史上初の偉業!元日本代表指揮官のハリルホジッチ監督が4大会連続W杯出場、国王から祝福の電話も

2022.03.30 10:55 Wed
【動画】W杯決定を受け、モロッコ国王からの電話に出るハリルホジッチ監督



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森保監督続投で歴代最長監督はというと…/六川亨の日本サッカーの歩み

まだ正式決定ではないが、森保一監督の『2年間の』続投が決まったようだ。正式には来年のJFA(日本サッカー協会)理事会での承認待ちになる。その頃にはコーチ陣などのスタッフの詳細も決定しているだろう。 93年のJリーグ誕生以降、日本代表の監督は基本的にW杯の4年サイクルで交代してきた。例外は94年のアジア大会で韓国に敗れたロベルト・ファルカン氏、97年のアウェー中央アジア2連戦で更迭された加茂周氏、07年に病に倒れたイヴィチャ・オシム氏、15年に契約解除されたハビエル・アギーレ氏、そして18年に解任されたヴァイッド・ハリルホジッチ氏の5人しかいない。 そうした過去30年の歴史のなかで、初めて『続投』が決定的となったのが森保監督である。目標としていた「ベスト8」には届かなかったものの、大国ドイツとスペインに逆転勝ちを収めたことが高く評価されたことは言うまでもない。 そこで過去の歴代監督の任期を振り返ると、上には上がいるもので、長沼健氏(元JFA会長)は1962年から69年までの7年間と、さらに72年から76年までの4年間、トータル11年間も日本代表の監督を務めた。「時代が違う」と言ってしまえばそれまでだが、おそらく2度と破られることのない記録と言っていいだろう。 長沼氏が“長期政権"を担うことになったのには理由がある。64年に東京五輪があったからだ。このため62年に33歳の若さで監督に抜擢された。そして東京五輪ではグループリーグでアルゼンチンを倒して決勝トーナメントに進出。準々決勝で銀メダルに輝いたチェコスロバキアに0-4で敗れたが、ベスト8進出で日本に“第1次サッカーブーム"を巻き起こした。 さらに4年後のメキシコ五輪では、アジア勢初となる銅メダル獲得の快挙を達成。その再現を半世紀後の21年東京五輪で森保監督は期待されたが、残念ながらメダルにはあと一歩届かなかった。 長沼氏は69年のメキシコW杯アジア1次予選で、韓国とオーストラリアの後塵を拝したことで監督の座をコーチだった岡野俊一郎氏(元JFA会長)に譲る。しかし岡野氏が71年のミュンヘン五輪予選で韓国とマレーシアに負けたことで、日本サッカーの復権は再び長沼氏に託されることになった。 ところが73年の西ドイツW杯アジア予選はイスラエル(当時はアジアに所属し、中東勢が対戦を拒否したため予選は東アジアに組み込まれた)とマレーシアに敗れ、76年のモントリオール五輪アジア予選も韓国とイスラエルに敗れて監督から退くことになった。 当時の日本サッカーは、「W杯予選は負けても当たり前」であり、五輪予選で敗退するたびに監督は交代していた。Jリーグ開幕以前では、92年のバルセロナ五輪アジア最終予選で敗れた横山謙三総監督、88年ソウル五輪アジア最終予選で中国に逆転負けを喫した石井義信氏(故人)、80年モスクワ五輪アジア予選で韓国とマレーシアに及ばなかった下村幸男氏らである。 しかし96年のアトランタ五輪に28年ぶりに出場して以来、五輪出場は7大会連続して出場。その間には12年ロンドン五輪と21年東京五輪ではメダルまであと一歩に迫った。もう五輪は出場するのは当たり前で、次の24年パリ五輪は「メダル獲得」がノルマになるだろう。 同じようにW杯も98年以降7大会連続して出場中で、さらに2026年のアメリカ・カナダ・メキシコ大会は出場国が48に増えるため、出場権を失うことはまず考えられない。森保監督にとっては「ベスト8」への再チャレンジになるが、その前に横内昭展ヘッドコーチは磐田の監督に、上野優作コーチはFC岐阜の監督に転身するなどスタッフの陣容は一新せざるを得ない。 果たして新たなスタッフの顔ぶれはどうなるのか。そこに外国人コーチが入るのかどうかなどは楽しみなところ。 そして森保監督は、23年こそ秋まで親善試合しかない“静かな"一年になるものの、21年東京五輪は「金メダル」を目標に掲げながらも4位に終わり、カタールW杯も「ベスト8」が目標だったがラウンド16で敗退した。このため、まだ先の話ではあるが、24年のアジアカップでは『優勝』がW杯まで続投するためのノルマにすべきではないだろうか。 2022.12.26 22:00 Mon
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日本代表の“進化”と“真価”が見えた圧巻の7ゴール…個の成長とチームの成長【日本代表コラム】

