関塚隆
Takashi SEKIZUKA
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| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
日本
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| 生年月日 | 1960年10月26日(65歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | 監督データ |
関塚隆のニュース一覧
福島ユナイテッドFCのニュース一覧
「黒が多くなって嬉しい!」「久しぶりに赤と黒の夢戦士」 昨年はJ2昇格PO敗退の福島、悲願の昇格へ黒い渦が描かれた新ユニフォーム発表! 「赤黒の冒険者感あって好き」「これ着てチューチュートレインする」
福島ユナイテッドFCは18日、2025シーズンの新ユニフォームを発表した。
2024シーズンは指揮官初挑戦となる寺田周平監督のもと、明治安田J3リーグを5位で終えた福島。J2昇格プレーオフ進出を果たしたが、準決勝で上位の松本山雅FCと引き分け、決勝進出とJ2昇格には届かなかった。
勢いそのまま、今度こそJ2
2025.01.18 14:55 Sat
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【質疑応答1】山中は「スペシャルなものを持っている」鈴木は「FWとして存在感」森保一監督、初招集2人を評価!
▽日本サッカー協会(JFA)は7日、11月のキリンチャレンジカップ2018に臨む日本代表メンバーと、UAEでのドバイカップU-23に臨むU-21日本代表メンバーを発表した。 ▽日本代表は今月16日(金)に大分スポーツ公園総合競技場でベネズエラ代表と、20日(火)に豊田スタジアムでキルギス代表と対戦。U-21日本代表は、14日(水)にU-23ウズベキスタン代表と、17日(土)にU-23クウェート代表と、20日(火)にU-23UAE代表と対戦する。 ▽会見には日本サッカー協会の関塚隆技術委員長と、森保一監督が出席。メンバー発表後、メディア陣からの質疑に応対した森保監督は、初招集となった横浜F・マリノスのDF山中亮輔と鹿島アントラーズの鈴木優磨について言及した。 ◆森保一監督(日本代表兼U-21日本代表監督) ──A代表のコーチに斎藤俊秀氏と秋葉忠宏氏が入っているが、経緯や期待することは 「これからずっとこのような形になるかは分かりませんが、暫定ということでこの二つの活動をするにあたって、各世代のU-19、U-16を戦った影山ジャパンのコーチ、森山ジャパンのコーチにA代表の活動をサポートして頂ければと思っています。その活動の中で、我々がやっていることを各世代の代表のコーチたちに経験してもらうことで、影山ジャパンと森山ジャパンに戻った時にいろいろな部分で共通認識を持てればと思っています。全てのチームが同じにコピーしたようなチームではないと思いますが、どの世代の代表チームにも日本代表として誇りを持って戦えるように、日本人の良さを持って戦えるようにという思いを持ってやっていると思います。そういう意味で選手だけでなく、スタッフも共通認識をすることで各世代の融合ができればと思っています」 ──今回のメンバー同時発表で苦労したことは 「選手選考は毎回難しいと思っています。まず一つの代表チームを決めるだけでも、今回もフィールド20人、GKが3人ということで、もっと多くの候補の選手がいる中で絞り、チームの活動をしなくてはいけません。できればもっと多くの選手を呼んで活動することができればという思いは持っています。そこで日本代表を目指してくれている選手、日本代表の力になりたいと思ってくれている選手を招集できないということは、難しさという部分を感じています」 「A代表と東京オリンピック世代の融合を図るという意味でも、A代表の選手が年齢的にU-21でなければ下の方にスライドすることはできません。U-21の選手をどうやって上のA代表に引き上げるか、経験してもらうかというところは彼らの力を見つつ、どういう環境作りをしていければ良いかということも、兼任監督としてコーチも含めて何がベストなのかを考えてやっていく難しさはあると思います」 ──今回A代表でDF山中亮輔(横浜F・マリノス)とFW鈴木優磨(鹿島アントラーズ)を初招集したが、彼らに対する評価は 「クラブで継続して出場している、特長を発揮してくれている選手たちかなと思っています。鈴木優磨に関しては、鹿島で今ACL決勝を戦い、アジアのチャンピオンを目指す力のあるチームの中で、得点という結果を出していますし、前線の選手としてFWの選手として存在感を発揮してくれていると思い招集しました」 「山中については、マリノスで年間を通して継続して試合に出ていますし、良いパフォーマンスを出していると思い招集しました。ただ、パフォーマンスに波がある選手だと思いますが、特長、スペシャルなものを持っている選手だと思います。特に攻撃的なもの、左利きということを生かしたプレー、クロスや攻撃に絡むプレーは今回の代表招集につながった理由です」 「また、このグループの中で彼らがどういう力を発揮してくれるかというところを見たいと思っています。二人に関しては、初招集ですけどまずは思い切りプレーして、自分の個性を発揮して欲しいなと思っています」 2018.11.07 17:47 Wed2
