りを断念。 その後、サンテチェンヌの元フランス代表GKステファヌ・リュフィエ(33)、元レアル・マドリーのフランス人GKリュカ・ジダン(22)らが獲得候補に挙がっていた。 しかし、最終的に新守護神として獲得したのは、スイス屈指の名門バーゼルで正GKを務めていたオムリンとなった。 2018年にルツェルンからバーゼルに加入したオムリンは、在籍2シーズンで公式戦79試合に出場するなど守護神を務めてきた。また、高いアスリート能力を生かしたショットストップに定評がある26歳は、デビューは果たしていないものの、定期的にスイス代表に招集されている。 2020.08.12 18:07 Wed4
モナコ移籍迫る南野拓実はリーグ・アン12人目の日本人、これまでの11人は?
今夏の移籍市場で話題の1つとなっているのが日本代表MF南野拓実(27)の移籍だ。 日本だけでなくヨーロッパでも注目された南野の移籍。どうやらリーグ・アンのモナコに加入することで決着がつくと見られ、公式発表が待たれる状態となっている。 モナコのフィリップ・クレメント監督も「非常に嬉しいよ。彼のことは長い間、知っている。我々のリストで非常に上位にいた」とコメント。南野への期待も口にするほどだ。 基本移籍金1500万ユーロ+アドオン300万ユーロの総額1800万ユーロ(約25億6000万円)という取引にあり、5年契約を結ぶとされているが、これまでリーグ・アンでプレーした日本人はそこまで多くはない。 リーグ・アンに限れば南野は12人目の日本人となる。これまでの11人を並べると、意外にもしっかりとしたチームが組めるというから驚きだ。そこで、今回はリーグ・アンでプレーした11人を紹介していく。 <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/ligue1_japanese_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div> <span class="paragraph-subtitle">GK</span> <span class="paragraph-subtitle">川島永嗣</span> 2016-18:メス(37試合) 2018-:ストラスブール(27試合) ワールドカップに3大会連続で出場している日本代表の守護神。今なお日本代表でプレーし、ヨーロッパで実績を残している。 大宮アルディージャでプロキャリアをスタートすると、名古屋グランパス、川崎フロンターレでプレー。その後、ベルギーのリールセへと移籍すると、スタンダール・リエージュ、ダンディー・ユナイテッドと渡り歩き、2016年8月にメスへ加入した。 1人しか出られないポジションであり、なかなか出番があったりなかったりと難しい中、リーグ・アンでは61試合に出場している。 <span class="paragraph-title">DF</span> <span data-other-div="page2"></span> <span class="paragraph-subtitle">酒井宏樹</span> 2016-2021:マルセイユ(185試合/2ゴール13アシスト) 日本代表の右サイドバックであり、現在は浦和レッズに所属している酒井。リーグ・アンで最も成功した日本人として知られている。 柏レイソルから2012年7月にハノーファーへ完全移籍すると、2016年7月にマルセイユへと完全移籍。5シーズンに渡ってプレーした。 リーグ・アンでは145試合に出場し1ゴール10アシスト。代表クラブのアタッカー陣とのマッチアップでも物怖じせず、フランスで大きく成長した。 <span class="paragraph-subtitle">植田直通</span> 2020.1-:ニーム(40試合) 現在はリーグ・ドゥ(フランス2部)に所属するニームだが、植田が加入した際にはリーグ・アンに所属。9試合プレーした。 鹿島アントラーズから2018年7月にセルクル・ブルージュへと完全移籍。2021年1月にレンタル移籍で加入すると、そのまま完全移籍へと切り替わった。 リーグ・ドゥでも28試合プレーするなど、チームのディフェンスを支えている。 <span class="paragraph-subtitle">昌子源</span> 2019-20:トゥールーズ(21試合) 日本代表としてロシア・ワールドカップを戦った昌子は、大会後の2019年1月にトゥールーズへと鹿島アントラーズから完全移籍で加入した。 ハーフシーズンを戦い、新たなシーズンもトゥールーズでスタートしたが、ケガをして離脱。治療やそこからの調整で難しさを感じ、2020年2月にガンバ大阪へと完全移籍してフランスでの挑戦に幕を下ろした。 <span class="paragraph-subtitle">長友佑都</span> 2020-21:マルセイユ(29試合1アシスト) わずか1シーズンの挑戦に終わったフランスでのプレーだが、半年間のブランクがあった中でしっかりとプレーできたのは豊富な経験からだろう。 FC東京から2010年7月にチェゼーナへとレンタル移籍すると、わずか半年後の2011年1月にインテルへと完全移籍。インテルでは左サイドバックのレギュラーに定着した。 その後、ガラタサライへの移籍を経験。