「選手たちがアジア最終予選の初戦のスタートの難しさを認識してくれて、そこで最善の準備をしてくれたことが、この結果に繋がったと思います」 試合後の記者会見の冒頭、森保一監督が口にした言葉。2大会連続で最終予選の初戦をホームで落としていた日本代表だったが、この日は中国代表相手に7ゴールを奪う快勝劇。各々の選手がハイパフォーマンスを見せ、最高のスタートを切ることとなった。 2016年9月1日、同じ埼玉スタジアム2002で行われたUAE代表戦では、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が率いた中、本田圭佑が11分で先制。しかし、20分、54分と失点し、1-2で逆転負けを喫した。これは日本がW杯に出場してから初めて初戦で負けたこととなり、ジンクス通りでは最終予選の初戦で敗れたチームは出場権を獲得できないと話題を呼んだが、最終的には首位通過を果たしていた。 2021年9月2日、最終予選では珍しい市立吹田サッカースタジアムで行われたオマーン代表戦。森保監督が率いる日本は、終盤に失点し0-1で敗れた。ヨーロッパ組が増えたチームにおいて、選手の合流がバラバラになり、ほとんど練習をしない状態で臨んだ中、足元を掬われた。 この2つの敗戦は、記憶に残っている方も多いはず。決して試合を通して押し込まれていたというわけではないが、日本は効果的な攻撃を仕掛けることができずに終わった。 そして迎えた2024年9月5日。奇しくも2016年に敗れた埼玉スタジアムであり、相手は2021年にオマーンを率いて日本を下したブランコ・イバンコビッチ監督率いる中国だったが、力の差をスタートから見せつけ、圧勝に終わった。 「今日良い準備ができて良い結果を出せたことは、過去の痛い経験。それは消えませんけど過去を生かして、また成長していけているという手応えを持てたのかなと思います」と、森保監督は3年前の痛い経験を含め、しっかりとチームとしての積み上げができていることを感じたようだ。 森保監督は中国を相手に[3-4-2-1]の布陣でスタート。左ウイングバックにはアジアカップ以来の復帰となった三笘薫(ブライトン&ホーヴ・アルビオン)を起用すると、積極的に仕掛けを見せてチャンスメイク。中国の選手たちは警戒をしていても、止めることができなかった。 右ウイングバックには堂安律(フライブルク)を配置し、攻撃的な3バックを採用。こちらは久保建英(レアル・ソシエダ)とのコンビネーションで崩し、チャンスメイクを続けた。 力の差があることはわかっていても、これまで何度も苦しんできた日本だったが、圧倒的に日本を分析して苦しめてきたイバンコビッチ監督を持ってしても、今の日本と中国の実力差を埋めることは不可能だった。 「個の力」がこの3年間で最も成長したと前日に森保監督とキャプテンの遠藤航(リバプール)は語っていたが、まさにその通りの戦いに。一対一のシーンだけでなく、個々の判断力、プレーの選択、強度、連係と、それぞれがクラブで個を磨き、8年という長期スパンで森保監督が作り上げているチームとしての戦いが、噛み合い始めているといえる。 先制ゴールもデザインされたセットプレーから。久保の正確なクロスを遠藤がヘディングで合わせたが、このシーンでは町田浩樹(ユニオン・サン=ジロワーズ)と板倉滉(ボルシアMG)がボックス内でスクリーンを行い、遠藤が完全にフリーになって決まった。キックの正確性、チームとしての狙いがピッタリハマった形だが、こうしたプレーは日本ではそこまで多くない。これは成長の証と言えるだろう。 2点目は右サイドで久保と堂安がパス交換をして中を窺うと、ファーサイドに空いたスペースを見逃さなかった堂安がクロス。これを感じた三笘が飛び込んで頭で合わせた。完璧な崩しであり、これもチームとしての意図が感じられる攻撃だった。堂安は「チームの戦術として落とし込んでいるところもある」と右サイドの攻撃について語っており、選手同士の関係も上積みができている状況だ。 良い循環でチームが成長を見せている日本。ただ、前半は追加点がなかなか奪えない展開に。ゴールに迫るシーンは何度もあったが、結局はクロスからの2点で終わった。中国が大量失点をしないように必死に守った側面もあるが、チャンスメイクに終わらず、得点まで繋げたかった部分は、まだ伸び代があると捉えても良いだろう。ほとんどピンチの場面を作らせなかったことも、板倉、町田、そして谷口彰悟(シント=トロイデン)の3バックの安定感が為せたことだ。冨安健洋(アーセナル)や伊藤洋輝(バイエルン)がいない状況でもだ。 そして後半はさらに成長の証を見せる。中国が守り方を変更し、システムも変えてきたなか、より個人の特徴にフォーカスしたプレーが日本は続いた。3点目となった南野拓実(モナコ)は、ボックス内左でパスを受けると、鋭い切り返しで相手をかわし、冷静に蹴り込んだ。4点目も町田からの縦パスを上田綺世(フィエノールト)が潰れながらもつなぐと、南野が拾って冷静に決めた。モナコでの調子の良さがしっかりと結果につながっている。 5点目はこちらも復帰戦となった伊東純也(スタッド・ランス)が久保のパスを受けて冷静に流し込み復帰ゴール。ディフレクトもあったが、誰もが待ち望んだ復帰戦で結果を残し、スタジアムのボルテージは最高潮に。さらに伊東はアーリークロスをDFとGKの間に入れると、スピードを活かした前田大然(セルティック)が軽く頭で押し込んだ。前半の堂安から三笘、そして伊東から前田とWBのアシストからWBがゴールを決めるという狙いを持った得点パターンと言える。 なかなか攻撃のパターンを多く作ることはこれまでできてこなかった日本だが、最後には久保が持ち出し強烈なシュートを叩き込むなど、バリエーションが豊富に。正に、個の能力とチームとしての積み上げが見られた中国戦だった。 カタールW杯までも成長を見せた第1次森保政権。W杯で一定の結果を残しつつ、悔しさも味わった中で史上初の第2次政権となった中、今度はアジアカップで悔しさを味わった。ただ、そこからもしっかりと成長を見せ、選手は自身のステージを高い位置に置いている。慢心ではなく、チームとしての強さを自信に、そして確信にしていく最終予選にできるのか。アウェイでのバーレーン代表戦では選手の入れ替えもある中で、どんなパフォーマンスを見せるのか注目だ。 文・菅野剛史 <span class="paragraph-title">【動画】日本代表の圧勝劇、中国相手に7ゴール快勝</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="essBALdFmAo";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2024.09.06 21:00 Fri