反町技術委員長の隠された才能/六川亨の日本サッカー見聞録
JFA(日本サッカー協会)は7月9日、定例となる第9回理事会を開き、日本代表の強化スタッフの位置づけを確認したり、21年秋に始まる女子プロリーグ、WEリーグの代表理事(Jリーグにおけるチェアマン)を選出したりした。 他にも理事会では、本来なら1月3日から3月27日までの移籍期間が、新型コロナウイルスの影響でほとんど活動できなかったとして、新たに10月2日から30日までを第3の登録期間としてFIFA(国際サッカー連盟)に承認されたことも発表された。 なお7月21日から8月28日までの第2の登録期間は従来通りである。 まずは簡単なテーマから紹介しよう。WEリーグの新たな“チェア"(呼称)に選ばれた岡島喜久子氏である。彼女の名前を聞くのは初めてだった。 1958年5月5日生まれだから、田嶋幸三会長の1歳年下となる。女子サッカーが黎明期だった70年代、数少ない女子チーム「FCジンナン」でプレーし、日本代表としても海外遠征に参加した。 彼女が凄いのは、仕事におけるキャリアだろう。早稲田大学商学部に在学中、アメリカ留学してスポーツ医学とコーチング学を専攻。そして卒業後はJPモルガン・チェース銀行を始め三菱UFJモルガン・スタンレー証券など金融業界に身を投じ、アメリカでも10年近いキャリアを積んだ。 新型コロナウイルスの世界的な患者数の分析で名前を聞いた読者もいるかもしれないが、ジョンズ・ホプキンス大学で、医学部の女子役員を務めたこともある。これまでのサッカー界にはいなかった異色のキャリアでもあり、改めてサッカー人脈の深さ、広さを痛感せずにはいられなかった。 さて、そろそろ本題に移ろう。日本人で初めてとなるA代表と五輪代表の監督を兼務した森保一監督。就任からの経緯を簡単に振り返ると、森保監督はA代表での活動がメインで、五輪代表は横内昭展監督代行が指揮することが多かった。 初めて森保監督が長期間五輪チームを率いた今年1月のU-23アジア選手権はグループリーグで敗退。兼任監督の是非が問われたのは当然のことだった。 その後は新型コロナウイルスの影響で今年3月と6月のW杯予選は延期され、例年ならU-22日本代表が参加していたトゥーロン国際大会も中止と、代表チームの活動は停止したまま。このため森保監督の兼任の是非を問う声もあがることはなかった。 ただ、サッカー界はいつまでも止まっているわけではない。9月のW杯予選は延期になったが、10月と11月に3試合、ACLも10月から大会方式を変更して再開され、アンダーカテゴリーの大会もスタートする。そこでナショナルコーチングスタッフは会議を開き、強化スタッフの再確認をした。 その前に、まずスケジュールを確認すると、今年10月と11月、来年の3月25日と30日、6月7日と11日にはW杯予選がある(6月3日は親善試合の予定)。4月中旬に五輪本大会の抽選会があり、五輪代表は7月5日から事前キャンプに入るとそのまま20日まで続けて五輪本大会を迎える。 その間、5月9日から15日まで代表の活動期間があるものの、ここはA代表と五輪で重なっている。 以上のことから反町技術委員長は1)「スタッフを代えても生産性がない」、2)「2つのチーム作りも現実的ではない」、3)「来年3月と6月に五輪のベストチームを作るのは不可能」ということから、五輪代表に関しては「頭角を現した選手をキャッチする」方法に方針を変えた。 はいまさら説明の必要もないだろう。時間は“十分"ではないが、ハリルホジッチ前監督のときのように「待ったなし」ではない。 も同様だ。A代表と五輪代表と2つのチームを作り、2人の監督でチームを回すということは、日本も1992年のバルセロナ五輪の時に実践した(山口五輪監督と横山A代表兼総監督)。しかし現在では24歳以下の選手がA代表にも名を連ねている。森保監督の言う「ラージグループ」に両カテゴリーの選手が含まれているのが現状のため、分けるのは難しい。 そこで問題になるのが、A代表と五輪代表の活動期間が重なった時だ。これまでは“横内監督代行"だったが、今後は「監督としてやって欲しい」(反町技術委員長)ということになった。 整理すると、森保監督は五輪代表の監督を兼務し、横内コーチは状況によって五輪監督となる。加えて、技術委員会のトップに技術委員長の反町氏がいて、彼と同格で普及・育成担当の小野剛氏(元日本代表コーチ)がいる。そして反町技術委員長の下にA代表と五輪代表の強化を担当する関塚隆(元五輪監督)テクニカルダイレクターがいる。 それぞれの役割や分担は明確なのだろうが、これに「縦軸」としてアンダーカテゴリーの指導者がクロスオーバーしてきても混乱することはないのかどうか気がかりだ。 