チームの登録メンバーから外される苦境を経験した中、2020年8月にマルセイユへと加入。ブランクを埋める難しさはあったが、アンドレ・ビラス=ボアス監督に重宝され、ホルヘ・サンパオリ監督に交代後もプレーしたが、シーズン終了後に古巣のFC東京へと復帰した。 <span class="paragraph-title">MF</span> <span data-other-div="page3"></span> <span class="paragraph-subtitle">松井大輔</span> 2004-08:ル・マン(130試合17ゴール18アシスト) 2008-09:サンテチェンヌ(27試合1ゴール2アシスト) 2009-10:グルノーブル(48試合6ゴール5アシスト) 2011-12:ディジョン(3試合) 現在はフットサルとの二刀流も話題の松井。京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)から2004年9月にル・マンへと完全移籍。そこからフランスでのキャリアがスタートする。 フランスのクラブで最もプレーした松井。リーグ・アンでは通算148試合に出場し17ゴール25アシストを記録した。 ル・マン時代には“ル・マンの太陽”とも呼ばれ、国内で高い評価を得ていたが、サンテチェン移籍で失敗。グルノーブルでは2部降格を経験するなど難しい時期を過ごし、ディジョンでも監督との確執などで出番はなく終わった。 <span class="paragraph-subtitle">稲本潤一</span> 2009-10:スタッド・レンヌ(5試合) アーセナルやフルアム、WBA、カーディフ・シティなどイングランドでのプレー経験が長い稲本は、ガラタサライ、フランクフルトを経て、2009年7月にスタッド・レンヌに加入した。 わずか半年の挑戦に終わったが、リーグ・アンでは5試合に出場。その後に川崎フロンターレへと移籍し、Jリーグでプレーを続けた。 現在は関東サッカーリーグ1部の南葛SCでプレーしている。 <span class="paragraph-subtitle">中田浩二</span> 2005-06:マルセイユ(15試合) 2005年1月に鹿島アントラーズから完全移籍でマルセイユへと加入した中田。日韓ワールドカップで日本代表を指揮し、初のベスト16進出に導いたフィリップ・トルシエ氏が指揮を執っていたこともあり、フランスへと移籍した。 日本代表では3バックの左、鹿島でも左サイドバックでプレーしていた中、マルセイユではボランチで起用されることが多かったが、わずか15試合の出場に。リーグ・アンでは9試合の出場に終わった。 その後、バーゼルへと完全移籍。最後は古巣の鹿島に戻り2015年1月に現役を引退した。 <span class="paragraph-subtitle">廣山望</span> 2003-04:モンペリエ(8試合) ジェフユナイテッド市原(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)でキャリアをスタートした廣山だが、その後は、パラグアイのセロ・ポルテーニョ、ブラジルのスポルチ・レシフェ、ポルトガルのブラガでプレー。2003年7月にモンペリエに加入した。 わずか1年の在籍だったが、リーグ・アンで7試合に出場。リーグ・アンで初めてプレーした日本人として知られている。 なお、1年で退団し東京ヴェルディへと移籍した。 <span class="paragraph-title">FW</span> <span data-other-div="page4"></span> <span class="paragraph-subtitle">伊藤翔</span> 2007-2010:グルノーブル(5試合) 中京大中京高校からアーセナルのトライアウトに参加。アーセン・ヴェンゲル監督に気に入られたが、労働許可が下りずに入団を断念。高校卒業後に当時2部のグルノーブルに加入した。 当時日本企業がオーナーでもあったが、高卒選手ではなかなか出番が得られず。チームは1部に昇格するもほとんどプレーできず、リーグ・アンではわずか1試合の出場に終わった。 2010年7月に清水エスパルスへと完全移籍。その後、横浜F・マリノス、鹿島アントラーズ、横浜FC、松本山雅FCでプレーしている。 <span class="paragraph-subtitle">オナイウ阿道</span> 2021-:トゥールーズ(43試合12ゴール4アシスト) まだリーグ・アンでデビューは果たしていないが、トゥールーズのリーグ・ドゥ(フランス2部)優勝に大きく貢献した1人だ。 2021年7月に横浜F・マリノスから完全移籍で加入すると、リーグ・ドゥでプレー。38試合で10ゴール2アシストを記録。また、クープ・ドゥ・フランスでも5試合に出場し2ゴール2アシストを記録するなど、チームの軸として活躍した。 見事に昇格を果たしたトゥールーズ。新シーズンのリーグ・アンでオナイウがどのようなパフォーマンスを見せるのか注目だ。 なお、リーグ・ドゥでプレーした日本人は鈴木規郎(アンジェ)、梅崎司(グルノーブル)、大黒将志(グルノーブル)、澤井直人(アジャクシオ)の4名がいる。 2022.06.26 22:40 Sun5