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【試合後会見】欧州遠征2試合を振り返りハリルホジッチ「大きなライオンを倒すところまでいった」

▽インターネットでのスポーツ中継が広まり、サッカー観戦がより身近なものになってきた。試合を見に行けなくてもスマートフォンで簡単に観戦できる。まさにいつでもどこでもサッカーに触れられる時代となった。 ▽そんなサッカー中継で欠かせないものの1つが実況ではないだろうか。言葉巧みに目の前で繰り広げられている白熱した試合を伝え、視聴者たちをその場にいるような雰囲気にしてくれる。そんな実況者たちはどんな思いを持って、それを伝えているのだろうか。 ▽今回、20年以上もアナウンサーとして活躍し、ワールドカップ決勝でも実況としてその熱量を伝えてきたクラッキーこと倉敷保雄さんにインタビューを実施。第1回はいろいろな人との出会いやあらゆる経験、そして何よりも“他との差別化”を考えて突き進んできた倉敷さんの人物像に迫る。 ◆少年期に抱いたラジオへの憧れ ――<span style="font-weight:700;">アナウンサーとして20年以上活躍されている倉敷さんですが、この仕事に興味を持った理由は何だったのでしょうか</span> 「ラジオ局に対する憧れが子供の頃からとても強かったんです。良く言えば控えめな少年。違う言い方なら内向的な少年でした。そんな少年にとってラジオは身近な友達でラジオの中のパーソナリティに強いシンパシーを感じていました。今でもラジオの仕事に就きたい、いきなり仕事は変えられないでしょうが、原点回帰していつかはラジオに戻りたいと思っています」 「学生時代からラジオ放送が好きだったので、しゃべる仕事というよりは放送を作る仕事、制作チームに入りたいという漠然とした思いから、放送局に対する憧れがありました。ラジオ局の職種の中で一番身近に感じている職種は何かな? と考えた時にアナウンサーかな、と感じていました。薄く、ですけれど。これがそもそものスタートでしょうね」 ◆スポーツ中継を志すもまさかの留年…さらに入社した福島では… ――<span style="font-weight:700;">幼少から興味を持っていたラジオですが、実際に人前で話す仕事に就くまでには苦労されたことも多いのではないでしょうか</span> 「大学生の頃に大きな時代の変化がありました。フジテレビの黄金期でアナウンサーに対しての考え方、ニュアンス、イメージが大きく変わってきた時でした。それ以前の僕は『ニュース読みはアナウンサーの聖域だ』と思っていました。しかし、ニュースはタレントでも読める時代になり、80年代の時点で、もはやアナウンサーの聖域ではなくなっていました。専門職でありたいと思ってアナウンサー職を志望したのにどうしようか?と悩んでスポーツ中継に行き着くんです。これこそ専門職だろうと思いましたね。そこを目指そうとして方向転換したことですごく遠回りをするんです」 「僕は四年間で大学を卒業できませんでした。でも、もし普通に卒業して、専門学校の恩師の推薦で入社が決まりそうだったラジオ局に行っていたら……。そこはあるFM局でした。自分は音楽も好きなので、そこに入社していたら今とは違った道を歩いていたと思います。しかし、遠回り。追試を受けようとした科目の担当教授が海外に旅立ってしまい……そのまま試験は受けられず、留年となりました(笑)。学生課に出かけて事情を話しましたが『留年しかない、いうことでしょうか?』と尋ねたら、あっさり『そうです』と返されてしまい、『就職できるんですけど』と言っても、『お気の毒ですが…』、『あっそうですか』で、終わり(笑)。しかし、そのお陰でもう少し人生経験を積めたというか、多少ボコボコにされてまともな人間になってきたかなと思います」 「まず一年間、遠回りをするわけですが、当時の専門学校には自分よりもうまい人たちばかりがいました。スポーツの専門職になりたい人達と自分とはすでにこれほどまでに差がついているんだなと感じて勉強するようになりました」 「アプローチとしては、東都大学や六大学野球で野球中継の練習をしようと神宮球場に通いました。これはスポーツアナを目指す者にとってはとてもオーソドックスな練習法です。僕はその年の東都大学の試合は全試合を口に出して実況練習しました。一日2試合、火曜日と水曜日です。400円の一番安いチケットを買って、ネット裏の2階席に行き、小型のテープレーコーダーを持って一試合すべてをしゃべる。自分で聞いていて、ダメなところをチェックする。それから恩師に聞いてもらい、『ここがダメだ』とお小言を貰って、次の週にまたそれを繰り返す。“継続は力なり”ではないですが、自分の中で、人より余計に努力してきたと思えることが、試験の時に自分を支えてくれるものになりました。絶対に野球中継をするぞ、と意気込んでいたんです」 「翌年、ようやく(大学)卒業とアナウンサー試験の合格を手にすることができて、福島のラジオ局に行きました。ところが、入社した局には野球中継がなかった(笑)『神様はたくさんの試練を与えるな』と思いましたね」 <div id="cws_ad" style="text-align:center;"><hr><a href="https://goo.gl/cRzTjE" target="_blank">倉敷さんの実況が聞ける<br />スポナビライブはこちら</a> <hr> </div> ◆スポーツから大きく離れるも培われた他と違うことをやる姿勢<div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20171115_2_tw.