それよりも反町技術委員長のweb会見を取材していて感じたことがある。例えば横内監督については「選手は五輪の切符を獲るため目の色を変えると思うので、横内をしっかりサポートしたい」とか、「横内には権限ではなく職務を与えるだけ」。代表選考に関しても「下地造りをするだけで、口を出すつもりはない」、「現場は関塚に任せているので、しっかり整理して欲しい」などなど、理路整然とし、とても歯切れが良く、断言していることだ。 そこで思ったのが、反町氏にはJFAの(広報を含め)報道官をやって欲しいということだ。いまの広報は違うものの、かつての広報は中田英を筆頭にメディアの質問に一切答えようとしない選手がいた。彼だけでなく、ミックスゾーンではヘッドホンをして、無言のうちに質疑応答を拒絶する選手もいた。にもかかわらず広報は彼らの行為を注意することすらしなかった。 最近でこそ少なくなったが、まだJクラブのなかには「メディアから選手を守るのが仕事」と思っている広報もいる。その点、反町氏は、選手はもちろん指導者としても実績があり、さらに弁舌も立つ。何を言っても憎まれない性格も報道官に向いているのではないだろうか。選手が嫌がってもメディアやテレビカメラの前に立たせて質問に答えさせる。それを嫌みなくできるキャラクターの持ち主のような気がしてならない。 ただこれは、私見であることを最後に断っておきたい。 2020.07.11 12:45 Sat3
山本昌邦ナショナルチームダイレクターの役割とは?/六川亨の日本サッカー見聞録
JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は2月2日に技術委員会を開き、会議後に反町康治技術委員長がズームでの記者会見に応じた。 この会見で反町技術委員長は、新たにナショナルチームダイレクター(NTD)を復活させることを明らかにし、96年アトランタ五輪や02年日韓W杯で代表コーチを務め、04年アテネ五輪では監督としてチームを率いた山本昌邦氏の名前を挙げた。 反町技術委員長によるとNTD復活の経緯は次のようだ。 「私が(技術)委員長に就任したときは(NTDに)関塚さんがいた。コロナで代表の活動が中止や延期になった。サムライブルーだけ活動を続けたが、私が兼務してもやりくりできたが、ウイズコロナになり活動が増えるので、切り離してやらないと活動が希薄になってしまう。アンダーカテゴリーのマッチメイクも各国としっかり話をしたい。本来の形に戻っただけ。コロナが落ち着き、充実度を高めたい」ということだった。 確かに今年は3月にU20アジアカップウズベキスタン2023が、5月にはU17アジアカップ2023バーレーンが予定されていて、6月にはインドネシアで、11月にはペルーでそれぞれのW杯が控えている。さらに9月にはU23アジアカップカタール2024の予選が、12月には同じくカタールでパリ五輪のアジア最終予選が開催される。 森保ジャパンの活動が秋にならないと本格化しないぶん、アンダーカテゴリーの強化に専念するのは当然と言える。このため反町技術委員長も「マッチメイクは私一人で判断したい」としつつ、サムライブルーに帯同するのはNTDで、「私はダイレクターをサポートし、監督の評価とサポートをする」と役割の違いを話した。 さて、このNTDである。JFAにこの役職が誕生したのは2016年と記憶している。原博実技術委員長からバトンを受けた霜田正浩技術委員長(現松本山雅FC監督)だったが、西野朗氏が技術委員長に就任したことで、霜田氏はNTDという肩書きになった。 そして霜田氏は17年暮れ、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督には西野技術委員長とコミュニケーションを密にして欲しいとの思いからNTD職を辞した。ところがその後はご存じのように、JFAはハリルホジッチ監督とは契約を解除し、西野技術委員長がサムライブルーの監督に就任。ロシアW杯ではラウンド16でベルギーをあと一歩まで追い詰める「ロストフの悲劇」を演じた。 そしてロシアW杯の2ヶ月ほど前の18年4月、関塚隆氏が西野氏に代わって技術委員長に就任。森保ジャパンが誕生したが、20年3月に関塚氏はNTDとなり、新たに反町氏が技術委員長に就任した。本来なら関塚氏が森保ジャパンを検証する立場にあったが、同氏は20年11月に契約解除をJFAに申し入れてNTDを退任した。 こうして振り返ると、NTDそのものが新設されたポジションであり、過去2人の例からはその役割がはっきりしていない印象が強い。霜田氏が身を引いた理由は前述した通りだが、関塚氏はアジア最終予選の始まる21年を前に辞めている。反町技術委員長も述べていたように、20年はコロナで満足な活動ができなかったことも一因だろうか。 そして山本NTDである。海外での指導経験が豊富で、暑熱対策など特に中東での試合のエキスパートでもある。反町技術委員長が話したように、今後の山本NTDの役割はもっぱら森保監督のサポート役・相談役になるのではないかと推測している。例えて言うなら、磐田の監督に就任した横内昭展氏のような存在だ。 新たにサムライブルーのコーチに就任した名波浩氏と前田遼一氏は森保監督より5~10歳若い。このため経験豊富な山本氏をNTDとしてサポート役につけつつ、“チーム磐田”でバックアップしようとしているのではないだろうか。 2023.02.03 19:30 Fri関塚隆の監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2023年7月18日 |