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>――<span style="font-weight:700;">福島ではスポーツ中継ではなくどのようなことをやられていましたか</span> 「スポーツ中継は競馬だけでした。でも視力が悪かったこともあって、中継を楽しむまでには成長できませんでした。年間に数週間しか開催期間はありませんでしたしね。そして代わりに音楽番組の制作にはまっていったんです。入社して半年もすると、このラジオ局は自主制作番組が多かったので君も番組を作って良いよと。これは楽しかった。どんどんのめり込んで、代わりにスポーツ中継からは大きく離れた時代でした」 「入社時からとても生意気な新人と評価されていまして(笑)。当時は確かに機会があれば一刻も早く東京に戻って仕事をしたいと思っていましたし、それを上司にも知られていました。『あいつはどうせすぐにやめる』という雰囲気の中でとても可愛がられました(笑)。音楽はとても好きだし、得意なジャンルだったので、入社してすぐに番組を担当させてもらえたのはいいんですけど、『いくらでもやりたいよな』という先輩たちの好意でどんどん仕事が増えて……勤務時間を過ぎてもなかなか家に帰れないほどの量の番組をもらっていました。いや、すごく勉強になりました。感謝、感謝です」 「で、生意気な新人はさらに先輩を怒らせます。レコード会社のディレクターに会いに東京へ出掛けたんです。もともと休みの日には東京の演劇や舞台を観に上京していました。常に文化を吸収し続けないと良いアナウンサーになれないと思っていたからです。東京へ出掛けた折には主に洋楽のアーチストを抱えているレコード会社の担当ディレクターに名刺を渡しに、就職活動のように会社を回りました。名刺を手に『音楽番組を担当しています』と話すと、『直接、プロモーションのための宣材やレコードを送りましょうか。担当番組のタイトルも入れたアーチストの肉声メッセージも必要ですか?』という仕事の話になり『ぜひお願いします』と。それを重ねていくうちに、僕の机には東京から直々に届くノベルティなどの宣材やレコードが先輩たちのそれの何倍も届くようになっちゃったんですね」すると『おまえは何をやっているんだ』とまた怒られる。こっちは怒られると思っていないので、『何がですか』と言い返すと『先輩は誰もそんなことやっていないだろう』『え? なんでやらないんですか』とまた火に油を注いで……。でも、福島では楽しい思い出ばっかりです。確かに生意気な新人だったけど、結局、すくすくと育てて頂きました。福島はいい人ばかりだったんです。」 ◆まだまだ多難なスポーツ中継への道 ――<span style="font-weight:700;">福島で音楽番組制作を行われた後はどのように進まれたのですか</span> 「ものを作る楽しさを満喫していましたが、スポーツからは遠く離れた状況です。やがて趣味だった音楽にも番組作りに自身のマンネリを感じて来て……しばらく何か別なことをやりたいなと思っていた時に、母が病気になりました。僕は『死んでしまうならせめて最後は一緒にいよう』といきなり会社を辞める事にしました。ボーナスももらわずに慌ただしく辞めて、仕事もなかったので半年間プー太郎です」 「ただ、母はすぐに回復して、結局なんだよと(笑)。やがて文化放送の報道部が記者を探していると聞き、面接を経て、採用してもらえる事になりました。それから二年間、首都東京の報道記者としてまったく知らない道の世界を経験しました。現在スポーツの実況者で国会、警視庁、裁判所の記者クラブに入って事件現場や法廷での取材経験があるのは僕ぐらいかもしれませんね」 「わずか2年間ですが、とても勉強になりました。日本の報道の中心部の仕組みがどういうものかがよくわかりました。記者クラブの良し悪しもまたよくわかりました(笑)。今の仕事に役立っているのは、記事に関してここまでは取材していて、ここからは取材していないな、と文脈と行間からわかるようになったことです。海外の記事でも同様にこれは取材して書いている、してないというのがわかります。放送で使用するならここまでは割り引かないでコメントして良くて、ここはぼかそうと区別します。ぼかすにしても自分なりのぼかし方をしようと考えます。文化放送時代に覚えたことは今の仕事への汎用性が高くて、地方と東京、日本と海外の違いについて考えるアプローチを学んだ時間でした。みんな優秀で親切で大人が多いのが文化放送報道部だったんです。」 「別の伝手でNHKの仕事もしました。ニュース&スポーツ番組のいわゆる影読み。番組で使うVTR部分で顔出しなしで原稿読みやナレーションを入れるものなのですが、最初に『一回ミスすると二度と呼ばれないからね』なんてプレッシャーをかけられました。で、たまたま間違えなかったので(笑)その仕事は10年以上続けさせてもらえました。日本の報道機関で一番大きなNHKの報道&スポーツの現場を10年にわたって見させてもらえたことも原稿づくりやVTR編集を考える際に、かけがえのない経験になりました。」 「ただ、報道も自分には向いていないと悩み始めるんです(笑)。文化放送では2年間の報道を経て半年間だけスポーツ部に行かせてもらいました。記者ではなくタレントとして『ライオンズナイター』の仕事を手伝ったんです。たが、半年間の契約でその後は延長してもらえないとわかっていました。それでもスポーツの現場に行きたいという思いが再び高まっていたんですね。Jリーグの誕生も近づいていましたからスポーツの制作現場に飛び込むならこのチャンスだと思い、パートタイムでNHKの仕事を手伝いながらも基本はスポーツ中継の勉強に明け暮れるプー太郎になりました」 ▽学生時代の留年、福島での音楽番組の作成、国会、警視庁、裁判所での取材経験など、ここまで全くサッカーと関りがない倉敷さんですが、どのようにしてサッカーの実況者となっていくのだろうか? 後編では倉敷さんの転機となった1992年の話、2002年の日韓ワールドカップでの充実感、そしてアナウンサーから離れた倉敷さんに迫る。 ◆倉敷保雄さん『スポナビライブ』出演情報 ▽11月29日(水) 25:54〜 [LIVE]ストーク・シティ vs. リバプール 解説:ベン・メイブリー 実況:倉敷保雄 <div id="cws_ad" style="text-align:center;"><hr><a href="https://goo.gl/9dy93t" target="_blank">倉敷さんの実況が聞ける<br />スポナビライブはこちら</a> <hr> </div> 2017.11.15 09:39 Wed
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【六川亨の日本サッカーの歩み】過去にもあった代表監督解任に歴代JFA会長は…

▽4月7日に解任された元日本代表監督のハリルホジッチ氏が、4月27日に記者会見を開いた。同氏は約1時間20分にわたって熱弁を振るったが、内容は志半ばでの解任による悔しさと、解任理由がコミュニケーション不足であったことに疑問を呈した。そして、なぜ田嶋会長や西野技術委員長が「ハリル、問題が起こっているようだがどうなんだ」と一声相談するなり、フォローがなかったことに失望の念を表した。 ▽コミュニケーション不足を解任の理由に挙げられては、ハリルホジッチ氏も納得できないだろう。なぜならキャンプ中は毎晩、午後9時から15分間隔で、GK陣、DF陣、MF陣、FW陣とミーティングを開いていたからだ。海外組とも現地で試合を視察したり、電話などで連絡を取り合ったりしていた。 ▽一部の選手からは「ハリルではW杯を戦えない」という声も上がったそうだ。しかし、試合で使ってもらえない選手から不満が出るのは万国共通のはず。そのために西野技術委員長がいたはずだが、どうやらうまく機能していなかったようだ。 ▽JFAが代表監督を任期途中で解任するのは、これで2度目だ。最初の解任は97年10月4日、フランスW杯のアジア最終予選でカザフスタンと引き分けたため、当時の加茂監督が更迭された。その伏線は95年の暮れに遡る。フランスW杯のアジア予選に向け、加藤久技術委員長や田嶋技術委員らは、「加茂氏ではW杯予選を勝ち抜けない」と判断し、ネルシーニョ氏を次期代表監督に推薦した。 ▽しかし、年俸があまりに高額のため長沼会長(故人)はネルシーニョ氏の招聘を断念。いわゆる「腐ったミカン事件」である。これは後に判明したことだが、どうやら契約書が当初のものと書き換えられていたようで、それを長沼会長は「知らなかった」と後に述懐していた。 ▽加茂監督の続投は決まった。しかしながら記者から「もしもW杯の出場権を逃したらどう責任を取るのか」という質問に、長沼会長は決然と「加茂でフランスに行けなかったら、私が会長を辞める」と断言した。 ▽結果的に、加茂監督は任期途中で更迭された。その決断を下したのは、他ならぬ長沼会長だった。加茂ジャパンをサポートしつつも、最終的には苦渋の決断をしなければならなかった。長沼氏の責任を問う声に対しては、「任期満了をもって責任を全うする。それがサッカー界におけるやり方だ」と反論し、W杯後に会長職を岡野氏(故人)に譲った。 ▽そして4年後にも代表監督解任の危機はあった。トルシエ監督は99年のコパ・アメリカで惨敗を喫する。その他にも決定力不足や強化推進本部とのコミュニケーション不足、エキセントリックな性格からくる選手やメディアとの軋轢など様々な問題を抱えていた。 ▽強化推進本部の7人による投票の結果は、4対3でトルシエ監督の解任を決定。一般紙にも「トルシエ監督解任、W杯はベンゲル監督」と報じられた。ただ、最終的な結論は岡野会長に一任されたことで状況は変わる。強化推進本部に監督解任の決定権はなく、あくまで理事会の承認が必要だったからだ。 ▽そして岡野会長はトルシエ監督の留任を決定し、同氏に万全のサポート態勢を約束した。留任の理由については自著の「雲を抜けて、太陽へ!」で次のように説明している。 ▽「私自身はトルシエ氏の欠点を知っていたが、世界ユース選手権で日本を初めて準優勝に導いただけでなく、大会中に選手を孤児院に訪問させるなど、サッカー以外の体験をさせる指導方針を評価していた。また、オリンピック関係の会議でフランス人役員の絶対に謝らない気質を知っていたし、かつてのドイツのデットマール・クラマーの来日当初、通訳を務めた経験上、外国人コーチの孤立感を理解できた」 ▽コミュニケーション不足や選手との対立は、トルシエ監督の時代が最も激しかった。それをサポートしたのが現場では山本コーチであり、岡野会長だった。「フランス人気質と外国人コーチの孤立感」を理解したからこそ下せた決断である。 ▽長沼会長と岡野会長には、日本サッカーの将来を見据えた揺るぎない決断と、無限の包容力を感じるのは私だけではないだろう。 2018.04.30 16:00 Mon