福島 |
監督 |
| 2022年1月1日 |
Ituano FC |
監督 |
| 2020年3月29日 | 2020年11月30日 |
日本 |
監督 |
| 2018年4月12日 | 2020年3月28日 |
日本 |
監督 |
| 2014年7月8日 | 2016年7月25日 |
千葉 |
監督 |
| 2013年5月27日 | 2014年1月31日 |
磐田 |
監督 |
| 2012年7月25日 | 2012年8月11日 |
日本 |
監督 |
| 2010年2月1日 | 2013年1月31日 |
U-23日本 |
監督 |
| 2009年2月1日 | 2010年1月31日 |
川崎F |
監督 |
| 2004年2月1日 | 2008年4月30日 |
川崎F |
監督 |
| 1999年8月26日 | 2004年1月31日 |
鹿島 |
アシスタントコーチ |
| 1999年8月19日 | 1999年8月25日 |
鹿島 |
暫定監督 |
| 1998年8月15日 | 1999年8月18日 |
鹿島 |
アシスタントコーチ |
| 1998年5月7日 | 1998年8月14日 |
鹿島 |
暫定監督 |
| 1996年2月1日 | 1998年5月6日 |
鹿島 |
アシスタントコーチ |
| 1995年2月1日 | 1996年1月31日 |
清水 |
アシスタントコーチ |
| 1993年2月1日 | 1995年1月31日 |
鹿島 |
アシスタントコーチ |
関塚隆の今季成績
|
|
勝
|
分
|
負
|
|
|
| 明治安田J3リーグ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| YBCルヴァンカップ2025 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 合計 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
関塚隆の出場試合
| 明治安田J3リーグ |
|
|
|||
| 第1節 | 2025-02-16 |
|
vs |
|
奈良クラブ | ベンチ外 |
|
A
|
| 第2節 | 2025-02-23 |
|
vs |
|
テゲバジャーロ宮崎 | ベンチ外 |
|
A
|
| 第3節 | 2025-03-01 |
|
vs |
|
FC琉球 | ベンチ外 |
|
A
|
| 第4節 | 2025-03-08 |
|
vs |
|
FC岐阜 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第6節 | 2025-03-23 |
|
vs |
|
AC長野パルセイロ | ベンチ外 |
|
A
|
| 第7節 | 2025-03-30 |
|
vs |
|
ガイナーレ鳥取 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第8節 | 2025-04-06 |
|
vs |
|
栃木シティ | ベンチ外 |
|
A
|
| 第9節 | 2025-04-12 |
|
vs |
|
ギラヴァンツ北九州 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第10節 | 2025-04-20 |
|
vs |
|
高知ユナイテッドSC | ベンチ外 |
|
H
|
| 第5節 | 2025-04-23 |
|
vs |
|
アスルクラロ沼津 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第11節 | 2025-05-03 |
|
vs |
|
カマタマーレ讃岐 | ベンチ外 |
|
A
|
| 第12節 | 2025-05-06 |
|
vs |
|
ザスパ群馬 | ベンチ外 |
|
H
|
| 第13節 | 2025-05-17 |
|
vs |
|
鹿児島ユナイテッドFC | ベンチ外 |
|
A
|
| YBCルヴァンカップ2025 |
|
|
|||
| 1回戦 | 2025-03-26 |
|
vs |
|
北海道コンサドーレ札幌 | ベンチ外 |
|
H
|
| 2回戦 | 2025-04-16 |
|
vs |
|
柏レイソル | ベンチ外 |
|
H
|

日本
Ituano FC
日本
千葉
磐田
U-23日本
川崎F
鹿島
清水