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モロッコ代表FWがジャンプ力でC・ロナウド超え!?ポルトガル戦でゴールより高く跳ぶ2.78mのヘディング弾

モロッコ代表FWユセフ・エン=ネシリが素晴らしい身体能力を発揮した。 10日に行われたカタール・ワールドカップ(W杯)でポルトガル代表と対戦したモロッコ。自慢の堅守で相手の攻撃を防ぐと、42分に左サイドからのクロスにエン=ネシリがヘッドで合わせ、1-0で勝利。アフリカ勢史上初のベスト4進出を決めた。 この時のエン=ネシリは、最高到達点278センチメートルを記録したとされているが、これがポルトガルのエースFWクリスティアーノ・ロナウドの過去の記録を更新したかもしれない。 イギリス『SPORTBIBLE』は、同様にその高さで注目を集めたC・ロナウドのゴールと比較。2019年12月に行われたセリエA第17節サンプドリア戦で、当時ユベントスに所属していたC・ロナウドは最高到達点256cmを記録していた。 だが、スペイン『アス』によると、当時レアル・マドリーのC・ロナウドは2013年2月に行われたチャンピオンズリーグ・ラウンド16のマンチェスター・ユナイテッド戦で最高到達点293cmのヘディングシュートを決めていたといい、その場合だとC・ロナウドの記録は破られていないことになる。 データを取っているのが別々の場所のため、純粋な比較はできないかもしれないが、2人とも尋常ではない跳躍力だ。 なお、身長は2人とも188cmだ。 <span class="paragraph-title">【写真】サッカーゴールより高い!エン・ネシリが最高到達点2.78mのヘディング弾</span> <span data-other-div="movie"></span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/En-Nesyri.jpg" style="max-width:100%;"></div> <span class="paragraph-title">【動画】C・ロナウドが記録した最高到達点256cmの衝撃ゴール</span> <span data-other-div="movie2"></span> <div id="cws_ad"><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJ6ZXBVazFtdyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> 2022.12.13 11:52 Tue
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スペイン撃破のモロッコ、試合後にはイスラム教ならではの光景がピッチに広がる 試合中にも観客からの大歓声

モロッコ代表の選手たちがアッラーに感謝した。 モロッコは6日、カタール・ワールドカップ(W杯)のラウンド16でスペイン代表と対戦。0-0のまま120分の戦いを終えると、PK戦を3-0で制し、史上初のベスト8進出を決めた。 前半はほぼスペインの攻撃を封じ、後半以降も粘り強く耐えたモロッコだが、試合後には同国ならではの光景がピッチに広がることに。選手やスタッフたちはゴールライン際に並んで跪くと、手と顔も地面につけて平伏し、神に感謝していた。 モロッコでは国民の多くがイスラム教徒。この祈りはスジュードと呼ばれるもので、イスラム教の礼拝姿勢の1つだ。 同じくイスラム教徒がほとんどであるカタールで行われている今大会。スペイン戦でもモロッコサポーターの大声援があったが、“アトラスの獅子”の躍進はどこまで続くだろうか。 <span class="paragraph-title">【写真】スペイン戦後のピッチに広がっていたイスラム教ならではのシーン</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="und" dir="ltr"> <a href="https://t.co/IKbX8phYjS">pic.twitter.com/IKbX8phYjS</a></p>&mdash; 433 (@433) <a href="https://twitter.com/433/status/1600187881208807435?ref_src=twsrc%5Etfw">December 6, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2022.12.07 19:05 Wed
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カタールW杯の全チームランキング、日本は9位でベスト16で最高位! 優勝したアルゼンチンに唯一勝利したサウジアラビアは25位

カタール・ワールドカップ(W杯)はアルゼンチン代表の36年ぶり3度目の優勝で幕を下ろした。 初の中東開催、初の冬開催という初めてづくしの中で行われた今大会。開催国のカタール代表が3戦全敗で終わるという不名誉な記録があった一方で、日本代表をはじめとしたアジア勢の躍進、そして番狂わせの数々と見所の多い大会となった。 様々なドラマが生まれた大会も、決勝はアルゼンチン代表とフランス代表という優勝候補に挙げられていた2チームの対戦に。結果として、今大会を最後としていたリオネル・メッシが牽引するアルゼンチンが優勝を果たした。 そんな中、国際サッカー連盟(FIFA)は、W杯全体の順位を32カ国につけることに。1位のアルゼンチンから順にグループステージなどの結果をもとにランク付けした。 ドイツ代表やスペイン代表を下した日本代表は、9位とトップ10入り。ラウンド16で敗退した国の中でのトップに立つこととなった。 また最下位は全敗で終わったカタール。そしてカナダ代表が31位となった。ベスト8の中ではオランダ代表が最上位の5位、グループステージ敗退の中ではドイツ代表が最も高い17位となった。 ◆カタールW杯 最終順位 ※()はFIFAランキング 1.アルゼンチン/4勝2分け1敗/+7(3位) 2.フランス/5勝1分け1敗/+8(4位) 3.クロアチア/2勝4分け1敗/+1(12位) 4.モロッコ/3勝2分け2敗/+1(22位) 5.オランダ/3勝2分け/+6(8位) 6.イングランド/3勝1分け1敗/+9(5位) 7.ブラジル/3勝1分け1敗/+5(1位) 8.ポルトガル/3勝2敗/+6(9位) 9.日本/2勝1分け1敗/+1(24位) 10.セネガル/2勝2敗/-2(18位) 11.オーストラリア/2勝2敗/-2(38位) 12.スイス/2勝2敗/-4(15位) 13.スペイン/1勝2分け1敗/+6(7位) 14.アメリカ/1勝2分け1敗/-1(16位) 15.ポーランド/1勝1分け2敗/-2(26位) 16.韓国/1勝1分け2敗/-3(28位) 17.ドイツ/1勝1分け1敗/+1(11位) 18.エクアドル/1勝1分け1敗/+1(44位) 19.カメルーン/1勝1分け1敗/0(43位) 20.ウルグアイ/1勝1分け1敗/0(14位) 21.チュニジア/1勝1分け1敗/0(30位) 22.メキシコ/1勝1分け1敗/-1(13位) 23.ベルギー/1勝1分け1敗/-1(2位) 24.ガーナ/1勝2敗/-2(61位) 25.サウジアラビア/1勝2敗/-2(51位) 26.イラン/1勝2敗/-3(20位) 27.コスタリカ/1勝2敗/-8(31位) 28.デンマーク/1分け2敗/-2(10位) 29.セルビア/1分け2敗/-3(21位) 30.ウェールズ/1分け2敗/-5(19位) 31.カナダ/3敗/-5(41位) 32.カタール/3敗/-6(50位) <span class="paragraph-title">【動画】遂にW杯のトロフィーを掲げたリオネル・メッシ</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="ja" dir="ltr"><a href="https://twitter.com/hashtag/%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%B7?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#リオネル・メッシ</a> が悲願でもあるW杯トロフィーを遂に掲げる!! <a href="https://twitter.com/ABEMA?ref_src=twsrc%5Etfw">@ABEMA</a> で視聴中 <a href="https://t.co/iI2Br89iwZ">https://t.co/iI2Br89iwZ</a> <a href="https://twitter.com/hashtag/ABEMA%E3%81%A7FIFA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#ABEMAでFIFAワールドカップ</a> <a href="https://twitter.com/hashtag/%E6%9C%AC%E7%94%B0%E3%81%AE%E8%A7%A3%E8%AA%AC?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#本田の解説</a> <a href="https://t.co/Kbp4JzXxzH">pic.twitter.com/Kbp4JzXxzH</a></p>&mdash; 超ワールドサッカー (@ultrasoccer) <a href="https://twitter.com/ultrasoccer/status/1604548164132179968?ref_src=twsrc%5Etfw">December 18, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2022.12.19 13:45 Mon
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偉業達成、W杯4位のモロッコ代表を数千人のファンが歓迎! 熱狂ぶりはアルゼンチンにも劣らず

カタール・ワールドカップ(W杯)で4位の成績を残したモロッコ代表を国民は大歓迎した。 今大会が6度目のW杯出場となったモロッコ。1986年にベスト16に勝ち進んだ中、今大会も下馬評は高くなかった。 しかし、その評価を覆し、グループステージはクロアチア代表、ベルギー代表、カナダ代表と同居するも首位通過。ラウンド16ではスペイン代表をPK戦の末に下すと、準々決勝ではポルトガル代表を1-0で下しアフリカ勢初のベスト4に進出。準決勝ではフランス代表に敗れ、3位決定戦でもクロアチア代表に敗れたが、史上最高位の4位で大会を終えた。 準決勝を戦うまではオウンゴールの1失点のみという快挙を成し遂げていたモロッコ。最後は連敗で終わったが、“アトラスのライオン”は世界から大きな称賛を受けていた。 そのモロッコ代表は20日に帰国。首都ラバトにてパレードを行うと、数千人のモロッコ人が歓迎。発煙筒が炊かれ、モロッコ国旗を掲げる人やチャントを歌う人が選手たちを祝福した。 また、モロッコ代表の選手や監督は、モハメド6世国王に晩さん会に招待され「彼らの偉大で歴史的な功績を祝う」とされた。 W杯を制したアルゼンチンほどの人数は集まってはいないが、熱狂ぶりは引けを取らないものに。快挙を成し遂げたヒーローたちへの賛辞はしばらく続きそうだ。 <span class="paragraph-title">【動画】偉業を成し遂げたモロッコ代表を大勢の国民が歓迎! チームバス視点の映像も</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">Morocco sure knows how to party. A brilliant World Cup homecoming in Rabat! <a href="https://t.co/zUkNZVPDxp">pic.twitter.com/zUkNZVPDxp</a></p>&mdash; Ben Jacobs (@JacobsBen) <a href="https://twitter.com/JacobsBen/status/1605324654389985283?ref_src=twsrc%5Etfw">December 20, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">Rabat, Morocco : <a href="https://twitter.com/SoufianKhaliha1?ref_src=twsrc%5Etfw">@SoufianKhaliha1</a><br> <a href="https://t.co/ljinDIL4lv">pic.twitter.com/ljinDIL4lv</a></p>&mdash; Nico Cantor (@Nicocantor1) <a href="https://twitter.com/Nicocantor1/status/1605336557153558529?ref_src=twsrc%5Etfw">December 20, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">genuine goosebumps watching Moroccans celebrating the lions<a href="https://twitter.com/hashtag/Morocco?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#Morocco</a> <a href="https://twitter.com/hashtag/WorldCup?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#WorldCup</a> <a href="https://t.co/OYbswQFAid">pic.twitter.com/OYbswQFAid</a></p>&mdash; Abier (@abierkhatib) <a href="https://twitter.com/abierkhatib/status/1605307435668733952?ref_src=twsrc%5Etfw">December 20, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2022.12.21 17:20 Wed
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PSGでストレス溜め込むハキミ、古巣復帰説に代理人が言及「今でもインテルを愛しているが…」

パリ・サンジェルマン(PSG)に所属するモロッコ代表DFアクラフ・ハキミ(24)のインテル復帰説について、代理人が言及した。イタリア『カルチョメルカート』が伝えている。 レアル・マドリーの下部組織で育ったハキミ。2020年9月にインテルへ加入すると、替えの効かない不動の右ウイングバックとしてセリエA優勝の立役者となった。しかし、クラブの財政難により、わずか1年でPSGへの移籍を余儀なくされている。 全てのインテリスタが途方に暮れた衝撃の退団から約2年、PSGでも主軸として活躍するハキミだが、フランス『レキップ』は「ここ最近、ハキミはPSGでの将来を疑問視しており、移籍を希望するシグナルも見せている」と報道。その中でインテルへの復帰も仮説として立っている状況だ。 そんななか、ハキミの代理人を務めるアレハンドロ・カマーニョ氏がイタリア『Inter Dipendenza』のインタビューに応じ、ハキミのインテルへの愛着を代弁している。 「インテルに戻りたいと希望している? クラブ側が何を望んでいるか知らないが、現実としてアクラフはかつてインテルの選手だった。今でもインテルを愛していて、実際にあの頃は幸せだった。だが、現在はPSGの選手で、契約もあと3年残っている」 インテルとハキミの絆を示しつつ、復帰は現実的ではないと強調したカマーニョ氏。『カルチョメルカート』も、ハキミと同時期にインテルを退団しながら昨年夏に1年で帰ってきたベルギー代表FWロメル・ルカクのようなケースは稀であり、仮説は仮説でしかないと主張している。 なお、ハキミは今年2月以降、婦女暴行容疑で捜査されており、これまで一貫してえん罪を主張。PSG内部がスター選手の扱いに手を焼いた今シーズンの低調な出来もあって、パリでの生活にストレスを溜め込んでしまっているようだ。 2023.06.04 20:58 Sun